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 何言ってんだ、このジジイ?

 

 ワタシの心境を一言で示すならば、まさにそれだった。隣で玉座にふんぞり返っているアーダルベルトを横目で見たら、面倒そうな顔をしていた。真面目な顔をしているが、きっちり話を聞いていると見せかけて、その実、内心は面倒くさがっているというのがワタシにはバレバレの状態である。そうだね、アンタも面倒くさいと思うね。この阿呆の口を塞ぎたいよね?ワタシ悪くないよね?

 視線で問いかけたら、小さく頷いてくれた。よし。ワタシの常識は間違ってなかった。間違ってるのは、このジジイだ。何か聖職者っぽい衣装だし、確か大司教とか呼んでたから、教会関係者だよね?それなのに、この世界の宗教は創造神である麗しの女神ユーリアを崇め奉るのが主流だというのに、根本の理解が及んでなくね?馬鹿なの?


「……ですので陛下、彼の異形共の討伐の命を……」

「……大司教」


 何度も何度も言い募った後に、最後に願い出た言葉を、アーダルベルトは面倒そうに遮った。低い声で呼ばれたジジイは、ただ、驚いたように主を見ている。いや、アーダルベルト、頑張った方だと思うよ?30分ぐらい、この面倒くさいジジイの話、黙って聞いててあげたんだから。むしろ褒めて上げたい。


 あと、黙って立ったまま隣でそれを聞いてたワタシのことも、誰か褒めてくれ。疲れた。


 なお、このジジイが口にしている異形共とは、夜に生きる闇の属性を持つ存在達のことだ。いわゆる吸血鬼ヴァンパイアとか不死者アンデッドとか、それに付随する闇の眷属達のことなんですが。確かに彼らは異形ではあるけれど、間違えてはいけないのは、彼らは決して魔物ではない、ということだ。この世界において、闇属性というのは別に、悪ではない。

 悪と認定されるのは、魔の属性を宿した者達だ。同じ吸血鬼にも、悪い奴と良い奴がいる、ということで把握して貰えれば良い。人間だってそうだしね。悪人と善人がいるものだ。種族だけで括るのは、魔物だけにしておいてもらいたい。奴らはどう足掻いても魔の属性から逃れられないし、滅びの眷属だし、敵として考えておkだ。唯一の例外は、魔物使いテイマーと契約した存在ぐらいだ。あと、伝説級の知性を持った魔物なら、話は通じるが。

 おっと、話がそれた。

 つまるところ、このジジイは、闇属性の異形達が自分たちにとって邪魔だと判断して、討伐するとか言い出している。国内に、彼らの集落があるのを発見した、とか。でもな?別にその集落、周囲を襲ってるわけじゃないし、むしろ普通に友好的に生活してるらしいよね?彼らは他者を害さないように、ただ夜をメインに活動しているだけの、闇属性持って生まれただけの種族だぞ。勝手に魔物にすんな。


「アディ」

「言いたいことは解っている」

「ワタシは認めないぞ。そんなのしたら、絶対に赦さないからな」

「だから解っていると言っているだろう」


 目の前で驚いた顔をしているジジイを見ながら、アーダルベルトに告げたら、何度も何度も解っていると念押しされた。確かに、彼もワタシと同じ気持ちだろう。何で大人しくしてるヒトたちをわざわざ殺さなければいけないのか。魔に堕ちたならともかく、ただ闇属性を持ってるだけで討伐とか、意味がわからん。ぶっちゃけ、闇属性なら、他の種族にも持ってる奴いるだろ。


「陛下」


 それまでワタシと同じように大人しく沈黙していたユリウスさんが、静かに口を開いた。……気のせいか、体感温度が十度ぐらい下がった気がします。オカシイなー。今、もうそろそろ七月に近づこうとしているわけで、それはつまり、ぬくいというわけですよねー?それなのにワタシ今、普段着用していないジャケット欲しくなっちゃうぐらいに、寒いんですけどー?

