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 タコパも無事に終わり、ワタシの日常はいつも通りに戻ってきました。今日も元気に書庫で情報収集頑張ってましたよ。午前中のお仕事を終えて、お昼ご飯も食べて、お昼休憩でごろごろです。中庭気持ち良い。日差しの下は暑いけれど、日陰にいれば風が入ってきて良い感じである。中庭のくせに森林浴出来そうな感じが素晴らしい。

 ……しっかし、情報収集頑張ってみても、全然目当ての情報が載ってる本がないんですよねー。ワタシだけでなく人海戦術で頑張って貰ってるけど、なかなかめぼしいのは出てこない。いやまぁ、出てこないの前提で探してるような部分あるけどさー。流石に、アーダルベルトがイゾラ熱に感染する経緯ぐらいは把握したいなと思ってるんだけど……。未然に防げたらそれに越したことは無いしな。何しろ、イゾラ熱には特効薬が存在しないし。

 最大の難関をどうやって防ぐか、切り抜けるか…。あー、阿呆の子のワタシにどうしろと言うんだか。でも《知ってる》のはワタシだけだし、頑張らないとね。…回復魔法が病気に効果があるなら、ヴェルナー巻き込むんだけどなぁ…。回復魔法は怪我は治せても病気は治せないしな。勿論、教会関係者には医術の心得もあるから、薬草の知識もぱねぇんだけど。それでも、イゾラ熱は未知の病なわけで、それに対応する薬は作れなかったっぽいし。

 ……実際、ゲームでは、ヴェルナーとラウラが持てる知識を総動員しても、結局特効薬は作れなかった。そもそもが、何で倒れてるのかが判明していないのだから、対処療法しか出来ないわけで。高熱が出たから下熱の為に薬を作っても、下げた矢先にまた上がる。食事も喉を通らず、むしろ無理に食べたらリバースする始末。そんな状態で体力を消耗すれば、いくら頑健な獅子の獣人ベスティだろうがアウトだろう。……おまけに、アーダルベルトはそこに至るまでの日々を、完全なるオーバーワークで生活していた。倒れたときには既に末期となれば、いくら二人が腕利きでも難易度が高すぎる。


 まぁ、今回はそうならないように、ワタシも頑張るし、周囲も巻き込むつもりでいるけどな!


 だって、助けると決めたんだから。助けたいと願ったんだから。つーか、多分、もしかしたら、ワタシがここにいるのは、その為なんじゃないかと最近思う。何のためにワタシが召喚されたのかと考えたときに、ふと思いついたんだ。《誰か》が、ワタシに《アーダルベルト・ガエリオスを救わせる》ためにやらかした事じゃないか、と。

 勿論、確証なんてありませんよ。ただ何となく思っただけだし。誰にどうやって召喚されたかもわからないワタシだけに、完全な規格外イレギュラーだしねー。そもそも、ゲームの中に入り込んでるらしいこの状況があり得ないと言えばあり得ないけど。いるんだから仕方ないね。頑張ろう。


「ミュー様、眉間に皺が寄ってますよ」

「あえ?あー、眉間の皺は癖になっちゃうから駄目ですね。うん、ダメダメ。乙女の額に皺とかいらんです」


 宥めるように穏やかな笑顔でライナーさんに言われて、ぐりぐりと自分の眉間を解してみる。いかん、いかん。普段阿呆の子なもんだから、たまに真面目なことを考えると、眉間に皺が寄っちゃうようだ。癖になりやすいと聞いてるから、ぐりぐりして直しとこう。眉間の皺が似合うのは、ワイルドイケメンとかぐらいです。ワタシみたいな童顔小娘の眉間に皺があったって、何も宜しくない。

 ライナーさんにも申し訳ないねぇ。毎日毎日書庫巡りに付き合わせちゃって。近衛兵さんなのに、文官さん達と一緒に書物漁りとか、マジで申し訳なく思ってます。ごめんなさい。

 でもまぁ、他の近衛兵さんより、ライナーさんのが気心知れてるから気楽ってのはあるしなー。百歩譲ってエーレンフリートも遠慮いらないんだけど、あいつ絶対にアーダルベルトの傍から離れようとしないし。たまには交代する?みたいな話を持ちかけた瞬間の、生ゴミでも見るかのような瞳は忘れられない。……お前、ワタシ一応覇王様の親友で参謀なのに、そういう目で見るなし、と思ったわ。


 まぁ、いつものごとく、直後に覇王様に叱られて、耳も尻尾もぺたんってしてしょげてる狼でしたけどな!


