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 人数を多めに確保し、書庫で一生懸命に情報を探す日々が続いている。

 とりあえず、ユリウスさんはワタシの希望をある程度は叶えようとしてくれたのか、人員の内訳は侍従が大半だった。侍女や女官もいるが、過半数が男性である。これは、件の《脳内がお花畑現象を起こしている》方々を排除しようとしてくれた優しさだ、と勝手に思っている。……基本的に文字を追うことが多い侍従の方が、侍女や女官より作業に慣れてるからだろうという真っ当なツッコミは、この際ご遠慮願いたい。ワタシの心の安寧のために、多少なりとも前向きに受け止めたいのである。

 なお、本来の業務から引っぺがされて、日がな一日書庫で本とにらめっこするという面倒くさい仕事にかり出されているが、彼らは基本的に、ご機嫌である。その理由は、何故かというと……。


「皆さん、そろそろ休憩のお時間ですから、移動をお願いします」


 にこやかに微笑んで声をかけてきたのは、シュテファンである。なお、シュテファンはこの数日の間で、この作業に従事する人々の人気者アイドルとなっていた。理由は簡単。彼が呼びに来る=お茶休憩が始まる、ということだからである。

 ん?王城で勤める人たちが、たかがお茶休憩一つでそこまでご機嫌になるのか、と?

 疑問はごもっとも。福利厚生が行き届いている王城ですので、勤務はシフト制っぽい感じだし、ちゃんと休憩時間も取られています。その辺は女官長が主導で行っている模様。唯一彼女の指導が及ばないのが、仕事が多すぎる国のトップ二人とその横にいる近衛兵(の中でも話聞かないどっかの馬鹿狼)である。だが、彼らに関してはワタシがおやつ突撃するので、問題はありません。

 で、彼らがご機嫌になるのも、シュテファンが人気者アイドルになるのも、八割ワタシが元凶です。てへぺろ。


「シュテファン、今日のおやつは?」

「はい。先日伺ったとおり、チョコレートに果実を混ぜたケーキを作ってみました。まだ試作品ですので、皆さんご意見がありましたら、是非ともお伝えくださいね」

「「勿論です!」」


 こういうわけである。

 このおやつ休憩の時に与えられる飲み物と食べ物は、ワタシとシュテファンが試行錯誤を繰り返している、試作品である。より上を目指すには、多くの意見を聞きたい。というわけで、料理長の許可も取って、私の仕事を手伝ってくれる皆さんに振る舞うことにした。

 結果は素晴らしい。何せ、種族も年代も多種多様な人たちなので、味覚も好みも違う。その意見を取り入れつつ、シュテファンは色んなパターンを考えてくれる。ワタシも思ったことしか言わないしな。中には、アレルギーの持ちもいて、そういう人たち向けにノンアレルギー料理を開発することにも勤しんでいた。

 いや、日本にそういう文化があるよ、と教えて上げたんだ。ナッツ類がダメとか、そういう限定ならまだしも、卵や小麦がダメだと、お菓子食べられないもんね。

 とりあえず、そういうヒトには和菓子をプレゼントするようにシュテファンにお願いしといた。例えば、水ようかんなら卵も小麦も使ってないし。で、小麦粉を米粉で代用したりするよ、と伝えたら、研究熱心な料理番の一部(好き嫌い&食べられない料理を無くそう友の会的な集団)が張り切りまくっているようです。まぁ、食文化の向上に繋がるなら、良いんじゃないですかね。

 つーわけで、休憩することになるのですが、ワタシとライナーさんは別の場所で。そりゃ、休憩時間ぐらい、身内だけの方が楽でしょうしね。ワタシには、おやつ突撃をして、仕事大好きワーカーホリック達を休ませるという使命がありますからね!……べ、別に、侍女さん達に掴まってあれこれいわれるのが嫌だから、じゃないんだから、ね!

 と、いうわけですので、ワタシはいつも通り、おやつ突撃!メニューは皆さんと同じですがな!


「アディ-!休憩の時間だぞ!」

「ノックと同時に入るな。返事を待て」

「今更、今更。今日はストレートティーとチョコケーキだから。……アレ?ユリウスさん不在?」

「ユリウスならさっき、客が来るとかいって出て行ったぞ」

「あ、そう。じゃあ、ユリウスさんとこに届けて貰うか」


 一人分余ってしまったチョコケーキを、侍女さんを呼んでユリウスさんに届けて貰うことにした。紅茶は、ティーポットがここにあるので、台所から調達して欲しいと伝えたら、快く受け入れてくれた。優しい侍女さんは好きです。余計なことをいわない侍女さんはもっと好きです。……だから頼むから、ワタシを見る目にキラキラを入れないでくれ、侍女さん。貴方が期待していることは何も無い!


「で、進捗状況はどうだ?」

「全然。まぁ、まだ時間あるし、ぼちぼち調べようと思ってる」

「そうか」


 ワタシの答えに、アーダルベルトは暢気に頷きながらチョコケーキを食べた。……なぁ、味わって食べるっていう言葉、思いだそう?お願いだから、一口で食べようとしないで。せめて三回ぐらいに分けて。勿体ないから!料理番さんたちが一生懸命作ってくれた料理を、そんな風にあっさり食べるんじゃありません!

 なお、ライナーさんとエーレンフリートは普通にフォークで切って食べてる。アーダルベルトはフォークで切るんじゃなくて、フォークでぶっ刺してそのまま食べてた。口の大きさが違うからだろう。確かにそれは解るんだけど、味わうっていう文化を思い出そうね?味わって食べるのが、作ってくれたヒトへの最大のお礼なんだよ、聞いてる?


