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 テオドールが全然口を割らない、と面倒そうにアーダルベルトが口にしたのは、ヤツをとっ捕まえた日の夕飯だった。カスパルももれなく牢屋にぽいされてるけど、普通の付き人さん達には罪はないので、彼らは当初の予定通りに用意された宴会のお食事を食べて貰ってる。ただし、ワタシたちと一緒だと緊張するだろうから、別室で。

 ……まぁ、何かあったら困るので、兵士が見張ってるんですけどね。でも、別に拘束はされてないし、普通の付き人さんたちには罪はないし?


「黙秘してんの?」

「あぁ。ヤツに言わせれば『兄上には優れた参謀がいらっしゃるとか。私から聞き出すことなど何もないのでは?』ということらしい。思いっきり僻んでるな」

「僻んでるね。んでもって、ワタシそこまで万能じゃねーし」


 呆れつつ、アーダルベルトが渡してくるお皿を受け取って、お肉を食べる。えぇ、相変わらずワタシ、皇帝陛下に毒味役させてますけど、ナニカ?だって、結構有名になっちゃったし、もしかしたらうっかり毒を盛られるとかあるかもしれないじゃないですか。怖いの嫌です。ご飯ぐらい美味しく食べたい。

 アーダルベルトがいないときは、ライナーさんがワタシの毒味役。犬は鼻が効くので、「毒物の種類までは当てられませんが、人体に害のあるものは見分けられますよ」って微笑んで、快く毒味役を引き受けてくれている。毒味っつっても、食べないけど。匂いで判断するだけですけど。

 っていうか、テオドール、本気で救いようのない、阿呆だな。

 何で、わざわざアーダルベルトが尋問してるのか、《してくれてるのか》を理解してないんだ。ここでちょっとでも協力的になってたら、一応情状酌量してやろうっていう兄心、全然わかってないんだね。んでもって、何でここまでやらかしても自分が《処刑されない》のかを、いい加減考えたら良いのに。


「だがまぁ、お前が指定した地点から、爆発物は発見されたぞ。きっちり処理させたが」

「了解~。でもまぁ、それだけとは限らないし、ちゃんと他にもあるかもだし、聞き出しといて」

「今はユリウスが相手をしている」

「……うっわー、怖い。その尋問超怖い」

「俺も怖いと思う」

「……だよな」


 イケオジエルフのユリウス宰相は、普段は穏やかに微笑んでいるけれど、怒らせたらくっそ怖い。ついでに、皇帝三代に仕えてるだけあって、色々と規格外だ。そもそも、ユリウスさんを宰相に据えた先々代、つまりはアーダルベルトのお祖父さんが、「代替わりの度に手続きが面倒だから、お前宰相やって、末永く我が国に仕えてくれ」とか言って口説き落とした人材ですよ。そんな有能なヒトを敵に回しての尋問とか、ワタシ怖い。嫌すぎる。

 しばし、二人無言でご飯を食べる。ちょっとだけテオドールが不憫になった。ちょっとだけ。あくまでちょっとだ。ヤツがとっとと自白してしまえば、話は早くすむのに。


「そういや、カスパーは?」

「そっちも黙秘してる。テオドールが話したら話す、だと」

「……あー、相っ変わらずテオドールに心酔してんなぁ……。臣下の鏡って感じだけど、こっちからしたらウザイ……」

「そもそもヤツは、何でそこまであの阿呆に肩入れしてるんだ?」

「……さーね。それはワタシが話すことじゃなくね?」


 にへっと笑って誤魔化しておいた。

 別に、知らないわけじゃない。知ってる。でもそれって、他人がどうこう言っちゃって良い話じゃないと思うんだよね。あと、この話題、ワタシ、にまにませずに話せる自信ないし、他の人ならともかくアーダルベルトには見抜かれそうだから、黙秘しよう。

 っていうか、二人揃って黙秘とか、面倒くさいな-。王城の爆発物は撤去したし、王都の方も思いつく限りは伝えたから多分大丈夫だと思うけど。付き人の中に工作員はいなかったし、あの二人捕まえて、自白貰ったら今回の件は片付いちゃうんだけどなー。何しろ大将と幹部がここにいるんだし。

