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 まどろみから目覚めるように瞼を持ち上げたら、見知らぬ天井が広がっていた。真っ白だ。あまりにも真っ白過ぎて、一瞬、「え?ワタシもしかしてあの世に来ちゃった?ここ天国の門とかいうアレ?」とか思ったんですけど、よくよく冷静に見てみれば、何度か見たことあるような白い天井でした。あれだ。ここ病院だ。うん、病院の天井だと思う。

 のろのろと首を動かして左右を確認してみたら、何か立派な個室でした。いや!止めて!一泊の料金がくっそ高そうな個室だった!だって、部屋にトイレまで付いてる!それなのに一人部屋とか、マジでここお高い部屋じゃねぇの!?勘弁!ワタシは六人一部屋とかの大部屋で十分です!



 と、そこまで思考して、「何でこんな近代的な病院にいるわけ?」と思いました。



 いやそうだろ。だって、確かに刺されたっぽいけど、それならワタシは、自分の部屋に居るはずだ。あの、お客様用としか思えない豪奢なベッドに寝てるならともかく、これ、確かに質は良いけど、普通に病院のベッドじゃん?何で?理解不能??

 夢かな?目が覚めたと思ったけど、実は夢見てるのかな?首を傾げつつ状況把握をしようとしたら、病室の扉が開いて、そして、大音量が聞こえた。


「「未結みゆ!」」

「お前、目が覚めたのか?!」


 ワタシの名前を叫んだのは、母さんと姉さん。二人と違って文章を叫んだのは、兄さん。その背後に、目を丸くしている妹と弟。父さんを除いた家族が大集合していて、ワタシは瞬きを繰り返した。アレ?何で皆がいるの?マジで、ここどこ?

 その後、大騒ぎの家族によってナースコールが押され、お医者さんのおっさんと看護師のお姉ちゃんやってきて、何かわからないけどワタシの診察をしてくれました。その合間に求めた状況説明によれば、ワタシはこの三ヶ月ほど、眠りっぱなしだったらしい。日曜日だったのでいつものごとく爆睡していると放置されてたそうだが、流石に夜になっても起きてこない事実に慌てて病院に運び込んだのが三ヶ月前、とのこと。


 ……いやいや、そこはせめて、昼とか夕方に確認しろよ。確かに日曜日は昼まで惰眠貪るのがワタシだけど。


 というツッコミを入れたかったんだけど、心配したと前面に押し出しつつ、阿呆と怒ってくる家族に対しては、文句言えませんでした。寝たきり状態だったワタシは、ぐぅと鳴ったお腹に空腹を訴えたのに、それを無視して診察やら精密検査やらに連れ回されるという現実。車椅子だからって、お腹は減るんだよ。というか、お腹減ったからご飯食べたいって言ったのに、誰も聞いてくれなかったの辛い…。

 診察されたときに見たお腹には、傷一つなかった。刺された場所は、脇腹か腹か腰かわからなかったけど、傷が一つも無いのは何故だろう。いや、そもそも、ガエリアあっちじゃなくて日本こっちにいるらしい現状が、意味不明なんだけど。


「なー、兄さん、ワタシ、何で日本ここにいるの?」

「はぁ?お前が起きないから、病院ここに運び込んだからだろ。バカか」

「バカって言った方がバカだい」


 顔を見ながら速攻で悪態をついてくれる兄である。うむ。この会話テンポはやっぱり楽しいな。関西人の会話テンポは、食い気味にツッコミをかぶせることである。会話が早いというか、お互い瞬間芸みたいにツッコミいれるのがデフォだしな。久しぶりかもしんない。

 というか、《ここ》を示す言葉がお互い違うことに気づいてるのは、多分ワタシだけだ。なお、今病室には兄さんしかいない。母さんと姉さんは夕飯の支度をしに家に戻った。……戻ったって言うか、姉さん実家に入り浸りすぎじゃね?就職して家を出たはずなのに、三日に一回は実家で夕飯食べてるぞ、あの人。


