閑話 ウォール王国聖騎士団長オクタビオ

 人間、適材適所が一番楽で、誰もが幸せになれるに決まっている。それが俺、オクタビオ・カルロッサの持論である。物心ついた頃からそう思ってきたので、苦手分野を無視して、得意分野へと突き進んだ結果、現在の俺は何故かウォール王国聖騎士団長なんていう立場を拝命している。……別にいらねぇんだがなぁ。

 俺がこんな面倒な地位に就いているのにはいくつかの理由がある。

 一つ、国内において俺が随一と言われる腕前の騎士であること。一つ、俺が普段絶対に見えなかろうが、伯爵家の嫡男であること。一つ、俺が幼少時からのエミディオ様の側近であること。一つ、俺が、セバスティアン・R・クロレンツの幼馴染みで親友であること。

 これらの理由から、俺は向いていないのを自覚しつつも、聖騎士団長という立場に甘んじている。ただし、城勤めというのは性に合わないので、普段は新人達の育成も兼ねて、国内を巡回警備している。優秀な副団長が普段の業務を取り仕切ってくれているので、有事でもなければ俺が城内で堅苦しく聖騎士団長をする必要は無い。…まぁ、セバスには「いい加減城に腰を据えろ」と言われ続けているが、そんなことをしたら三日でイライラから阿呆貴族共を片っ端から切り捨ててしまいそうだ。絶対無理だ。

 幼馴染みのセバスは、俺と同じく伯爵家の息子だ。あっちは次男で、伯爵家は兄が継いでいる。なお、俺には双子の弟がいて、そいつが実家を継いでくれているので、俺としては気楽で助かる。あっちはあっちで荒事は苦手なので、真顔で「そっちはビオが担当してくれたら助かる」と言ってくれる素晴らしい半身だ。流石双子。お互いやりたいことがよくわかっている。


 あぁ、なんで理由に「セバスティアン・R・クロレンツの幼馴染みで親友であること」が含まれるのかって?


 簡単に言えば、セバスの為だ。もとい、セバスがいずれ宰相になったとき、騎士団がスムーズに協力を出来るようにという感じで、俺が配置された。セバス、別に人格に問題があるとかじゃなく、普通に有能なんだが、ある一点で物凄く偏見を持たれてるからなぁ……。

 我が幼馴染みは、エルフの先祖返りで人間から多少逸脱している。別に俺はそれもあいつの個性だと思うし、陛下もそう思っておられる。親しい人間はそんなことよりセバスの能力や人格で把握するが、そうでない人間はあいつの、「この20年少しも年を取らず、四十路の筈なのに二十歳前後にしか見えない」という外見に怯えすら抱いている。別に、中身は普通に人間なんだがなぁ……?

 騎士団の中にもセバスを苦手にしているヤツはいて、そういうのが上に立った場合、セバスが動きにくくなるのは目に見えていた。セバスが次期宰相なのはもう、ほぼ決定事項だった。というか、宰相はさっさとセバスに役職を譲って楽隠居したがっているが、アイツの見た目が若すぎるのと年を取らないという異質さで、周囲の声が鬱陶しくてまだ譲れないでいる。……俺が聖騎士団長になってそろそろ十年近いから、結構な長さだ。面倒だな。

 

 面倒と言えば、長年我が国を患わせていた《面倒ごと》が、このたび見事に綺麗さっぱり片付いた。


 かなり本気で面倒だった陛下の叔父であるルーベン殿が、このたびめでたく辺境に追放された。勿論王位継承権は剥奪した上で、だ。昔からろくでもない事ばかりやってくれる御仁だったが、国宝の指輪を盗み出して潜在敵国に売ろうとしたり、それが失敗したら今度はこっちが大事にせずにしておいた事件の概要を勝手に大嘘交えて広めて陛下の手腕を問うたり、その時に協力してくれた人物の偽物担ぎ出して自分の功績にしてみようとしたりと、そらもう見事にやらかしてくれた。……正直、アレが王族でなかったら、10回ぐらいは殺してるぞ、俺とセバスは。

 結論から言えば、隣国・ガエリア帝国の《予言の力を持つ参謀》と呼ばれる人物の協力により、ヤツのクーデター計画はあっさりと暴かれ、息子であるカミロ殿を引き込んだことにより証拠品も確保した後に処罰を下した、ということになる。

