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 意識が覚醒して早数日、ワタシは、病院生活って、退屈なんだなと痛感しました。


 まず第一に、精密機器が存在するせいで、ネット関係の持ち込みが禁止されました。それならせめて携帯ゲーム機を!と要求したんですが、「どのゲームのどのソフトを持ってくれば良いのかわからない」と母さんに真顔で言われてしまい、唯一話の通じる兄さんへの伝言が通じて、彼がワタシの部屋から発掘してくれない限り、ゲームが手元に届きません。おのれ。

 それならせめて漫画か小説持ってきてくれと頼んだから、何でそれをチョイスしたの?と思うようなの持ってきました。キラッキラの少女漫画(完結済み全30巻)を姉さんが持ち込み、「名作なんだからちゃんと読みなさいよ?」と笑顔で脅しをかけて行きました。……やめて。ワタシ、少女漫画は、特にキラキラしてる恋愛系漫画は、本当に受け付けないのだよ、姉さん……。抜き打ちチェックが怖くて、ちまちま読んでるけど、胃もたれするわぁ……。……まぁ、幸い、昔流し読みしたことあるので、多少マシだけど…。



 あと、最大の不満は、病院食である!!!



 いや、最近の病院食は美味しいらしいよ?特に、栄養管理が必要な妊婦さんとかに提供される病院食、普通に美味しいらしいんだけどね?特にこの病院、ご飯が美味しいので有名な私立病院なんだけどね?

 だがしかし、ワタシのご飯は、延々とおかゆさんなのだ!!!!そもそも、初日に重湯さんだったのは、三ヶ月食べてないからだというのは理解した。理解したが、その後も徐々に米粒が増えているという感じのおかゆである。出汁はきっちり取ってあるし、塩がほんのり効いていて美味しいのですが、梅干しも卵も存在しないおかゆさんオンリーとかマジで寂しいんですが!ひもじいわ!

 こんなご飯じゃ栄養が足りないと看護師のお姉ちゃんに訴えたら、「栄養は点滴でまかなってますから大丈夫ですよ」って笑顔で言われた。違う。ワタシが言いたいのはそうじゃ無い。普通に美味しいご飯が食べたいです。シュテファンのご飯が恋しい……。

 食い意地張ってるワタシにしてみれば、とてもとても辛い状況でございます。ちくせう。

 それでも、文句言ってもご飯が出てくるわけじゃないので、大人しくごろごろしている。体力がめっちゃ低下しているらしく、トイレ行くのも伝い歩きでよろよろです。お風呂は車椅子で運んで貰って、看護師さんに洗って貰った。腕も足も力が入らなくてね……。軽いダンベルみたいなの渡されて、ベッドの上でプチ筋トレ生活ですよ。

 まぁ、ワタシ若いので、頑張ればすぐに回復するだろうと言われました。それを信じて日々生きています。目標、歩いて購買までたどり着けるようになること!雑誌の立ち読みをしたい!




《お主、いつまで阿呆な夢に浸っておるつもりじゃ》




 はい……?

 呆れたような声が聞こえた。凄く聞き慣れた声が聞こえた。……え?この声って外見幼女ロリババアの声じゃね?何でそんなの聞こえてくんの?あと、スピーカーがくぐもってるみたいな変な感じで聞こえるんだけど、どういうこと?

 首を傾げて周囲を見渡せど、勿論ながら厨二病魔導士ラウラの姿は見えない。それなのに、いい加減にしろと言いたげなため息だけが、何度も聞こえるのはいかなることか。……っていうか、ごめん。情報処理が追いつかないんだけど、ラウラ、説明よろしく。


《説明も何も、お主刺されたことは覚えておるな?》

「覚えております。でも傷一つ無いし、ワタシ病院にいるんだけど」

《ビョウインが何かは知らんが、それは全てお主が生み出した夢じゃ。慣れぬ状況に驚いたのじゃろうな。精神が奥深くに潜り込んでおる》

「…………え?こっちが夢?」

《当たり前じゃ》


 思わず本音が口から零れたら、ラウラが呆れまくった声で断言してくれた。いやいやいや、こんなリアルな夢はありですか?病院も超リアルだし、身内の反応もリアルだし、っていうか、コレが現実じゃ無かったら、今ワタシはどうなってるの?



《自室で絶賛爆睡中じゃ。もとい、意識不明に近いとも言うがのぉ》



 それ、色々アウトじゃねぇ?!

