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「ドレスは着ません!」
馴染みのデザイナーさんが口を開くより先に、先手必勝とばかりにワタシはきっぱりはっきり言い切った。ここできっちり自己主張しておかないと、どんな衣装にされるか解ったもんじゃないし。
そんなワタシの意気込みに圧倒されたデザイナーさんであるが、割とすぐに立ち直って口を開いた。
「ですがミュー様、新年会用の衣装を新調されるとのことでしたが……」
「とりあえず、新調するのには納得しましたが、ドレスは着ません。ハイヒールも履きません。御免被る!」
「……ミュー様……」
どこか残念そうなデザイナーさんには悪いが、これはワタシにとって譲れない部分なのである。ドレスもヒールの靴も絶対に嫌だ。転ぶ。向いてないので却下したい。……ところで、隣で面白そうに笑ってる覇王様の頭を物凄くぶん殴りたいです。何でお前そんな楽しそうやねん。ワタシは困ってんだぞ!?
ジト目で見上げるワタシに対して、覇王様はいつも通りだった。どうした?とでも言いそうな顔である。おのれ。こいつまたヒトの不幸を楽しんでやがるな!ワタシはお前の玩具ではなーい!お前に娯楽を提供するために生きてるわけじゃないんだよ、ワタシは!
「お前がごねたところで、衣装を新調するのは決定事項だ。で?今回はどんな衣装にするつもりなんだ?」
「何でお前はそんなうきうきやねん。あと、忙しい皇帝陛下が何でワタシと一緒にデザイナーさんの話聞いてんのさ」
「お前の衣装が決まらんと、俺の衣装が決まらないからだろうが」
「…………は?」
「ん?」
思わず目を点にしたワタシの隣で、覇王様は実に楽しそうに笑っている。色々と企んでいそうな感じの、悪友モードの笑顔である。……というかお前、今、何を言った?何言いましたかね、覇王様や?
「何を寝ぼけている。お前の衣装が決まらなければ、俺の衣装の方向性も決まらんだろうが」
「いやいやいや、何でそうなった?アンタはアンタで衣装作れば良いんじゃないの?」
「ミュー」
「何だよ」
「俺とお前は基本、並ぶんだぞ」
「…………ん?」
解ってるのか、と念押しをするように告げられた言葉に、首を傾げた。並ぶとは、これ如何に?ワタシはただ、新年会にオクタビオさんやフェルディナンドさんが来るから、その彼らに会うための衣装を作っているわけですよね?今回はダンス踊るとかもないし。
よくわからないので首を傾げたまま視線を向けたら、アーダルベルトは盛大にため息をついた。まったくお前は、と呆れたように呟いてから彼は言葉を続けた。
「お前が新年会に参加するのに、俺がお前を伴わないわけにはいかんだろうが」
「何でそうなった!」
「あと、どう考えても揃いで作った方がバランスが良い」
「そういう問題じゃないと思うんだけど!?」
思わず叫んだワタシなんだけど、アーダルベルトはまったく気にしていなかった。デザイナーさんも真顔で頷いている。ちょっ、それを確定事項にしないでほしいんですけど!何でまたこいつとお揃いせにゃならんの!
「別に揃いで誂える必要はないぞ」
「でも今、ワタシの服が決まらないとアンタの服が決まらないって言った」
「揃えなくても良いが、並んで変なことにならんように調整は必要だと言うだけだ」
「おっまえそれ、ワタシ、またしても
噛み砕くように説明されても、何も嬉しくなかった。むしろ、余計に新年会に出るのが嫌になる感じだ。ふざけんな。
「とりあえず、衣装の方針を決めろ」
「お前ワタシの話聞いてた?」
「ドレスとヒールの靴が嫌だと言っていたが、今回はダンス無しだから大丈夫じゃないか?」
「話を聞け」
「聞いてるだろうが。お前こそこっちの話を聞け」
「何で当事者のワタシの意見がことごとく無視されてんの!?ひどいだろ!」
デザイナーさんが用意していたらしいデザイン画を見ながら、アーダルベルトはワタシを無視して話を進めている。そうじゃない、聞け。確かに今回はダンス免除かもしれないけど、ダンスしなくてもドレスとヒールの靴は却下したいんだよ。転ぶわ!
そもそも、ドレス用のヒールの靴ってのは、ハイヒールなんですよ。わかれよ。アレはな、長時間立ってたり、うろうろするための靴じゃないの。慣れたら足が大丈夫になるとか、嘘だから。慣れてようがなんだろうが、足への負荷はあるから!
