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「ミュー様、とてもお似合いですわ!」
「ありがとー……」
嬉しそうに花の
そんなワタシの気持ちがわかっているのか、アーダルベルトは笑いをかみ殺すような表情をしている。ライナーさんとユリアーネちゃんは慎ましく営業スマイルのような完璧な笑顔で沈黙を守っている。……エーレンフリート?あいつは何一つ興味がないと言いたげな顔でそこにいますが、何か?いつものことです。
今、ワタシは完成した新年会用ドレスの試着をしている。何度も仕立てて貰っているワタシの体型をわかっているデザイナーさんの仕事なので、手直しもほぼいらないだろうという感じの仕上がり。パンツスタイルのドレスに腰からマントのようにスカートが付いている変則的なデザインだけども、綺麗なドレスである。
そう、ドレスは綺麗だ。赤色だけれども光沢のある生地で色味は淡いものを使っている。その上から、オーガンジーっていうのか、目の細かいレース生地みたいなのが重ねられている。こちらも淡い赤色で、それが上から覆っているのでベースの赤色が少し目に優しい感じになる。随所随所に刺繍だったりスパンコールっぽいものだったりでキラキラが強調されていて、本当に綺麗に作られている。
……が、見る分には良いが、自分がそれを着るのはまた別の話である。
何が悲しくて、目立つことこの上ない赤色ドレスを着用せねばならぬのか。ワタシ、赤いドレスにそこまで愛着ないんですけど。ワタシの好みとしてはオレンジとか黄色とかなんですよ!淡い色って言ったって、赤は赤!くそ目立つ色!ちくしょうめ!
……まぁ、辛うじて淡い色合いなのが救いってところでしょうか。これでどぎつい真っ赤だった日には、ワタシは部屋に引きこもりたくなる。お貴族様いっぱいの新年会にど派手なコスチュームで参加したいと思うほど、面の皮は厚くないです。むしろ隅っこにいたい派です。
「ミュー様、着心地はいかがでございましょうか?」
「……着心地は文句なしです。相変わらず凄く動きやすいです」
「それはよろしゅうございました」
一安心したみたいなデザイナーさんに、ワタシは愛想笑いを浮かべた。いや、確かに本当なんだけども。金に糸目を付けてないんじゃないかという感じで上等の素材を使っているので、肌触りとかはパーフェクトなのだ。生地の伸縮性も抜群で、手足や関節周りも物凄く自由に動く。
そう、着心地は悪くない。いつだって悪くない。このデザイナーさんの作る衣装は、見た目だけじゃなくて着用者が苦しくないように配慮がされているのだ。一流のデザイナーさんだと思う。
……だからこそ、文句が言えなくてぐぬぬってなってるんですが。これで着心地が悪かったら文句付けられるのに、着心地がパーフェクト過ぎて文句が出てこない。ドレスのデザインも完璧なので、文句を言える点が「何でその完璧オブ完璧なドレスをワタシが着なきゃいけないんだ」という部分だけなのだ。辛い。絶対に聞き入れられない。
「あら、
「
不思議そうに小首を傾げる真綾さんにべたーっと抱きついた。癒やし系のお姉様は、そんなワタシの行動に怒りもせずに、よしよしと頭を撫でてくれている。優しい。凄く優しい。癒やされる。
「とても素敵なドレスよ?何かいけなかったの?」
「いけなくないです……。ただ、自分がこんな派手なドレス着ることに心が耐えられないだけです……」
「……あぁ、なるほど」
しょんぼりしながら伝えたワタシの言葉に、真綾さんだけが納得してくれた。周囲の面々は誰も解ってくれなかった。いや、ユリアーネちゃんは解ってくれてるみたいだけど、偉い人が周りにいるので慎ましく沈黙している。
けれど、アーダルベルトも、エレオノーラ嬢も、デザイナーさんも、ライナーさんも、エーレンフリートも(こいつはそもそもワタシの衣装に興味がないけど)、誰一人としてワタシの言い分を理解してくれなかった。出来映えを確認した上で髪型やアクセサリーを考えているらしい女官や侍女のお姉様たちなんて、ワタシが嫌がってるとすら思ってない。照れ隠しだと思い込んでいる。あの人たちの脳ミソ怖い。
そりゃ、ワタシだって女子である。綺麗なドレスやお洒落に興味が無いわけではない。それは確かにそうなんだけど、だからって、ど派手な高級ドレスに身を包んで、偉い人いっぱいの場所で注目度MAXとか絶対に嫌なんですけど。小市民の心が押し潰されそうで辛い。
