2章 参謀と皇帝と皇弟

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 気づいたら、あっという間に超有名人になってることに、びっくりですよ。なんだコレ。外部からやってくる人たちが、ワタシを一目見ようと、アーダルベルトへの謁見の時に伝えてるらしい。

 え?いらない。そんなの怖いし、絶対に嫌だ。断固拒否して、それでもどうしても顔合わせをしないといけない重要人物だけは、せめてアーダルベルトと一緒にしてくれと、謁見の間に潜り込ませて貰った。


 えぇ、侍従の格好のままですけどね!


 だって、ワタシの服、まだ作れてないんだもん。色々と相談した結果、ズボンの方が動きやすいので、今後も男装で行くことになった。ワタシの気持ち的には、別に男装じゃないんですけど。この国ではズボン=男装で、それを着ているだけで「ワケあり女子」になってしまうのだけが、難点だ。ズボン、動きやすいのに。というかむしろ、女官さん達、あの長いスカートで何で普通に動けるんだ。解せぬ。あと、ヒールの靴で何で動けるの?

 なお、ワタシは革靴は痛いので、布靴で対応してますが、ナニカ?

 え?ヒールの靴なんて履けるわけないじゃないですか。そういうお洒落と一切無縁に生きてきたんで。あと、ワタシ外反母趾なんで、ヒールの靴って先が細いし、前方に圧力かかるし、足めっちゃしんどいんで。普通にぺったんこの布靴(足が痛いと駄々をこねて、内側にたくさん緩衝材の代わりに布を入れて貰った)を愛用しています。くそぉ。何で靴も一緒に召喚してくれなかったんだ。ワタシのスニーカー……。


 ってなわけで、今日も会いたくないのに謁見に連行されてます。マル。


 くっそー。結構美味しく、混ぜ込みおにぎり作れたから、中庭でひなたぼっこしながら食べようと思ってたのに……。せっかく、シュテファンが手伝ってくれて、お漬け物っぽいの作れたのに…。刻んで混ぜたら結構美味しかったし、料理長にも太鼓判貰ったし、綺麗な自然の中でピクニック気分で食べようと、思ってたのに……。ワタシみたいな一般人を謁見の間に連行するとか、ただのイジメじゃね?


「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。このたびは、ミュー様への謁見も適いまして、真にありがとうございます」

「気にするな。面を上げよ」

「ははぁ」


 めっちゃ儀礼的なやりとりが面前で行われていますが、ワタシ、多分顔死んでる。超無表情になってると思う。でも悪気はないんです。ただ、ただ、もうこの状況が理解できないのと、何をしたら良いかわからないので、顔が勝手に無表情になってるだけなんです!背後にひっそりとライナーさんがいてくれてるのを確認できてなかったら、今すぐアーダルベルトの頭殴って逃走したいぐらいには、嫌なんですけど!

 玉座にふんぞり返ってるアーダルベルトの傍らに、ワタシ、立ってます。何でワタシ立たされてんの?とか思ったんだけど、王様の隣の席って、どう考えてもポジション嫁なので、そういうのはいらんので、大人しく立ってようと思った。最初は、宰相の隣に大人しく立ってる筈だったのに、何故かアーダルベルトの要求で隣に立たされました。止めて。これだとワタシ、悪の親玉とその幹部って感じのポジションだから!

 顔を上げた商人さんが、にっこりとワタシに向かっても笑った。とりあえず、にっこりしてみた。顔引きつってませんか?引きつってたらすみません。庶民にはミッションの難易度が高すぎます!


「ミュー様、私共は様々な地方に赴き商いを行っております。何かご入り用の際は、是非ともお声がけをお願いし申し上げます」

「……あ、はい。その時は、陛下を通じてご連絡させて頂きます」


 にっこり笑って、とりあえず、できる限り敬語っぽいので喋ってみた。あの、これで大丈夫?大丈夫ですよね?と視線で正解を求めたら、大丈夫と言うように、宰相さんが頷いてくれた。ありがとうございます。隣の王様が全然役に立たないので、今のワタシにとって、指標は貴方だけです、オジサマ!

