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 料理番のタコパニックはまだ続いている。

 というか、あの、ワタシがタコを調理したのもう一週間は前の事なんですが、未だに誰一人としてタコに触れようとしないのあんまりじゃないですか?ワタシ、わざわざ生け簀のタコちゃんに餌やりに赴いてるんですけど。むしろ近づくのも嫌だそうです。タコよ、不憫め……。

 まぁ、生け簀で飼いつつ、小腹空いたら普通にぶった切って調理してますけどね!特に覇王様に好評だった唐揚げは、下味を色々あの手この手で変えつつ作ってる。個人的には乾燥ハーブを大量に投入して塩風味で仕上げたのが好きなんだけど、アーダルベルトは竜田揚げ風の方が良いらしい。ちっ。あいつ本当に濃いめの味好きだな。塩分多量摂取で病気になっちまえ。……ならんだろうけど。

 立ち入り禁止を言い渡されなかっただけ良しとするか。アーダルベルトに頼んで鋳物職人さんに出会えたので、たこ焼き用のプレートをお願いしておいた。フライパンの中にたこ焼き器入ってるイメージでお願いしておいた。なんでそんなモノ作るんだと訝しげにしてた職人のお爺さんには、それ作ってくれたら珍しい異国料理(むしろ異世界料理だ)を食べさせてあげると約束して、お仕事を頼んでおいた。好奇心とプロ根性が勝ったらしく、試行錯誤で作ってくれている。

 とはいえ、ワタシもちゃんと仕事がありますわけで、書庫での調べ物再開しております。ワタシがいない間も侍従さん達が頑張ってくれたそうですが、いかんせん蔵書数が多すぎて、なかなか終わらないとのこと。あと、有益な情報はまだ見つかってないと申し訳なさそうでした。が、別に元々見つかったら御の字ぐらいなので、恐縮されるとこっちが困ります。マル。



 で、なんで真面目してるワタシが、ゲームのメインキャラとエンカウントせにゃならんのですか。しかも書庫で。



「お初にお目にかかります、ミュー様」


 にこやかに微笑むのは、ウサギの獣人ベスティのお兄さん。ただし、ウサギはウサギでも、ロップイヤーなので、ウサギと言うより犬っぽい。細いフレームの眼鏡をかけた、柔和そうな面差しの、とてもとても優しそうな、お兄さんだ。……優しそうな、であって、中身が優しいとは誰も言っていない。

 身につけているのは教会所属の神父の正装。そう、このウサギのお兄さん、神父様だ。勿論ジョブはヒーラー系。ようは回復魔法のエキスパート。皇太子アーダルベルト様ご一行の中では、唯一の回復魔法の使い手として、それはそれはゲームでは重宝させて頂いた。戦闘では。あくまで、戦闘では。通常会話にこいつはいらん。こいつに比べたら、外見幼女ラウラ傭兵オヤジアルノーの方が全然普通に会話が通じる。というか、裏を探らなくて良いので気楽だ。


「……何か用ですか、腹黒眼鏡」

「おや、随分と不名誉な言われようです」

「やかましい。ウサギの皮被った肉食獣が。腹黒鬼畜眼鏡に改名しても良いよ?」

「ふむ……。……なるほど。ラウラやアルノーが言っていたのは事実というワケか。なかなか面白いな、小娘?」


 にこやかな笑顔そのままで、目線だけが本性丸出しの腹黒モードで、実に楽しそうに言葉遣いを変えてきた男に、ワタシはため息をついた。疲れるなぁ。本性知ってると、猫かぶりモード見てると気色悪いとしか言えなくなるんだもん。あ、ライナーさん、大丈夫。ワタシ、暴言には慣れてるし、こいつがこういう男だって知ってるから!

