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「ミュー様、御礼申し上げます」


 淡々とした声でワタシに告げたのは、小さな小さな淑女であった。御年6歳におなりになる、ウォール国王エミディオ陛下の第三王女ノエリア様である。……うん、見た目はばっちり可愛いお姫様なのに、幼い子供に不似合いな細いフレームの眼鏡と、分厚い本を抱えている状態を見てしまうと、何かこう、「幼いくせに妙に頭が良くてませてるお嬢ちゃん」を連想するのだが、多分ワタシは間違っていないだろう。

 先日、色々とうだうだやらかしてくれてたルーベン殿は、正式に王位継承権を剥奪されて、辺境にぽいっとされた。流石に命を奪うのはカミロ少年の手前はばかられたようで、王侯貴族用の監獄(外には絶対に出られないけど、中はとても快適)が作られている断崖絶壁に吹っ飛ばしたらしい。まぁ、皆さんが納得してるなら宜しいですよ。


 んでもって、何だかんだとやっている間に、王妃様が産気づいて、無事に王子様が生まれました。マル。


 《予言》がどんぴしゃで当たったことで、上へ下への大騒ぎ。恩人+予言者としての地位を確保してしまったようで、さっさと帰ろうと思ったのに「せめて祝いの宴に参加してください!」と泣きつかれてしまった。……エミディオ陛下、マジでノリ良すぎだろうが。「せっかく生まれた我が息子に祝福を!」とか言われたって、能力値は一般人パンピーのワタシに何が出来ると思ってんだ!加護付与なんて芸当は出来ぬわ!

 とはいえ、美味しいご馳走に釣られたので、大人しく待ってたんですが。そうしたら、忙しい両親や姉の傍をこっそり抜け出してきたらしいノエリアちゃんが、ワタシに冒頭の台詞を告げてきたのだ。正直、顔合わせした以外はろくに口をきいてなかったが、……この子、幼さどこかに捨ててね?


「いや、ワタシはお礼を言われるようなことはしてないけど」

「いいえ。ルーベン殿の件も、我が弟の件も、ミュー様のお口添えで話が早く進んだことと思います」

「……ノエリア王女、あの、本当に6歳?」

「早く大人になりたいとは思っておりますが、生憎私はまだ6歳の小娘ですわ」


 にっこりと笑う彼女に、思わず絶句する。嫌だ。こんなの全然子供っぽくない。6歳の幼女に見えない。中身が能力値カンストしてる気分だ。どうやったら君はこんな風に育てるのかね?

 ちらりと横目でラウラを伺ってみるが、首を左右に振られた。彼女は普通に純粋に人間らしい。だったらなおさら疑問符ハテナマーク浮かべたいぞ、ワタシは。いくら王女様だからって、ここまで成熟せんだろうが。何をどうしたらこう育ったし。


「これで、セラフィナ姉様とカミロ従兄様にいさまも心置きなく寄り添えますし、クルス姉様も無理に男装をされる必要もなくなります。本当に、ミュー様にはどれだけ感謝をしても足りませんわ」

「……いやまぁ、お役に立てたのなら、結構です」


 つーか、ノエリア王女、君今、物凄くものっそ重大な情報をぽんぽん暴露してくれてねぇか?第一王女のセラフィナ様とカミロ少年、いい感じなの?男勝りで評判の第二王女のクルス様って、本人の意思で男装してたんじゃないの?え?この子マジ怖い。情報源になるというより、笑顔で投げ込まれる爆弾が怖すぎる。


「ところで、ミュー様のお召し物はどうして男装なのでしょうか?」


 不思議そうに問いかけてくる王女様に、なんて答えたら良いのか色々と迷いました。なお、今のワタシは件の赤の第一礼装モーニングです。勿論帽子とマントも装備しています。いや、一応お祝いの席だし正装しなきゃってことでな?お付きのラウラやライナーさんはともかくとして、主賓(?)扱いのワタシは、ちゃんとした格好の方が良かろうというお話。……まぁ、ドレスじゃないの突っ込まれるのは普通ですよね。知ってた!