しかも、今回ワタシの胃がキリキリしているのは、何だかんだで今の恰好がドレスに分類されるからだ。パンツドレスだけれども、スカートみたいに布が広がっているから、横や後から見たら普通にドレス姿だと思う。そんな恰好で、しかも覇王様の色認定されている赤を身につけて新年会に挑むとか、どう考えても去年以上のハードモードである。辛い。
「今更うだうだ言うな」
「喧しい!お前と違ってこっちは針の筵状態になるんだよ!今年の新年会を思い出したら、普通に怖いの!」
「怖いか?」
「
思わずアーダルベルトに噛みつくワタシ。不思議そうなアーダルベルトには悪いが、ワタシにとってお貴族様が集まるイベントは怖い場所なのだ。特に、お年頃のご令嬢たちがいらっしゃる場所にドレスアップで登場するとか、どう考えても地雷を全力で踏み抜いているのだ。怖すぎる。
何しろ、彼女たちは覇王様の隣にいるワタシを、ライバルとしてロックオンしてくれちゃっているのだ。何その嬉しくない認定と思ったワタシは悪くない。確かにワタシは女子だし、成人済みだし、覇王様とニコイチレベルで仲良しですけども。そういう関係じゃないんですよ!って声高に叫んでも理解してもらえないの本当に辛いのだ。
そんなワタシを見て、アーダルベルトは目を細めた。何かを探るような視線だ。……ん?いったいどうしたんだ、覇王様?
「今でもか?」
「へ?」
「だから、今でもそういった視線がお前に向かうのか?」
「……当たり前だろ?王城に来てるお前狙いのお嬢さんたち、ワタシに対して殺気すごいぞ?」
言われている意味がよくわからず、思わず首を傾げた。ワタシは視線をライナーさんとユリアーネちゃんに向ける。ワタシと行動を共にすることが多い護衛と侍女の二人は、こくりと揃って頷いてくれた。うん、ワタシの勘違いじゃなかった。
そんなワタシたちの行動に、アーダルベルトは笑った。いや、違う。これ、笑っているというか、嗤うじゃね?嘲笑とか嘲笑うとか言われるアレでは?何で覇王様そんな顔をなさっておるので?
「なるほど。実に愉快な話だ。……そうだろう、女官長?」
「……はい、その通りでございます、陛下」
「うえ?アレ?ツェリさんいつの間に?」
「先ほど参りました、ミュー様。ドレスが大変良くお似合いでございます」
「え、あ、はい。ありがとうございます?」
いきなり湧いて出たとしか思えない女官長ツェツィーリアさんが、穏やかに微笑んでワタシを褒めてくれる。褒めてくれるけれど、アーダルベルトと会話してたときの顔は普通に怖かった。笑顔なのに何か目が怖かった。目が笑ってない笑顔って怖いなと思いました。
というか、何が二人の逆鱗に触れたのか全然わからない。誰か説明してほしい。ワタシは事実を説明しただけなのに。この中で説明してくれそうなの誰だろう。……ユーリちゃんかな!
「……ユーリちゃん、ユーリちゃん、何であの二人怒ってるの?ツェリさんに何か関係あったの?」
ちょいちょいと呼び寄せて、小声で問いかけたワタシに対して、ユリアーネちゃんはちょっと困ったように笑いながら説明をしてくれた。ありがとう。頼りになる侍女ちゃんだぜ。
「私も詳しくは知りませんが、ミュー様に無礼があったご令嬢方には、女官長がお話をされたと伺っております」
「……ハイ?」
「お話を、されたと」
「……それ本当にお話なの……?」
「……」
思わずツッコミを入れたワタシに対して、ユリアーネちゃんはそっと目をそらした。だよね?そうなるよね?どう考えてもそれ、お話じゃなくて、お説教とかお仕置きとか何かそういう方向性だと思っちゃうアレですよね!?今の女官長の反応からして、そうですよね!?
ワタシのあずかり知らぬところで、大変恐ろしいことが起こっていたらしいと理解しました。新年会でワタシを取り囲んだ美女の皆様、あの後ツェツィーリアさんにお説教されたのか……。見た目は猫だけど半分は虎だというツェツィーリアさんは、戦闘力も大変お高いらしい。……やべぇ、怖い。
ん?でも待って?確かにツェリさんは王城の女官長として侍女や女官などを取り仕切る素敵なマダムだけれども、だからって貴族のご令嬢相手にお説教できるの?確か、あそこにいたのは伯爵家以上の階級の人たちで、子爵家のライナーさんじゃ太刀打ちできないからラウラが助けに来てくれたんだよね?
