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 言われた内容に一瞬ぽかんとしてしまった。

 いやだって、ワタシの偽物って、何ですかそれ。そんなもの出てきても、何も楽しくないでしょうが。というか、何を思ってワタシの偽物などが出てくるのか。何をしているのか。疑問ばかりが浮かんで、思わずハテナマークを浮かべながら首を傾げてしまいました。ワタシ悪くない。

 隣のアーダルベルトも、背後のユリウスさんも、何も言わない。ただ、二人はワタシと違って真面目な顔をしているので、ワタシにはわからない政治的な問題とかに気づいたんでしょうか。だがしかし、解せぬ。ワタシのような小娘の偽物とは、いかに?そもそも、ガエリア帝国ならば覇王様の威光が通じるので、虎の威を借る狐よろしくワタシの立場も強化されている。だがしかし、ウォール王国におけるワタシは知名度なんて存在しないだろう、へっぽこ小娘である。


 だからこそ、思う。何でワタシの偽物が、ウォール王国に出没してんの?と。


 ほけほけしているワタシの前では、セバスティアンさんもオクタビオさんも、ため息をついていた。なるほど。お二人にとってそれは、超面倒くさい事案なんですね?んでもって、面倒くさい事案を抱えて、わざわざガエリア帝国までお越しあそばした、と。お仕事もあるだろうに、わざわざ宰相補佐様が御自らお越しになる事案とか、大変ですね。ワタシそんな面倒ごといらないので、誰か対処してくれし。


「ミューの偽物とは、どういうことだ?俺が言うのもなんだが、こいつは我が国ではそれなりに知名度や立場もあるが、貴国ではただの非力な一般人以下の最弱小娘だと思うが」

「ヲイ、そこの覇王様。言ってる内容は正しいけど、アンタ他に表現方法ねーんかい」

「間違ってないだろう。お前が非力で最弱なのは事実だ。そこらの農民より弱いだろ」

「煩いわい!確かに事実だけど、ガエリアの基本住民は獣人ベスティだぞ!彼らは一般人でも身体能力高すぎるじゃねーか!」

「解ったから、とりあえず黙ってろ。話が進まん」

「何でワタシが悪いみたいになってんの!?」


 どう考えても、相棒を表現するのに不適切な単語が山盛りだったと思うんですが。それに対して抗議するのは、ワタシの当然の権利じゃないですかね?ワタシの人権どこ行った!不当な扱いには断固として立ち向かう所存である!オイコラ、聞いてんのか、アーダルベルト!

 ……アーダルベルトは聞いていなかった。正確には、聞き流していた。大きな掌でワタシの頭をぽんぽんして、大人しくしてろみたいな感じである。ワタシは幼子ではないので、そういう扱いはどうかと思うんだが。ちくせう。知ってるけど、ワタシこいつに全然勝てねぇ。……いや、そもそもが、この唯我独尊で完全無欠な皇帝陛下に勝てる存在なんて、いないだろうけど。

 ワタシ達のやりとりに呆気に取られていたっぽいセバスティアンさんですが、隣のオクタビオさんに突かれて我に返ったらしい。うむ。おっさんは、ちょっと一緒に過ごしたことで、ワタシの性格をそれなりに把握してくれていたらしい。まぁ、そもそもが、トルファイ村からドナドナされるときに、延々と騒いだからな。この世の終わりを味わってたどこかの狼と二人で。


「正確には、ガエリア皇帝の参謀の偽物ではなく、先日の盗難事件解決の立役者の偽物、です」

「……へー」

「黒髪黒目の少年で、トルファイ村でオクタビオ聖騎士団長と出会い、事件解決に協力した人物、という触れ込みです」


 淡々とセバスティアンさんが説明をする。なるほど。つまるところ、ワタシの偽物ではあるけれど、参謀の偽物じゃなくて、オクタビオさんに協力してた人物の偽物、と。……つーか、黒髪黒目の少年で認識されてるんですね。帽子効果ですか。それとも報告書書いたオクタビオさんがワタシを男だと思ってたからですか。後者ですね、知ってます。

 つーか、何でまた、そんな面倒なことをするかね?そもそも、誰だ。偽物立ててまで何かをしようとしているの。



 ……あれ、ちょっと待て?偽物の存在は異物イレギュラーだけど、何となく裏側見えた気がするぞ?



