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 手にした本に記述されている内容を何度も読み返して、ワタシはうっかりその場に頽れた。幸い、誰も気づいていないのか、作業に没頭している。とりあえず、その本を持って、近くの椅子に移動した。座りながらもう一度中身を確認するが、見間違いではなかった。

 うっかり、忘れていた。

 覇王様の病気をどうにかせねば、病死を防がねば、という方向に意識が向いていたので、うっかり忘れていた重大事項があったのである。これを乗り越えないと、というか、早めに対処しないと、ガエリア帝国が結構ヤバイダメージを受ける。

 とはいえ、これはまだ先の話。ワタシの記憶が確かなら、この現象が起きるのは、二年後だ。まだ大丈夫。大丈夫だから、一旦忘れよう。ワタシはそう思って、その本を戻した。


 その本のタイトルは、《古大陸史~神話から歴史へ~》となっている。


 この世界には、創造神がいる。その神々の時代から、主導権が現在生きているような住人達へと移ったことを意味するのだろう。そういう古い歴史の本ならば、昔の病気とかについて記述があるかな、とか思って開いた。正確には、地理の棚に何でか混ざってたので、興味惹かれて開いただけです。古代史とか神話とかって浪漫ですよね。え?オタクにとっては浪漫ですし、厨二病通ったオタクには必須科目です、神話。

 創造神の名前は、ユーリヤ。麗しの女神様です。その女神様の配下に、元素を司る六竜と方角を司る四竜が存在し、彼らを合わせて十神竜と呼ぶ。この世界、いわゆるドラゴンと呼ばれるのは、この十神竜のみである。それ以外の竜系の種族のことは、全てまとめて亜竜。うっかり竜と名乗ったらフルボッコにされる。竜種、と名乗るならばまだ赦されるのだとか。何か面倒くさいと思ったけど、口にはしない。なお、リザードマンとかは竜人に分類されるんだと。以上、ゲーム内のモンスター図鑑からでした!

 まぁ、良いのですよ。うっかり忘れてたことを思い出させてくれただけで、おkです。……二年後まで覚えていられるかが不安ですが、多分、大丈夫だろう。近づいてきたら前兆があるだろうし、そうしたらいくら阿呆の子のワタシでも思い出すに違いない。そういうことにしておこう。マル。

 とりあえず、気を取り直して次の本。

 手にしたのは、辺境未開の地みたいな感じの扱いされてる地方の風土記的なの。まぁ、そう簡単に見つかるとは思わないので、この世界のお勉強も兼ねている。ワタシの知っている知識は、基本的にゲーム知識オンリーだ。メイン舞台だったガエリア帝国の知識はそれなりにあるけれど、それ以外に関しては付け焼き刃程度。だからまぁ、今後のことも考えて、色々とお勉強しようと思ってるわけである。

 その地域と住人についての記述がメイン。特産物っぽいのも書いてあるな。やっぱりこう、その地域の病気について書くのはあまりないのだろうか。あるとしたら、この本を作るために情報を取りに行った面々が、病気にかかった時ぐらいだろう。宗教とか生活習慣とか文化については聞き取りするだろうし、その為の本だろうとは思う。だからきっと、医術書以外で病気についての記述を探すのは、難しいのだろう。解ってるけど、まぁ、人海戦術で頑張るしかないですよね。

 


 そういや、ここにきてワタシ、自分にチート能力っぽいのがあることに、気づいてしまいました。



 果たしてそれが本当にチート能力なのかはわからない。けれど、召喚されたことによって生じた能力であろう、とは思う。だって、元の世界にいたときに、ワタシにそんな能力は無かったからだ。

 どんな能力かと言えば、記憶力が向上している。一度見たモノ、聞いたモノを、忘れない、という感じだ。さらに、こちらに来る以前の記憶も、随分とはっきり思い出せる。ただし、いつでもどこでも全部思い出しているわけじゃない。ワタシの脳内に、検索機能がついたみたいな感じなのである。