 その後、商人さんがアーダルベルトと話があるそうなので、ワタシは大人しく退出しました。むしろさっさと出て行きたい。というか、最初から呼ばないで欲しかった。むぐむぐ。おにぎり食べに行こう。

 お辞儀をして謁見の間から出ようとして、ふと、ワタシは商人さんをもう一度見た。ごくありふれた、猫の獣人ベスティのおじさんだ。お兄さんとおじさんの間ぐらい。まだ若いだろうに、こうして皇帝陛下に直々に謁見できるのだから、どこかの大店の店主なんだろうか。その顔を見て、何かが引っかかる。

 普通の獣人だ。猫耳も猫尻尾も普通。着ている服だって、普通。顔立ちも、そんなこれといって特徴があるわけじゃない。ニコニコとした、商人らしい愛想の良い顔。灰色の混ざった黒い毛並みの、赤と青が混ざって紫になったような不思議な色の瞳をしていた。じっと見ていると「何か?」とワタシに首を傾げる。それに頭を振って、彼の隣を通り過ぎた。



 何だろう。何が気になるんだろう。何か、大事なことを見落としている気が、する。



 ぞわぞわと、気持ち悪い感覚が背中の辺りを這いずり回っている感じだ。何か、何が引っかかっているのか。思い出せ。考えろ。ワタシは、何を、見落としているのか?


「ミュー様、どうなさいました?」

「……ライナーさん、あの商人さんは、良く来るヒトかな?」

「えぇ。三代ほど前から王宮に出入りしている大店の商人です。……彼が、何か?」

「……ちょっと、何かが気になるんだけど、気のせいだと思う。ごめんなさい」


 真剣な顔をしたライナーさんに、戯けて笑う。大丈夫。ワタシの勘違いだ。勘違いに決まっている。それなのに、まるで奥歯に小骨が挟まってるみたいな、非常に気持ち悪い何かが、ある。

 そのまま、シュテファンに預けておいたおにぎりを受け取って、中庭で食べる。仕事中だと辞退するライナーさんに、一人じゃ美味しくないからと無理矢理おにぎりを持たせた。だって、専属護衛だかなんだか知らないけど、ライナーさんが横に立ってる状態で、ワタシ一人もっしゃもっしゃとおにぎり食べるの、凄く居心地悪くね?庶民には居心地悪いっす。

 猫の獣人。商人。毛並みは灰色の混じった黒。瞳は、ただの紫じゃなくて、赤と青を混ぜ合わせたような、ちょっと変わった紫。いつもニコニコ笑顔。年齢的には多分、まだ、お兄さん。……何だろう。どっかで見た気がする。落ち着け、ワタシ。よく考えよう。

 見た覚えがある、というのはゲームで、に違いない。それ以外の結論は知らない。そもそもワタシは、この世界の知識は全てゲーム『ブレイブ・ファンタジア』からだ。だから、彼が気になっているならば、その引っかかりの原因は、ゲーム知識にある。頑張って思いだそう。

 別に思い出さなくても良いかも知れないけど、こう、色々と引っかかるのは、気持ち悪い。ただただひたすらに、すっきりしないのだ。


「カスパル・ハウゼン」

「……ふぁい?」

「それが、彼の名前ですが。何か、お役に立ちますか?」


 にっこりと笑うライナーさん。あ、ありがとうございます。おにぎり片手ににっこり笑う近衛兵って、何かこう、乙女ゲーの一枚絵スチルに出てきそうな感じですね。流石イケメンです。爽やかに微笑むだけで絵になります。うん。同じおにぎり食べてるのに、そっちのが断然美味しそうだ。イケメン補正ぱねぇ。

 カスパル、ねぇ?なんかやっぱり、聞き覚えがある気がするなぁ。何だろう。どこで聞いたんだろう。多分、何かイベント絡みだったと思うんだけど、確証がないのが困りもの。あの人、何でイベントに絡んできたっけ?



 カスパル?カスパル?猫の獣人の、カスパル?…………あ、カスパーか?!



「ライナーさん、カスパルの愛称って、カスパー?!」

「は?え、えぇ。カスパルは短い名前ですからそのまま呼ぶヒトが多いですが、確かに、カスパーが愛称になりますね。それが、何か?」

「マジか?!マジでカスパーなのか?!嘘だろ!?」


 ガッデム!何ですぐさま思い出せなかった?!ワタシの馬鹿!こんな重要なキャラを見落とすとか、マジでヤバイ。ごめん、アーダルベルト。ワタシ全然役に立ててない。本当にマジで、スマン!