 この、見た目は爽やか中身は腹黒眼鏡な神父様のお名前は、ヴェルナー・オフコット。ガエリア帝国で、教会で代々要職に就くようなヒトを輩出してきたオフコット家の末子。……ということになってるが、実際はその高い魔力と回復魔法への適正を見抜かれて養子に貰われてきた、どっかの農家の三男坊だ。養父母との関係が微妙だったようで、気づいたら腹黒眼鏡に成長してたとか過去語りで言ってたけど、どう考えても元々の資質だろうがこの野郎、というのが我々ゲームユーザーの感想であった。

 あとな、なんでお前男なんだよ!という叫びは多方面から聞いた。ゲーム雑誌に、「パーティーメンバーの回復役はウサギ獣人です」って書いてあって、そこから想像するのは可愛いウサ耳のお姉ちゃんヒーラーですよね?


 それなのに、蓋開けたら出てきたのは腹黒眼鏡の男(当時は二十歳前)とか、ユーザー絶叫もんだぞ?


 登場からしてコントローラーぶん投げられそうだった男ヒーラーのヴェルナーは、ロップイヤーのウサ耳装備で、せめて性格が温厚温和とかならまだ良かったのに、中身が腹黒眼鏡というパンチ効いたヤツだった。『ブレイブ・ファンタジア』の開発スタッフ、初めて旅に出る皇太子様になんつーメンツ押しつけてんだと思ったぞ、ワタシ。

 

「で、ワタシに何の用事、ヴェルナー?」

「いや、一つ苦言をと思ってな」

「は?苦言?ワタシ、怒られるようなこと、してないぞ?」

「怒りに来たわけじゃ無い。ただの忠告だ」


 くいっと眼鏡を指先で直しながら告げられた言葉に、ワタシは首を捻った。正直、ヴェルナーと顔を合わせたのは初めてだし、そんなこと言われても意味がわからない。そもそも、ワタシ、こいつと接点無いよね?それなのに、なんでこいつがワタシに忠告してくんの?

 思いっきり疑問が顔に出ていたのだろう。ヴェルナーは苦笑して、まるで小さい子供にするようにワタシの頭をぽんぽんと撫でた。…まぁ、腹黒眼鏡ではあるけど、それは教会の上層部の腐敗に対して鬱屈溜めて、蹴落とし下克上レッツゴー系になってるからであって、基本的に弱者には優しい男だよね。つまりワタシは、こいつの中では弱者か。いや、間違ってないけど。


 でもとりあえず、幼児にするような態度止めれ。ワタシもう21歳になっとるぞ。


 別に良いけどねー。童顔力が天元突破でもしてんのか、誰にも実年齢理解されないし。同じ人間のアルノーにも理解されなかったよ。……まぁ、この世界は西洋ファンタジー風だし、東洋人ってだけで童顔認定だろうな。その上ワタシは、その日本人の中でも童顔なので、仕方ないと諦めた。割り切る。……だって、全員共通認識みたいになってて、今更何言っても無理なんだもん。辛い。


「あまり、目立った行動は取るなよ、小娘」

「ハイ?」

「目立つとそれだけ攻撃される危険性が上がる。弱いんだから、大人しくしてろ」

「…………はいぃ?」


 アレ?もしかしてこれ、物凄く色々と心配してくれてる?え?腹黒眼鏡のくせに、ワタシのこと心配してくれるの?なぁ、ヴェルナー、お前頭大丈夫?ちょっとどこかで頭ぶつけて、性格チェンジしちゃったとかじゃない?違う?


「どれだけ失礼なんだ、貴様」

「いやだって、アンタの腹黒眼鏡っぷりを知ってたら、そんな優しい言葉を素直に受け入れるとか無理くね!?」

「初対面で言ってくれるな」

「初対面は初対面だけど、ワタシ、一応アンタのこともある程度把握してるの!」


 見た目がウサギだろうが、黙ってれば優しそうな神父様だろうが、頭の中身が腹黒眼鏡だって解ってるんだから、怖いに決まってるじゃん?優しくされたら、何か裏があるのではないか、と勘繰ってしまうのだって普通だと思う。ワタシは悪くない。