 いやー、テンプレ乙って感じ!エーレンフリートは本当に学習しない。脊髄反射で生きてるというか、本能で生きてるというか、ワタシも大概だけど、全然裏表が存在しない。というか、本音と建て前の使い分けすら、出来てない。ワタシ、腹芸は苦手だけど、本音と建て前ぐらいは出来るよ?でも、エーレンフリートにはそれがない。近衛兵としてどうなん?と思ったんだけど、アーダルベルトもライナーさんもユリウスさんですら、「それで良い」との判断でした。……まぁ、単純バカの方が扱いやすいし、それはそれで癒やしってことかな?

 細かいことはワタシには解らないけど、上司である覇王様がおkと思ってるなら、別に構わないよ。ワタシに対する態度は色々アレな時はあるけど、最初の頃に比べたらだいぶ友好的だし。ワタシもわかってて弄ってる部分あるしね!いやー、エーレンフリート弄り楽しいわぁ。本気で殺気向けられるのはごめんだけど、傍にアーダルベルトやライナーさんがいる時なら安全だしね!安全圏から相手をおちょくるのはとても楽しいです。えへ?


「ミュー様、何気に性格悪いというか、いじめっ子な所ありますよね?」

「いや、別に性格悪いわけじゃなくて、愛を込めて弄るのはワタシの育った地域の文化ですので」

「それ、苛めじゃないんですか?」

「違います。全然違いますよ、ライナーさん!愛を込めて弄るんだから、苛めじゃないです。ちょっとおちょくって遊ぶだけです。でもそこに愛はあるんです。好きだから弄るんです。そういう文化です」

「……はぁ?」


 どうにも上手に伝わらないようです。

 まぁ、ぶっちゃけ、この感覚は関西人にしかわからないんじゃないかな?と常々思ってるけどね。大学の同級生にもあまり通じなかったよ。関西人には通じたんだけどなぁ……?こう、親しいからこそ、適度に落すとかけなすとかも愛があるんだけど、理解されなかった。親しいと、愛があると、扱いがぞんざいになっちゃうのがデフォだったんだけど……。

 いやまぁ、関西人でもそうじゃないヒトいますけどね?ワタシの家族も、ワタシの周りも、そんな感じだったから。相手を褒めても、褒めた後にオチとしてちゃんと落すところまでがセット。え?だって、褒めたままって恥ずかしいじゃない。言われた方も言った方も照れるわ。こう、落として「何でそこで落とすねん!」っていうツッコミを入れてくるまでがセットですよ。褒めっぱなしとか小っ恥ずかしいわ!

 

「まぁ、エレンにちょっかいをかけるのは親愛の情だということだけは理解しておきます」

「どうもー」


 っていうか、ライナーさんもヒトのこと言えないとワタシ思うんですが。だって、何だかんだでエーレンフリートへの扱いが雑ですよ?付き合い長いからですか?年長者だからですか?割と結構、掌の上でころころ転がしてるように思うのはワタシだけですかね?