 アーダルベルトも同じ事を考えているのだろう。玉座の手すりに置かれている手が、ほんの少しだけ力を込めた。アーダルベルトはユリウスさんの上司だけれど、同時に祖父の代から宰相として働いているユリウスさんに頭が上がらない部分もある。……んでもって後は、王城のオトンとワタシが揶揄するユリウスさんに心情的に勝てないというアレだ。特に、怒ってるときは。


 そう、今、何か知らないけど、ユリウスさんは超怒っている。


 いやはや、ここまでお怒りなのって、ウォール王国やキャラベル共和国が喧嘩吹っかけてきた時レベルのお怒りじゃないかなと思うんですが。今の、ぐだぐだすぎるジジイの発言内容に、ユリウスさんをそこまで激おこさせる内容があったということですか?ナニソレ。超怖い。むしろワタシ今すぐ消えたい。逃げたい。え?駄目?……あぁ、うん、俺を置いて逃げるなってことですね、わかりました。大人しく隣に立っててあげるよ。ちっ。


「大司教のお話内容に則れば、教会はまず第一に、この私めの首を取らねばならぬと言うことになるのですが、どう思われますか?」

「ふざけたことだ。我が国の優秀なる宰相への離反行為など俺は認めん。また、闇属性というだけで忌み嫌う心境も理解が及ばん」

「私もでございます」


 冷えた声で、顔だけは柔らかな微笑みで、ユリウスさんは告げた。アーダルベルトが若干冷や汗をかいている。真面目くさった皇帝陛下口調で喋っているが、本心ではきっと、「だから俺はこんな阿呆に同調などしとらんだろうが!」とか叫びたいに違いない。誰だってそうだ。濡れ衣のとばっちりで怒られたくない。

 ……というか、ユリウスさん、闇属性だったのか。ってことは、魔法の中でも闇魔法得意なのかな?今度どんな魔法使えるのか聞いてみたい。好奇心で。

 っつーかね?そもそも、根本からして間違ってるじゃん、このジジイ。ねぇ、そうだろう?


「どうした、ミュー」

「いや、そもそもが、大司教の言い分が意味解らない」

「な、何を仰いますか……!?」

「だから、意味が解らないって言ってんだろうが、ジジイ。闇属性ってだけで討伐対象と認識する、お前の脳みその空っぽ加減が理解できないんだよ」


 んべっと舌を出してツッコミを入れてやれば、口をぱくぱくして硬直していた。ほうほう。やっぱりなー。大司教とか言われてる偉いヒトなら、こういう反論されることなかっただろう。ウォール王国では厨二病全開の凜々しい系口調でやってみたけど、このジジイならむしろ、庶民口調の方がダメージ大きいと思ったら、案の定だった。ワタシの判断間違ってなかった。凄い。

 我に返ったのか、顔を真っ赤にして何か言い出しそうだったジジイが鬱陶しいので、視線で発言許可求めてみた。おk貰ったので、すぐに相手の台詞が出てくる前に喋る。こういうのは先制パンチが一番だ。あと、もうジジイの戯言聞きたくない。


「教会は創造神である女神・ユーリヤを崇めていると聞いていたけど、アンタの発言からして、全然女神の意思を理解していない。そもそも、女神に仕える十神竜に闇を司るドラゴンがいることを何だと思ってんの?この世界の全ての生物は、六の属性のいずれかを持って生まれてくる。そこに優劣は存在しない」

「わ、私は」

「煩い、黙ってろ。ジジイの戯言には飽きた。闇にも光にも優劣はない。唯一敵対種として認識するならば、それは魔に堕ちた存在だけでしょうが。聖魔にならば優劣を付けてもまだ納得する。けどな?女神が普通に恩恵として世界に与えた六属性の一つを、意図的に見下すその精神が、どうして女神を崇める教会の大司教に相応しい発言だと思うのさ。……寝言は寝てから言いやがれ、この生臭坊主!」


 あ、色々と鬱屈溜まってたから、ついうっかり思いっきりぶつけちゃった。てへぺろ?

 やりすぎたー?とお伺いを立ててみたら、覇王様はぐっじょぶと言いたげに親指を立ててくれていた。そうか。お前も同じ気持ちだったか。あと、皇帝陛下として真面目しないと駄目な分、思いっきり怒鳴れなくてイライラしてたのか。ワタシが代弁して、スッキリした顔しとるのぉ……。流石我が悪友とも

 もしかしてお叱りルートかな?と思いながら伺ったら、ユリウスさんが素晴らしい笑顔で微笑んでくれた。よし!よし!ワタシ、オトンに怒られるルートも回避した!むしろこれは、オトンに後で頭撫でで褒めて貰える感じだと見た!だって、ユリウスさんの微笑みがめっちゃ神々しかった!超喜んでた!

