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 とりあえず、大急ぎでアーダルベルトは宴会の準備を整えてくれた。長旅を労る+ワタシが諸国の話を聞きたがった、という名目で、カスパル一行を引き留めることに成功したらしい。おぉ、ワタシの存在もちょっと役に立った?現在知名度うなぎ登りのワタシ、「予言の力を持つ参謀」様に気に入られたら、良いことあるとでも思ったのでしょうか?

 ふはははは。馬鹿め。ワタシはお前たちにとって幸運の象徴ではなく、不幸の権化なのだ!クーデター派など、ワタシが一掃してくれるわ!というか、一掃はできないけど、決定的な証拠ぐらいは掴ませて貰うので、覚悟しやれ。にやり。


「ミュー様、今回は随分とやる気ですね」

「やる気だよー。だってワタシ、王城+王都でクーデター起こされて、色々被害甚大になるのマジ勘弁と思ってるから」

「ミュー殿、しれっと恐ろしいことを言わないでください」

「え?だって事実だよ。とっとと証拠見つけて捕まえて、城下の方にも探り入れないと、あちこちドカンされちゃうし?」


 にへっと笑ったワタシに、すっごく冷めた目が突き刺さりました。止めて、その目は止めて、エーレンフリート!近衛兵片割れの熱血真面目、皇帝陛下至上主義の狼さんは、むっちゃ怖い顔でワタシを見ていました。うわーん、相変わらずワタシに対する評価がくっそ低いよぉ。他が様呼びなのに、エーレンフリートだけはいつまでたっても殿としか呼んでないし…。

 普段はワタシの隣にはライナーさんしかいないけれど、今はエーレンフリートもいる。アーダルベルトが、手が必要なら連れてけって貸してくれた。この二人はワタシの事情を全部知ってるので、突拍子もない言動してても赦されるしね。……いや、エーレンフリートの目は、「不敬罪で牢屋にぶち込んでやる」って感じではあるけど。

 まぁ、ライナーさんがいるから大丈夫。


「エレン、ミュー様に対して失礼な態度を取るのはいい加減に止めなさい」

「ライナー!」

「お前が何を思っているかはわかっているが、ミュー様は陛下がお認めになった参謀閣下であらせられる。それ以上の行動は、お前が不敬罪になる。……わかっているだろう?」

「……ッ」


 温厚で面倒見が良いけれど言うときはビシっと言う年上と、血の気が多くて普段はそれを振り切るくせに、真剣に言われたら逆らえない年下とか、どんだけ腐女子ワタシホイホイなんだろう、この二人。これで、近衛兵の中でも古株で、アーダルベルトの信頼も厚く、常に彼の背後を護っていたとか、マジで萌え要素しかないよね。ありがとうございます。むっちゃ元気出る。

 うっかり顔がによによ、にまにま、ってなりそうだったので、無表情モードに引き締めました。こういうときは仕事してくれて良いのよ、ワタシの表情筋。一般人に擬態するために身につけた技能スキルですけど、役に立つねー。傍目には、真面目に考え事してるように見えるのもポイント☆


「それでミュー様、どちらに向かうので?」

「カスパルの付き人がいる部屋」

「そちらで、何を?」

「人を探す」

「人を?」


 問い返してきた二人に、こくりと頷いた。そう、ワタシの仕事は、人捜し。この二人を連れてきたのは、逃げようとしたときに捕まえて貰うため。あと、この二人も件の人物知ってるしね。面通しも兼ねて、一緒に来て貰うのは悪いことじゃない。

 カスパルをとっ捕まえる一番手っ取り早い方法は、その人物を探し出して、アーダルベルトの前に引っ張り出すことだ。だって、《彼》はこの城にいてはいけない人物なのだから。というか、王都にすら立ち入り禁止されてるんだから、いるだけで罪です。連れてきただけで罪です。ふふふふ。


「見つけたら二人もビックリすると思うヨ?」

「……敵ですか?」

「そりゃもう、完全に敵だね。……ここへの立ち入りを禁止されてる重要人物が、何で商人の付き人に紛れてるのか、なんて、最高の証拠じゃない?」


 にたぁっと笑って見せたら、二人は一瞬驚いた顔をして、次に苦笑した。え?何で苦笑されるの?ここは、乗って貰えると思ったんだけど。違うの?ワタシ、ノリ外しました?アレ?


