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何だかんだありまして、結局戦争は始まってしまいました。
一応、宣戦布告に対して、「食糧難なら援助しようか?」というお言葉は向こうに伝えたらしいのですが、綺麗さっぱり無視されたとか。送りつけられた無礼千万な書簡を手にしたユリウス宰相が、出陣する我々に向けて告げた一言が、忘れられません。えぇ、忘れたいのに忘れられない。
麗しのイケオジナイスミドルエルフの宰相閣下は、うっとりするほど美しい微笑みを浮かべたまま、こう仰いました。
――愚か者に鉄槌をお願いいたしますね。
にこやか過ぎて逆に怖い。書簡を握りしめているお指に力が入っておられました。エルフは肌の色が白いのですが、血管が浮いててマジ怖い。それなのに顔は笑顔。背後に背負っているのは
基本的に、戦争以外の手段で話をまとめたいというのがアーダルベルトの主義主張。それをちゃんと理解しているユリウスさんは、各方面に向けて外交で色々やりつつも、戦争にならないようにいつも頑張っておられます。この間のウォール王国の件も、めっちゃ嫌み言って脅してお土産いっぱい貰ってきたらしいけど、別に力で報復とかは考えてないらしいし。そのユリウスさんにしてみれば、阿呆なことをやらかしてくれたキャラベル共和国は粛正対象なんだろう。わー。怖い。
つーわけで、現在我々はキャラベル共和国との国境である平原におります。何で平原で区切ってんの?とか思うわけですが、平原の真ん中に綺麗にラインが走るように土の色が違う場所がありまして。そこを目安に境界線として、それぞれが関所を作ってるのでありますよ。土の色が違うのは、何故かその部分だけが魔力の性質が違うからだとか。アレだ。土が酸性かアルカリ性かみたいなモンですよ。多分。細かいことは知らない。解らない。難しいこと考えたくない。
陣営が設置されて、数日。既に最初の小競り合いは起こっておりまして、軽~くドンパチはやってます。双方共にそんな深刻な被害じゃ無い。まぁ、食料が不足しているキャラベル共和国は、短期決戦したいんだろうけど。悪いけど、負けてやるつもりはこっちにはありません。言いがかりで戦争始められたのに、負けてやる道理がどこにある。そんなもんはねぇよ。
「ミュー様、あんパン焼けましたよ~」
「ありがとう、シュテファン。あんパンはやっぱり焼きたてだよねぇ。頭使ったら糖分も欲しくなるだろうし、あっちにも配って上げて」
「わかりました」
焼きたてほかほかのあんパンを受け取って、ワタシはご機嫌。ワタシが頼んだとおり、シュテファンは幕僚達のいるテントに篭に入れたあんパンを持って行ってくれた。シュテファン本当に良い子。ライナーさんも食べましょうね。ワタシ一人でおやつ食べるの寂しいので。
……え?何で戦場なのにシュテファンいるのかって?いや、戦場にも料理番は同行しますよ。衛生兵だって同行しますよ。だって、誰がご飯作るんですか。シュテファンが来てるのは、料理番としては若手でも、魔法系としてのスペックが高いからですよ。もしも後方支援の皆さんが襲われたときに、シュテファンがいたら凌いでくれるっていう考え。入れ知恵の大本はユリウス宰相です。
でも、嫌だったら拒否権はあったんだよ。それでもついてきたのはシュテファンだし、城にいるときと同じようにワタシにおやつ作ってくれるのもシュテファンです。シュテファン曰く、「ミュー様が一番喜んで食べてくださるので……」ってことらしい。そうか、料理番冥利に尽きるとかそういうのか。ワタシはただ、異世界の食事を普通に作ってくれる君が好きなだけだよ、シュテファン。
何でワタシが暢気にあんパン食べてるかって?いや、戦闘能力皆無のワタシに、戦場で出来ること無いよね?大人しくしてるだけです。あんパンうまぁ。この戦争、別にそんな苦労しなくても、ほぼ力押しというか地力の差であっさり勝てることが判明してるし。
そもそも、強兵で知られるガエリア帝国と、別に弱くないけど今は食糧難で補給に不安があるキャラベル共和国とか、どう考えたって勝敗見えてんじゃん。先制パンチ喰らわせたつもりだろうけど、ワタシの入れ知恵で戦争になるの解ってたから、こっちも準備万端整えちゃってるしな。悪いな、キャラベル共和国。ワタシがいたのがお前達の不運だ。
え?それなら城で留守番してたら良かったんじゃ無いかって?…………正直、今はお城にいる方が針の筵というか、色々と居たたまれなくて嫌なので、戦場に逃げてきてるワタシです。そうだ、ワタシは逃げてきた。絶対に勝てもしない強敵から……!