 正直、出来れば、テオドールは今回で完全に、完膚なきまでに叩き潰しておきたい。あいつ、ゴキブリ並にしつこいから、ここで解放しても、また数年後に同じ事やらかす。…そう、《やらかす》のだ。これ、決定事項なんだよねぇ。首輪付けて放逐しても、結局何だかんだやらかして、またクーデター企むんだから、阿呆としか言えない。馬鹿の一つ覚えみたいに内乱起こそうとするなよ。


「ミュー」

「うい?」

「そういえばお前、俺の過去も知っているのか?」

「………………」



 あぁ、その問題がありましたね。


 つーか、忘れててくれたら良かったのに!無言で、「ワタシご飯食べるのに忙しいから!」をアピールしてみたけど、全然効果がありませんでした。早く食べろという無言の圧力と、さっさと話せという圧力がすっごいかかってます。怖い。嫌だ。面倒くさい。

 でもなぁ、どこまで話す?一応、ワタシがゲーム知識でここのことを知ってる、ってのはぼかしてる。だって、この世界にテレビゲームなんて存在しないのに、理解されるわけないじゃん。せいぜい、歴史書で知ってるとかレベルで理解されてると思うんだけど。どうすりゃいいの?


「……前に言ったよな。ワタシ、この世界のことを知ってる、って」

「あぁ」

「アディが皇子の頃の話も知ってるよ。でも、それがアンタの過去と同じかどうかは、わからない」


 ぽつりと呟いた言葉に返ってきたのは、そうかという一言だった。

 さて、ワタシはアーダルベルトに、なんて言って欲しかったんだろう。何とな釈然としないのだけれど。もやもやするというか。別に怒られたかったわけじゃないし、褒めて欲しかったわけでもない。けれど、何か、コレは違う。この素っ気ない態度は、ワタシが欲しかった反応じゃないと、思う。


 じゃあワタシは、どんな反応を望んでたんだ?わからない。


 目の前のご飯に集中しながら、しばし考える。考えて、考えて、何となく、わかった。ワタシはきっと、アーダルベルトに笑い飛ばして欲しかった。否定して欲しかった。そんなもの、と言って欲しかったのかも知れない。それは別に、ワタシの知識を馬鹿にして欲しいわけじゃなくて、ただ。



 ……ワタシにとってこの世界もアーダルベルトも、『ゲームの世界』ではなくて、『現実』になっているんだ。



 考えてみれば、当然だ。だって、ゲームのアーダルベルトはこんな風にじゃれてこない。いつもいつでも格好良い、完全無欠の皇帝陛下だ。こんな、隙あらばワタシのご飯を奪おうとするような男じゃない。こいつはただの悪友モードだ。

 けれど、ワタシにはそれが心地良いのだ。だって、完全無欠の皇帝陛下アーダルベルトにはオタク女子大生榎島未結の協力は必要ないだろう。今目の前にいる、悪友モードのアーダルベルトだから、ワタシを必要としてくれて、ワタシを友と呼んでくれて、だからワタシも、頑張れる。それだけだ。


「なら今度、落ち着いたらお前の話を聞かせろ」

「……へ?」

「結局、お前から聞くのは食い物の話か《予言》関係ばかりだからな。お前の話を、聞かせろ」

「……乙女の秘密を聞きたがるとは、困った男だな」

「誰が乙女だ」

「ワタシだよ」


 絶対に認めてくれないアーダルベルトに、とりあえず力一杯主張してみた。いや、ハタチの女子大生なんだから、ワタシ、乙女と主張しても赦されるくね?何の因果かこんな異世界で、こうやって覇王様の参謀なんていう面倒くさいポジションにいるけど、本来なら花の女子大生ですよ?

 ……まぁ、元の世界にいたとしても、ゲームと漫画と戯れて、オタクライフエンジョイしてる系腐女子ですけど。身内(同じ趣味の面々)以外とは極力交流しないし、オタク系イベントの為にしか外出しませんけど!

 しっかし、ワタシの話が聞きたいって、いったいどうした、アーダルベルト?そんなもの聞いても、アンタの皇帝生活には何の役にも立ちませんよ、覇王様?


