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 コーラシュ組が無事に戻っていったので、こちらも通常モードに戻りつつあるワタシたちです。とりあえずコーラシュ組とのやりとりも上手くいったし、良かったんじゃないですかね?今後の外交にも良いカードが手に入ったと思います。ハイ。




 ですのにワタシ、現在、アーダルベルトの執務室で、ソファで眼前の宰相様に笑顔でツッコミを入れられております。




 ツッコミというか、多分これお説教じゃね?と思う感じです。ユリウスさん、顔は笑顔なんですが、オーラが全然笑ってないと言いますか。控えめに言って、超怖い。普通に告げるならば、めっちゃ怖い。むしろ怖すぎて、斜め後ろにライナーさん立っててくれなかったら、泣いちゃうかもしれない。


「あ、あのユリウスさん……?」

「この度のリヒャルト王子とフェルディナント殿の関係に対するミュー様のご活躍は、疑う余地もございません」

「あ、はい……」

「ですが、そちらが終わったとのことで気を抜いていらっしゃるようですので、少々小言を言わせて頂きたいと思います」

「……は、はい……」


 にこやかに微笑む、イケオジナイスミドルエルフ。顔だけならば、乙女ゲームとかに出てきそうなぐらいの、素晴らしいおじ様なユリウス宰相。相変わらず、笑顔なのに目は笑ってないし、オーラは怖いしで、逃げたい所です。

 ……なお、そんなワタシを放置して、アーダルベルトは書類の決裁を行っておりました。てめぇ!ちょっとは助けようとかしようよ!あっさり見捨ててんじゃねぇよ、このバカ!




「それで、陛下のご病気に関する調査は、進んでいるのでございましょうか?」



 

 にこやかな微笑みで、ざっくりぶっ刺してくださいました。ヤダ!めっちゃ怒ってる!待って、オトン!ワタシ、別に悪気があったわけでも、サボってたわけでもないんです!ただただ、イゾラ熱の記述が見つからなかっただけなんです!ライナーさん、助けてぇええええ!

 ぷるぷると首を左右に振りながら、言葉が口から出ません。だって威圧感ぱねぇ。やっぱりこの人、非戦闘員とか絶対嘘だ。めっちゃ前線でヒャッハー出来る系だろ。怖すぎる!

 わ、ワタシだって、遊んでたわけじゃないですよ?ちゃんと、書物漁ってましたし!侍従や女官のお手伝いメンツの皆さんだって、凄く頑張ってくれてますもん。でもでも、蔵書数ぱねぇし、調べても調べても出てこないし、頑張ってもどうにもならないんですよ、ユリウスさん!


「それは勿論理解しております。ですが、本来、ミュー様のお仕事はそちらではございませんか?」

「……はい」

「周辺諸国に関してはこちらに任せると言われましたね?」

「……はい」

「では、今後どのように?」

「誠心誠意、書物と向き合わせて頂きます!好き勝手やってすみませんでした!」


 ごめんなさい!と叫びながら謝るまでが一セット。恐る恐る顔を上げたら、相変わらず笑顔のユリウスさん。怖いです。怖いんですけど。笑顔が怖いってどういうことですか。ぷるぷるしちゃう。誰かワタシのことを助けてくれまいか?…誰も助けてくれる気配が無かった!

 しばし、威圧感たっぷりの笑顔のユリウスさんとにらめっこ。冷や汗だらだら流しながら耐えてたら、途中でいつもの笑顔にシフトチェンジした。…あ、お説教モード終わり?ワタシ、もう解放されておkですか?


「ミュー様が多方面に色々と思うところがあるのは理解しておりますが、出来ましたら、陛下を第一にお願いします」

「……一応、基本はそのつもりです。頑張ります」

「何か手助けが必要ならばその旨はお伝えください。できる限り調整しますので。……それでは、私は執務室に戻ります」


 最後の一言はアーダルベルトに向けて発された。さっきまでの超怖い威圧感どこに行ったの?ぐらいの爽やかな笑顔を残して、ユリウスさんは出ていった。……怖ッ。マジ怖ッ!やっぱりあのオトン怒らせちゃダメだった!すっごい怖かった!怖すぎて泣きそうだった!


「ちょっとアディ、見捨てるなよ!助けろよ!」

「怒ったユリウスの相手はしたくない」

「お前ひどくねぇ!?」

「じゃあ、お前が俺の立場だったどうするんだ?」

「見ないフリする」

「お前も同じじゃないか」

「無力な小娘のワタシには無理でも、上司で皇帝陛下のアンタならちょっとは何とかでき」

「ると思うか?」

「…………」


 ジト目で問いかけられて、すーっと視線を逸らした。ごめん、うん、ワタシが悪かった。八つ当たりだね、うん。あのユリウスさん相手に、上司だろうが皇族だろうが、どうにかできるわけねーわな。むしろあのヒトに勝てるヤツがいたら、それが凄いわ。褒めて使わすわ。そんなん絶対どこにもいないだろ。


「ミュー様、ハーブティーが入りましたよ」

「ユーリちゃんありがとー」


 出来る侍女はやっぱり違いました。しかもチョイスはカモミールティー。独特の風味があるけど、ワタシはわりと好きかな。つーか、ハーブティーは全部そうだけど。カモミールの効果は確かリラックス系だったはず。素晴らしい。出来る侍女は違うね。良い子!

