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「エミディオ、貴様何を考えているのだ!」

「「…………」」


 突然殴り込みにやってきたおっさん改めルーベンのバカ男に対して、室内の面々はとりあえず沈黙で答えた。なお、ここはウォール国王エミディオ様の執務室である。いるのは、ワタシとワタシの護衛でライナーさん&ラウラ、オクタビオのおっさん、セバスティアンさん。あと、部屋の隅っこに、今の一瞬で見つからないように植木の向こう側にさっさと隠れた、ルーベン氏の(親に全然似ないで真っ直ぐに育ったマトモな)息子、カミロ少年。

 ……おいおい、アウトだ。アウトだよ、おっさん。お前、一国の王様相手にそれはアカンて。いくら身内でも、せめて私室にいる時に、身内オンリーの時ならまだしも、誰がいるか解らない執務室で、これはないわー。アウトだろー。

 これ、いつものこと?と視線で問えば、オクタビオさんとセバスティアンさんの側近コンビ(年齢が近いこともあって、幼少時から王様の側近だったそうな)が大きく頷いていた。どちらもこめかみに青筋浮かんでおりますが、それは見ないフリしておこうか。そうか、そうか。このバカ男、昔からこれか……。王族としてどうなん?



 だって、他国の重鎮(自分で言ってて笑う)であるワタシの前で、自国の国王を呼び捨て&貴様呼びですよ?あり得なくね?

 


 王様、もう色々と疲れたって感じの顔してため息ついてた。うん、可哀想に。物心ついた頃からコレがつきまとってたとか、不憫でしかないわー。王様業って別に楽しくないのにね?重圧に耐えながら、色々頑張ってるのに、逆恨みの阿呆が傍に居るとか、本当に不憫。……日持ちするからと持ってきたようかん(水ようかんじゃなくて、しっかり固めてある棒状のあっち)を後でお裾分けしますね。甘い物食べると癒やされるよ、エミディオ様。


「……叔父上、せめてノックをしてから入って頂きたいのですが」


 王様、ツッコミどころはそこじゃない。そもそも、態度が色々アウトです。……疲れてんのかな?


「貴様は、他国の人間に何故そこまで好き勝手を赦すのだ、エミディオ!我が国の誇りはどうした!」

「いや、ワタシ正式な勅使ですし。むしろお前の態度がどうやねん」

「坊主、余計なこと言うな」

「いやだって、ムカツクし」


 ぼそりと呟いたら、オクタビオさんが頭ぽんぽんしながら宥めてきた。余計なことを言うと更に煩くなる、ということでしょうか。でもさ、もうこいついらなくね?こういう阿呆が一匹いるせいで、王室すっげー迷惑してるわけじゃん?むしろ、父親来たの察して息子が隠れるっていう時点でヤバイだろ。アレと血が繋がってるとか、カミロ君が超可哀想。

 ぐだぐだ煩いルーベンのおっさんを前にしても、オクタビオさんもセバスティアンさんも何も言わない。もとい、多分立場的に言えないんじゃなかろうか?腐っても王族だもんね。宮仕えのお二人じゃ口を挟めないのかな?

 ……ではここは、むしろワタシの出番ということでおkですか?おkですよね?よし、頑張る!


「国の誇りがどうのと口にされるならば、自国の不利益になる行動を慎まれてはいかがか」

「……何?」

「先日の盗難事件しかり。此度の偽物騒動しかり。全てが貴方の暴挙であることは解っている。王族ならば、その勤めを果たされればいかがか」

「こ、小生意気な小僧が……!」


 頑張って厨二病モードで喧嘩売ってみたら、周囲の皆さんが「え?何やってんの!?」という顔をされているんですが、ワタシ気にしない。ライナーさんは途中で諦めた顔になった。ラウラは最初から楽しそうに笑ってる。……なお、植木の影に隠れているカミロ少年が、ワタシを見て顔をキラキラさせているのが、非常に気になる。ヲイ、少年。何を期待している。


「小僧小僧と相も変わらず失礼な御仁だ。……足りない脳みそにしっかり刻み込んで貰いたいが、ワタシはれっきとした成人済みの女性ですが?」

「……は?」

「その間抜けな頭に刻み込め。ワタシは、ガエリア帝国皇帝、アーダルベルト・ガエリオスの参謀にして親友とも、召喚者のミューと言う。……妙齢の女性に対するその態度、貴君の器が知れるというものよな」