「ミュー様はご存じありませんでしたか?女官長は、ヴァーンシュタイン公爵家の方ですよ」
「……え?……ライナーさん?」
「ですから、女官長は現ヴァーンシュタイン公爵の妹君です」
「……マジで?」
「はい」
「……ツェリさん強すぎでは……?」
何でもないことのようにライナーさんがぶん投げてきた爆弾に、思わず固まった。マジですか。王城の女官長を務める才色兼備の女傑であるだけではなく、御実家がくっそ太いお貴族様なんですか、ツェツィーリアさんって?知らなかったんですけど!
っていうか、公爵!公爵家って、めっちゃ偉い家柄では!?ワタシの知識は適当ですけど、確か公爵って爵位で考えたらてっぺんだった気がするんですけど!?「公・侯・伯・子・男」って覚えた記憶があるもん!
あわあわしているワタシを、ライナーさんはいつものニコニコした笑顔で見ていた。見守らないで!ワタシの混乱を見守らないでください、ライナーさん!っていうか、ユリアーネちゃんも固まってるじゃんか!ツェリさんの実家の情報ってあんまり出回ってないんじゃないの!?
「女官長の職を全うするのに不必要なことですので、あまり吹聴してはおりません」
「いやでもあの、ツェリさん、実は王城のラスボスだったんですか……?」
「まぁ、ミュー様、何をおっしゃいますか。私など、宰相の足下にも及びませんわ」
「……え?つまり自動的に王城のラスボスはオトンの方だと……?」
コロコロと楽しそうに微笑むツェツィーリアさんに、思わずワタシは呟いた。いやうん、確かにオトンも強いけども。イケオジエルフで、戦闘能力くっそ高くて、皇帝三代に仕えてる凄腕の宰相閣下。うん、普通に強いな。でもツェリさんも結構強かったんですけど。何で足下にも及ばないになるんだ?
「ユリウスは公爵だぞ」
「そっちか!」
答えはあっさり覇王様から与えられた。当主の妹のツェツィーリアさんより、自分が公爵家当主やってるユリウスさんの方が上とかそういうことですか!でもでも、とりあえずオトンとオカンが王城のラスボスで良いと思います。マジで!
知らなかった爆弾ぶち込まれて本当に怖かった。っていうか、その女官長にお話(どう考えてもお説教)されたであろうご令嬢の皆さん、大丈夫だったのかな……?地位も家柄も実力も持った年上の女性からの叱責とか普通に怖いと思うんだけど。しかもツェツィーリアさんは覇王様とワタシ贔屓である。
「ミュー様」
「はい?何ですか、ツェリさん」
「ミュー様に殺気を向けてきたご令嬢の特徴を、後ほどお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「……え?」
にこやかな微笑みを向けてくる女官長の背後に、何か空恐ろしいものが見えた気がするのはワタシの気のせいだろうか。いや、気のせいじゃなかった。何か謎のオーラが出ている。怖い。
いやでもツェリさん、ワタシ、すれ違ったときに殺気向けられたとかレベルなんで、相手の名前も家柄もまったくわからないのですが?というか、聞いてどうするんですか……?
「お名前はわからずとも、姿形などはおわかりになりますでしょう?日時と合わせてお伝えいただければ、後はこちらで対処いたします」
「……ツェリさん?」
「些末なことなど、私にお任せくださいませね?」
「……えーっと、あの、……。……はい」
穏やかに微笑むマダムの謎の威圧に抗えなかったワタシです。いやでも、ワタシ悪くないよね!?何か今のツェリさんくっそ怖かったんですけど!些末なこととか言ってるけど、何をなさるおつもりなんですかね、マダム!?超怖い!
とりあえず、その辺はまた今度にしましょうね。ワタシも記憶を引っ張り出さないとわからないので。
「はい。後日書き記していただければそれで十分でございます」
「……あい」
ワタシ相手に優しい女官長が、実は結構鬼かもしれないと思った瞬間でした。ツェリさんくそ怖い。そして覇王様は、満足そうに笑ってんじゃねぇよ!何でお前は納得済みみたいな態度してんだよ!意味不明!
その後、ユリアーネちゃん経由で入手した情報で、ツェリさんがワタシに殺気向けてきたご令嬢たちにお話をされたと知り、ちょっと彼女たちに同情したワタシである。ワタシの周りはワタシに対して過保護すぎると思います。ありがたいけども。
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