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「何でおっちゃんがおるんやぁああああ?!」


 覇王様に、先に応接室に行っておけと言われたワタシは、大人しくライナーさんと応接室に向かった。玉座がある謁見の間じゃなくて、応接室に通している辺り、重要な話なんだろうな、とは思った。もしくは、レアなお客様なのかな、と。でも、現実はワタシの予想の斜め上をぶっちぎりで突っ走ってくれた。


「よぉ、坊主。久しぶりだなぁ。元気だったか?」


 ドアを開けた瞬間に絶叫したワタシに対して、ひらひらと手を振りながら暢気に笑っているのは、ウォール王国の騎士であるおっさんだった。先日出会った時は鎧甲冑で武装した騎士様スタイルでしたが、今日は違う。ど派手にキラキラした騎士の正装って感じだった。勲章とかいっぱいついてる。何だその余所行きの服は。全然おっさんに似合ってねぇよ。っていうか、何でお前がいるんだ!

 脳天気なおっさんの隣では、その対応にこめかみを引きつらせている眼鏡の美人がいる。物凄い美人です。そりゃもう、美人って言ったらコレじゃね?っていうぐらいの、人形かと思うぐらいの美しい顔立ちをしておられます。触れたら切れそうな感じの鋭い眼差しすら、美貌を増すという感じ。…………どこからどう見ても女にしか見えないぐらいに綺麗な顔してるけど、多分、男性だ。ワタシの、オタクとしての、腐女子としての勘がそう囁いている。

 いや、その眼鏡美人はこの際どうでもよい。問題はおっさんだ。何でいる。何しに来た。というかおっさん、アンタ、何者だ……?


「あの時はきちんと名乗ってなかったからな。俺は、ウォール王国聖騎士団長のオクタビオ・カルロッサってモンだ」

「……は?聖騎士団長?え?偉いさん?」

「そうそう。おっちゃんは実は偉い人だったんだぞ、坊主」

「………………そんな偉い人が、何であっさり国境越えてふらふらしとったんや!」


 立ち上がり、そりゃもう完璧な騎士の礼をしてくれたおっさん改めオクタビオさんですが、ワタシはむしろ、更に怒鳴りたくなった。聖騎士団長って、どう考えても騎士の中で一番偉い人じゃね?軍事の最高責任者くね?視線をライナーさんに向けて問いかけたら、間違ってないと言いたげに頷いてくれた。

 そんな偉い人が、何でトルファイ村でふらふらしてたんだ。しかも一緒に居たのは確かに腕は良さそうだったけど、新人部隊っぽかったぞ。若い人多かったし。聖騎士団長とかって普通はお城で騎士の指導したり、王様の護衛してたりするような人じゃないの?ワタシの認識が間違ってるの?ウォール王国では、聖騎士団長自らあっちこっち動くのが普通なの?


「……オクタビオ、だから何度も言っているだろう。貴様はいい加減、城に腰を落ち着けろ」

「向いてないから無理だ。煩い貴族連中の相手なんてしてたら、片っ端から切り捨てたくなる」

「……この脳筋が……ッ」


 美貌に似合う素晴らしく美しいお声で、冷え切ったお声でツッコミが入りましたが、おっさんは気にしていなかった。というかおっさん、それなら何で、そんな面倒くさい地位に就いてるんだ。返上して好き勝手に生きれば良いじゃんか。それともアレか?こんなでもおっさんは貴族の当主とか、そういう裏事情あるん?

 ……でもまあ、自分で言ってるほど、オクタビオさんは無能ではあるまい。状況判断も出来るし、柔軟な思考もお持ちだし。そこに騎士としての実力も付加されてるなら、文句はないだろう。ただ、きっと、性格的に貴族とお付き合いするのが向いてないのだろう。……あ、どっかのオヤジに似た感じ。オヤジよりは国に仕えるってことが出来るタイプだと思うけど。あのオヤジは基本思考が傭兵だからなぁ…。


