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 ぐるぐると渦巻く感情を持てあましながらベッドでゴロゴロしていたら、ノックのが聞こえた。面倒になって無視をしていたら、何度も何度もノックされた。しつこいな。物凄くしつこいな。居留守使ってるの解るだろ。そこにライナーさんいるし、大人しく諦めて帰れよ。


「ミュー、鍵を開けないならドアごと蹴破るぞ」

「お前には情緒を理解するという感覚は無いのか!?」


 平然とドアの向こうで暴言を吐いた覇王様に、ワタシは大慌てでドアの所すっ飛んでいった。いやだって、器物破損はよくないです。んでもって、こいつらなら本気でやる。マジで鍵がかかってようが難なくドア壊して入ってくる。それぐらいなら、最初から鍵開けた方がマシ。絶対に。

 鍵を開けたら、アーダルベルトが当たり前みたいに入ってきた。ライナーさんは入ってこない。尻尾が見えたのでエーレンフリートもいるんだろうけど、入っては来なかった。……まぁ、何だかんだで一応年頃の女子の部屋でして、そこに平然と入ってくる野郎はアーダルベルトだけです。でも彼はこの城の主なので、そこを主張されたら立ち入り禁止も言いにくいです。マル。


「……何しに来たんだよ」


 ぷいっとそっぽを向いて、ついつい八つ当たりするみたいになってしまったワタシである。申し訳ないが、今のワタシは不機嫌である。まだ自分の中の感情と折り合いが付けられていません。つーわけで、いつもの感じのじゃれ合いを期待しているなら、無駄だと諦めろ。……ワタシは今、自分に嫌気がさしてるんだ。

 伸びてきた腕が、当たり前みたいにワタシをつまみ上げて、そのままひょいっといつものように肩に担いで、そのままベッドへ。……てめぇ、ヒトを荷物にすんなって、何度言わせんだよ、この覇王様!そうして転がされたワタシは、むかつきながらもベッドの上で正座しました。靴?んなもんさっきからずっと脱いでますよ。だってワタシ、ベッドでごろごろしてたんだし。


「お前と話をしようと思ってな」

「話すことなんてねーやい。アンタがワタシに隠し事をしてたのが悪いんだろ」

「隠すつもりが無かったとは言わんが、それらは俺の領域で、お前に咎は何も無いだろう」

「咎は何も無い?ふざけんな。馬鹿にすんな。……お前は本気で、何でワタシが怒っているのか、解らないのか?」


 正座しているワタシと目線を合わせるように、アーダルベルトはベッドに腰掛けている。真っ直ぐにぶつかる視線を、彼は逸らさなかった。そうしてワタシを見て、今度こそ、驚いたように目を見張り、息を飲んだ。……私の顔から、覚悟でも読み取ってくれたのだろうか。

 伸びてきた大きな掌が、ワタシの頬を撫でた。肉球を堪能する気分じゃないのですが、その掌が何となく、甘えてるみたいに感じるのは、何故だろうか。アディ?と呼びかけたワタシの前では、いつか見た、困ったような顔をした覇王様がいる。……何で困るんだ。そしてこの掌はなんだ。簡潔に答えろし。


「お前は俺に、何を望む?」

「じゃあアンタは、ワタシに何を望むんだ?」


 問いかけに、問いかけで返すのは卑怯かも知れない。でも、聞いてみたかった。聞いておきたかった。ワタシがワタシの決意を伝える前に、アーダルベルトの思いを知りたかった。何となく、漠然と、解っているではなくて、ちゃんと、彼の口から聞きたいと思った。言葉は、伝えるために存在するのだから、ちゃんと仕事をして貰ったって悪くないはずだ。

 しばらく沈黙した後、アーダルベルトは口を開いた。ワタシを見る瞳は真剣で、真摯で、これから告げられる言葉が彼の本音だと、ワタシにもわかった。……ワタシはずっと、それが聞きたかった。じゃれ合う悪友としてだけじゃなく、一個人としてのアーダルベルトの本音を。


「俺はただ、お前がいてくれるだけで十分だ」

「アディ」

「お前の前で俺は俺でいられる。だから俺は、お前がいてくれるだけで十分だと思っている。……お前は?」

「……ワタシは」


 困ったように笑うアーダルベルト。いつまでもワタシの頬を撫でている大きな掌に、そっと触れた。目を伏せて、開く。思わず笑いそうになるのを必死に引き締めて、言葉を綴った。この覇王様はワタシに甘くて、ワタシに優しくて、本当に馬鹿だ。……でも、だからこそワタシは、これを願わずにはいられない。