 そんなワタシの態度に、ヴェルナーはちっと舌打ちをした。うん、そういう態度の方が安心します。アンタはそういうキャラですよね。


「とにかく、あまり目立った行動を取るな」

「今更じゃね?」

「今更は今更だが、目立てばそれだけ色んな相手の感情が絡むぞ」

「でも、ワタシみたいな小娘にちょっかいかけても意味無くない?」

「「…………」」


 首を傾げて本音で問いかけたら、ヴェルナーだけじゃなくて、ライナーさんまで一緒になって、めっちゃ大きなため息をつかれました。え?なんで?どうしてライナーさんまで、そんな「この子本当に駄目だ……」みたいな顔してワタシを見てるんですか?!理解不能です!説明を求ム!

 いやだって、実際そうじゃね?ちょこちょこっと覇王様の隣で色んな事言ってるだけで、ワタシ自身には何も力なんて無いじゃないですか。非力な一般人以下のワタシを相手に、何をするっていうの?むしろワタシ、思いっきり無害だと思うけどな!


「自分を知らないというのはこれほど怖いのか。……ある意味で陛下とお似合いだ」

「その意見には心底同意いたします、ヴェルナー殿。陛下もミュー様も、己の価値に無頓着すぎるところは大変良く似ておいでです」

「ヴェルナー!?ライナーさん?!」

「いいか、小娘。その空っぽの脳みそに詰め込んでおけ。……貴様の存在は、もはや《ただの小娘》では終わらん。多方面に多大な影響を与えている。我が身が可愛ければ、大人しくしろ」

「ライナーさん、ヴェルナーが意味解らないこと言ってくる!」


 大真面目な顔で腹黒眼鏡に言われた発言が、全然理解できなかった。ちっとも理解できなかった。確かにワタシの頭は空っぽかも知れないが、そういう問題じゃ無い。なんか知らないけど、凄い大事扱いされてる。解せぬ!

 頭に疑問符ハテナマーク浮かべながら訴えたら、ライナーさんがにっこり笑ってくれた。見慣れているにっこりだ。それなのに、微妙に空気が違う気がした。呆れていると言うより、諦めて放置しているに近い感じの微笑み。え?ライナーさん??



「ご安心下さい。ミュー様に自覚を求めても無駄だと言うことは、既に理解しています」



「ライナーさんん!?」


 素敵な笑顔でザックリぶっ刺してくれたライナーさんに、思わず叫んだ。意味がわからん。何を言われているのか、全然わからない。いつも優しいライナーさんなのに、今はヴェルナーと二人で意味解らないこと言うヒトになっちゃっている。ドウイウコト?!

 困惑してるワタシを無視して、ライナーさんとヴェルナーは何故か意気投合していた。何故?!優しいライナーさんが、この腹黒眼鏡と意気投合できちゃう意味が解らないです!誰か教えて、偉いヒト!


「とにかく、あまり余計なことはするなよ。……貴様に何かあれば、陛下が悲しむ」

「……うい?」

「自覚しろ」

「痛い、痛い!何で皆して、ワタシを怒るときに頭ギリギリすんの?!痛いってば!」


 意味がよくわからずに首を捻ったら、冷えた目で睨まれた後に、頭をギリギリされました。そりゃ、アーダルベルトのギリギリに比べたら痛くないよ?アルノーのギリギリに比べたら痛くないよ?でもな、それでも痛いの!いくらヒーラー系でも!いくらウサギ獣人でも!男の獣人の握力でやられたら、非力なワタシには痛いの!

 ジタバタしながら訴えたら、やっと解放されました。まったく。書庫で騒いじゃいけないっていうのに、神父様御自らそれを破らせるとかどういうことかね。規律に厳しいんじゃないのか、神父。


「この一角に防音結界を張ってあるから心配ない」


 用意周到すぎませんかね?!

 ……まぁ、そうでなけりゃ、本性出したりしないか。侍従さんとかいるもんな。あー、頭痛かった-。可哀想なワタシ。いじめっ子嫌いです。



 っていうか本当、皆して、何か妙に色々と大事にしたがってないかな?ワタシ、よくわからんです。ハイ。


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