「あのー、もしかして、その偽物を立てて色々やらかしちゃってんの、件の馬鹿ですか?」

「おぉ、坊主凄いな。何で解った?」

「んでもって、事件解決に尽力した人物は自分達の側の存在で、つまり国の危機を救ったのは自分達だっていう主張してたりしません?」

「……何故、そこまでお解りに?」

「あぁ、はい。確定ですね。わかりました。……アディ、ワタシこれ、《知ってる》わ」


 驚いた顔をする二人を置いといて、ワタシは隣の覇王様に声をかけた。ぴくり、とアーダルベルトの眉が跳ねる。別に怒ってるわけじゃなくて、軽く驚いているだけだろう。近衛兵ズは職業柄なのか基本的に平常心を保とうとしているので、今回もさほど反応無し。ユリウスさんはいつも通りの麗しの微笑であった。

 視線だけで先を促されたので、小さく頷いて口を開く。まぁ、いつものことだと思われたんだろう。


「ワタシの偽物を立ててるのは、ウォール国王の叔父。理由は、盗難事件が失敗したから、それがスムーズに解決したのを自分の手柄にして、自分が国のために尽くしているアピール。あと、本来なら隠蔽されるべき事件を暴露することで、現国王の無能っぷりを強調したい感じ」

「何だその無理のある展開は」

「本人的には完璧だと思ってるから。んでもって、事件について最初に隠蔽してた側だから、国王サイドも強く言えない。事件があったのは事実だし」

「だが、お前の見立てでは主犯はその王の叔父なのだろう?」

「転んでもただでは起きない感じで」


 ぐっと親指を立ててイイ笑顔で言ってやったら、アーダルベルトが天を仰いだ。救いようのない阿呆認定してくれたに違いない。実際、救いようのない阿呆だしなぁ……。テオドールとどっこいどっこいの困った野郎だ。……うーん?他国を介在させようとしなかっただけ、テオドールのがマシか?いや、底辺と比べてどうする。本来、王の血縁というのは王を支えるべき存在だ。そこんとこ間違っちゃいけねぇ。

 いつもの感じで話すワタシとアーダルベルトに突き刺さる、ウォール王国組の視線。セバスティアンさんもオクタビオのおっさんも、驚愕の表情から今度は一転して真顔になってこっちを見ている。止めて。おっさんの真顔も微妙だけど、傾国の美貌と呼んでも間違いじゃない麗人(性別は男)に真顔で見つめられると、色んな意味で心臓がドキドキします。こちとら一般庶民なので、勘弁してくれ。

 そりゃまぁ、免疫ない方々にしてみれば、ワタシの発言内容も、覇王様との会話のテンションも、びっくり箱でしょうが。いつものことなので、そこでどうこう言われても今更仕方ないではありませんか。我々にとってはコレが普通なのである。


「我が国の内情をそこまで詳しくご理解してくださることに、感謝を申し上げます。……我が国としましては、この件において貴国にご迷惑がかかるのではないか、と思いまして」

「何しろ、坊主の偽物が大手を振って動いてるんで、不快な思いをさせては、と陛下も心配されてまして」

「「…………」」


 大真面目なウォール王国側の主張に、こちらは沈黙。ワタシ、アーダルベルト、ユリウス宰相で顔を見合わせて、全員揃って別々の方向を向いてふっと笑った。呆れと鼻で笑うを器用に混ぜた感じになってしまうのは、ご愛敬である。

 まぁ、彼らの不安もごもっともである。確かに、ワタシの偽物が好き放題やらかしてるというのは、下手したらガエリア帝国こっちに喧嘩売ってるという風になるだろう。だがしかし、問題は無い。何せ、どう考えたってその偽物は、偽物だと我々にはわかっているのだから。決定的な証拠がきっちりあるではないか。


「その心配は無い。件の人物が《黒髪黒目の少年》である限り、我らにとってはただの偽物に過ぎぬ」

「……と、申されますと?」

「うーん?やっぱりオクタビオさん、気づいてなかったわけですね。あと、セバスティアンさんもですか……。ワタシ、こんな格好しておりますが、これでも成人済みの女性です」

「「…………は?」」


 ひらひらと手を振って理由を告げてみたら、ウォール組が真顔で固まった。いや、ある程度予想はしてましたけど、そこまで綺麗に固まらないでも良いじゃないですか。見事に彫刻っぽく固まってらっしゃいますが。え?これ話続かないじゃん。どうすんの?