「今日のは味が違うな。何か入ってるのか」

「果物入れて貰った。果物入りチョコケーキ」


 もしゃもしゃと食べながら説明するワタシ。なお、今日のおやつはチョコケーキだけど、この、果物入りのチョコレートも作って貰ってる。別に大きいのが入ってるんじゃ無くてね?こう、ドライフルーツを刻んで入れる感じを目指して貰った。チョコの甘さと、果物のすっきりさが合わさって、美味になるんじゃね、という感じで。ぶっちゃけ、故郷でワタシがはまってたチョコです。塩チョコとフルーツ入りが好きです。ナッツも嫌いじゃ無いけどな。

 ライナーさんとエーレンフリートを見たら、普通に美味しいとのこと。よし、シュテファンに伝えておこう。というかまぁ、シュテファンがこうして出してくれるのは、美味しいのだけなんだがな。本当に本当の試作品の、うっかり失敗したかも?みたいな作品は、台所で作ってるときの味見ぐらいです。ワタシはそれも食べるけどな。だって、ワタシが食べないと味の比較が出来ぬ。

 誰だ、お前参謀じゃなくて、料理のご意見番だろとか言ったの!違うもん!一応、殆ど役に立ってないけど、「予言の力を持つ参謀」様だもん!料理に関してはただの趣味だい。人間、食事が満たされなければ心が飢えるのです。美味しい食事は心を満たすのです。良いじゃないか。故郷に戻れないっぽいワタシが、ここで故郷の味を追求したって。料理文化の向上を手伝ってるんだから、赦される!

 まぁ、ここ数日、マジで書物とにらめっこしかしてないけどな。目が疲れるし、肩も凝るし、休憩時間にはシュテファンに美味しいおやつ強請っても、絶対に赦されると思います。ワタシ悪くない。


「とりあえず、病気の記述が無いかを探すよ」

「まぁ、頑張れ」

「お前、もうちょっと危機感持って?」

「……危機感、なぁ?」

「……ヲイ」


 覇王様は全然危機感をお持ちでございませんでした。

 むしろ、その隣の近衛兵ズの方が、病気怖いってなってるんだけど。……アレか。これは今まで、病気したことあるか、ないかの違いか。あと、無尽蔵体力と、そこそこタフの違いなのか。……そういや、アーダルベルトの睡眠時間、阿呆みたいに少ないとか誰かが言ってたな。時間が余ってるなら寝るけど、仕事が終わってないなら普通に起きてる、みたいなノリで前話してたな。一体平均睡眠時間はどれだけなんだ。ワタシは最低でも7時間は欲しいぞ。ダメなら5時間は確保しないと稼働できない。


 赦されるなら、12時間睡眠とかで生活したいけどな!ダメなら昼寝で!


 え?こちとら、グータラ気質の引きこもり属性持ちのオタク女子大生(腐女子)ですぞ?ベッドごろごろがこの世で一番幸せだと思っていますが、何か?休日の過ごし方なんて、おやつと飲み物完備して、ベッドの上で延々とゲームか漫画でしたが。それが普通じゃないんですかね?え、違う?そうかぁ…。

 とりあえず、病気は怖いというのを理解させないと。いや、病気が怖いんじゃ無いけどね。《治療方法の存在しない病気》が怖いのだ。その上今回は、イゾラ熱という獣人ベスティ特効な病気なのである。少しは警戒してくれよ、当事者。


「別に楽観視しているわけではないんだが」

「が?」

「お前が覆すと言っていたからな」

「……阿呆め。この底なしの阿呆め……!」


 べしべしべしと隣の覇王様を叩いた。叩いたけど、ダメージは無いだろう。わかってる。それでも叩かざるを得なかったワタシの気持ちを、どうか解って欲しい。……なぁ、エーレンフリートや。今回ばかりはお前も、「何でその発想になるんだ、この馬鹿!」と思ってくれるだろう?思ってくれてるから、視線を明後日の方に逸らして、ワタシのこともアーダルベルトのことも見ていないんだろう?ライナーさんなんて、いつものポーカーフェイスっぽい微笑みのまま、優雅に紅茶飲んではりますで。

 ったくよぉ、そこまで信頼されると、ワタシも色々と悪あがきせにゃならんとか思うわけじゃ無いですか。止めてくれないかね。ワタシに過剰な期待は御法度ですよ、覇王様。ワタシはただの小娘なんだから。

 それでも、頼られるのは嬉しいわけでして。割と単純なワタシは、おやつ休憩終了と同時に再び書庫へ戻り、皆さんと一緒に書物とにらめっこです。探せど探せど、何も出てきません。時々、面白そうな記述があって、うっかり読みふけっちゃうのはオタクの性だと思います。だって、面白そうだと思ったら、ページをめくる手が止まらなくなるよね?!

 他の皆さんには、《イゾラ熱》或いは《獣人にのみ致死性の高い病気》についての記述を探して貰うように頼んである。遠い異国から伝来している病気の筈である、とも。まぁ、人海戦術ですので、皆さん分担を決めて色々と頑張って下さっているようです。幸い、まだ時間はたっぷりありますので、頑張りましょう!


 


 暢気に笑っていたワタシが、手にした書物からうっかり忘れてた重大事項を思い出したのは、翌日の午前中のことでございました。



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