「……とりあえず、アディに記録係として呼ばれました、ワタシの名前はミューです。改めまして、よろしくお願いします」

「ご丁寧に感謝します。私はセバスティアン・R・クロレンツ。ウォール王国にて、宰相補佐の任に就いています」

「おぉ、本物の偉い人でしたか。わざわざようこそ?アディが来るまでちょっとお待ちください」


 ぺこりとお辞儀をして、ワタシはとりあえず、応接室の隅っこにある椅子にちょこんと座った。だって、別にこの二人と会談するのワタシじゃないもん。ワタシただの記録係だもん。……っていうか、アディの野郎、ワタシが驚くの解ってて、先に行かせたな?客がおっさんだって言うなら、教えておけよ。ひでぇ男だ。

 とりあえず、ライナーさんと二人で置物になっておくかと思ったワタシですが、そうは問屋が卸さないようです。おっさんが笑顔でワタシに向けて箱を差し出してきました。密封されている箱でして、中身は見えません。

 ……何だこれは。


「おっちゃん?」

「坊主に土産だ」

「お土産?何?食い物?」

「おう。今回はセバスが一緒だからな。保冷魔法かけて鮮度保ってきたぞ」

「…………うん?鮮度保ってる?」


 意味がわからずに首を捻ったら、オクタビオさんが不思議そうに瞬きを繰り返しました。そうして、ワタシの前でぱかりと箱の蓋を開けてみせる。そこにあったのは……。


「生のお魚?!」

「坊主この間、生で持って帰れないって凹んでただろ?んで、土産に調度良いかと思って、旬の魚介を入るだけ持ってきたぞ」

「おっちゃんありがとう!ライナーさん、ワタシ、ちょっと用事思い出したから台所に行ってくるね!」


 素晴らしい。なんて素晴らしいお土産だ。おっさん、いや、オクタビオさん、貴方の気遣いをワタシは忘れない。あと、保冷魔法をかけて鮮度を保ってくれるなんて、セバスティアンさんも美貌に相応しい心優しい方なんですね、ありがとうございます。ありがとうございます!

 箱を抱えて台所へ向かおうとしたワタシですが、まぁ、予想通り、それが上手くいくわけはないですよね。やってきたアーダルベルトに掴まって、ユリウスさんに「今度は一体何をやってらっしゃるんですか?」と呆れた顔で見つめられてしまいました。

 でも、でも、ワタシには、重大な使命が…!


「これから仕事だというのに、お前はどこへ行こうとしてるんだ」

「煩い!ワタシはこの生の魚介類を台所に届けて、シュテファンにお刺身作って貰うように頼まないとダメなんだい!夕飯にお刺身!お刺身食べたい!」

「何をわけのわからんことを…。仕事してからにしろ」

「いやぁああああ!ワタシのお刺身ぃいいいいい!」


 襟首を引っ掴まれて、いつものように摘ままれて。箱は当たり前みたいに奪われて、そのまま通りかかった侍女さんに渡されました。そのまま台所に持って行かれるのでしょう。それはわかる。だけど、だけどそのままじゃダメなんだよ!


「侍女さん、お願いだから、ワタシが行くまで調理しないでって伝えて!三枚に下ろして捌くぐらいは赦すけど、火を入れたら殺すって言っといてぇえええええ!」

「何を物騒な伝言をしてるんだ」

「煩い!死活問題なんだよ!この国にお刺身の概念がないから、下手したらあの鮮度完璧なお魚、そのまま火を通されちゃうじゃねぇかぁあああああ!」


 そもそもが、この国どころか、港町でも魚を生で食べるって言う概念が少なくてな。丼を伝えたときに、漬け丼は何とか作って貰えたんだけど、鮮度の問題もあるのか、いわゆる海鮮丼は作らせて貰えなかったんだよ……。漬けにするとちょっとマシだったみたいで、何とか許可されたんだけど……。港町にあったのもカルパッチョだし、しめ鯖みたいに酢が使われてたりするし…。生の魚をお醤油とか塩で食べる、一番シンプルなお刺身の概念は、どうやらこの世界にはほぼ存在しないらしいのです。

 つーわけだから、この伝言はなにとぞ、なにとぞお伝えください、侍女さん!あの素晴らしいお刺身になるべきなお魚たちが、煮魚焼き魚ムニエルに化けた日には、ワタシは恨んで化けて出るぞ!赦さぬ!そんなこと、あの素晴らしいお魚たちへの冒涜だ!