 その人物、ミューと名乗る異世界からの召喚者は、己がやってのけたアレコレに関しては特に思うところもないらしく、むしろ新鮮な海の幸を用いた我がウォール王国の料理を嬉々として食していた。基本的な行動は情報提供のみ。護衛として連れてきたのだろう魔導士の幼女(妖精族らしいので中身は年齢三桁らしい)に色々と命じていたらしいが、当人はまったりとしていた。それで良いのか?と思いつつ、そういう性格なんだろうなぁと思い眺めていた。個人的には嫌いでは無い。

 深謀遠慮に富んでいるとか、知謀に優れている、というのとは違うだろう。坊主(実際は成人済みの女性らしいので嬢ちゃんと呼ぶべきなんだろうが、こっちのがしっくりくるのでそれで通してる)は、思ったことを思ったままに口にして、当人にしてみれば普通に生活しているだけなのだろう。ただそれが、俺達とは異なる着眼点に基づいているからこそ、異質に見えるだけで。

 そう、セバスがエルフの先祖返りだと気づいたところも、だ。ほぼ人間しかいない我がウォール王国では理解者が乏しくとも、様々な人種が入り交じる南方のキャラベル共和国などでは自明の理だろう。また、歴代の皇帝が能力と人格で判断して取り立てるために、ガエリアの城勤めも大概混沌としているらしい。実際、宰相はエルフで、坊主の傍についている魔導士は妖精だ。確か、歩兵遊撃隊の長は人間だったと記憶している。そういった場所で生活をしているからこそ、坊主は何の気も無しにセバスの事を口にしたのだろう。

 ……だからこそ、欲しいと思った。何十年も前から停滞しているような我が国で、必死に前へ進もうとする陛下の傍らに、新しい風を吹き込むような彼女が欲しいと、ただ、そう思った。


「オクタビオ」

「うん?どうした、セバス?」

「何故、あのような愚問を口にした」

「……あー、本音?」


 呆れたような顔をして問いかけてきた幼馴染みは、いつもの宰相補佐の格好をしていた。……ここまで致命的なまでに性別を誤認される人間もいないだろう。名工が丹精込めて作り上げた人形のように、セバスの顔立ちは整っている。だがしかし、どう控えめに表現しても中性的。もっと言ってしまえば、どう見ても女性だ。二十歳前後にしか見えない上に、性別逆としか思えない美貌。心ない奴らに化け物呼ばわりされるのはまぁ、仕方ないのかも、しれないが。

 そういう誤解を、一個一個解くのが面倒なんだよな。ちまちまと根回しするんじゃ無くて、根本からたたき壊して価値観の作り替えをしてやりたいと思う。……そうでないとこの国は、そのうち泥沼に沈み込むんじゃないかと思うほどに、頭の固い貴族達が煩すぎる。


「何が本音だ。そもそも、ガエリア皇帝が彼女を手放すわけが無いだろう」

「解ってるさ。ただ、坊主はどう思ってるのか聞いてみたかったんだよ」

「何故」

「あの、俺達から見ればズレてぶっ壊れてるような価値観は、新しい風を呼び込むのにぴったりだ」

「……ビオ」


 にんまりと笑って告げてみれば、幼馴染みは低い声で私事プライベートでしか口にしない愛称を使った。咎めるような表情に、わかってると頷いた。他に誰もいないから、こんな軽口を叩いているだけだ。いくら俺だって、他人の目や耳がある状態で、そんなことは言わない。……当人があっけらかんと「おっちゃんらしいなぁ」と口にしたとしても、周囲がそれを赦すわけが無い。彼女は覇王の信頼厚き参謀閣下だ。

 何故、ガエリアだったのだろう。何故、彼の皇帝だったのだろう。彼女という切り札を手にした覇王に、いったい誰が挑めるだろう。誰が勝てるだろう。キャラベル共和国も、気取られぬように戦支度をしたはずが、まだ殆ど動き始める前から坊主に動きを掴まれていた、らしい。末恐ろしい。あの直感に、彼女曰く《知っているだけ》という状態に、知恵や軍略が合わさったならば、どれほど強大な存在へと化けるだろうか。


