7章 《彼女》の存在理由

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 ウォール王国のいざこざを綺麗に(かどうかは知らんけど、とりあえず丸く)納めたので、ワタシも無事にガエリア帝国に戻ってきました!お土産をいっぱい貰いました。やっぱり、海がある国へ行ったのならば、海産物を要求するべきですよね!今回は外見幼女ラウラも一緒だったので、鮮度を保つのも問題なしです。素晴らしい。

 つーわけで、アーダルベルトへの報告は文官さんたちにお任せして、ワタシはシュテファンの所へ突撃しました。いつものことです。いつものパターンです。うっかり執務室へ向かうアーダルベルトと目が合って「お前、帰ってたなら状況説明に来い」という視線を送られましたが、スルーしました。勿論ワタシもちゃんと「食材持って帰ってきたから美味しいもの作って貰ってくる!それまで待ってろ!」という意思を伝えましたよ。通じたみたいで見逃して貰えました。持つべきものは悪友ともです。




 だがしかし、まさかの料理番全員に「それは食材ではありません!」と拒否されるという事態に陥りました!




 何故?!ワタシには理解できぬ!鮮度抜群の、とても素晴らしい食材なのに!と必死に訴えたけれど、誰一人として頷いてくれなかった。まさかのシュテファンすらも顔面蒼白にしながら首を左右に振ってきた。え?シュテファンもダメなの?今まで割と無茶を聞いてくれてたシュテファンも、コレ、ダメなの!?何で?!

 呆然としながらワタシは、水を張った水槽の中でのんびりしている《ソレ》を見た。ワタシにとってはただの食材。彼らにとっては、何か知らんけど恐れの対象みたいになっている、《ソレ》。くすんだ色をした身体を自由気ままに動かしつつ、ワタシが玩具代わりに入れて上げた小さな壺に入ったりしつつ戯れている、《ソレ》。



 そう、ただのタコなんですが、何でここまで拒否されるんすかね?



 港町でも見なかったし、街の魚屋さんでも見かけなかったので、王様にお願いしてわざわざ用意して貰ったのに。超新鮮なのに。いや、港町でさ、漁師さんたちが何故か船からポイ捨てしてるのは見てたんで。だから、この世界にも居るんだなと思ったら、食べたくなったんですよ。タコの酢の物とか唐揚げとか、ワタシ普通に好きなんで。あと、たこ焼き食べたい。

 それなのに、皆の反応がおかしい。……そういえば、ウォール王国でも同じような反応されましたね。彼らの名前はちゃんとタコで通じてたので、大丈夫だと思ったのに。え?この世界って、タコ食用じゃないの?タコ美味しいのに、食べないとか間違ってない?


「ミュー様、いくら何でも、海の悪魔は食べられませんよ…。というか、何でそれをお持ち帰りになったんですか……?」

「海の悪魔?え?そんなご大層な二つ名なの?ただのタコなのに!?捌いて調理して食べたら良いじゃん!別に毒持ってないのに!」

「だから、海の悪魔を捌くとか食べるとか、そんなこと出来るわけないですよね!?」

「シュテファン?!」


 物凄い勢いで叫ばれた。未だかつて見たことも無いレベルでシュテファンが叫んだ。

 え?ダメなの?ガエリア帝国っていうか、《ブレイブ・ファンタジア》の世界って、タコ食べないの?食べてくれないの?どうして?!っていうか、海の悪魔とかそんな凄いのじゃないよ!確かに人間丸呑みしそうな巨大タコは海の悪魔かもしれないけど、これは普通に捌いて食べられるタコさんサイズだよ!丸ごと茹でてしまっておkレベルだよ!?

 切々と訴えたのに、誰も解ってくれなかった。何故だ。解せぬ。

 仕方が無いので、自分で作るという選択肢に辿り着きました。作ってくれないなら、道具と材料だけ貸しやがれ-!って感じで。まだ何か言いたそうだったけど、「じゃあ、代わりにこのタコ捌いてくれる?」と聞いたら、全員が真っ青になって逃げました。料理長も顔引きつらせてました。えー、熊獣人ベスティの料理長まで、タコ怖いの?わけわからん……。


「とりあえずー、タコさんは、〆る!」


 タコの目と目の間を〆て、大人しくさせる。水槽から出した瞬間に暴れようとしたけど、そこは知らん。ぐいっと力を入れたら、しばらくして大人しくなりました。よし!そのまま頭の中にある内臓を取り出して、ぽいする。普段魚を捌いているだろう料理番さん達が、この世の終わりみたいな顔して見てますが、知らん。ぬめぬめするよー。

