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「本当に、お世話になりました」


 ぺこりと頭を下げるリヒャルト王子の姿は、最初に会った時の遊び人っぽい雰囲気が無くなっていた。そりゃそうだよね。別に女好きなわけじゃないし。基本的に真面目で優しい王子様キャラだし。ちょっと、思春期抉らせて、自分が親友に恋してるのかもしれない疑惑を断ち切りたくて、これでもかと女子に声をかけまくってただけだしね。お疲れ様。

 そんなリヒャルト王子の斜め後ろに、フェルディナントは控えていた。騎士の正装で、今までと何一つ変わらない姿をしている。それでも、その表情はひどく柔らかで、晴れやかで、心の重荷は無くなったんだろうな、と思う。良かった、良かった。

 ワタシが頑張ってしたためた手紙は、フェルディナントが持っている。ちゃんと、身分証明の代わりに、アーダルベルトの刻印と封蝋を使って貰った。ワタシだって示すモノ、何も無いしね。そこは身元引受人の覇王様に責任者として印鑑押して貰う感じで。その方が効果が高そうだと思ったし。

 だがしかし、むしろ頭を下げるべきはワタシだということは解っている。ジト目の覇王様に合図されるまでもなく、ワタシだって解っている。リヒャルト王子が頭を上げたのを確認してから、直角に頭を下げた。接客業のバイトで培った、「お客様、申し訳ございませんでした!」のお辞儀である。……なお、接客業のお辞儀の角度は、店によって違う。普通のお辞儀、お礼のお辞儀、謝罪のお辞儀。ワタシの勤めていた店では、15度、45度、90度だった。勿論あくまで目安だけど。


「勝手にお節介しまくって、申し訳ありませんでした!」

「……え?え?!」

「そちらの事情も弁えず、己の感情に従って、好き放題させて頂きました。平にご容赦を」

「みゅ、ミュー殿?」

「……ってことで、赦して貰えると有り難いです」


 顔をちょっとだけ上向かせて、ごめんね?みたいな感じで訴えてみた。唐突に直角お辞儀からの謝罪に呆気に取られていたらしいリヒャルト王子ですが、最後の茶目っ気交えたワタシの台詞に、小さく笑った。よし、笑ってくれたなら、そんなに重くならないだろう。でも一応、ちゃんと、謝っておくべきかな?とは思ったんだよね。ワタシが好き勝手やらかしたのは事実だし。


「赦すも何も、貴方の尽力が無ければ、私もフェルもいらぬ苦労を背負い込むところでした。お礼を申し上げるならともかく、こちらがそちらに怒る理由などありません」

「そう言って貰えると助かります。……そもそもが、ワタシが勝手に、お二人に幸せになって欲しかっただけなので」


 へらりと笑ってみせると、リヒャルト王子は苦笑してくれた。いやでもね?これがワタシの本音なわけですよ。推しカプの未来に、平和を!幸せを!みたいな気分です。他の理由なんて存在しません。腐女子の情熱を舐めないで下さいませ。……え?ワタシ確かに腐女子だけど、男女カプ嫌いじゃないですよ?女女カプだって好きですよ。雑食系腐女子なんで。

 その時、それまで慎ましやかに控えていたフェルディナントが、じぃっとワタシを見ていることに気づいた。主の手前、発言を控えているのだろうか。それでもその眼は、何かを言いたげにワタシを見ている。首を捻りつつ、ワタシはこちらから水を向けてみることにした。この場合、主の許可無く口を開けるほど、フェルディナントは剛胆でも型破りでも無さそうだったので。

 ……まあ、これがガエリア組だったら、必要と思えば普通に口をききそうだけど。特に、この場にいない、元パーティーメンバーの皆様なんて、絶対に気にしないで口を開く。そして、覇王様はそれを気にせずに、平然と受け入れるだろう。どっちが正しいとかじゃ無くて、お国柄というか。


「フェルディナントさんは、ワタシに何かお話あるんですか?」

「……ッ」

「フェル?何かあったのか?」

「……はい。お許しいただけるならば」


 やっぱり生真面目さんでございました。勿論、異論は無いので、ワタシもアーダルベルトもこっくりと頷いておいた。それに安堵した表情で、フェルディナントは一歩進みでした。

 そして。



 何故かいきなり、ワタシの前に跪き、ワタシの手を押し頂いてくれちゃったのですが、どういうことっすか?!