「余計な真似をして、彼の国の怒りを買うような真似はよせ」

「わかってる」

「確かに彼女は魅力的な人材だが、本人だけでなく周囲も、決して手放すまい」

「俺がもう二十ほど若けりゃ、本気出して口説いてみたんだがなぁ」

「お前が本気出したところで相手にもされんだろうが。傍にあの覇王殿がいるんだぞ」

「まぁ、それもそうだな」


 比較対象があまりにも悪すぎる。全てにおいて完全無欠なガエリア帝国の覇王。戦場では負け知らず。民への慈愛も忘れない。武人としても為政者としても規格外なほどに完璧な、……完璧過ぎて、いっそ哀れになるほどに全てを《一人》でこなせてしまうガエリア帝国の皇帝陛下。同じ男として憧れる、とは思わん。あれは不憫な男だ。あれほどに完全であれば、誰も傍には寄れないだろう。少なくとも、誰もが引け目を感じながら傍に立つのは必然。


 その中で、彼女だけが当たり前みたいに傍に居るのだろうと、容易く想像が出来た。


 まるで気心知れた友のように、軽口を叩いてじゃれ合う姿は異質だった。俺もセバスも、自分が見た光景が信じられなかった。何度か顔を合わせ、戦場でその姿を見たこともある、ガエリアの覇王。それが普通の二十代の若者のように過ごす姿など、誰が想像しただろうか。そして、それを与えたのが坊主だと解って、納得もした。常識の外側に存在する異世界からの召喚者。多分、彼女だけが何の疑いもなく、個人として彼の覇王を見たのだろうと想像できて。


「明日には帰還されるぞ」

「おぅ。見送りはちゃんとする」

「土産の手配はさせて貰ったんだが、……本当にあんなものを持ち帰ってもらって良いのか?」

「仕方ないだろ、セバス。本人が「それが良い!」と言い張ったんだから」

「だがしかし……」


 セバスが渋るのも、わかる。何故か知らんが、坊主は土産に海産物を要求した。それは別に構わない。今回は同行者に魔導士がいるしな。鮮度を保って持ち帰ることも可能だろう。陛下もその程度ならと、好きなモノを好きなだけと告げておられたし。


 そうしたら何故か、食用ですら無い悪魔の異名で知られる海洋生物を持って帰ることに固執した、らしい。


 海の悪魔と忌み嫌われるソレは、間違っても食用では無い。何かの間違いだろうと切々と訴えたらしい担当者に、けれど坊主は笑顔で「ワタシはそれが欲しいので、いっぱいください!」と言い切ったらしい。何故だ。理解ができん。


「……なぁ、ビオ」

「あん?」

「もしかして、彼女はアレを食べるつもりなのだろうか……?」

「…………考えたくねぇなぁ」

「悪魔を食すというのは、どういうことだろうか……」


 こめかみを指先で押さえながら呟いたセバスの発言に、俺は遠い目をした。でも多分、食べるのだろう。海の悪魔を見つめる坊主の瞳は、それはそれは幸せそうだった。キラキラと輝いていた。食卓の料理を眺めるのと同じ感じで。


「まぁ、坊主の行動をいちいち気にしたらキリがねぇんじゃねーか?」

「そうか……?」

「少なくとも、ライナー殿はそういう対応してたぞ」

「……あぁ、なるほど」


 彼女と付き合いの長いだろう護衛の反応を考えると、放置するのが最適と思えた。彼にとっても海の悪魔は食用ではなかったのだろう。顔を引きつらせながら彼女を見ていたのだが、止めることはなかった。というか多分、止めても止まらないという事実を知っていたのだろう。色々と不憫だ。

 とはいえ、それだけが土産というのは格好がつかないので、他にも名産品を幾つも荷造りさせたそうだ。そりゃそうだろう。彼女への土産とはいえ、絶対にそれは覇王の目に触れる。海の悪魔を大量に送りつけたと思われて敵視されてはたまらない。あと、陛下は直筆の手紙を添えたらしい。海の悪魔を送ったのはこちらの嫌がらせではなく、求められたからです、という内容の。……陛下も必死だった。


「これから、本格的に彼の国との友好に勤めねばならんな」

「そうだな」


 そう言ったセバスの顔はどこは嬉しそうだった。実際、今までもガエリア帝国との友好度をあげたがっていた。敵対する理由はないのだ。……過去の対戦を紐解けば、こちらの自業自得であることは自明の理なのだが、それも知らずに獣人ベスティ嫌いな国民が多すぎて困る。それらの意識改革にも努めなければならないだろうに、妙にやる気に溢れている幼馴染みに苦笑する。



 まぁ、その内親善大使として遊びに行かせて貰おうかね?坊主を見てると飽きないし。


 

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