「ミュー様、最近どんどん陛下とノリが似てこられてますね」

「というか、陛下がミュー殿の影響を受けてるような気もしますが……」

「え?え?似てる?止めて。ワタシあんな迷惑千万なゴーイングマイウェイじゃないから!」


 物凄く心外なことを言われた!確かにアーダルベルトとは仲良くしてるけど、ワタシ、あそこまで他人の迷惑顧みずに突っ走る人間じゃないよ?失礼!ワタシにとっても失礼だから!

 まぁ、そんないつものじゃれ合いの会話をしながら、ワタシたちはカスパルの付き人がいる一室へと向かう。色々と荷物があるらしくてね?荷物持ちの皆さんがいるらしいんだ。何でそんなこと知ってるかって?ハハハ、そんなの決まってるじゃないですか!ゲームで見た最初から知ってるだけですよ!

 思わずヒャッハーしたくなるけど、ここは自重しましょう。王城の廊下で、近衛兵を横に置きながら、そんな阿呆なことやってたら、ただの痛い子ですからな!わかってる。大丈夫。ただちょっと、自分がちゃんと活躍できそうなので、すっげー嬉しいだけです。やったね!ワタシ、無駄飯食らいじゃなくなるぞ!


「お邪魔します~」


 きぃ、と扉を開けて中に入れば、不思議そうにきょとんとする付き人の皆さん。にへっと笑ってみせる。ワタシが誰かは知らないでしょう彼らは、ただただびっくりしているようです。大丈夫。近衛兵の制服着てるコンビが、ちゃんとワタシの説明をしてくれました。

 したらば、そらもう、上へ下への丁寧な扱いですよ。わはははは。すげぇ。皇帝陛下の参謀って、こんな扱いされるんですか。凄いですねぇ。びっくりだ。

 色んな商品を見せてくれる人たちに、ニコニコ笑いながら応じます。応じつつ、室内を移動する。目標の人物を探すためですよ。ワタシはちゃんと仕事を忘れてはいないですよ?ここには、《人捜し証拠確保》に来てるんですからねぇ?

 あ、見つけました。ちょうど良い感じに、一人こっそり、外れようとしてますねぇ。…逃がすかよ。


「そこのお姉さん、お姉さんは何を担当してるんですか?」


 きゃるん☆みたいな雰囲気で問いかけたら、隣でライナーさんが苦笑して、エーレンフリートが胡散臭いと言いたげな目をしてきました。……ごめん。ワタシもちょっと、キャラを無視してやり過ぎたと思う。けれど、ワタシがそんな風にあからさまに近寄ったので、二人も《彼女》が標的であるのだろうと察したらしい。さりげなく、逃げ道を塞ごうとしている。ありがとう。素晴らしいです。流石職業軍人は違う。

 ワタシの目の前にいるのは、フード付きのメイド服みたいな衣装を着たお姉さんだ。獣人ベスティであることは理解できるけれど、耳や尻尾が見えないので種族は判別できないだろう。そもそも、この状況で《彼女》の正体を見抜くことは出来ない。なぜならば、《彼女》は完璧に変装しているからだ。

 だがしかーし!ワタシはちゃんと対策を手に入れている。相手の手段がわかっているのならば、それについての対策を立てるのは決して難しいことではない。皇帝陛下にお願いすれば、大概のことはどうにかしてくれる。


「シュテファン!今だよ!」

「承知しました。《エタンド》!」


 叫んだワタシの声に応えるのは、料理番のシュテファン。何でここにいるかって?来てくれるように頼んでおいたからですよ。彼はエルフで、エルフは魔法が得意な種族。ワタシが欲した呪文も、彼は容易く扱えると快く了承してくれた。

 エタンド――『ブレイブ・ファンタジア』の世界において、ありとあらゆる魔法の効果をかき消す呪文だ。決して状態異常の回復魔法では、ない。ようは、ステータスの底上げから、各種トラップ回避の為の呪文に至るまでの、補助魔法をかき消す効果がある。それはこの世界でも変わらないらしく、ワタシが望んだ通りの現象を引き起こしてくれた。


「な……っ、貴方は……!」

「何故、ここに…!」


 ワタシ達の目の前で、シュテファンの呪文によって魔法の効果を、変装魔術の効果を消されてしまった《彼女》の姿が変化する。フード付きのメイド服は、哀れなことに破れてしまった。そりゃそうだろう。だってこの衣装は《彼女》の姿に合わせて作られたものであって、本来の姿では小さすぎる。

 目の前で、愕然としたままワタシを見ているそのヒトに、ワタシはにっこりと笑って上げた。嬉しいねぇ。ちゃんとワタシはアーダルベルトの役に立てたようです。うむ。後手に回ったと思ったけど、まだ挽回できたね。ワタシ偉い!