 手にしたおにぎりをもしゃもしゃと食べる。お残しは赦されません。一生懸命食べて、ライナーさんにも早く食べてと視線で訴える。お茶で流し込んで、食べ終わって、ご馳走様をして、立ち上がる。向かう先はただ一つ。アーダルベルトの所だ!

 今の時間ならば、謁見は終わって、執務室にいるはずだ。逆に好都合。早く行かないと。早く言って、伝えて、対策を講じて貰わないと、すっげーヤバイことになる。ワタシは、ワタシの平穏な生活を守るためなら、もう細かいことは気にしないのだ!


「ミュー様、いったいどうされました?」

「アディに至急伝える事が出来た」

「……それは、《予言》ですか?」

「……まぁ、そうなるねぇ……」

「承知しました」


 あんまり考えたくないけど、これは確かに、《予言》ですね。あんまり乱発したくないけど、これはダメ。このフラグはちゃんと回収しておかないと、アーダルベルトだけじゃなくて周りも大変です。だからワタシ、珍しく仕事しようと思う。

 決意を新たにライナーさんを見たら、失礼しますと一礼してきた。え?何?



 そう思った瞬間、ライナーさんに姫抱っこされて、そのまま走り出されてしまいました!



「ちょっ?!ライナーさん!?」

「申し訳ありませんが、急ぐのでしたらこちらの方が早いので」

「……そ、ソウデスネー」


 実際、ワタシが一生懸命走るより、ワタシを抱えたライナーさんの方がすっげー早い。ヤバイ。流石獣人。身体能力ハイスペックすぎだろ、こいつら。そうだよねー。ライナーさん、犬だもんね。犬、足早いよね。人間に比べたらダメだよね。

 周囲で衛兵とか女官とか文官さんとかが驚いた顔してるけど、ひらひらと手を振って、気にしないでと伝えておいた。そうしたら、困った顔して、それでも皆さん頷くので、ワタシの扱いってどうなん?いやまぁ、普段、アーダルベルトには米俵のように運ばれてるので、今更ですよね!姫抱っこされてる今の方が、よっぽどマシだ!


「アディ!」

「陛下、失礼いたします!」

「……お前等、何遊んでるんだ?」

「遊んでない!」

「遊んでなどおりません!」


 蹴破る勢いでドアを開けて入ってきたワタシ達に、アーダルベルトは呆れた顔をした。失礼な。大真面目だい!アーダルベルトの隣で書類をめくっていた宰相さんが、ぴくりと眉を動かした。止めて。怖い顔しないで。ナイスミドルのエルフのしかめっ面、マジで破壊力高いの!行儀悪いのはわかってますけど、すっごく大事!大事すぎるから!


「カスパーは、さっきの商人のカスパルさんは、まだ城内にいる!?」

「……あぁ、いるぞ。文官達と必要なものを打ち合わせている。それがどうした」

「城から出しちゃダメ!お付きのヒトも、全員!」

「……理由を説明しろ、ミュー」


 焦って叫んだワタシに対して、アーダルベルトは真顔で問いかけた。ワタシが焦るときは、大概予言絡みだと、最近学習したらしい。そういう学習はしていらないんだけど、今回はありがたい。理解が早いのは助かるよ、アーダルベルト。

 一度深呼吸をする。ライナーさんに降ろして貰って、アーダルベルトが座っている机の前に歩み寄る。肘を机について、真っ直ぐとアーダルベルトを見て告げる。さっき思い出せなくて、ごめん。



「カスパル・ハウゼンは、クーデター派の主力幹部だ」



 室内に沈黙が落ちる。目を見開く三人に、ワタシはこくりと頷いて見せた。

 急がなければいけない理由は、これだ。あの男は、クーデター派の一員なのだ。否、一員どころじゃない。主力幹部だ。資金源でもあり、情報源でもある。ありとあらゆる商品を扱う、それもあちこちに顔を出す商人。どこにいたって、別に誰にも、不思議がられない、男。


「なるほど。ならば、長旅を労うという趣旨で宴会でも開いて、引き留めるか」

「よろしく頼む」

「決定的な証拠は、あるんだろうな?」

「ある。というか、……いる」



 にたぁっと笑ったワタシに、アーダルベルトはそれはそれは面白そうに笑い返してくれたのでした。マル。


 

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