「いや、ワタシ異世界の人間だからね。こういう儀礼祭典用の服って持ってなかったから、この間の新年会用に覇王様とお揃いで作って貰ったわけです」

「では、その衣装はガエリアの皇帝陛下とお揃いなのですか?」

「うん。色違いお揃い。ワタシが着てもなんちゃってだけど、アディは超格好良かったよ。見た目は完璧だね、我が覇王様!」


 親指立てて宣言しておいた。いやだって、実際マジで格好良かったですよ?アーダルベルト陛下、見た目は完全にワイルドイケメンの素晴らしい獅子獣人ベスティ様ですからね。うんうん。……まぁ、新年会終わった後に、悪友モード(ver小学生)になったことを思うと、色々とないわーするけど。いやいや、それもまた愛嬌だろう。友人として愛すべき一面だと思っておこう。

 ……だからライナーさん、ワタシの「見た目は完璧」という発言を、当人や皇帝陛下至上主義の狼に告げ口するのは止めてくださいね?色々と怖いから。


「俺はまだ何も口にしてませんが?」

「いや、色々と報告の義務とかありそうだけど、ワタシの失言には目をつむって貰えたらと思いますた。マル」

「別に今更その程度のことをわざわざ陛下に報告はいたしませんよ。今更ですし」


 2回も今更って言われた?!大事なことだから以下略みたいな言い方された!いや、確かにその通りデスケド!

 にっこり笑顔のライナーさんが、時々怖いと思うのはこういう感じだからですよね。この人、ただの優しいお兄さんじゃないんだろうなぁ。まぁ、腐ってもお貴族様だし、裏表あるだろうね。うん。でも基本は良い人だろうし、ワタシには優しいから良いやー。

 そうして、ノエリアちゃんと遊んでいたら、侍従さんがやってきて、お祝い会場へとご案内されることになりました。王子様は生まれたばっかりなんだけど、そこはそれ、お祝いを貰う立場としてベビーベッドで参加されてるという状況。うむ。赤ん坊とはいえ立派な王族だから、大変だな。しかも初の王子様だもんな。

 とはいえ、そういう状況のために一度にいっぱい入って大騒ぎするわけでもなく、王様一家と話す部屋と、ご馳走食べる部屋は別にあるのだとか。……ワタシはむしろ、ご馳走食べる部屋にだけ放り込んで貰えたら全然問題無いんですが、何で王様一家にお話しに行かねばならんのだ。もうとっくに王子様とお目見えしたし、お祝いもしたのに。…まぁ、その時はいつもの格好で、ただ「おめでとうございます」って言っただけですが。


 つーか王様、もしかしてワタシ、この扉くぐったら、ウォール王国の重臣の皆様とエンカウントとかそういうアレですか?いらんのですが…!


 んでもって、ワタシの嫌な予感は良く当たるの典型でした。扉開けて中に入ったら、顔合わせたことのある宰相さんを筆頭に、なんか偉い人いっぱいでした!口々に褒め称えられるんですが、そういうのいらんので!顔が引きつりながら、頷くぐらいしか出来んのですが?!だからワタシは一般人パンピーだと言っとろうが!

 そろそろ顔面の筋肉が強張ってヤバイと思った頃合いに、助け船(?)が到着してくれました。うわーん、顔見知りに会いたかったよ!オクタビオのおっさんとセバスティアンさんんん!ワタシに偉い人とのお話なんて出来るわけ無いじゃん!?


「坊主、一応俺もセバスも偉い人なんだが」

「おっちゃんはおっちゃんだから大丈夫」

「セバスは?」

「おっちゃんとセットの時は偉い人じゃなくて、面白い人だと認識しておいた」

「なるほど」

「オクタビオ、貴様納得するな」


 ワタシの説明に納得してくれるオクタビオさんと、相棒に即座にツッコミ(目にもとまらぬ早業で、麗しのおみ足がオクタビオさんの足を踏んづけてた)を入れるセバスティアンさん。通常運転のようで安心しました。気心知れた人の傍って安心するわー。

 ……それにしても、おっさんはこの間見た騎士の正装だけど、セバスティアンさんも第一礼装着てるのは目の保養ですねぇ。………………どう足掻いても、男装の麗人とか言いたくなる感じの美貌だけど。すっげー目の保養ですけど、九割の人が性別誤認しそうな感じですけど。……いや、その話題に触れるのは止めよう。凄い勢いでブーメラン喰らいそうだし。

 でも本当に、セバスティアンさんは美人だ。傾国の美貌と言っても問題無いぐらいの美人だ。実はおっさんと同い年で四十路だなんて思えないぐらい、若くて美しい。血迷ったバカに襲われないか心配だとこっそり訪ねてみたら、魔導士としても優秀らしく、全部返り討ちにしてきたとオクタビオさんが教えてくれた。美人は強かった。というか、綺麗な薔薇には棘があるの典型だった。すげぇ。


「つーか、どう見てもエルフ入ってるような気がするんだよなー……」

「「……ッ!?」」


 ぼそりと呟いたら、二人が凄い勢いで振り返った。え?何?ワタシ何か変なこと言った?