 ちらりと隣を見たら、覇王様は暢気に紅茶を飲んでいた。……うん、ワタシもお茶飲もう。今日も美味しいフレーバーティーである。色々楽しみたいとワタシが駄々をこねた結果、紅茶も新たなブレンドを求めて試行錯誤されている。アップルティーが好きだけど、香りはピーチティーも好きかな。オレンジフレーバーも爽やかで良いよねー。ストレートも勿論好きだけど。

 暢気に紅茶を飲んでたら、しばらくして二人が復活した。お帰りなさい、オクタビオさん、セバスティアンさん。そんなにワタシが成人女性だというのが衝撃でしたか、こんちくしょう。相変わらずワタシの童顔絶好調だし、ズボン着用のせいで普通に少年に見られております。ちくせう。


「……待て、坊主じゃなくて、嬢ちゃんだったの、か?」

「うん」

「なら何で、否定しなかった?」

「いや、あの時はお忍びだったし、帽子被ってたのも髪と目の色隠すの+性別誤魔化せるかなっていうのあって」

「……そうか」


 でも、おっさんはトルファイ村で髪の毛長いの見てたわけじゃん?それでも少年と思われてたとかマジで。……まぁ、あの時は衣装がジャージ風運動着だったけどな。だからって、そこまできっちり性別誤認されてるの、どうかと思うわ。セバスティアンさんは、オクタビオさんに少年って聞いてたから、そういう風に判断したんだろう。……何となくだけど、あの人は前情報無かったら、ワタシの性別を確認してきたと思う。自分の顔がアレだから。


「そういうわけだから、我が国としては何の問題も無い。ただの偽物だ」

「そもそも、ガエリア帝国の参謀ワタシの偽物じゃないしね。盗難事件の重要人物の偽物なわけで、ガエリア帝国には何のダメージもない、と」

「ないな。気を遣って貰ったようだが、こちらとしてはこれが答えだ」


 アーダルベルトの結論に、セバスティアンさんはホッとしたような表情をした。オクタビオさんは同じ表情のまんまだけど、空気が軽くなった。盗難事件でただでさえガエリアに喧嘩売った感じになってたところに、更に阿呆やらかされて、さぞかし国王サイドは頭が痛かったに違いない。だからこそ、宰相補佐様と聖騎士団長様がわざわざお越しになったのだろうか。


「そういや、何でおっちゃん来てんの?外交とか苦手っぽいのに」

「いや、俺は坊主と顔見知りだから」

「あぁ、話が通りやすくなるように?」

「あと、こいつ一人で行かせると、ストレスと件の阿呆への怒りで色々と胃に負担かけそうだからと、陛下にお守りを任された」

「誰が誰のお守りだ、ビオ!」

「俺がお前の護衛兼お守りを陛下に命じられただけだろ、セバスティアン・・・・・・

「……ッ、減らず口ばかり」


 呻くようにセバスティアンさんがぼやくが、オクタビオさんはへらへら笑ってるだけだった。…つーか、アレですか?ビオってのはプライベートの時に使う、オクタビオさんの愛称か何かですか?んでもって、一応公式の場だっていうのを思い出させるために、わざわざオクタビオさんは愛称じゃなくてフルネームで呼んだんですか?何この二人。物凄い腐女子ワタシホイホイしてる!近衛兵ズ並に腐女子ワタシホイホイだ!

 とりあえず真面目な話はそこで切り上げて、調度良いからお茶どうぞということで、ついでにお茶菓子も振る舞っておいた。今日のデザートはシュテファン特製ショートケーキ。日本スタイルの、イチゴが乗ってるショートケーキです。このスタイルのケーキなかったみたいで、子供にバカ受けだとか。イチゴのシーズンだからうまうまである。



 ってーか、この事件、上手に利用したら、ウォール王国の弱み握って仲良し同盟に引きずり込むことが、出来ないかね?


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