 頭の中身を取ったら、今度は目玉を包丁で切り込み入れて取り除く。目玉も内臓もいらないからね。ワタシ、それは食べないの。取り終わったら、流水で水洗い。足をごしごしする感じでぬめりを取る。これをちゃんとしないと、色が悪くなるって母さんが言ってた。流水が終わったら、まな板の上でごりごりして更にぬめりを取る。最後に、塩をひとつまみしてごりごりして、ぬめりを取る。

 正直、タコってぬめり取るのが面倒だよね。スーパーだと茹でたの売ってるんだけど、こいつ生だからな。でもその分、鮮度抜群だしおkって思う。……父さんの趣味が釣りで良かった。魚を捌くのは包丁の使い方が不安とか言われたけど、タコとイカはやらされたんだよね。何でその二つだけやらせたの、母さん。今でも謎だよ。でもおかげでタコの下処理できました。ありがとう。

 頭も同じようにぬめりを取ったら、塩と酢を入れた水を鍋にたっぷり用意して、そこにタコを投入。まるごとぽーい。んでもって、火を付けて沸かす。あとは茹でるだけだ。色が変わってきたらひっくり返して、全体が茹で上がるように頑張る。ふふーん、とりあえず試しに一匹だけだけど、この様子だと誰も食べてくれないだろうから、ワタシとアーダルベルトの分だけで良いだろうし、一匹で大丈夫だろ。他のタコさんは水槽で飼ってて貰おう。生け簀状態じゃ。

 綺麗な真っ赤に茹で上がったタコを、氷水で冷やせば、下準備完了であります!よっしゃー。あとは酢の物と唐揚げにしよーっと。たこ焼き作りたかったけど、そもそもたこ焼き用の鉄板が存在しないからな。今度アーダルベルトに頼んで、鋳物作りの職人さん紹介して貰おうっと。


「……ミュー様、あの、本当に、食べ……」

「うむ。絶妙の塩加減。このまま刺身でも食べられそう~。……って、シュテファンどうした?」

「………………ッ、何でもありません!」


 足の先を一口サイズに切って味見してたら、シュテファンがこの世の終わりみたいな顔して走っていった。いったいどうしたんだね、シュテファン?よくわからないけど、ゆで加減も上手に出来たので、このまま酢の物にしよう。どうしようか考えたけど、足を唐揚げメインに使いたいので、頭を一口サイズに切っていく。酢の物は頭でも問題無いしね。唐揚げは個人的に足の方が好きなので。

 ボールにタコと輪切りスライスしたキュウリ、ついでにワカメを大量投入して、お酢とお醤油ちょっとで味付けをする。個人的にはここにじゃこも入れたいんだけど、見当たらなかったので諦めた。味が染みこむまでそのままボールで放置。爆発物見るみたいな顔して見るんじゃありません、そこの皆さん。これはただのタコの酢の物です。

 まぁ、外野は放置しますかね。次は唐揚げだー。タコの足を一口サイズにぶつ切りにして、塩こしょうで軽く下味を付ける。竜田揚げ風も美味しいけど、今日はシンプルに塩味でいこうと思う。しっかり揉み込んで味が染みこんだら、水気を軽く拭き取って、ボールに小麦粉さん投入。馴染ませるように揉み込んだら、あとは上げるだけです。お手軽簡単。


 ただし、タコは水分が多いので、普通の唐揚げより油がバチバチ言うのが難点ですけどね!


 あー、ちくしょう!本当なら揚げるところぐらい誰かにやってもらいたかったのに、全員逃げの体勢から動かないんだけど!っていうか、ライナーさんも微妙な顔して外から見てるんだよなー。えー?タコを食べるってそんなに変な事かなぁ?美味しいのに。

 まぁとりあえず、何だかんだで酢の物と唐揚げは無事にできあがったので、差し入れに突撃しよう。本当はここにお米があったら最強なんだけど、夕飯前だしね。アーダルベルトはともかく、ワタシの胃袋はそこまで大きくないので、我慢しておく。

 いつもなら笑顔でお盆持ってくれるライナーさんが、顔引きつらせながら持ってた。えー。そこまでじゃないよー。タコだもん。ただのタコだもん。海の悪魔とか恐れすぎだよー。


「アディ-、差し入れ持ってきたぞー」


 ノックしてすぐに勢い付けてドアを開けたら、アーダルベルトとエーレンフリートがいた。おや、今日はユリウスさんいないんだね。あっちはあっちで執務室でお仕事中かな。とりあえず、小腹すいただろう?新作持ってきたから、遠慮無く食すが良いぞ!