「ワタシは、アンタの隣でアンタと同じように全てを背負いたいと思ってる」



 告げてしまえば、一言で終わる。

 ただの小娘に、異世界からの召喚者に、決して赦されることでは無いだろうとわかっている。アーダルベルトは目を見張り、言葉を失っていた。解っている。皇帝陛下と同じだけの重荷を背負うとか、誰にも出来ないことだ。だって皇帝は唯一無二の存在だ。並びたいとか、共に背負いたいとか、そんなの不可能だって解ってる。それでも、それでも!……それでもワタシは、それを願ってしまうのだ。

 ……だって、ワタシの言葉は、それだけで世界を動かすんだろう?少なくとも、それでアンタは動くじゃないか。だったら、その分の責任ぐらいはワタシが背負ったって、誰にも文句は言われないはずだ。ワタシは悪くない。弱くて非力で無力なただの小娘でも、申し訳ないけどワタシにだって、矜持はあるんだよ、アーダルベルト。


「……それが、お前の望みか」

「そうだよ。その覚悟でアンタに《予言》を与えたいんだよ。……今までのワタシにはその覚悟が無かった。だからアンタに護られるだけだった。でももう、そんなの嫌だ」

「ミュー」

「……解ってる。解ってるよ。ただの召喚者の小娘が、何を生意気なこと言ってるんだってことぐらい。だけど、それでも、ワタシは……!」


 逸る気持ちを、乱れる気持ちを落ち着けるように、そこで言葉を切った。頬を撫でるアーダルベルトの掌を剥がして、大きな、一回り以上大きな、それこそ大人と子供としか言いようのない掌を、両手で包んだ。ぎゅっと握りしめて、眼前の、まだ情報処理が追いついていないような覇王様を見つめて、告げる。


「ちゃんと、アンタと対等の立場で、背負いたいんだ」


 一言一言、ゆっくりと、はっきりと、告げた。声は震えていなかった。泣いてもいなかった。ただただ、静かに、淡々と、事実を告げるだけという風になったのは、良かったと思う。感情に任せてじゃないんだ。色んな事を考えて、それでワタシ自身の矜持と折り合いを付けて、そうして願ったことなんだよ、アーダルベルト。……一時の激情と捉えてくれるな。

 答えは、返らなかった。なんと返そうか迷っているのだろうか。いいよ、別に。駄目なら駄目って言ってくれたら。ワタシは、自分が我が儘を言ってることは自覚してるし、そこまでアンタに踏み込むことを赦されないだろう事も、わかってる。だって、ワタシはただの召喚者の小娘なんだから。……辛くても、アンタの答えをちゃんと受け入れるよ、アディ。

 そう思っていたら、隣に座っていた覇王様が、腕を伸ばしてワタシの身体を抱き込んだ。すっぽりと、まるでぬいぐるみみたいに抱き込まれて、そのままどさりとベッドに倒れる羽目になる。え?アンタ何してんの?どうしたん??行動の意味がまったくつかめないんだけど??


「……初めてだ」

「あん?」

「皇帝に即位してから、いや、それ以前から……。俺にそんなことを言ってくれたのは、お前が、初めてだ」

「……アディ」


 ぎゅうっと抱きしめられて、くぐもった声が聞こえた。……まさか、泣いてるんだろうか。いや、そんなことはないだろう。何故か感極まっている覇王様は、ワタシを抱き枕みたいに抱きしめて、放してくれない。……なぁ、一応アンタが喜んでくれてるのは理解したけど、返事は?ワタシ、まだちゃんと答えを聞いてないんですけど?

 早よ答えろと言う代わりに、げしげしとアーダルベルトの足を蹴ってみた。抱き込まれているので、足ぐらいしか自由にならんのよ。つむじにぐりぐり押しつけられてるのがヤツの頭か顔かは知らんけど、正直、身動き取れないのが本当に面倒です。なぁ、お前何がしたいの?