 驚いてぽけっとしてるワタシの隣で、アーダルベルトは楽しそうに笑っている。リヒャルト王子は、少し驚いたみたいだけど、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。外野の面々はワタシと似たり寄ったりの反応です。えーえー、これドウイウコト-?


「あのー、フェルディナントさん-?」

「どれほどの感謝を捧げれば良いのかわかりません。ミュー殿、私は、この恩義を、どのようにしてお返しすれば良いのでしょうか」

「いやいや、さっきも言ったけど、これ、ワタシの勝手な暴走ですから?何も気にして貰わなくて良いんですけど!」

「そういうわけには参りません」


 美貌の騎士様は、生真面目な性質通りに、頑固でした。いや、だって、ワタシ、恩義とかお礼とか言われるようなこと、してないんですが?ちょいと暴走して、引っかき回しただけなので?

 どうしようー?と困りつつ隣を見上げたら、好きにしろと言いたげな顔をされました。アーダルベルト、お前な?面倒くさいことをワタシに丸投げするの、やめない?ねぇ、やめない?こちら、近隣国の優秀な騎士様ぞ?しかも名門の血筋で、未来の王妃様の可能性超高い御方ぞ?そんなヒトにこんなことされて、どうしろってーの!?

 しかも困ったことに、フェルディナントは麗しの騎士様なので、跪いて手を押し頂くという姿が、そりゃもう、格好良いのだ。ばっちり似合っちゃうのだ。されてるのがワタシというちんちくりんの男装女子だというのを除けば、絵になる姿なのである!……侍女や女官の皆様が、頬を染めて嬉しそうにするぐらいには、めっちゃイケメンなのですよ、この方。


「えーっとですね、フェルディナントさん?」

「何でしょうか、ミュー殿」

「正直、ワタシは自分が好き勝手やっただけなので、お礼とか恩義とか言われても、困るのですが」

「ですが」

「それでも!」

「……?」


 食い下がろうとするフェルディナントを押しとどめるように声を上げた。不思議そうに見上げてくる瞳。初めて会ったときと変わらない、凜とした美しい面差し。それなのに、その表情からは無駄な力が抜け落ちて、柔らかな雰囲気をまとっていた。そういう顔の方が好きだなぁ、と脇道に逸れた感想を抱きながら、言葉を続ける。

 多分きっと、今のワタシがフェルディナントに言えるとしたら、この言葉しか、ないのだから。


「それでも、ワタシに何か恩義を感じてくれて、礼をしたいというのなら、もしもガエリアが窮地に陥った時には、ご助力下さい」

「……ミュー殿、それは」

「勿論これはワタシの我が儘ですし、決定権は王族の皆さんにあると思うので、無理にとは言いません。ただ、ワタシが願うのは、それぐらいかなってことで」

「……貴方は、それで、宜しいのですか?」

「え?これ以上無いくらいに喜びですけど」


 驚愕したように見上げてくるフェルディナントに、ワタシは首を捻りつつ答えた。

 ワタシにとっては、当たり前のことですけどねー。未来に待ち受ける決戦の日、周辺各国がガエリアの味方をしてくれるなら、ワタシとしても安心できるし。ねぇ?と見上げてみれば、覇王様は肩を竦めていらっしゃいました。それでも、ワタシの言葉には同意するのか、ぽすぽすと頭を撫でてくる。……お前、ヒトの頭を手置きと勘違いしとらんか?なぁ、してるだろ、絶対?