 いぇいいぇい、超楽し-!いやー、相手が絶句してる間に言いたいことをたたき込むって、楽しいですね。うん?もう最近性別と年齢の誤認については色々と諦めてるけどな。オクタビオのおっさんなんて、いつまで経ってもワタシのこと「坊主」としか呼ばないし。いや、別に良いけどね。隣でセバスティアンさんが毎回毎回、女性相手に!みたいな顔してるのが気になるだけで。

 話が逸れた。

 とりあえず、顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり、何か暴走しそうになってるルーベンさんですが、ワタシは気にしない。ほれほれ、反論があるなら聞いてやるぞ?どう考えても正義は我に有りだ。だって、盗難事件の時には善意の協力者で頑張ったし、今回は偽物騒ぎに迷惑被ってる被害者だし?ほら、どう考えたってワタシが正しい!


「こ、こ、この、無礼者が……ッ!」

「叔父上?!」


 顔を真っ赤にして叫んだおっさんが、両手をワタシに向けてきた。魔力の気配を感じる。国王陛下が慌てたように叫ぶけれど、ワタシは慌てず騒がず、右耳のイヤリングに触れる。これは、攻撃結界を封じてある魔導具だ。任意発動しかできないのが欠点だけれど、今ならちゃんと反応できる。

 それに何より、今回は。


「な、何だと!?」


 ワタシが魔導具を発動させるより早く、ワタシの周囲を霧状の何かが覆い、おっさんの放った魔法を無効化した。……ふむ、試作品の試運転テストは上手くいったようだ。万が一に備えて正規品の魔導具発動させようと思ったけれど、問題なく発動してくれたらしい。


「ふむ、認識しておれば発動するようじゃの」

「認識してないとやっぱ無理?」

「無理じゃろうな。そこまでの万能性はまだない。じゃが、コレで、敵意を認識すれば発動する、という条件付けは可能とわかった。僥倖、僥倖」


 楽しげに笑うラウラに、ワタシも思わず笑った。ライナーさんは額に手を押し当てて、呆れている。オクタビオさんは腰の剣に手をかけたまま、セバスティアンさんは何か呪文を唱えようとしたまま、国王陛下は机の下から取り出したらしい投げナイフを構えたまま、カミロ少年は、勢い余って植木の影から飛び出してきたまま、そして、件のルーベンのバカ男は、何が起こったのかわからぬまま、固まっていた。

 いやはや、皆様お騒がせしました。ワタシ共の魔導具の試運転テストに付き合っていただき、真にありがとうございます?ここまでテンプレな行動を取ってくれるとか、本当に逆に有り難いですけどな。小物過ぎて笑うしかない。

 チャリチャリと、ワタシの手首にはまった細い金属のブレスレットが揺れる。今回の魔導具は、これだ。常時身につけておくことで、皮膚に触れておくことで、いつでも発動可能にしているのだとか。今回封じ込めているのは、攻撃を無効化する魔法。右手のブレスレットが魔法を無効化し、左のブレスレットが物理攻撃を無効化する。ようは、あの霧状の結界が攻撃を分解、吸収するという性能らしい。詳しいことは知らぬ。

 普通に結界で弾くとかしたら、周辺に飛び散って危ないからね。無効化出来たら嬉しいと我が儘言ったら、ラウラが面白がって作ってみたらしい。……まぁ、魔導具の開発って、ラウラの趣味だからな。趣味が仕事になってるとか、人生楽しそうである。

 で、任意発動では無く、自然発動オートモードを目指して作られた。ただし、完全には不可能で、所有者が危険や敵意を感知することによって、それに対応して発動するようになってるんだとか。だから、不意打ちとかだと防げないんだよね。今後は完全なる自然発動オートモードを目指して精進して貰おう。むしろワタシは、ソレが欲しい。


「き、貴様何をした?!」

「何をしたって、ワタシは自分の身を護っただけだ」

「叔父上、他国の勅使に対してなんと言うことを……!」

「えぇい、黙れ、エミディオ!何故貴様はこのような若輩者に阿ねるのだ!それも、憎き獣人ベスティの国に!」

「解っておられぬのは父上ではありませぬか。そもそもが、我らがウォール王国は、件の戦の折、彼の国の温情によって生きながらえたのですよ」

「……か、カミロ……?」


 色々と何かが吹っ切れたのか、阿呆なことを叫んでいる父親に向けて、カミロ少年が冷ややかな声で告げた。……あるぇ~?なぁ、カミロ少年?君、そんな冷え切ったオーラ発するような子だったっけ?国王陛下に対して節度と礼儀を護りつつ、敬愛を捧げてる感じの良い少年だったと思うんだけど?!