「お前はそれで良いのか」

「は?」

「俺と同じだけの覚悟を背負うというのは、逃げ道が無いと言うことだ。……皇帝である俺には、逃げることは赦されん」

「だから、だよ。何でアンタが一人で背負うのさ。ワタシの《予言》が影響するんだから、ワタシも背負うの手伝ったって普通だろ。……それに、アンタが逃げられないなら、なおさら、一緒に背負う存在が必要じゃないか、馬鹿」


 顔は見えないままだけど、アーダルベルトが困惑してるのは伝わった。あのなぁ、アンタはワタシを見くびりすぎだよ。苦しんでないのを知らないと思うのか。平気なフリして、何でも無いフリして、それでも心を痛めているのを知らないと、思ってるのか。アンタがどれだけ国民の為に粉骨砕身してるかなんて、ワタシは誰より知ってるよ。……ゲーム知識だけじゃ無くて、今のアンタを見てたら、それぐらい、わかるんだよ。なぁ、ワタシの覇王様?

 ほんの少し拘束が弛んで、顔を上げたらアーダルベルトがワタシを見ていた。苦笑めいた表情は、ナニカに困っているのか、照れているのか、困惑しているのか。どれでも良いけどね。ワタシはワタシだから。自分で決めた道を選びたいだけだよ。さぁ、選ばせてくれるのかい、皇帝陛下?



「お前がそれを、望むなら」



 静かに、低く落された声が厳かに告げた。

 おーけーだ、皇帝陛下。これでワタシとアンタは、正真正銘の共犯者で相棒で、親友だ。そうだろう?互いの重荷を支え合えなくて、何が友人だ。悪態ついて、阿呆みたいなやりとりしてるだけで、悪友認定はされたくない。悪友ってのはね、良いときも悪いときも、全部ひっくるめて一緒に居て、全部一緒に分かち合うから、悪友なんだよ。そうだろう?

 にたっと笑って見せたら、小さく頷かれた。よし、これからは余計な気遣いで隠し事すんなよ?ワタシに出来ることなんて殆ど無いけど、それでも、アンタと一緒に背負うことは出来るから。というか、背負わせてくれなかったら、殴るからな。え?ワタシの非力さじゃ殴っても痛くない?そういうこと言ってんじゃねぇんだよ!

 ……っていうか、お前、何でまたヒトを抱きしめてんの?話終わったくね?放せよ。何でそのまま抱き枕みたいにしてるの!?ワタシ抱き枕違うんですけど!?


「……気が抜けたら眠くなった」

「なら自分の部屋に戻れよ!」

「面倒くさい……。……このまま少し、仮眠、させろ……」

「はぁ?ヲイ、こら、アディ!寝るのは良いけど、ワタシを放せ!ワタシは抱き枕じゃない!」

「……煩い。……そのまま、ここに、いろ……」

「うぉぉおおおい!理不尽にもほどがあるだろうが、アディ!」


 とんでもないことを言い出した覇王様は、ワタシがどんだけ叫んでもぴくりとも動かなくなった。げっと思って必死に顔を頭上に向けたら、安らかな寝息を立ててお眠りあそばしている獅子の姿が見えました。こら待てぇえええ!お前はワタシを捕縛したまま寝るとか、何考えてんの!?百歩譲ってここで寝るならベッド貸すけど、ワタシを抱き込んでる意味がわからんわ!

 もがいても逃げられなかったので、大声でライナーさんとエーレンフリートを呼んだ。何事かと恐る恐るドアを開けた二人に、顔をよじりながら必死に事情を説明した。早く助けてくれと。この迷惑な王様から、ワタシを助けてくれと。

 だが、しかし。


「予想はしていましたが、我々では陛下の腕力には勝てませんね」

「もうそのまま抱き枕になっててください、ミュー様」

「ライナーさん、諦めないで!エーレンフリートは投げるの早すぎだろ!?」

「「失礼します」」

「綺麗な笑顔で去って行くなぁああああ!」


 無駄を悟った近衛兵ズはワタシを見捨ててあっさり退却。ドアを閉める前に、おやすみなさいと笑顔で告げてきた二人に、何か軽く殺意を覚えたのはワタシが悪いんですか?いえ、そんなことないですよね!?



 仕方ないので開き直ってワタシも寝てたら、夕飯に起こしに来てくれた侍女さんにめっさ誤解されたんですが。風評被害だ!


 

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