 え?刺された傷が深かったとかそういうこと?ワタシ、生死の境彷徨ってる現状とかそういうの?!嫌だ!流石にまだ死にたくないです!


《死にはせん。外傷はヴェルナーが全て完全に癒やしてくれたわ。ようは、お主はショックで精神が奥深くに潜っておるだけじゃ。早く起きんか》


 お、おぉ、腹黒眼鏡が仕事してくれたんですか……。これはちゃんとお礼を言わないと駄目な状況ですかね。っていうか、何か顔合わせたらすっげー怒られそうだから、ヴェルナーには会いたくないかもしれない……。

 つーか、起きろと言われても、現状、ワタシは起きているつもりなんですが。それが夢とか言われたら、どうやって起きたら良いのかわかりません!ちょっとラウラ、凄い魔導士様なんだから、助けてくれないかな!?ワタシ、正直どうしたら良いのかわからないんだけど!


《お主、本当に微塵もためらいなくヒトに助けを求めるのぉ……》

「当たり前だろ?出来ないこと頑張っても仕方ない。っていうか、起きないとヤバイんなら、早く起こして。死にたくない」

《じゃから、死ぬことはないと言うとろうが。……単純に、周囲が心配しておるだけじゃ。早う目を覚ませ》

「だから、それがわからんと言うとろうが!」


 何で話が通じないんだ、この外見幼女ロリババアは!

 私の感覚では今現在、普通に起きているのだ。それを、眠ってるんだからさっさと起きろとか、理不尽にもほどがある。どうしろって言うのさ。

 むぐむぐ唸っていたら、不意に、光が差し込んできた。真っ白な病院の天井に、眩しいわけでは無い、乳白色っぽい、柔らかな色合いの光が差し込む。不思議に思って首を傾げていたら、その光の中に、小さな、小さな、子供の掌が見えた。


「……ラウラ?」


 幼女の掌には見覚えは無い。だけど、その手首にきらりと輝くブレスレットには、見覚えがあった。複雑な魔術を練り込んだ、ラウラ専用の、お手製の、一点物の魔導具。何をするためのものかを聞いても笑ってはぐらかされたけど、それが何かは、何となく想像がつく。ゲームでもラウラが所持していた専用アイテム。絶対に外すことの出来ない、アクセサリー枠を確実に一つ潰してくれてた迷惑な専用装備。


 ……まぁ、その性能があまりにも桁外れすぎて、誰も外そうと思わなかったのも事実だけど。


 とりあえず、そのブレスレットがついているということは、ラウラの手で間違いないわけだ。え?お前、ヒトの夢の中に入り込めるの?凄いね、厨二病魔導士ラウラ


《阿呆を言っとらんで、早う手を捕まんか》

「うい」


 促されるまま、ベッドの上に立って、ラウラの小さな掌を掴んだ。指が絡められて、しっかりと握りしめられる。瞬間、電気が走るような、よく解らない感覚に、ふわりと身体が浮くのが感じた。……違う。今の自分の身体が、実態の無い何かだと思えるほどに、存在が塗り替えられていく。

 ぐいと無造作に引っ張られて、身体が浮いた。真っ白な天井が近づいてくる。ぶつかると思った瞬間に、光に包まれるように視界が真っ白に染まって、そして。



「ようやっとお目覚めかのう?」



 楽しげなラウラの声が直に耳に聞こえて、呆けたまま瞼を持ち上げた。

 見慣れた部屋だった。お城の豪華なお部屋。豪華なベッド。のろのろと顔を声のした方向に向けたら、私の手を握ってこれ見よがしに振っているラウラの姿。その斜め後ろには、安堵したような表情のライナーさん。周囲には、侍女さんや女官さんが何人か控えていて、全員感極まったみたいな顔でワタシを見ていた。その中の一人が大慌てで外に飛び出して行ったのは、各所に連絡するためだろうか。


「……あー、えーっと、オハヨウゴザイマス?」


 何を言えば良いのか解らなかったので、とりあえず起床の挨拶をしてみた。瞬間、周囲から名前を呼ばれるわ、良かった良かったと大合唱されるわで、どうして良いのか意味が解らずに、固まった。ラウラは相変わらずワタシの手を握ったままで、ライナーさんは微笑を浮かべたままで。え?この騒がしさ、放置っすか?