 しっかし、ガエリアの大司教がこんなアンポンタンジジイだとは思わなかったなー。そりゃ、ヴェルナーも上層部滅べの思考で下克上を虎視眈々と狙う腹黒眼鏡になっちゃうわー。あ、違った。あいつの腹黒眼鏡っぷりはきっと生まれつきだから、自分が所属する組織の上層部を敵認定しちゃうわ、ってことだ。うんうん。そこは間違えちゃいけないな。絶対に、ヴェルナーの性格は先天性のモノだ。環境が悪いと言い訳をしてはいけない。むしろ奴にはそこの自覚を持って欲しい。いくら環境のせいでねじ曲がったとか言っても、それで嬉々として腹黒眼鏡やれるだけの素養がお前にあったってことじゃねぇか、と思うのである。ワタシ間違ってないと思うヨ?


「大司教、ミューは少々口が悪いが、言っている内容は俺ももっともだと思う。そもそも、彼の集落は我が祖先たる時の皇帝が、迫害され続けた彼らに、『他者に迷惑をかけぬのならば』という約定を取り付けた上で土地を与えたものと記憶しているが……。どうだ、ユリウス?」

「その通りでございます、陛下」

「それを、教会が真っ向から否定するのはどうかと思う。この件は俺の一存で却下とするが、以後、二度とそのようなことを奏上してこぬ事を願うぞ」

「……承知いたしました」


 柔らかな空気に冷えたオーラを滲ませたユリウスさんの援護射撃を受けて、アーダルベルトはそれでも、どこか穏やかに大司教のジジイに諭すように言葉をかけた。おー、甘いな。優しいな。飴と鞭なら確実に飴オンリーみたいな対応じゃん。え?何?一度目の失敗は見逃して上げるって言うスタンス?まぁ、まだ実行に移す前に握りつぶせちゃってるから、恩情かけたってところかな?

 絞り出すようにして答えたジジイは、不愉快そうなオーラを発していたけれど、ワタシ達の知ったことじゃねーです。所作だけは礼儀作法完璧レベルで素晴らしく立ち去っていったジジイ。その後ろ姿を見てワタシは思う。……ハゲろ、と。大司教のイメージって、ハゲなんだよね。だからもう、あのジジイもハゲちゃえば良くね?


「ミュー、それは差別だろう」

「えー。だって、それなりの年齢の男にとって、ハゲってのは致命的なダメージを被るって聞いたから……。男はあんまりデブは気にしないよね。ハゲは気にするのに」

「頭髪が寂しくなるのは、男も女も総じて気にするんじゃないか?」

「アディは?」

「そうなったらいっそ、スキンヘッドにすれば日々の手入れが楽かと思っている」

「……お前、そういう所、変に豪快だよね。スキンヘッドで鬣とかアンバランスだからやめれ」


 どこか楽しそうに告げたアーダルベルトに、ワタシは思わず脱力した。ないわー。本当にもう、ワタシ相手だと気を抜きすぎだろう、この覇王様。一瞬想像しちゃって、色々哀しくなった。お前、自分がワイルドイケメンの自覚持ちなさい。もうちょっと見た目に気を配れよ。


「つーか、闇属性への偏見って根強いの?」

「まぁな。……が、教会関係者であそこまでガチガチなのは、大司教一派だけだな」

「何でそんなのが大司教になってんだよ。明らかにヴェルナーが下克上虎視眈々と狙うフラグじゃん」


 せめて平和に穏便に日々が過ごせる人選にしておけば良いのに。だって、教会だよ?全てのヒトの救いを司るような教会だよ?主な役目は、日曜学校的なのと儀礼祭典と、最大の功績は回復魔法の使い手がいっぱいいる治療所みたいな所だよ?ねぇ?それなのに、人種差別とか偏見とかありまくりな奴がトップってどうなん?

 まさか、ヴェルナーの下克上が少しでも早く成功するように、ダメダメをトップに据えたとかじゃないよね?違うよね?その可能性は嫌だよ?


「いや、単純に、前任者が急逝して、大司教になれる階級やら年齢やらの筆頭がアレだっただけだ」

「むしろさっさとマトモなのにすげ替えようよ-」

「今のところまだ何も失態をおかしてないからな。……機会があったら変更させる」


 ちらりとアーダルベルトはユリウスさんを見た。釣られるようにワタシも見た。にっこりと微笑んでいる美貌の宰相閣下は、背後に色んなモノを背負っておられました。やっぱり怒ってた!あの大司教のジジイのこと、思いっきり見限った!ジジイ、お前自分で地雷踏んづけて、自分の首締めて、寿命明らかに縮めたぞ!?心入れ替えないと、本気でヤバいぞ!?



 まぁ、あのジジイが解雇されたところで、ワタシの胸は痛まないので、好きにやって貰えば良いと思いました。


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