「あのさ、兄さん」

「何だ」

「『ブレイブ・ファンタジア5』でアーダルベルトが死ぬの覚えてる?」

「あぁ、覚えてるぞ。…………真面目に受験生やってた俺に、夜中唐突に盛大な勢いで「アーダルベルトが死んじゃったよぉおおお!」とお前が盛大なネタバレしてくれたことも含めてな」

「その節はすいませんっしたぁああああ!」


 にっこり笑顔の兄さんに、土下座する勢いで謝った。いやマジで、本当にすまんかったと思っている。あの時は気が動転してたあまり、同じようにゲームやってた兄さんについうっかりネタバレ突撃してしまったんだよね…。受験生だったからプレイ時間短い兄さんは、当然そこまで辿り着いていないわけで……。



 頭鷲掴みでギリギリしつつ、「お前殺すぞ?」と言わんばかりの目で睨まれたことも、ワタシが全て悪いと解っている。



 というか、妹だからという自制心が発動してくれたおかげで、ワタシはその程度で済んでいたんだと思う。我が兄は、幼少時から空手の道場に通っていて、生身で一般人の群れに放り込んじゃいけない!という感じで、近隣のヤンキー集団どころかチンピラ共まで「触るな、危険!」の認識してるようなお人だ。性格的には攻撃的ではないけれど、やはり、筋金入りのゲームオタクにとって、ネタバレは許しがたい罪だったのだろう。

 ぶっちゃけ、数日後ぐらいに、兄さんの親友が同じネタバレをやらかした時には、既に話の内容を知っていたにも関わらず、「この俺にネタバレするとは良い度胸だなぁ?」という肉食獣も真っ青な笑顔で蹴り飛ばし、教室の壁にめり込ませたとか何とか……。そんなギャグ漫画みたいなと思ったけど、あの二人は常にそういう力関係だから気にしないでおこう。


「あー、うん、いやその」

「それで?今更昔のゲームの話でどうした」

「……ワタシねぇ、そのゲームの中に、いたっぽい」

「は?」


 目を点にする兄さん。それでも、話す相手にこの兄を選んだのは、他の身内と違って、《ブレイブ・ファンタジア》シリーズを知っているからだ。他の家族に説明するなら、そこからになる。面倒だったので、とりあえず、一番こういうサブカル的なノリに抵抗のなさそうな兄を選んだ。……ほら、昨今ラノベでも、異世界転生だの異世界転移だの溢れてるじゃん?


「時間軸的に4の時っぽいんだけどね。何か覇王様に気に入られて、彼の死亡フラグとかその他諸々へし折るために色々頑張ってた。参謀とか呼ばれてたよ」

「……お前、寝過ぎて頭が溶けたか?」

「溶けてないよ!……でも、本当だったんだ。アディと、……アーダルベルトと一緒にいたのは、本当なんだよ、兄さん」


 いつもみたいに愛称で呼んで、すぐに言い直した。アーダルベルトをアディと呼ぶのはワタシだけだ。最初は、長ったらしい名前を呼ぶのが面倒だったから。けど、いつの間にか彼をそう呼ぶことが当たり前になった。愛着がわいた。……それもこれも、全部夢だったんだろうか?

 夢だったとしたら、随分とワタシに都合の良い夢だ。大変なことはたくさんあった。一年とちょっとの時間を、あの世界で過ごした。それが全部夢だとしたら、ワタシの想像力もたいした物だと思う。妄想は得意だけど、それは基本的に腐った方向にだから、そうじゃ無い方向への妄想なんてたかが知れてると思ってたんだけどなぁ……。

 アレが夢だったなら。

 ワタシはここに居るのが現実で、アレがただの夢なのだと言うのなら。……あぁ、考えたくも無いけれど、やっぱりワタシは、アーダルベルトを救えないのか。彼を死の運命から救うことは出来なかったのか。ご都合主義な世界だと、ワタシが見た夢だというなら、せめて、彼の死をねじ曲げて、生き続ける未来を確定させるまでぐらい、見せてくれても良いじゃないか。それは、ワタシだけじゃなく、ゲームをプレイした多くのアーダルベルトファンが望む、公式に喧嘩売りたいぐらいの切実な願いだったんだから。