 視線で問いかけたのですが、ライナーさんはいつものにこにこした優しい笑顔で何も言ってくれなかった。聞くなと言うことですか。それとも自覚ありなので放っておいてくださいってことですか。どっちでも良いですけどね。つまり貴方の中でエーレンフリートは割と身内だということですよね?……ありがとうございます。ありがとうございます。相変わらず本当に、腐女子ワタシホイホイなお二人です。

 そんな明らかに斜めの方向にすっ飛んでる雑談を終えて、休憩がてらの日向ぼっこを終了して、ワタシとライナーさんは中庭から書庫へと歩く。午後も頑張って書物とにらめっこするぞー。まぁ、個人的に本を読むのは嫌いじゃないからね。……オタクの性として、ついつい興味がわいた本を見つけると読んじゃって、作業進まないという弊害はあるけど。それについてはスマンかったと思っている。でも仕方ない。大量の書物を前にしたら、文系オタクはそうなるから。そこは諦めて欲しいと思う。

 今日のおやつは何かな~?最近は、シュテファンもワタシに相談するんじゃなくて、自分で試行錯誤して作ってるから。内緒の方がワクワク感が増えて楽しいので、サプライズ気分でおやつの時間まで待つのは嬉しいです。そう言ったら、シュテファンが俄然張り切っちゃったので、時々リクエストする以外は、お任せにしている。

 実際、シュテファンのレシピもかなり増えてるしね。全てワタシが食べたいという欲求を伝えた結果なのだけれど、まぁ、良い事じゃね?料理番のレシピの引き出しが増えるのは良い事だ。うん。そう思いたい。


 不意に視界に入ってきたのは、礼儀正しく一礼する神父さんだった。


 まぁ、王城に神父さんがうろうろしてても普通か。確か、何だかんだで詰め所っぽいところあったな。医務室っぽいの。主治医さんと神父さんがダブルで待機してるとのこと。怪我なら神父さんが回復魔法。病気ならお医者さんが診察する。そんな感じで役割分担してるんだとか。良いことですね。お互いの分野を生かしての協力、実に素晴らしい。

 穏やかな雰囲気を纏った神父さんが、そのままこちらへと歩いてくる。書庫の方へと向かうワタシ達と、門の方へ向かうのだろう神父さんは、調度逆方向に向かうことになるからね。いやー、ヴェルナーと似たような衣装着てるのに、普通に神父さんに見える。素晴らしい。あの腹黒眼鏡、中身知ってると神父に見えないからなー。

 すれ違う前に、またしてもわざわざお辞儀をしてくれた。ので、ワタシも立ち止まってお辞儀をした。倣うように、ライナーさんも。神父さんって礼儀正しいんですね。ワタシみたいな小娘にまでわざわざお辞儀とか。……あ、いや、一応ワタシ、覇王様の参謀か。ポジション的にはお辞儀される側か。自覚全然無かったけど。


「……すみません」


 頭を上げる瞬間、滑り込むようにして聞こえたのは、悲痛な響を孕んだ謝罪だった。意味が解らずに顔を上げて、神父さんの顔を見ようとした。…したんだよ。でも、出来なかった。



 脇腹なのか、腰なのか、腹なのか、唐突すぎて自分でも解らなかったけど、衝撃に身体が傾いだ。


 

「ミュー様!」


 ぐらりと視界が揺らいだのと、隣のライナーさんの腕に支えられるのが、ほぼ同時。呆然としながらのろのろと顔を動かしたら、泣きそうな顔をした神父さんが、ワタシを見ていた。穏やかな笑顔の似合いそうなヒトなのに、この世の絶望全部詰め込んだみたいな顔をして、ワタシを見ている。その手に、震える手に、握られている、《ソレ》が見えて、小さく、息を飲んだ。

 何で、神父さんの手に、血まみれのナイフが握られてるんだろう。何で神父さんが泣きそうになってるんだろう。あと、熱いし、痛いし、辛いし、色々とよくわからない。でも一番正しいのは、鈍い、だ。感覚全部が鈍くて、遠ざかっていくようで、重たくなる瞼でじぃっと神父さんを見た。……やっぱり、相変わらず、泣きそうな顔をしていて、何で泣くのかを、聞いてみたいと思った。



 そこでぶつりと途切れた視界に、自分の名前を呼ぶ無数の声に、あぁ、ワタシ刺されたんだな、とおぼろげながらに理解して、ワタシの意識は完全にブラックアウトした。


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