104


 ワタシの意見を完全無視して、新年会での赤いドレスの着用が決定づけられたけれども、ワタシの日常は特に何も変わらなかった。前回と違い、今回はお客様をお出迎えするだけなので、ダンス免除なのだ。よって、ツェツィーリアさんによる淑女教育も存在しない。ザ・平和。

 ……とはいえ、平和なのは今だけである。新年会が始まったら、とてもとても恐ろしい美しき刺客ご令嬢たちにロックオンされるのは確実だ。男装だった前回と異なり、今回はパンツスタイルとはいえ、一応ドレス。……ドレスアップかつ、赤色を身につけて覇王様の隣に並ぶという連携技コンボにより、ワタシが針のむしろになるのは確実である。何それ辛い。


「美味いものを食っておるときにそのような顔をするでないわ。不味くなる」

「うぐ……ッ」

「せっかく美味に作ってくれたシュテファンにも悪かろうが」

「わかってるよ……!」


 ジト目でワタシにツッコミを入れてきたのは、ラウラだ。何か暇を持て余したらしい外見幼女ロリババアがやって来たので、一緒におやつタイムである。アーダルベルトへの突撃はちょっと時間ずらして行います。今、仕事で謁見とか何か客人対応とかやってるらしいから。執務室に戻ってきたら突撃する予定。

 今日のおやつは、シュテファンが丹精込めて作ってくれた三種類のパイ。アップルパイと、サツマイモパイと、カボチャパイ。パイはサクサクだし、中身は甘いし。クリームで誤魔化しているわけじゃなく、具材の甘みで、ゴロゴロした状態で入っていて、とても美味しいです。

 難点を言うならば、美味しすぎて食べ過ぎちゃうことだろうか。男のライナーさんは多少多めに食べても大丈夫だろうし、そもそも彼は鍛錬もしてるから問題ないと思う。お仕事で動き回っているユリアーネちゃんも多分大丈夫か。問題はワタシだ。ワタシが食べ過ぎちゃうとヤバいやつである。

 でも、美味しいんだよなぁ……。美味しいから仕方ないよね。ついつい食べ過ぎちゃう。……それに、普段はあんまり食べてないユリアーネちゃんが、地味にぱくぱく食べているから、本当に美味しいんだろうな。うん。流石シュテファン。


「で、何を渋い顔をしておったんじゃ?」

「新年会で美しき刺客ご令嬢たちに睨まれるんじゃないかと思うと、今から胃が痛い」

「何じゃ、そんなことか」

「そんなことじゃねぇよ、バカ!むっちゃくちゃ怖いんだからな!」

「お主が赤いドレスを着る段階で、今更じゃろ」

「今更言うなー!あと、好きで赤着てるわけじゃねぇわ!」


 物凄く他人事なラウラに思わず叫ぶ。そりゃ、他人事だろうけどな、お前は。何か言ってくるような人いないし、そもそも誰に何を言われても気にしないだろうけども。ワタシは無理なんだよ。殺気バリバリの美しき刺客ご令嬢たちに捕まるのが確定してるとか、真面目に泣くからな。

 遠目から眺めるだけなら、全然普通に気にせずにいられるのに。色取り取りのドレスに身を包んだ綺麗なお姉ちゃんたちとか、めっちゃ堪能するのに。だって、眼福じゃん。獣人ベスティの女性陣ですよ。耳と尻尾があるんですよ。それで美人でドレスアップしてるとか、観賞用としては最高です。

 ……そう、観賞用ならば。ワタシに殺気を向けてこないならば。……だって、美人が殺気向けてくると、余計に怖いんだもん。美形って、怒ったときめっちゃ怖いよね……。


「そうだ。ラウラがワタシの側にいれば良いんじゃね?」

「む?」

「前回はラウラが助けに来てくれたんだし、今回は最初から側にいてくれたら完璧だと思う。うん、名案!」


 我ながらナイスアイデアだ。ライナーさんはワタシの護衛として側にいてくれるだろうけれど、彼では美しき刺客ご令嬢たちへの盾にはなれないのである。というのも、やってくるお姉様たちはいずれも伯爵家以上の家柄っぽいのだ。……まぁ、覇王様の婚約者候補の座を争う女性陣である。それなりの家柄なのも当然。

 ライナーさんはアーダルベルトの信頼厚い近衛兵ではあるけれど、職業的な地位はそんなに高くない。ついでに、貴族の出身ではあるけれど子爵家らしいので、そっちも別にパワーはない。なので、どう足掻いても防波堤にならないのだ。ワタシに危害が加えられそうな場面とかなら強く出られても、ただお話をしているだけという状況ではどうにもならない。

