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「捨て身の作戦ご苦労さん」
「ありがとよ」
晩餐の席にドレス姿で現れたワタシに対するアーダルベルトの最初の発言は、これだった。流石悪友。わかってらっしゃる。ワタシのコレはあくまで巻き込まれただけであり、墓穴を掘った捨て身である。望んでこんな格好をしているわけでは無いので、最初に出るのは褒め言葉でもけなし言葉でもなく、労りだった。ありがとう。
シンプルイズベストな赤いドレス姿のワタシですが、化粧もアクセサリーもほぼ皆無。綺麗に結われたポニーテールの根元にのみ、金属の輪っかを嵌めています。……あ?イヤリングと指輪してるだろって?それは標準装備の護身用アイテムなので、アクセサリーには入りませーん!
くるぶしまでのAラインドレスなので、履いている靴もローヒール。目立つ飾りは存在しない。かかとの低い靴ってステキね!ドレス姿でも、これならまだ歩けるよ!なお、今の季節を考慮して、ワタシのドレスは半袖だ。面倒くさいケープも、カーディガンも、手袋も無し。いらんわ、そんなもん。
…………色が真っ赤なので、嫌でも目立つけどな!
せめてもうちょっと淡い色を希望したのに、赤以外の色を選ばせて貰えなかったワタシの悲哀を誰か理解して欲しい。イロモノ
どうも、ワタシの礼装=赤というのが不文律になっているようです。おい、責任取ってどうにかしてくれ、覇王様。お前がワタシに赤を着せた悪影響が残ってんだけど。ワタシ、赤い服はそこまで好きなわけでもないんですが。好みとしては、淡い黄色とか好きなのに……。しょんぼりだよ。
「……それにしても、随分とあっさりとしたドレスだな」
「動きやすさ重視。あと、別に正規の夜会とかでも無いし。……あと、ワタシはただの添え物で巻き添えのとばっちりだから」
「まぁ、そうだな。それなりに似合ってるぞ」
「そりゃ、侍女女官の皆さんが張り切ってくれたからね」
ぽすぽすと頭を撫でてくるアーダルベルト。多分本心だろう。似合わないわけではない。だが、褒め称えるほど綺麗なわけでもない。普段が男装なので、そういうのも別に似合わないわけじゃないぞ、ぐらいのニュアンスだろう。解っているので気にしない。ワタシ達の間ではそういう認識でおkだ。
……なので、そこで顔を輝かせるの止めてください、お姉様方!別に深い意味ないんで!期待を込めないで!
なお、素晴らしい美女姿を披露したフェルディナントと、それを初めて見たリヒャルト王子は、二人揃って固まっていた。
予想出来すぎた展開ですが。
まず、フェルディナントとしては、自分では悪くないと思ってるけど、王子にどう思われるかは理解していない。そんな王子が言葉も無く立ち尽くしているので、やはり似合わないのかとか、気持ち悪がられているとか、そういうマイナス方向に思考が向かっているのだろう。見てたらわかる。わかりやすすぎるテンプレの反応である。
んでもって、リヒャルト王子は、予想もしなかった状況に軽くパニックになっているのだろう。男だと信じていた護衛騎士が、いきなりドレス姿で出てきたら誰だって驚く。しかも絶世の美女。凜とした雰囲気は喪わないけれど、ちゃんと女性だとわかる麗しの姿で出てきたのだ。混乱しても仕方ない。
しかも、長年の片思いの相手なのだから、なおさら。
「……アディ、フォローしないの?」
「こういうのは当事者の問題だろ」
「せめてフェルディナントさんの体質についての説明は?」
「そこも当事者の問題だろ」
「さいですか」
ドッキリ企画をするのがワタシの仕事なので、その後のことは流れに任せようと思っていましたが。覇王様、予想以上に傍観者に撤する模様。何で?と目線で問いかけたら、すいっと視線を逸らされた。おk、わかった。恋愛関係苦手なんだな。うん、理解した。
まぁ、この二人相思相愛なんだし、誤解とすれ違いがどうにか出来たら、丸く収まるんでない?と楽観視しております。とりあえず、ワタシお腹減ったので、席について良いかな?早よ晩餐楽しみたいです。かしこ。
「ふぇ、フェル、なのか?」
「……はい、殿下。今まで黙っていて申し訳ございません。……私は、ルーレッシュ家の異形の業を継いでおります」
「なんということだ……。お前が……」
何か二人でシリアスな話やってるみたいなんですけど、あの、晩ご飯…。ワタシの晩ご飯……。
ご飯は?と顔を見上げて問いかけたら、アーダルベルトは面倒そうに首を左右に振ってくれました。あ、やっぱり?主賓がシリアスなお話している横で、先に着席してぱくぱく晩ご飯はアウト?ダメ?お腹減ったんだけど。
「そういやお前、その状態で食事は出来るのか?」
「何で?」
「いや、ドレスにはコルセットがつきものだろう?聞くところによれば、こう、強く締め付けるので食欲が失せるとか」
「コルセット付けてないもん」
「そうなのか?」
「そういうのいらない感じのデザインにして貰った」
どや顔してみるワタシですが、凄く残念なイキモノを見るような目で見下ろされました。失礼だな、お前。夜会用の豪奢なドレスならともかく、こんなちょっとおめかしバージョンっぽいデザインのドレスなら、コルセットもパニエもいらないんだよ。締める必要も膨らませる必要もないし。
……まぁ、ガチで夜会用イメージでマーメイドドレス作って貰って、それを着ているフェルディナントには、コルセットもパニエも装備して貰ってますけどね。だって、あっちはガチで本気で全部盛りぐらいの勢いでフルコースおめかししてもらわないとダメだもん。ココが決戦の本丸じゃ!ぐらいの状況ですよ。ワタシとは意味が違う。
だって、ワタシ、本当なら普段着でここに立ってる筈だからね?ドレス着せられてるの、ただの巻き込まれだから。
「……まぁ、凹凸がないから、コルセット使ってもあまり意味はないか。で、せめて盛ったのか?」
「やかましいわ!凹凸がないとか言うな!一応ささやかでもちゃんと胸あるし!あと、別に盛ってないよ!盛る必要ないもん!」
「そうか。顔も背丈も子供だからな。ヘタに盛るとそれはそれでバランスが悪いか」
「お前人の話聞けよ!」
べしべしと叩いても、覇王様は何故か一人納得していますが。お前それ、普通にセクハラだからな?ワタシ、一応性別女子だし、成人済みの大人女子なわけで、セクハラだからな!?聞けよ、聞いて!