「こんにちは、初めまして、テオドール・ガエリオス皇弟殿下?」


 ワタシが《彼女》改め《彼》の名前を呼んだ瞬間に、周囲がざわめいた。そりゃそうでしょうねぇ。いるわけがない。いるわけがないのですよ、こんなところに。正確には、《いてはいけない》ヒトなんですよ。彼は。

 テオドールは、アーダルベルトの一つ下の弟だ。それも、母親を同じくする、正真正銘の兄弟だ。それなのに、何でかこの兄弟は仲が悪い。死ぬほど悪い。年功序列でいっても、スペックでいっても、どう考えてもアーダルベルトの方が上なのに、昔から無駄に張り合って、張り合って。結局、皇位継承の時にすら張り合って、反乱起こして、倒されて、辺境にすっ飛ばされた。

 そんなわけで、彼は王都に入れない。王城にも入れない。それなのに彼がここにいて、しかも明らかに変装していて…。そんな状況、ただ事なワケがないのですよ。

 見た目はアーダルベルトと同じ赤毛の獅子。それなのに、不憫なのか何なのか、どうにも小物くさい。見た目は悪くないんだ。どっちかというと武闘派にしか見えない兄に比べて、思慮深そうに見える。実際頭は悪くないんだろうけど、性格が色々と残念だ。というか、アニキに勝てない自分を認められない、がっかりな男である。


「……な、ぜ……」

「何故?おやおや、ワタシの二つ名、ご存じありませんか?」

「……《予言》の力を持つ、参謀…… !」

「えぇ、その通りです。生憎と、貴方がここにいる《未来》が視えましたので。……ライナーさん、エーレンフリート、捕まえてください」

「「承知しました」」


 二つ返事で頷く近衛兵ズ。

 あ、今、エーレンフリートが素直に返事してくれた!凄い。これ快挙じゃない?あ・の・エーレンフリートが、ワタシの言うことをちゃんと聞いてくれた!凄い!凄すぎて感動した!……お願い、シュテファン。そんな、哀れむような目で見ないで。日頃ワタシがエーレンフリートにどんな扱いされてるか、シュテファンは知ってるじゃないか……。

 ライナーさんとエーレンフリートが両脇からテオドールの腕を掴んだ。瞬間、テオドールの赤い瞳が光った。あ、ヤバイ。こういうときって、予想通りの反応すると思ったけど。


「二人とも、そいつ暴れるつもりだ!」


 ワタシが叫ぶのと、テオドールが両手を振ってライナーさんとエーレンフリートを振り払うのが、ほぼ同時。既にワタシ達を遠巻きにしている、付き人さんたちには被害はない。吹っ飛ばされた二人も、空中で体勢を整えて無事に着地する。テオドールは、二人には見向きもせずに、真っ直ぐとワタシに向かってきた。

 ……まぁ、そうだよね。君にしてみたら、ワタシが諸悪の根源だ。だがね、申し訳ない。ワタシは貴方に捕まるつもりはないんですよ。シュテファンが危ないと叫んでいるけれど、大丈夫だよ。全然、問題はないんだから。


「我が参謀に、随分な歓迎をしてくれるな、テオドール」

「遅いよ、アディ」

「そう言うな。俺があまり早く出ては、こいつが逃げる」

「デスヨネー」

「ぁ、……兄上……ッ」


 ワタシに向けて伸びてきたテオドールの腕は、ワタシを庇うように背後から腕を伸ばしたアーダルベルトに阻まれる。本当に、本当にお前は小物だね、テオドール。ゲーム中も、アーダルベルトと同じ顔してるのに、中身が全然小物過ぎて、ちっとも魅力を感じなかったよ。そんな貴方に、一生懸命仕えているカスパーは、腐女子的に萌え萌えさせてもらったけどね。

 ほら、楽しそうに笑ってるのに不機嫌な、眼だけで殺せそうなオーラを発してるアーダルベルトに、君が勝てるの?ねぇ?君が?勝てるわけ無いんだから、いい加減、アーダルベルトに喧嘩を売るのを止めなよ。せっかく、《生かしてもらってる》のに。


「貴様が企てたクーデターについて、根こそぎ吐いて貰うぞ、テオドール」




 まぁ、そうなるよね。お仕事頑張ってね、アーダルベルト!……ワタシは難しいのは手伝わないからな!



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