 ……そのお話が、くっそ怖いのですが。美女の隠せてない殺気本当に怖かった……。ワタシ相手にライバル認定しても何の意味もないのに、どうしてわかってくれないんだろうか。世知辛い世の中である。


「満足そうなところ悪いが、それは無理じゃぞ」

「何で!?」


 ワタシの物凄く完璧な作戦を、ラウラはあっさりと切り捨てた。相変わらずパイを美味しそうに食べながらである。小さな口に、小さく切ったパイをあーんという感じで運んでいる姿は実に愛らしいが、中身はただのババアなので正体を知っているワタシは別に可愛いとも何とも思わない。

 むしろ、提案を却下されたのでイラッとした。何だよ!たまには役に立ってもいいじゃないか!お前基本的に迷惑なことしかしないんだから!


「ワシへの認識がどうなっているのか問いただしたいところじゃが、今は横に置いておこうかの。防波堤になってやりたいのは山々じゃが、ワシにも挨拶回りという仕事がある」

「は?ラウラ、そんなことしてたの?」

「当たり前じゃ。色々と世話になっている相手もおるしな。新年会ぐらいしかゆっくり話を出来ぬ相手もいる」

「……でも、この間はワタシの隣で普通にご飯食べてたじゃん!」


 納得しそうになったけど、よく考えたら普通にご飯を食べてた事実を思い出しました。そう、こやつ、ワタシの隣でご飯食べてたよ!挨拶回りとかしてなかったじゃん!ワタシを美しき刺客ご令嬢たちから助け出してからは、普通に隣にいた!

 説明を求めたら、ラウラは呆れたように口を開いた。……止めろ。その幼児かバカを相手にするような哀れみに満ちた感じの態度は止めろ。ワタシは確かにアホの子だが、今そういう扱いを受けるいわれない!


「アレはただの小休止じゃ。第一、お主、食事を終えたらさっさと引っ込んだであろう」

「え?」

「あの後また挨拶回りに戻っておるわ。飲み食いせずにうろついては身が保たんからの」

「……マジかよ」


 がっくりと肩を落とすも、ラウラが本当のことを言っているというのは何となくわかった。実際、ワタシは食事を終えたらさっさと撤収していたので。……いやだって、用事を終えた以上、面倒くさい事になる前にとっとと引き上げるのは当然じゃないですか。あの日のワタシはあの段階で既に「本日の営業は終了です」状態だったんだから。

 とはいえ、そうなると防波堤がいないということで、ワタシにとって新年会が悪夢の宴再びになりそうな予感しかしない。うげぇ、マジで勘弁してほしい。赤色ドレスのワタシに、美しき刺客ご令嬢たちが殺意向けてこないわけないじゃんかよー。泣くぞ……。


「ふむ。つまりは、彼女らが寄って来られぬ相手がおれば良いということじゃの?」

「ん?何か心当たりでもあるの?」

「心当たりも何も、姫様に頼めば良かろう」

「……姫様?……あ、ノーラちゃんか!」

「そうじゃ。普段は何か厄介ごとがあってもならぬということで姫様たちは全員不参加じゃが、防波堤としてこの上なく優秀じゃぞ。何しろ、『皇妹殿下と御歓談中』だとわかっていて割って入れる猛者はそうそうおらん」

「確かに!」


 ラウラの提案に、ワタシはぽんと手を打った。言われてみれば、確かにその通りだ。基本的に表舞台に出てきていない皇妹殿下の皆さんであるが、彼女たちは覇王様の妹である。お貴族様だろうが高官の皆様だろうが、その邪魔をするなんて出来るわけがない。最強の防波堤がそこにいた……!

 勿論、エレオノーラ嬢の予定をちゃんと確認してからだけれども。それでも、ワタシにどんなドレスを着るのかと楽しげに問いかけてきた彼女のことだ。一緒に新年会に参加してほしいとお願いしたら、二つ返事で頷いてくれるだろう。

 良かった良かったと一安心しているワタシに、さらなる提案を口にした。……なお、到底受け入れられない類いの提案である。


「何なら、離宮から姫様を呼ぶのでもよかろうよ。あちらの方が牽制にはなるやもしれぬな。……物理的に」

「ワタシの心労が半端ないことになりそうなので却下で。……そりゃ、確かに物理的には最強だろうけども」


 この国で最強の物騒女子と呼ぶべき男装の麗人の存在を口にしたラウラに、ワタシは打てば響くように答えた。確かに、彼女はエーレンフリートと剣で渡り合う程度にはお強いお姉様である。