 ワタシと目が合うと、カミロ少年はにこやかに笑ってくれた。……笑ってるけど、オーラが黒い。めっちゃ吹雪ブリザード背負ってた。……わかった!この子、国王様は大好きだから白対応だけど、父親は大嫌いだから黒対応してるんだ!二面性持ちだった!!


「手に入りもしない王位を望み、国のあちこちに騒動をばらまくだけでは飽き足らず、長年の敵国に踊らされ、あまつさえ、我が国の危機を救ってくださった御方を愚弄するなど、いい加減になさいませ」

「カミロ、貴様父に刃向かうというのか!」

「無論です。私も末端とは言え王家の血を継ぐ男子。なればこそ、国を護るために粉骨砕身されている陛下に忠義を尽くし、国の敵を討つことに何のためらいがありましょうか」

「……カミロ、止めなさい。お前がそこまで口にすることではないよ」

「いいえ、陛下。改めてお詫び申し上げます。今日に至るまで、愚かな父を諫めきることが出来なかった私の落ち度でございます。……先日提出いたしました証拠品を持って、父の罪をどうぞお裁きください。私も連座の覚悟を決めております」

「カミロ!」


 悲鳴のようなおっさんの叫びなど、誰も聞いていない。ただただ、真っ直ぐと王様を見るカミロ少年に視線が集中している。そろり、そろりとワタシはライナーさんとラウラのいる隅っこに移動した。どう考えても場違いだ。王族の誇りが以下略とかやってる世界にワタシは邪魔だろう。とりあえず、見物しておく。

 そもそもが、カミロ少年、父親のやらかしたアレコレの証拠品をきっちり確保していたようでして。こっちが連絡を取って合流したときに、当たり前みたいに王様にそれらを提出してくれました。それでもまだ覚悟が決まらないのか王様は、叔父への処罰に悩んでいたようですが。……多分ソレは、この優秀なカミロ少年を巻き添えにするのを嫌がったんじゃないかなぁ、と思う。どう考えてもあの子、とばっちりだもんね。子供に親は選べないのだ。親に子供は選べるけど。

 まぁ、こっから先をどうするかは、ウォール王国の判断だしね。ワタシが口を挟めることでは無い。……ただし、希望ぐらいは述べさせて貰おうか。


「エミディオ陛下、発言をお許しいただけますか?」

「……何であろうか、ミュー殿」

「もしもワタシの我が儘が赦されるならば、カミロ少年には温情を。彼のおかげで、此度の騒動は随分と早く終結しそうですから」


 にこやかに微笑んでみせれば、カミロ少年が驚いた顔をした。いや、だって実際そうじゃね?こっちが証拠集めに走り回る手間を、カミロ少年が一人で全部片付けてくれたようなもんじゃん。おかげで、ワタシの帰国も早くなりそうなんで、そこのところは感謝したいと思ってる。

 そうだよね?と視線を向けたら、ライナーさんもラウラも頷いた。オクタビオさんとセバスティアンさんも、解るか解らないか程度に頷いてくれた。一人状況が解っていないルーベンのバカ男は放置するとして、王様はどこか嬉しそうに表情を緩めた。……うん、短期間のウチに、年の離れた従兄弟と仲良くなったようです。何よりですな。


「先だっての一件から、貴殿には世話になってばかりだ。私の望みとも一致する。前向きに検討させていただこう」

「ありがとうございます」


 恭しく一礼したワタシの顔を、カミロ少年がびっくり箱を見た感じの顔で見ているのが気になりましたが、無視しておいた。すまん、少年。色々と悲壮な覚悟を決めていたようだが、ワタシ、悪くない人が巻き添え喰って処罰されるの好きじゃ無いんだ。我が儘を押し通させて貰ったぞ。



 うっし、これにて一件落着!ワタシのお仕事は終了だ!ガエリア帝国おくにに帰るぞ!



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