侍女、女官を筆頭に城内の色んな人たちに「おめでとうございます」って見られるのもう嫌だ!
全ての元凶は、ワタシを抱き枕にしたままぐーすか寝こけやがったアーダルベルトにある。逃げ出せないのでワタシも諦めて寝たのが悪かったのか。夕飯に起こしに来てくれた侍女さんが、そらもうテンプレの誤解をしてくれやがりまして、次の日には城内に情報が回ってました。よって、ワタシとアーダルベルトの間に男女の以下略が存在するとか思い込まれ、応援され、祝福されてる現実。……何でや。そんなもん存在しねぇよ。気持ち悪い。
ワタシが全力で否定しても誰も聞いてくれなかった……。事情をわかってくれてる身内ぐらいしか納得してくれなかった。女官長のツェツィーリアさんに泣きついたけど、「彼女たちの頭はお花畑ですので、諦めてくださいませ」とか言われた。ヒドイ。哀しい。辛い。ワタシとアーダルベルトはただの悪友でしかねーよ!
で、覇王様にどうにかしろと文句付けたら、ヤツは当たり前みたいな顔で「別に放っておけば良いだろう」とか言いやがりました。騒ぎ立てても何も良いことは無いとかもっともらしいこと言ってたけど、ワタシにはヤツの腹が読めている。ユリウスさんにも読めていたらしい。
アーダルベルトのヤツ、ワタシを虫除けに使ってやがりますよ!!
とりあえず、ワタシとの間にナニカがあると誤解させておけば、それで煩い結婚話とかを遠ざけられるとか思ってるらしい。勝手にヒトを利用するな!ワタシの風評被害も考えろ!城内でワタシが安穏と出来る場所が、自室(ただし侍女や女官が来ないときに限る)か料理番の休憩所しかないとか、どういう状態だよ!理不尽!
……あ、シュテファンを始め、料理番の皆さんは事実を認識してくれてます。あと、近衛兵組も。衛兵とか騎士団とかの面々はちょっと微妙みたいだけど。……普段、ワタシとアーダルベルトが何やってるのか知ってる面々は、現実をちゃんと理解してくれている。それを見てるはずなのに、侍女や女官の皆さんが理解してくれないのは、どういうことだ。解せぬ。
「お嬢、何美味そうなもん食ってんだ?」
「あんパン」
「アンパン?」
「一個あげる。多分アルノーは気に入るから」
「おう、ありがとよ」
ひょっこり現れたのはアルノーで、ワタシが手にしたあんパンに釘付けだったので、プレゼントしておいた。このオヤジ、甘い物大好きだからな。きっとあんパンもお気に召すだろう。この間、水ようかん食べて感動してたから、あんこも好きなんじゃね?
と思ったら、案の定気に入ったのか、目がキラキラしてる。見た目ただのパンですからね。オヤジが手にして食ってても誰も何も言わないわな。中身見えないもん。同じ理由で、このオヤジ、チョコパンとかジャムパンとかクリームパンとかも好きだよ。本当はパフェとか好きだけど、オヤジが食ってると視線集めるしな。まぁ、気にせず喫茶店とか入ってるけど。
「つーかお嬢、戦場で何作らせてんだ」
「戦場だろうが城内だろうが、食べたいときに食べたいものが欲しいのは真理。あとシュテファンが気にしてないから大丈夫」
もきゅもきゅとあんパンを食べるワタシの隣に、アルノーは当たり前みたいに座る。戦場は良いのか、歩兵遊撃隊の隊長殿?むしろこういう時に仕事すんのがアンタの役目じゃないの?