あと、何でそんなやりとりしかしてないのに、お姉様方は嬉しそうに微笑んでいらっしゃるんですか!全然意味が解らないよ!理解不能だ、馬鹿野郎!
「お前は、男だと聞いていたが……」
「私は嫡子でしたので……。……ただ、ミュー殿が」
「……参謀殿が?」
「……私には、最初から、二つの未来があったのだと、教えてくださいました」
何か二人で感動し合ってるんで、そのまま見物しておこうかな?と思いました。
そしたら、いつの間に傍にやってきたのか、女官長がにっこり笑顔で、ドレス姿のワタシにお辞儀の仕方をレクチャーしてくれました。……いや、別に夜会とか晩餐会とか参加する予定ないので、いらないんですけど?お辞儀のやり方なら、ほら、イロモノ
という感じのワタシの主張は無視されて、仕方ないのでとりあえずお辞儀の練習。ドレスの裾をつまんで、片足を引いて、身を屈めてするお辞儀。相手におkを出されるまで、屈んだその姿勢を維持すると言われて、すっげー面倒くさいなと思いました。これ、足腰めっちゃ鍛えられるわ。腰の弱い人アウトじゃね?
「もう少し頭を下げる方が良いぞ。これぐらい」
「ぐぇ……!ちょ、押さえるな、バカ!バランス崩して転けるわ!」
「お前、もうちょっと身体能力鍛えろ」
「煩い。ワタシはインドア派なの!」
軽口を叩きながらもとりあえず、お辞儀はツェツィーリアさんにおkを頂きました。……ねー。ワタシ、ご飯食べたいんだけどー。あそこのシリアスな雰囲気の二人、まだ終わらない感じですかねぇ……?
なお、このやりとりは一応空気を読んで、それなりに小声でやってますけどね?リヒャルト王子とフェルディナントのやりとりの邪魔をしちゃいけないとは思っているので。でもまぁ、二人の世界に入ってるので、多分こっちが普通の声で喋ってても聞こえてないような気はするけど。
しばらく放置して見てたら、リヒャルト王子がフェルディナントを抱きしめてた。フェルディナント混乱してる。軽くパニックになってるけど、耳元で何か言われたらしく、顔真っ赤にして、ついでに泣きそうになりながら、王子様の背中に腕を回して抱きついてた。よし、どうやらハッピーエンドっぽい!
「まぁ、むしろあの二人が大変なのは帰国してからだろうがな」
「アディ、水差すなよぉ。せっかく丸く収まりそうなんだから」
「そういうわけじゃない。…丸く収まったなら、その後も円滑に出来るように手助けがいるか?と思っただけだ」
「え?アディなんか出来んの?」
「違う、やるのはお前だ」
「はい?」
首を捻ったワタシの頭を、アーダルベルトはぺしぺしと叩いてきた。止めんか、この野郎。あと、ワタシにこれ以上何をさせるつもりだ。こんなにも、捨て身の作戦で頑張ったワタシに、これ以上何をしろと!?
「お前の知名度は上がっているからな。後押ししてやれ」
「……あー、ソウイウコト?」
「そうだ」
「んーんー、じゃあ、お手紙書いたらおk?」
「その辺が無難だろうな。彼らが帰国するまでに仕上げろ。あと、文面はちゃんと確認して貰え」
「らじゃー」
お仕事増えちゃった……。
いやでも、ワタシの手紙でそんなに効果があるのかねぇ?まぁ、とりあえず、「ガエリア帝国の予言の参謀が後援者」って事実は、フェルディナントにとっても悪くはなるまい。嫡子として、ルーレッシュ侯爵家を継ぐ人間だと、男子だと思われて生きてきてるからな。女性として生きるなら、それはそれで色々と根回しとか大変だろう。ワタシの手紙一つでお力になれるなら、頑張る。
うん、フラクトゥール文字も書けるようになったしね!達筆とまではいかないけど、ゆっくり丁寧に書いたら、ちゃんと読める文字になると思う!文面に関しては、そういうの得意な文官さんにお手伝いしてもらうんだ。むしろ草案考えてくれたら、それに合わせて清書するっていうレベルで良いんだけど。
これで、ワタシの夢見た未来へ一歩前進したということだよね。良かった。悲劇は一つでも崩しておきたい人間です。二人が幸せになってくれたら、ワタシはそれで十分だしな。
……推しカプががハッピーエンドを迎えるなんて、オタクとして、腐女子として、最上の喜びである。
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