 その後、結局兄さんには夢としか判断して貰えなかったけれど、色々と話は聞いて貰えました。


 で、翌日。

 ネット関係の持ち込み禁止されてるけど、竹馬の友の連絡先は母さんが知ってたので、そこから連絡が回ったらしく、竹馬の友+高校時代からの親友の二人が病室に見舞いに来てくれました。相変わらず、我が竹馬の友は、羨ましくなるぐらいの巨乳美人で、親友は知的美人だ。……何でワタシがこんな美人と仲良しなんだと良く言われますが、彼女達、見た目は美人でも中身はワタシと同レベルの腐女子だから。腐ってるから。


「いやー、未結が目を覚まして良かったよ~」

「ご心配おかけしました?」

「リアル眠り姫は笑えないなーと思ってたとこ。何しろ、未結には王子様がいない」

「そっちかよ」


 流石竹馬の友。相変わらず感性がズレていらっしゃる。……まぁ確かに、王子様に該当するだろう存在はいないな。そうなると眠り姫は延々と眠り続けるというわけで…。うむ、ありがたくない。


「ところでな、未結ちゃんが寝こけてる間に、夏の祭、終わってんねんけど」

「……はっ!?」


 しみじみとした口調で親友が投げつけてくれた爆弾に、ワタシは固まった。夏、そうだ、夏休みに入った辺りがワタシの最後の記憶だ。んでもって、三ヶ月寝こけてたらしい。つまり、夏が過ぎ去り、秋になり、むしろ冬が近づいていて、それで、あの、その……。



 年に2回しかない戦の夏の方が終わってた?!



 いやぁあああああ!ワタシの、ワタシの欲しかった新刊は?!再録集は!?アンソロは!?イベント限定のノベルティは?!サークル主さん達へのご挨拶は?!全部アウトなの!?会いに行きますって言っておいたのに、プレゼントも用意しようと準備はうきうきしてたのに?!まさかの、寝てる間に全部終わってた?!

 NOぉおおおおお!ワタシ終了のお知らせが見える!無理無理無理!心がぽっきりへし折れるわぁあああ!


「で、とりあえず出陣前にアンタの部屋に入れて貰って、事前チェックしてたメモ帳だけ拝借して、解る範囲で新刊買っといたから、退院したら代金返せ?」

親友ともよ……!っていうかもう、女神かお前!?」

「いや、同じ状況やったら、あたしもそれぐらいしといて貰わんと生きていけへんなぁと思って」

「ありがとう、ありがとう……。退院しても楽しみが何も無いところだった。感謝しか無い……。代金はちゃんと退院したら払います」

「了解。……流石に、個室とはいえ病院に薄い本を大量に持ち込むんははばかられたから、持ってきてへんけどな」

「それは大丈夫。購入してくれてただけで感謝しかないから……」


 むしろ、退院準備の時とかに親に発見される危険性があるから、持ち込まれても困る。でも、これで退院してからの楽しみが出来た。あぁ、あの神々の新作が読める。幸せだなぁ……。


「なお、大学の方は休んでた分はレポート提出って先生が言ってたから」

「そっちは教えてくれなくても良かったかな!?」

「未結、留年は嫌でしょ?」

「そりゃ嫌だけど……」


 だからって、目覚めて二日目のワタシに、そこまで現実突きつけなくても良くね?やっぱり竹馬の友は容赦がねぇな。お互い様だから構わないんだけど。

 その後、家族が面会に来るまでの間、二人と思いっきり腐女子トークしました。ネタバレはしない方向でお願いしてたので、過去作について色々語るってことになったけど。それでも、久しぶりに全開オタク腐女子トークしたのは楽しかった。これがワタシの日常だったなぁと思い出す程度には、久しぶりだった。腐女子トークって、相手がいないと出来ないからね!そして、カプ論争で戦争にならない相手とじゃないと、出来ないからね!



 楽しかった筈なのに、夜になると無性に寂しくなったのは何故なのかなぁ……? 

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