「ヒトの頭で遊ぶなし」

「遊んでない。お前は変わらんなぁと思っただけだ」

「は?だって、ワタシがお願いすることがあるとしたら、これぐらいじゃね?」

「お前は本当に、無欲だな」

「まっさかー。ワタシはめっちゃ貪欲だと思ってるけど?」


 相変わらず頭を撫でくり撫でくりしてくるアーダルベルトに、ワタシは素直に答えた。誰が無欲なもんかね。人間らしい世俗に塗れておりますし、食べ物の恨みは恐ろしいを地で行くワタシですよ?どこを見て無欲なんて言うんだか。意味がわからんね。

 しかも、個人に要求返すにしては盛大なものをお願いした自覚はあるよ。ワタシがちょいちょいとお二人の関係を突いたことを恩義に感じて貰えるなら、出来れば協力者になって欲しいとは思うけど。未来がどう変わるか解らないけど、打てる手は全部打ちたいしね。ユリウスさんじゃないけど、これで友好的になってくれたら、万々歳だ。……いや、元々コーラシュ王国は友好国だけど。

 まだ跪いたままのフェルディナントが、じっとワタシを見上げていた。その表情は、何か困ったような顔だった。おや、何を困ってるの?あ、ただの騎士様にお願いすることじゃなかったか?えーっと、じゃあ、そこはリヒャルト王子と相談して決めてくださいませ。


「ただの騎士である私の一存では何も決められませんが、できうる限りのことはさせていただきたいと思います」

「本当ですか?ありがとうございます」

「はい。ミュー殿の高潔なお心に叶うように、精一杯勤めます」

「……高潔なお心って、ナンデスカ??」


 あるぇー?という顔をしてみるのですが、フェルディナントは聞いてなかった。何か、自分の中で完結しちゃったようです。説明を求めて視線を向けたけど、リヒャルト王子も同じような顔してた。外野も。意味が解らずに説明を相棒に求めてみました。で、ドウイウコト?


「まぁ、お前が私欲では無く国益を優先したと判断されたんだろ」

「え?ワタシ、思いっきり私欲で我欲だったんだけど?」

「それが理解出来るのは、お前と近しいやつだけだ」

「マジかー。マジかぁ…」


 リヒャルト王子の背後に去って行くフェルディナント。真面目な顔でこちらを見ているリヒャルト王子。肩を竦めながら、いつもの口調で答えをくれたアーダルベルトは、諦めろと目で語っていた。この手の誤解はそう簡単に解けないのだと、その顔が言っている。……マジですか。いらんのだが。そういう、ワタシの手を離れた、誤解一直線の評価は、有り難くないのですが。

 これってもしかしてもしかしなくても、ワタシの評価が間違って広がるアレですか?ねぇ、そういうことですか?誰か止めよう?止めて?ねぇ?止めようよ!!!


「まぁ、他国には誤解されていた方が動きやすいと思いますので、そのままで」

「ユリウスさん?!」

「ミュー様、あまり大声を出されるのはみっともないですよ」

「いやいやいや、そういう問題じゃなくて?限りなく詐欺だよね!?」

「こちらが騙したわけではございません。あちらが勝手に誤解をされただけですから」


 にこやかに微笑む宰相閣下は、面倒くさいのか、それとも何か利用できると思ったのか、コーラシュ組の誤解をそのまま放置するようです。おい。覇王様!アンタの宰相閣下、こんなこと言ってるんですけど!?


「別に良いだろ。悪評でなし」

「誤解が誤解生んで、ワタシの人格が改ざんされていくじゃん!?」

「もう既に他国に出回ってるお前の噂は、評価は、ものの見事に改ざんされてるから、気にするな」

「ちょっと待て!それ初耳!初耳なんだけど、アディ?!」


 手をひらひらと振ってコーラシュ組をお見送りしているアーダルベルトの腕を掴んで、話を聞けと訴えても、聞いて貰えないんですが!お見送りをしてくださいね?と微笑むユリウスさんも全然聞いてくれないんですけど!ちょっと、ワタシの評価、どういうことになってんの!?怖いんだけど!?



 後々問い詰めたら、何か聖人君子の完全無欠の予言者参謀みたいな評価だと判明して、頭抱えて唸るワタシでありました……。何でそうなった……。


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