 おまけに、カモミールティーと一緒に、クッキーまで出てきた。ユリアーネちゃん、貴方どこまで素晴らしいの。ありがとう。そのクッキーは、シュテファンの試作品ですか?それとも、違うの?どっちでも良いけど、美味しそうだから。いただきます。うまうま。


「以前ミュー様がおっしゃっていた、柔らかいクッキーを目指してみたと、シュテファンさんが言ってました」

「なるほどー。ソフトクッキーっぽい。流石シュテファン出来る子」

「今回はプレーンのみですが、そのうち違う味もお披露目するとのことです」

「やったね!楽しみ、楽しみ~」


 いやもう、シュテファン良い子過ぎて素晴らしいですねぇ。普通のクッキーも嫌いじゃ無いですけど、時々ソフトクッキー食べたくなっちゃって。柔らかいの食べたいというざっくりした希望だけで、ちゃんとソレっぽいの作ってくれるシュテファンは良い子です。ワタシにとって欠かせないヒトです。



 ……ところで覇王様、ワタシ、クッキーあげるとは一言も言ってないのですが?



 いつの間にか執務机からソファーに移動してきたアーダルベルトが、勝手にクッキー食べてる!べし、べし、と手を叩き、皿を奪い、必死に攻防戦を繰り広げます。なんてヒドイヤツだ!このクッキーは、シュテファンがワタシにくれた試作品なの!覇王様には完成品を食べさせるってことになってるんだから、試作品はワタシの!


「お前どこまでケチくさいんだ。少しぐらいいいだろ」

「お前の少しは全然少しじゃねぇんだよ!既に6割食ったくせに何寝言言ってんだ!」


 やれやれと言いたげな口調ですが、アーダルベルト、既にワタシのソフトクッキーを6割食べてます。ワタシが味わって一枚を食べてる間に、ぽいぽい口に放り込むのです。勿体ない!せっかく作って貰ったワタシのクッキー、これ以上食べられたらワタシの取り分が減る!

 ワタシと覇王様のクッキー攻防戦の傍らで、ユリアーネちゃんはニコニコ笑ってるし、ライナーさんとエーレンフリートはカモミールティーを飲んでいた。…アレ?ユリアーネちゃんも飲めば?もう今更、身分がどうのとか、一緒に食事をするのがどうのとか、意味無いよ?身分で言うなら、エーレンフリートもワタシも平民だし。

 っていうか、ワタシのクッキー!


「だから、取るなって言ってんだろ!完成品あげるからそれまで待てよ!」

「目の前にあるんだから食っても良いだろ」

「それならワタシの分を残せ、バカぁああああ!」


 お皿の中のソフトクッキーは、気づいたらどんどん減っていました。最後の二枚を必死に確保して、涙目で叫んだワタシに、アーダルベルトは呆れたような顔をしていますが……。……なぁ、20枚はあったソフトクッキー、ワタシが実際に食べたの、4枚だけなんだけど?そこんとこをどう判断してくれるんだ、覇王様?なぁ?ワタシのクッキー!

 食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!


「……ユリアーネ、シュテファンに追加のおやつを」

「承知しました」

「それで誤魔化されると思うなよ!ワタシのクッキー食べておいて!」

「わかったわかった。何が食いたいんだ?用意させる」

「餌付けしようとすんなし!あと、謝れよ!……じゃあ、かき氷食いたい!」

「……誰か、食堂まで行って、シュテファンにかき氷の用意を」

「はい」


 べしべしと気が済むまで殴った後に、要求を伝えたら、即座にドアの外の侍従さんに伝えられました。ありがとー。あ、かき氷のシロップはレモンでお願いします。クッキーが甘かったので、さっぱりしたの食いたいです。かしこ。

 かき氷は、ワタシが食いたくて食いたくて仕方ないので、かき氷器を職人さんに作って貰ったのであります。先日お目見えしましたが、暑い夏になっていたこともあって、大評判。次から次へと売りに出されているそうな。美味しいモノを食べて皆が笑顔になるとは良いことである。

 ……ところで、一応まだ、クッキーの恨みは忘れてないからな?


「お前、しつこいぞ」

「何がしつこいだよ!勝手にワタシのクッキー食べといて!せめて食べる前に一言あるべきじゃね?!」

「何で俺が俺の城のもので遠慮しなければならんのだ」

「何その理屈!ひでぇ!ワタシのおやつなのに!」


 ぽかぽかと殴ってもダメージがないのは解っていますが、殴りたいんです。殴りたいんです!ワタシのおやつ!ワタシのソフトクッキー!食べ物の恨み-!

 ……って、いつものじゃれ合いやってましたら、めっちゃ殺気が襲ってきたので、面倒に思いつつも振り返りました。ら、ティーカップ持つ手をぷるぷるさせながら、エーレンフリートが睨んでました。うわ、相変わらず過ぎるだろ、この狼。ちょっとライナーさん、注意しといてください。覇王様がツッコミ入れる前に。

 視線でお願いしたら、エーレンフリートと違って空気の読めるライナーさんは、隣の相棒の首に腕を回してぐいっとやらかして、落ち着けとやってくれていました。……ところでライナーさん、それ、むしろ首しまってませんか?ティーカップを落とさないように受け取ってあげるのは優しさですが、首に回した腕でぎりぎりしたままなのは、全然優しさではないと思うのですが?

 ……最近、ライナーさんのエーレンフリートの扱いが雑というか、ワタシの前でも雑に扱うようになったとか、そんな気分である。多分間違ってない。


「こいつら昔からこんなもんだぞ」

「……マジか」

「あぁ。そもそも士官学校の同期だからな」

「それはそうかもしれないけど、仕事中にコレ?」

「あぁ」

「……そっかー」


 なんてアットホームな職場だろうか。まるで兄弟のじゃれ合いのようである。ちょっと微笑ましく思えたので、アーダルベルトと並んでカモミールティー飲みながら、のほほんとそんな二人を眺めることにした。



 かき氷が届くまで暇だったので。



 

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