「あ?友人の事を知りたいと思って何が悪い」

「……あぁ、そういう反応だったんだ」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

「いや、別に。そういう普通の友情深める系に興味があるとは思わなかった」

「まぁ、今までそういう機会には恵まれなかったがな」

「だろうな」


 物心ついたときからスペック完璧過ぎる覇王様とオトモダチ出来るやつなんて、そうそういないと思いますよ。ワタシにとってアンタはただの悪友だけど。……ってことは、向こうも同じか。いいけど。今更だし。

 でもね、とりあえず、一言だけ言いたい。



 ワタシ達の背後で護衛してるエーレンフリートから向けられる殺気が、パネェのどうにかして?!



 ライナーさん!ライナーさん!助けて!貴方の隣に立ってるその狼、すっげー勢いでワタシに殺気向けてる!ワタシ、この世界に来て一番最初に覚えたの、殺気の感じ取り方だよ!元の世界にいたときは無縁だったのに、こっちに来てから、めっちゃエーレンフリートに殺気向けられてて、殺気に対しては反応できるようになっちゃったよ!?

 どうせなら、異世界召喚に合わせて、ワタシにも何か能力が芽生えれば良かったのに……!そうしたら、この殺気に対抗する手段とか出来たかも知れないじゃない?でも、今のワタシにそんな能力無いし、むしろ元のままだからむっちゃ非力!誰か助けて、ヘルプミー!


「エレン、止めろ」


 ぴたり、と殺気が止まった。アーダルベルトが面倒そうに一言呟いただけで、エーレンフリートから発されていたダダ漏れの殺気が、消え失せた。振り返ったワタシが見たのは、驚愕の表情で、むしろ下手したら今すぐ泣くんじゃね?ってぐらいに動揺しているエーレンフリートだった。お前、本当にアーダルベルト好きね?

 むしろ、何で今までその可能性に思い至らなかった。ワタシは一応、アーダルベルトのオトモダチポジションだぞ。それにバリバリの殺気向けてて、今まで放置されてた方がおかしいんだけど。まぁ、別に良いけど。不敬罪レッツゴーな態度取ってたワタシが悪いだけだしね?


「お前が何を感じているか知らんが、ミューは俺の友だ。……余計な手間をかけさせるな」

「アディ」

「こんな非力な人間に殺気を向けるな。近衛兵の名が廃る」

「アディ」

「俺のためを免罪符に、俺の意思を無視した行動を取るな」

「アディ!その辺で!その辺で止めてあげて!もうエーレンフリートのHPヒットポイントはゼロだから!!」


 振り返りもせずに淡々と告げていたアーダルベルトの腕を引っつかんで、思いっきり揺さぶって、ワタシは必死に訴えた。だって、だって、これはあまりにもヒドイ。背後でエーレンフリートが魂抜けそうになってる。崇拝している主からの無能通告って、どんだけヒドイ所業?止めたげて!

 ライナーさんが揺さぶりつつ支えて、名前を呼んでるけど、反応がない。全然無い。もう、眼が虚ろだし、身体は人形みたいに揺さぶられるままだし。ちょっ!エーレンフリート、還ってこい!


「アディ、何か褒めて」

「は?」

「何でも良いから、エーレンフリートのことを褒めてあげて!でないとあのまま抜け殻になる」

「それは困る。近衛兵が減る」

「そういう次元じゃなくて!」

「そういう次元だ。俺が心底気を許せる近衛兵なんぞ、ライナーとエレンしかいないんだぞ?」


 お前はこれをどれだけ大事なことだと思ってるんだ、と威張るように告げられた。…よし、結果として、とても素晴らしい言葉を引き出した。ワタシ偉い。ライナーさん、褒めて。ワタシを褒めて!

 振り返ったら、さっきまで魂が抜けてたエーレンフリートが、ぱぁあって喜びの表情をしていた。陛下!って尻尾振って抱きついてきそうなぐらいの喜びっぷりだった。それをしないのは、ライナーさんが全力で羽交い締めにしてとっ捕まえてるからだ。ライナーさんは犬でエーレンフリートは狼だけど、大型犬要素があるらしいライナーさんの方が体格が良いので、押さえ込めるらしい。

 ライナーさんの目が、ありがとうございますって言ってた。エーレンフリートがどんだけ陛下至上主義かを、あの人はよく知ってるからね。ワタシも、敵視されてる段階で気づいてた。ただ、アーダルベルトはあんまりわかってないらしい。お前が一番理解しとけよ。面倒くさいなぁ……。



 とりあえず、これでエーレンフリートからの殺気が減りそうで、ちょっとホッとしてます。


   

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