 気になることがあって、該当する記憶が無いかを考える。そうすると、頭の中があっさりクリアになって、まるで戸棚を順番にあけるように、該当するページをめくるように、記憶が出てくるのだ。脳内検索辞書って感じである。その代わり、ワタシの知らないことは出てこない。そこまで万能じゃ無い。

 んでもって、記憶力の向上と相まって、脳内辞書が凄いことになってる。でも、日常生活にはあまり影響は無い。検索機能も記憶力の向上も、オンオフが出来ているのか、意識せずにそのまま存在していたのだ。今まで気づかなかったのは、普通に考えて思い出していると思っていたからです。

 ただね、ここ数日、書庫で思いっきり情報を詰め込んでるわけですよ。そしたら、それがきちんと覚えていられる自分に気づいて、びっくりしてしまった。ワタシは、そこまで記憶力が良くはないのです。それなのに、だ。考えられるのは、コレがチート能力というか、召喚補正ではないか、ということ。誰に聞いても答えは出ないだろうから、個人的にそうだろうと思っておくだけですがな。


 まぁ、参謀という頭脳労働職なワタシに相応しい能力ですよね!ふはははは!


 という風に開き直っておく。……本音では、こんな便利な能力、元の世界にいるときに欲しかったです。そしたらテスト楽勝だったじゃないですか。暗記系のテストなんて、もはや我無敵!状態だったと思うんですよ。それなのに、それなのに……!ちくしょうめ。嬉しいけど悔しいぞ、この野郎!

 ……ワタシが欲しかったチートは、これじゃない。コレでは無いのだ。誰にも解って貰えないだろうけれど、ワタシはこんな、記憶力チートが欲しかったわけじゃない!本当に欲しかったのは、魔法とか武器握って無双出来る系のチート能力ですよ!ゲーム世界に転移したなら、誰もが夢見るのはそっちじゃないですか!?

 こうなったら、この能力を駆使して、一日も早く、魔導具をゲットするべきだと思います。ラウラにワタシの知る限りの情報を伝えよう。そうしたら、きっとワタシが使える楽しい魔導具をたくさん作ってくれるだろう。身を守るためだと言えば、アーダルベルトも何も言うことはあるまい。……別に、悪いことをするわけじゃないしな。本当に、身を守るためのアイテム欲しがってるだけだし。

 ……あー、結局ワタシ、自分の身を守ることは出来ないわけですか。戦闘能力は皆無のままですね。護衛のライナーさんのお仕事が増えないように、大人しく気をつけて生きていよう。……いや、ワタシに争うつもりはないので、普通に考えたら、襲われることなど無い筈なのだ、けれ、ど……?


「ミュー様、どうかなさいましたか?」

「いや、ただの小娘のワタシに刺客が差し向けられたことがあったなぁ、と思い出して凹んでます」

「客観的に見て、ミュー様はただの小娘ではなく、「予言の力を持つ参謀」様ですけれどね」


 にこやかに微笑むライナーさん。待って?周囲の認識がそれだってことは、ワタシのことを「油断ならない人物」と思っている方がいる、ということでおkですか?納得がいきません。こんな平和主義の平々凡々なワタシを、そんな危険人物認識とか、マジで勘弁してくれださい。むぐぅ。

 そんな雑談を挟みつつ、午前中のお仕事は終了。とりあえず昼食は覇王様と一緒にもしゃもしゃ。本日のメニューは、豚のショウガ焼き定食でございます。いや、マジで。豚のショウガ焼きとキャベツの千切りと味噌汁と白ご飯。あとデザートに季節の果物盛り合わせ。これが皇帝陛下の昼食で良いんかと言われそうですが、ワタシが食べたいって頼んでた物体を、横からかっ攫おうとしたので急遽もう一人前注文しただけである。当たり前みたいにワタシの食事を奪おうとするなし!何で皇帝陛下が豚のショウガ焼き定食を喜んで食べるんだよ!理解不能すぎるわ!