「坊主、そこまで喜ぶとは思わなかったぞ…」

「……随分と、喜んでくださったようですね」

「ウチの参謀が驚かせてすまんな。皇帝アーダルベルト・ガエリオスだ。わざわざの来訪、痛み入る」

「いえ、こちらこそ、お時間をいただけて幸いです」


 ワタシを摘まんだまま、アーダルベルトが真面目な顔と声でご挨拶をしている。答えているのはセバスティアンさんオンリーだ。オクタビオさんは大人しく黙っているらしい。この人何しに来たんだろう。セバスティアンさんの護衛かな?……とりあえずアディは、ワタシを降ろしてから真面目なお話をすれば良いと思うんだけど、どうでしょうかね?

 そんなワタシの意思が通じたのか、とりあえず降ろして貰えました。が、何故か、ワタシ、覇王様の隣のに座らされてるんですが。ふかふかのソファは素晴らしいですけど、何でワタシ、アンタの隣なんですかね?ワタシの役目は記録係だから、大人しく隅っこにいようと思うのに。あと、何でユリウスさんが後で立ってんの?普通、ユリウスさんも座るくね?


「それで、此度の来訪の用件を聞こうか」

「……先だって、我が国の者がご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます」

「その件ならば、既にユリウスが貴国へ正式に話を通した筈だが?」

「そのことをお詫びすると同時に、お伝えしたことが」


 静かに、セバスティアンさんが言葉を綴る。そっと目を伏せる仕草が、途方も無く麗しい。うむ、美形は何をしても様になると言うが、美人は本当に、何をしても麗しい。美人、である。この人を形容するのに美形という単語は相応しくない。まさに美人なのだ。麗しの美人である。麗人という言葉が相応しいに決まっている。

 抜けるように白い肌に、神様が寵愛したとしか言いようがない美しい配分のパーツ。細い眉、長いまつげに縁取られた宝石みたいな瞳。細くすっと通った鼻筋も、男だから化粧なんてしてないだろうに口紅を引いたみたいに綺麗な色の唇。彼の美しさは、顔立ちだけじゃない。身体全体が黄金比としか言えないほどにバランスが良すぎるのだ。こんな美人が実在して良いのか、とすら思える。……あと、こんな美人なのに、何で男なんだろう、ってことだ。

 この人、男じゃなかったら、マジで傾国の美貌だと思う。口にはしないけどな。多分だけど、こういう女めいた美貌の持ち主って、絶対にそれがコンプレックスだ。さぞかし、さんざん周囲に色々言われたことだろう。……隣にいるオクタビオのおっさんが、それをからかう人種に見えて、多分一番理解して何も言わない人間なんだろうな、というのがワタシの判断。もとい、そうであったら嬉しいな☆という腐女子ワタシの希望である。後でおっさんに聞いてみよう。

 ふと、セバスティアンさんがワタシを見た。

 ハイ?何でワタシを見るのですかね?いや、ワタシがここにいるのは、ただの記録係ですので、どうぞお気になさらずに。あ、大事な話に邪魔とか思ってます?それについての文句はどうぞ、この唯我独尊な覇王様にお願いしますね?


「実は現在、我が国は少々困ったことが起こっておりまして…」

「ほぉ?」

「困るというか、面倒というか、何でその方向に発想が出来るんだと当事者に文句言いたい感じなんですがね?」

「……オクタビオ、お前は黙っていろ」

「へいへい」


 脳天気な口調のオクタビオさんに、セバスティアンさんが低い声でツッコミを入れた。……このおっさん、初対面の時はそれなりに形式張った口調で覇王様に接してたくせに、何で正式に使いとして来てるだろう現在、物凄く適当な喋り方になっているのか、是非とも教えて貰いたい。アレか。ワタシとの付き合いで、適当でもおkだと勝手に思ったのか。

 いや、アーダルベルトは細かいこと気にしないから、回りくどい話するぐらいなら、とっとと話せとか思ってるタイプだけど。



「我が国に、先だって事件解明に協力してくださったミュー様の、偽物が現れているのです」



 静かに、厳かに、でも内面の面倒くささを隠しきれずにセバスティアンさんが呟いた言葉に、室内は沈黙。いや、沈黙以外、どうしろと?




 っていうか、ワタシの偽物って、どういうことですか???



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