「おはようございます、ミュー様」

「あい。あの、ワタシどんくらい寝てました?」

「およそ一週間ほどかと。……お守りできず、申し訳ございません」


 ベッドの傍らに跪き、ワタシと目線を合わせたライナーさんが、苦渋に満ちた声で謝ってきた。いやいや、ライナーさん悪くないと思います。まさか、王城内でいきなり神父さんに刺されるとか、誰が思うんですか。しかもあの神父さん、敵意も殺意もなかったし。反応できなくても無理ないでしょう。

 っていうか、一週間眠りっぱなしかぁ……。考えた瞬間にお腹減りました。誰かシュテファンにご飯を頼んでください。お願いします。一週間と言うことは、胃に優しいメニューになりそうですけど、とりあえず何か食べたいです。侍女さん、台所に伝言プリーズ。


「承知いたしました。それでは、消化に宜しいものをお願いしてまいりますね」

「出来ればおじやが良いって頼んでください。おかゆよりおじやが良いって」

「……?はい、そのようにお伝えします」


 何も言わないでいると、うっかりパン粥が出てきそうな気がしたので、おじやをリクエストしておいた。おかゆは飽きた。夢の中とは言え、超リアルな夢で、おかゆばっかりだったので。せめて味のあるおじや食べたい。一週間絶食なので、胃は縮んでるだろうし、色々アウトかもしれんが。

 結果、シュテファンが届けてくれたのは、根菜をすり下ろしたものをたっぷり入れた、出汁と塩で味付けした、おかゆに近いおじやだった。具材をどうするか悩んで、すり下ろして混ぜてくれたんだとか。野菜の甘みもして非常に美味しいです。ありがとう。あと、それだけじゃ寂しいだろうからと、付け合わせに卵豆腐くれた。……そも、何でこの世界に卵豆腐あるんだろう。美味しいから良いけど。

 っていうかもう、本当に、シュテファン素晴らしすぎて嬉しい。絶食からのご飯だから、ひもじい思いをするかと思ったら、まさかの味がちゃんとある上に、栄養価も考えてくれてた。優しすぎる。やっぱりあの子素晴らしい。ワタシの癒やしだ。


「……お前、目覚めて一番にすることが食事なのか」

「あ。おはよー、アディ」


 呆れた顔をして呟いたアーダルベルトに、すちゃっと片手を上げてみた。いやだって、お腹空いてるんだもん。空腹は最大の敵ですよ。あと、コレは病人用の食事なので、じっと見てたってあげませんからね。あげないからね!ワタシの貴重な栄養源なんだからな!


「別に取らん。……特に後遺症もなさそうだな。何よりだ」

「うい」


 ホッとしたような口調で告げられて、とりあえず頷いた。もぐもぐとおかゆを食べてる状態ですが、気にしない。ワタシの最優先はご飯だ。覇王様が隣にいようがなんだろうが、お腹空いたのでご飯です。

 ふと、じっとワタシを見てくるアーダルベルトの目を見た。見たら、あぁ、こいつ駄目だと思いました。まったく、困った覇王様だ。そして、困った周囲の奴らだ。誰も言ってやらなかったのか。誰も、彼の意思を汲んでやらなかったのか。……まぁ、言える奴がいないというのも事実かも知れんが。

 仕方ない。ここはワタシが、一肌脱ぎましょう。ワタシにはそれを言う資格があるしね。


「アディ」

「何だ」

「ワタシ、まさか王城内で刺されるとは思わなかったんだけど」

「……そうだな」

「お城の中なんだから、王様はちゃんとしとくべきだと思う」

「……あぁ」


 真顔で告げたワタシに、周囲が息を飲んだ。何を言い出すんだと言いたげな視線がいっぱいくるんですが、知りません。刺されたワタシにはそれをいう権利があるし、あと、言ってあげないと覇王様が可哀想です。

 ……だって、怒られたがってるのに、誰も叱ってあげなかったんだろう?


「つーわけだから、今後はよろしく」

「わかってる」

「うん」


 目線を合わすために膝をついているアーダルベルトに手を伸ばして、頭をわしゃわしゃと撫でておいた。王様は大変だね。自分が失敗しても、それを誰かに叱って貰うことも、それで謝ることも、簡単には赦されないなんて。王様も個人なんだから、そういう普通のプロセス踏みたいことだってあるだろうに。



 ……だからそこ、ワタシが覇王様を従えてるとか勝手にひそひそ話するんじゃないですよ、外野ギャラリー!!


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