「何でアンタはそんなに庶民料理を喜んで食べてるんだよ」

「うん?美味い料理に、貴族も庶民もあるまい?」

「いや、正論だけどね。正論なんだけど、何か納得いかんぞ…?」


 それでも、ワタシが駄々をこねて作って貰った箸を使用して食べているのに対して、アーダルベルトはフォークとナイフでショウガ焼き定食を食べている。……ワタシには無理だ。シルバー三点セットでご飯食べるなんて、ただの苦行である。ので、木を削ってお箸を作って貰いました。金属で用意しようとされたのですが、そんな熱伝導が高すぎる物体いらんわ!と叫んでしまいました。だって、熱さや冷たさが直撃するじゃないですか。いらぬわ。

 ついでに、同じように木でスプーンも作って貰った。カタチのイメージは、レンゲ。スープ飲むのに使いたいですと我が儘言ってみた。だって、シルバー食器のスプーン、スープ飲むとき熱いんだもん…。味噌汁はお椀から飲むけどな。このお椀も、最初は陶磁器でしたが、木の食器をわざわざ用意して貰いました。日本人的に考えたら、味噌汁はお椀だ。そしてそのまま飲むんだ。

 

「そういや、ワタシ、ちょっとチート能力に目覚めてたっぽい」

「ちーと能力とは何だ?」

「まぁ、召喚者補正の特殊な能力って感じ?」

「ほぉ。お前にそんなモノがあったのか?」


 ……心底不思議そうに言わんでくれんかね、覇王様。そりゃ、ワタシは非力通り越して最弱ですよ?一般人以下と呼んでも間違いは無いですけどね。だからって、そこまで不思議そうに言われたら、ちょっと凹むよ?ねぇ、凹むよ、ワタシも?

 

「で、どんな能力なんだ?」


 だから、凹むよって言ってんだろうが!新しい玩具見つけたみたいに、嬉々として問いかけてんじゃねぇよ!おっ前、ホントにワタシ限定でデリカシー皆無だよね!?ちょっとは考えてから発言しろよ!ワタシに対するときだけ、考えるより先に、脊髄反射で喋ってるだろ、絶対!

 腹が立ったので、とりあえず口の中に肉を大量に詰め込みました。食べ終わるまでは喋らん、という意思表示。子供見たいと言わないで下さい。思わずお箸でこやつをぶっ刺したくなったので、大人しくしようと頑張った結果です。ワタシ悪くない。


「能力って言うほどじゃないけどね。記憶力の向上と、脳内に検索辞書が出来てる感じ」

「……検索辞書というのは?」

「調べたいことを思い浮かべたら、頭の中でそれに該当する情報が勝手に出てくる感じ」

「記憶力の向上とは、具体的にどの程度だ?」

「基本、一度見たモノ聞いたモノは忘れないよ」


 告げた瞬間、沈黙が食堂を満たした。うむ。驚いてくれているようだ。やったね。ワタシの能力は、ドッキリを成功させることが出来る程度のインパクトはあったらしい。実際の使い勝手はともかく。だって元の頭がワタシだ。使いこなせるかどうかなど、知らぬ。現状、ネット検索の要領で脳内検索かけてるだけだけどな。

 皆がビックリしてるので、ちょっと気分が良いであります。ふふん。普段は驚かされる側のワタシですが、時々はドッキリ仕掛けたいのですよ。やったね。


「なら、お前昼からちょっと付き合え」

「……は?」

「客人が来る。調度良いから、会話内容を覚えておけ」

「はぁああああ?!」


 当たり前みたいに言われた言葉ですが、ちょっと待て。ワタシには何を言われているのか、全然わからない。いやあの、ワタシはね、昼からも書庫で文献を漁ると決めているのだよ。必要な情報を探しつつ、自分のお勉強もしているんです。ワタシ頑張ってる偉い子なんです。なのにいきなり何言ってんの?


「お前が記憶しておけるなら、書記を置く必要が無いからな。部外者を排除して会談に臨める」

「待て、そもそもワタシが最大の部外者だ」

「安心しろ。お前は常に俺の最大の関係者だ」

「意味わからんわ!」



 結局、ワタシが覇王様に勝てるわけも無く、午後はボイスレコーダー的扱いを受けることになりました。この野郎……!



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