そもそも、丈の長いドレスなんぞ着たら、踏んづけて転ぶわ!踏まないようにハイヒール履くとか言われても、今度はヒールの靴に慣れてないから転ぶよね?どう考えてもワタシにとって、ドレスとヒールの靴ってのは鬼門なんですよ。ペタ靴ならまだしも。
フェルディナントさんと一緒におめかししたのは、あくまでも緊急事態だったわけで。ただの捨て身作戦なので、ドレス着せようとウキウキするのやめてください、デザイナーさん。ワタシなんぞにドレス着せたところで何も楽しくないでしょうが!
「ですが、男装にいたしますと、前回と代わり映えしないデザインになる可能性がございまして……」
「それの何が悪いんですか?」
「男性でしたらともかく、女性の衣装で良く似たものというのは……」
「……あー」
言葉を濁すデザイナーさん。何となく、察した。女性はドレスアップで戦闘力を測るところがあるので、同じような恰好をしているとパワーダウンするのだろう。まぁ確かに、野郎は毎回スーツで許されても、女子は違うデザインのおめかし衣装で、みたいなところあるよね。色んな集まりで。
具体的に言うと、結婚式とか発表会とかそういうの。男性は基本的にスーツで許されるのに、女性は同じ服装着ていくと微妙な顔されるやつ。唯一の例外は法事関係かな。アレは同じ礼服着てても大丈夫っぽいし。そもそも、突然起きるから、逆に毎回違う礼服誂えてばっちり完璧に出てきたら、それはそれで不謹慎だろう。多分。
ってことは、前回みたいな男性の礼装で動きやすくまとめるって作戦は無理なのか……?あの恰好、確かに目立つ色ではあるんだけど、衣装そのものはめちゃくちゃ動きやすかったのになぁ……。
しょんぼりと肩を落として落ち込むワタシの頭を、アーダルベルトがぽすぽすと叩いた。……お前、ワタシを慰めていると見せかけて、退屈になったからって手置きにすんじゃねぇよ。バレないと思ったのか。お前の考えてることなんてわかってるわ!
「で、どうするんだ?」
「マイナーチェンジじゃダメとか、世の中世知辛い……。女性の服装にあーだーこーだ言う文化どうにかしてほしい……」
「嘆いたところで現実は変わらんぞ。あと、さっさと決めてやらんとデザイナーが不憫だ」
「わかってるよ!」
本当にお前は、ワタシに優しくないな!子供のわがままみたいに扱うんじゃねぇよ!ただでさえ出たくない新年会なんだぞ?せめて、できる限り、
っていうか、そうなるとワタシ、どうすれば良いの?ドレス?ドレス着ないとダメなの?でもヒールの靴とか絶対に転ぶし、そもそも立ってるだけで足が死ぬ。痛いの嫌だ。絶対に顔が引きつる。お客さんの前で転んだらどうしてくれる。
「先日お召しになったドレスのようなデザインではいかがでしょうか……?あのときは、靴もヒールの低い物をご用意いたしましたし」
「……うーん……。……どうよ、アディ?」
「つまらんな」
「そこで面白さ求めないでくれる!?」
本職であるデザイナーさんの提案を、アーダルベルトは一刀両断した。しかもその理由が、つまらない。何でそうなった。新年会の衣装に面白さとか奇抜さとかを求めるのって何か間違ってると思うんですけど!お前はまた、ワタシを客寄せパンダにしたいのか!