「今、斥候が敵の兵糧のありかを探ってるからな。それまで俺らは待機だ」
「ふーん。……兵糧、もしかして焼くの?」
「その予定だな」
「あー、勿体ない。勿体ない。勿体ないお化けが出るぞ」
予想通りの答えとはいえ、少々納得はいきません。食べ物を粗末にしたら罰が当たるんだからな。勿体ないお化けが出るんだぞ。……キャラベル共和国の特産品だってそこに組み込まれてるかも知れないのに。燃やすぐらいなら、いっそ持って帰ってきたら良いのに。そしたらワタシがシュテファンに美味しく調理して貰って、心置きなく食べますが。
「お嬢、思いっきり私情入れんな」
「食べ物が勿体ないと思ってるのは本当だもん」
「暢気に移送してたら攻撃されて終わるだろ」
「へいへい。それが戦争なんでしょ。知ってるけど、勿体ないなぁと思っただけ」
本音なので仕方ありません。アルノーもそれ以上は何も言わなかった。まぁ、作戦がそうなら、頑張れとしかワタシは言えないしね。……戦場に来てから、ライナーさんも時々ワタシの側を離れることがある。今アルノーがワタシの隣にいるのは、ライナーさんの代わりなのかね。色々と心配かけてすいませんな。こちら戦闘能力皆無ですので。
流石に戦争になると、覇王様は忙しそうでね。まだ前線に出てはいないけど、戦闘が白熱してきたら飛び込んでいくだろうし。陣頭に立って味方を鼓舞するのは彼のお仕事です。というか、ガエリアの皇帝陛下って、代々そうやって陣頭に立つのが普通だしな。解せぬ。普通、王様ってのは後方で大人しく護られてないとダメだろ。……まぁ、あの
「で、お嬢はここで何をするんだ」
「何もしないヨ」
「は?」
「城にいても城内の生温い視線と誤解で針の筵だから、ついてきただけだヨ」
「…………お嬢、そんな理由で戦場に出てくるんじゃない」
ぽかり、と軽く頭を叩かれた。煩い。アルノーにワタシのいたたまれなさというか、居心地の悪さが解るわけが無いだろう。だって、何を言っても聞いて貰えないんだよ?日本の感覚で言うなら、全力否定してるのに周りが全員「早くお赤飯炊かなくちゃ!」みたいな状態ですよ?ウザイことこの上ないわ!そんなところで留守番して、盾になるアーダルベルトもいない状態で取り残されるとか、拷問以外の何でも無い!
そりゃ、何かお仕事出来るなら頑張ろうと思うけどね?だけど、今のところワタシに出来る仕事無いんですよ。そもそも、今回に関しては、キャラベル共和国が戦争を仕掛けてくると先に解ってた時点で、アドバンテージは取れてる。だからワタシの仕事はそこで終わってる。つまり今はワタシ、大人しくしてるのがお仕事なんですよ。
「ミュー、そんな所にいたのか」
「あ、お疲れ、アディ。あんパン食べる?」
「食う」
ひょっこり現れた覇王様に、労りの言葉と共にあんパンをとりあえず一個渡した。一口で終わった。次のあんパンに手を伸ばすので、仕方ないので篭ごと渡すことにした。……なお、自分が食べる分を数個確保するのは忘れていない。こいつに渡したら、全部食い尽くされるからな。
っていうか、あんパンは普通サイズなのに、一口で食べるのどうなん?ちゃんと味わって!ワタシとしては、苦労してあんこも作ってくれたんだから、あんパンを粗雑に扱うのは許せんのだが。
「別に粗雑に扱ってるワケじゃない。俺には一口サイズなんだ」
「アンタ本当に一口大きいよね」
「お前は小さいな」
「普通じゃ、ボケ」
並んで仲良く?あんパンを食べるワタシ達を見て、アルノーが笑ってました。オヤジ、腹抱えて笑うな。何でお前は、ワタシとアーダルベルトが一緒に居るとそうやってすぐに笑うんだ。解せぬ。ワタシ達にとってはこれが普通なんだけど?
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