 視線でラウラに問いかけたら小さく頷かれた。ほらやっぱり。ライナーさんは解ってないみたいだけど、どう考えたってセバスティアンさん、エルフの血が入ってるとしか思えないじゃん。色白で人形みたいな美貌で、四十路のくせにどう見ても二十歳前後でしかないとか。オマケに魔導士としても優秀とか、どう見てもエルフじゃん。違うの?


「……坊主、どっかでセバスの話聞いたのか?」

「話って何?セバスティアンさんの外見とか能力とか聞いたら、エルフの血が入ってると思うの、普通じゃないの?」

「……普通は、そうは思いません。少なくとも、我が国では。……私は異質で異端と思われているのですよ。一種の化け物扱いです」

「アレ?意外にバカが多いんですね、この国。で、何か問題あるの、おっちゃん?」


 しんみりしてるセバスティアンさんより、驚きに目を見開いているオクタビオさんの方が話がしやすかったので、問いかけてみた。どうも、セバスティアンさんはエルフの先祖返りらしい。もう何代も前にエルフの血が入っていたそうだが、誰もそのことを覚えていないレベルだったとか。それでもその血が先祖返りしちゃったので、幼少時から色々といわれたんだそうな。


 特にこの二十年ほどは、外見がちっとも変化しないので、化け物扱いされてたらしい。理不尽だな。



「親しい相手には説明するんだが、そうじゃないとそこまで話回ってないからなぁ……。おかげでセバス、変に睨まれてるもんな」

「陛下の傍に異形がいてはという話だろう。わからんでもない」

「お前がそうやって許容してっから、陛下が代わりにイライラしてんだぞ」

「私如きの為に陛下のお手を煩わせる必要は無い。……まぁ、せめて私の先祖返りで、耳が尖ってくれればわかりやすかったんだがな」


 ふんと鼻を鳴らしてオクタビオさんを一蹴したセバスティアンさんは、最後にぽつりと本音らしき言葉を零した。確かに。エルフのイメージとして、金髪の色白美人で、尖った耳というのはお約束だ。この世界のエルフも金髪碧眼らしいし。セバスティアンさんは金に近い茶髪に青い瞳だけれど、顔の造作とかは人間と言うよりエルフ寄り。これで耳が尖っていたら、先祖返りだときっぱり言えたんだろうと想像しておこう。

 つーか、この国でその手の情報が回らないのって、やっぱりほぼ人間のみな国だからかね?キャラベル共和国だったら、一目瞭然って感じで速攻理解されてそう。視線でライナーさんに問いかけたら、「種族や民族などに何の意味が?」みたいな顔をされました。デスヨネヨ~。皇帝陛下御自ら、種族問わずに有能な存在を引っこ抜くのがデフォなガエリア帝国の近衛兵にしてみれば、そんな感じですよね?そも、ラウラは妖精だし、アルノーは人間だし、ユリウス宰相はエルフだし?基本が獣人のくせに、何気に皇帝陛下周辺は人種のるつぼである。


「なぁ、坊主」

「うい?」

「いっそウチに住まないか?」

「ヤダ。ワタシ、さっさとガエリア城おうちに帰りたい」


 唐突すぎるオクタビオさんの提案には、きっぱりとお断りしておいた。ワタシは、新鮮な魚介類をお持ち帰りして、シュテファンに美味しく料理して貰うのが楽しみなんです。何が哀しくて、ウォール王国に住まないとダメなんですか。そりゃ、おっさんとか王様とかは割と気さくで楽しいけどね?ワタシの居場所はガエリア帝国、というか、覇王様の隣なんで。お断りっす。


「オクタビオ、馬鹿なことを言うな」

「いや、割と本気だったんだが……。そうか、坊主はガエリア帝国が好きか」

「好きっつーか、あそこがワタシの居場所だもん」



 笑顔で答えたら、そうだよな、と納得してくれたようで、それ以上何も言われませんでした。マル。早く戻りたいです。かしこ。


 

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