「……陛下、個人的にはあまりオススメはいたしません」

「は?どうした、ライナー?顔色が悪いぞ」

「…いえ、これ以上は俺の口からは…」

「ライナーさん、思わせぶりやめてください。アディ、食わず嫌いは良くないから、とりあえず食べろし」


 テーブルの上に器を置きながら、ライナーさんが断腸の思いみたいな感じで忠告してた。なんつー失礼な行動をしてくれるんですか。美味しく出来たのに!風評被害いくない!

 賢いワタシは、ちゃんと酢の物も唐揚げも入れ物を二つに分けてあります。ワタシ、学習したからね!自分の分を守るためには、ちゃんと頑張るよ!……まぁ、入れ物分けてようが、平然と横取りしてくるのがヤツですが。それでも、分けてたらまだ、抵抗できるしね。うん。

 とりあえず、ライナーさんの発言に訝しげに首を捻りつつ、ワタシがぱくぱく食べてる器の中身をじっと見ているアーダルベルト。しばし考えているようです。うむ、珍しい反応だな。ライナーさんの言葉が効いたか。でもまぁ、多分食べると思うけど。


「ミューが食ってるなら害は無いだろ。別に毒もなさそうだしな」


 めっちゃあっさり結論出して、普通に酢の物食べました。うむ。お前そういう男だと思っていたよ。ライナーさんが絶望したみたいな顔してるけど、知らんがな。タコは美味しいんだよ。


「お味は?」

「酸っぱい」

「酢の物だもん」

「酢の物と言うのか?酸っぱいが、悪くないな。あと、こいつは何だ?食べ慣れない食感なんだが」

「嫌いか?」

「いや、弾力があって悪くない。キュウリとワカメとの相性も良いな」

「うん、そう言うと思った」


 何だかんだでこの覇王様、味覚がワタシに似てるというか、ワタシが美味いと思うモノは全部美味しいらしいので、想像通りだった。酢の物はちょっと馴染みが無いかも知れないけど、カルパッチョの親戚みたいなもんだと思って貰えば良いよ。和製カルパッチョみたいなもんじゃね?え?極論過ぎる?すみません。たとえが見つからなかったので。

 とりあえず、何かを教える前に、唐揚げを勧めておいた。お気に召したようで、ばくばく食べてる。うん、タコの唐揚げ美味いよね。我ながら美味に出来たと思う。あと、レモンかけると更に美味しい。勿論横目で見てきた覇王様のにもレモン絞って上げましたよ。ワタシ優しい。


「で、結局これは何だったんだ?」


 綺麗に全部食べ終わってから、もう一度聞いてくるアーダルベルト。初めて食べた食材が気になっていたのだろう。うむ、では教えてしんぜよう。



「タコ」



「……は?」

「別名海の悪魔とか言うらしいね。で、料理番さんたちが誰も作ってくれなかったから、なんと、ワタシのお手製だぞ☆」


 笑顔で告げてやったら、流石の覇王様も固まりました。うむ。お前の頭の中でも、タコは食用じゃなかったのだね?でもほら、綺麗に平らげたんだから、今更ガタガタぬかすな?


「お前……。色んなモノを食べるとは思っていたが、海の悪魔まで食べるか……?」

「失礼だな。ワタシの故郷では普通に食材なんだよ。絶対、タコ苦手とか言ってるヒトも、たこ焼きなら食べると自信持って言えるね!」

「たこ焼き?」

「うん。作りたいから、今度鋳物作りの職人さん紹介して」

「まぁ、それぐらいは別に良いが……。……とりあえずエレン、武器はしまえ」

「うわーい、予想通りの反応」


 覇王様に海の悪魔喰わせたという情報が脳みそに伝達された次の瞬間、エーレンフリートはワタシの背後で剣を抜き放っておりました。お前、危ないから。ライナーさんが止めてるけど、目がめっちゃ本気だった。そんな血走った目で見ないで。別に毒物食わせたわけじゃないやい。


「エミディオ王がやたらめった腰の低い手紙を寄越してきた理由がわかった」

「うん?」

「下手したら宣戦布告と勘違いされる事案だぞ」

「え?そんな大事?それは大変だ。よし、可及的速やかに、この世界にタコは美味しいと広めなければ!」

「違うだろうが」



 結構本気で決意したのに、覇王様に阿呆と頭を軽く叩かれました。納得いかない。タコ美味しいのに。



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