とはいえ、アーダルベルトの言いたいことも、わからないでもない。ワタシだって、別に目立ちたいわけじゃない。ただ、ある程度のインパクトを用意しておくことで、面倒くさい奴らを遠ざけるのも一つの手段なんだろう。あと、去年男装で
つってもなー、ワタシ、服飾のイメージあんまり無いんですけども。ドレスとか、眺めるのは嫌いじゃないけど、自分が着るのはなぁ……。体型とか動きやすさとか考えると、却下しちゃうのよなぁ……。むー。
「……あ、アレがいけるかもしんない」
「ん?何か面白いのがあるのか?」
「面白いっていうか、ワタシの動きやすさと見栄えの良さを両立できそうなデザイン」
「それは、どのようなものでしょうか?」
興味津々といった風情のデザイナーさんに、ワタシは紙とペンを要求した。ガリガリと、素人の棒人間レベルの落書きを描いて、説明をする。描いたのは、上はドレス、下はズボン。ただし、腰の部分は上から繋がったドレスがケープのようにふわーっと広がってる感じ。
前にネットで見かけた、ウエディングドレスのパンツスタイルバージョンだ。ワイドパンツやショートパンツなどのウエディングドレスがあるらしいと聞いて、面白がってネットで画像を漁った記憶を引っ張り出す。今ワタシが描いたのは、スカート付きと表現されていたやつだ。後ろから見たら、ドレス姿みたいなやつ。
「イメージとしては、ドレスの下にズボンを着用する感じです。ただし、正面からはパンツスタイルが見えるように、ドレスはマントやケープのような感じにします」
「このようなデザインのドレスが、ミュー様の世界ではあったのですか?」
「ワタシの世界でもまだまだ珍しいデザインでしたけどね。とりあえず、これなら足下をパンツにできるので、靴のヒールも低くできるなと思うんですけど」
「確かに、おっしゃる通りです」
ワタシの説明に、デザイナーさんは大真面目な顔で頷いている。上半身のドレス部分と、下のパンツスタイルのバランス。また、スカートとして使う部分の長さや広がりなどをどうするかと、一人でぶつぶつ呟いている。……どうやら、何らかのスイッチが入ったらしい。
ワタシがわざわざ、スカート付きを選んだのには理由がある。
ワイドパンツタイプのパンツドレスにしてしまうと、男装と大差がないと思われる可能性があるからだ。この世界ではズボン=男装なので、ドレスだと認識されない可能性がある。……ウェディングドレスのパンツバージョン、スタイルの良いお姉様が着てらっしゃると凄く素敵なんだけどなぁ……。あ、勿論ワタシじゃ無理です。
まぁ、とりあえず、この方向で進めてもらおうかな。覇王様も異論は無さそうだし。これなら靴は、ペタ靴で大丈夫だろう。一安心だ。
「それでは、いただいたデザインを元に、衣装を考えさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「それで、陛下。お色はいかがいたしましょうか?」
恭しくお辞儀をしたデザイナーさんが、アーダルベルトに問いかける。あ、そうか。色を決めてなかったね。並ぶんだからバランスがどうとかまた言い出すのかなぁ?
「色か……」
「あ、ワタシ、薄い黄色とかオレンジとかのドレスが良いな!」
「何色にするのが良いか……」
「そうですね、何色にいたしましょうか」
「ねぇ、聞いて!?ワタシの意見聞いて!?」
正直に、自分が着たいドレスの色を伝えたのに、まったく相手にされなかった。どういうことだよ!ワタシが着るドレスの色を、何でワタシが選べないのか!赤も黒も飽きたんだよ!黄色とかオレンジとか着たいの!
必死に訴えたワタシに、二人が視線を向けてくる。……なお、どっちも大真面目な顔だった。え……。何か嫌な予感しかしない。
「陛下。ここは、色味を違えた赤を使うのはいかがでしょうか」
「それが無難か」
「はい」
「ねぇ、聞いて!?ワタシ、正装系の赤は飽きたんですけど!この間も赤にされたし!」
当たり前みたいに、衣装の色が赤で話が進んでいる。だから、ワタシ赤飽きたってば!何でワタシのおめかし服は赤限定になってんだよ!そんなんしたら、また
「ミュー様」
「何ですか、デザイナーさん」
「前回は色違いでしたので、今回はお二人同じ色にいたしましょう」
「何でそうなった!」
グッドアイデアみたいな顔で言い放つデザイナーさんに、ワタシは思わず叫んだ。だがしかし、ワタシが叫んだところで、隣でアーダルベルトが大きく頷いているので無駄でした。おーのーれー!何でワタシの衣装の色にワタシの意見が反映されないんだ!間違ってる!
「二人して黒だと重いだろ」
「だからって、何で赤なのさ!赤いドレスとか、めっちゃ目立つわ!」
「色味を淡いものにすれば、それほど威圧感は無いかと思います」
「そういう問題じゃなくて」
「どうせ、皆もお前が赤を着てくると思ってるだろ」
「そういう問題でもねぇわ!」
あっさり言い切るアーダルベルト。お前は、歯に衣着せるとか、オブラートに包むとか知らんのか!何でそうすぱっと言うの!あと、ワタシ別に、赤を着たいわけじゃないやい!
しかし、文句を言っても決定事項は覆らず、ワタシは、淡い赤のパンツドレス着用になるのでした……。ちくしょう……。赤飽きたのに……。
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