 だがしかし、覇王様への敬愛通り越して忠義全振りのブラコン状態なお方なのである。その上、その有り余る熱意を、覇王様の親友というポジションのワタシにまで向けてくるのだ。悪い人じゃないのはわかってるし、美人でスタイルの良い男装の麗人というのもあって眼福ものなのだが、長く側にいられるとワタシの心がすり減る。確実に。


「面白そうじゃがのぉ。クラウディア姫は女性人気も高いんじゃぞ?」

「そりゃ高いでしょうけどね!面白がってんじゃねぇよ!」


 クラウディアさんが女性にモテるだろうなんてこと、言われなくてもわかっている。あんなリアル宝塚なお姉様がモテないわけがない。何というか、男装の麗人というのは異性とはまた別の意味で女性のハートを射止めるのである。

 なお、ワタシは別にクラウディアさんが嫌いなわけではない。ただ、彼女の愛があまりにも重すぎて怖いだけだ。ちょっとこう、一般庶民の感覚が抜けきらないワタシとしては、崇拝とかに近い感じの感情を向けられるのは勘弁してほしいわけである。しかも相手は皇妹殿下とか、真面目に勘弁してほしい。

 まぁとにかく、防波堤のアテが出来たので一安心だ。これで、ライナーさんの負担も減るだろう。基本的にワタシの専属護衛であるライナーさんだ。きっと、新年会でもワタシの側に控えていてくれるだろう。そんなライナーさんにいらない心配をさせるのは良くないと思うんだ。


「姫様二人を従えるミュー殿というのも面白そうなんじゃがのぉ……。そうじゃ、いっそ三人とも呼ぶというのはどうじゃ?」

「何でワタシがお前の娯楽にならにゃならんのだ!却下だ、却下!!」

「華やかになって良いと思うんじゃがなぁ」

「ふざけろ、この外見幼女ロリババア


 とんでもないことを平然と宣うラウラの頭を、ワタシは思わずぺしりと叩いた。見た目が幼女だろうが中身がアレなので、ライナーさんもユリアーネちゃんもまったく気にしていなかった。出来る近衛兵と出来る侍女は、スルースキルも優秀らしい。

 とりあえず、エレオノーラ嬢に連絡取らないと。あぁ、その前にアーダルベルトの許可を取らないとダメかな。皇族の参列ってなると、何か色々と面倒なこともありそうだし。一応覇王様に相談するか。ワタシの精神安定のためだって言ったら、許可してくれるような気がするんだけども。

 とりあえず、今後の方針が決まったので、アーダルベルトの手が空くまではここでのんびりとおやつを食べておこう。シュテファンお手製のパイは本当に美味しい。サクサクしてるし、甘いし。いくらでも食べられそう。

 あぁ、そうだ。面倒くさいかもしれないけれど、今度、一口サイズのパイを提案してみようかな。そうしたら、丸ごとぱくっと一口で食べられるから、パイ生地がぽろぽろ落ちたりしないし。一口パイも好きなんだよねー。

 美味しいものを食べてのんびりとしていられる時間って、何て平和なんだろう。こういうまったりのほほんとした日が続いてくれれば良いのに……。うぅ、新年会のこと考えると胃が痛い……。裏でご挨拶だけにしておければ良かったのに。ちくしょうめ。


「何じゃ。納得したかと思えばまだぐちぐち言っておるのか?往生際が悪いのぉ」

「喧しい!ワタシは一般庶民育ちなの!偉い人がいっぱいいる新年会なんて、緊張するし怖いし、出来れば関わりたくないの!」


 他人事だと思ってヒドいことを言うラウラに、ワタシは怒鳴った。ワタシ悪くない。庶民として生きてきたワタシである。お貴族様とか、他国の重鎮様とかがお出でになるような新年会に、主催者である皇帝陛下の隣を基本ポジションにされそうな状態での参列なんぞ、胃が痛い以外の何でもないわ!

 ……うん。やっぱりエレオノーラ嬢を防波堤にしよう。そうしよう。泣き落としかけよう。意地でも彼女を盾にするんだ。そうでないとストレスでワタシの胃が死ぬ。




 なお、ワタシの必死の祈りが通じたのかどうか知らないけれど、アーダルベルトもエレオノーラ嬢もあっさりオッケーしてくれたので、今度の新年会は皇妹殿下同伴となりました。やったぜ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る