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 ごろりん、ごろりんと大きなベッドに転がる。いつもなら一人きりだけれど、今日はお客様がいる。優しいお姉様の真綾まあやさんだ。

 時々、真綾さんをワタシの部屋に呼んでお泊まり会をしている。女子会としてユリアーネちゃんも誘いたいのだけれど、出来る侍女ちゃんはいつも申し訳なさそうに辞退する。くっ、侍女は友達じゃないって言われるんだよね……!

 いや、確かに侍女は友達じゃないけども!でも、ユリアーネちゃんはワタシの話し相手も兼ねてるんだし、お友達も兼任してくれても良いじゃないか……!美少女とパジャマパーティーしたいだけなのに……!


「それで、未結みゆちゃんは何を話したいの?」

「……へ?」

「わざわざ私を呼んだぐらいだから、陛下達には言えないお話なのかしら?」

「…………真綾さんって、時々めっちゃ鋭いですよね」

「大人だもの」

「……何か釈然としない」


 にこにこ微笑みながら告げられた言葉に、思わず微妙な顔になってしまう。だって、普段の真綾さんは天然ぽわぽわなお姉さんなのだ。こんな風に鋭いツッコミを入れてこられても、違和感が凄い。

 まぁ、確かに真綾さん、大人だけどさ。社会に出てお仕事してた大人のお姉さんだから、そういう意味では察しが良くても当然なんだけど。でもやっぱり、普段が普段なので、微妙に納得出来なかった。

 とはいえ、図星を指されて拗ねるほどバカではないつもりだ。そもそも、話を聞いて欲しいと思って呼んだのはワタシなのだし。


「他の人には話せない内容なので、真綾さんに聞いてもらいたいなと思いました」

「そうなのね。悪い話?良い話?」

「分類としては良い話になるかと」

「それでも、皆には言えないの?」

「です」


 真綾さんの問いかけに、ワタシはこくりと頷いた。そう、これは良い話だ。とてもとても良い話だ。でも、良い話だからこそ、真綾さん以外の人には話せない。

 ワタシの介入が原因で折れただろうフラグの話を出来るのは、真綾さんだけだ。


「私は聞くだけで大丈夫なのかしら?」

「聞くだけで大丈夫です。……誰かに言いたかっただけなので」

「わかったわ」


 いつもと同じ優しい笑顔で真綾さんは話を聞く体勢に入ってくれる。こういうところが好きだなと思う。多くを聞かず、無理に踏み込んでこない優しさがある。大人の女性だなぁと思うのはこういうときだ。

 ワタシはとつとつと、ハンネローレちゃんと出会ったことや、彼女からテオドールの近況を聞いたことを話した。真綾さんはテオドールと面識はないが、ワタシがちょこちょこ自分が過去に何をしたのかを説明しておいたので、話は知っている。

 真綾さんはワタシを急かさない。話が脱線して、ハンネローレちゃんの刺繍がどれだけ凄いかという話になっても、穏やかに聞いてくれている。それがひどく、嬉しかった。

 だからワタシは、腹を括って言うことが出来る。


「テオドールが改心したお陰で、最後のクーデターが無くなりました」


 口にすれば、それだけで終わる。たったそれだけのことを言うのに、随分と回り道をした。たったそれだけのことなのに、真綾さん以外の誰にも言えなかった。

 嬉しいことだ。良いことだ。どうしようもないバカのテオドールが、兄に対する拗らせた感情を落ち着かせて、無謀なクーデターをしなくなったという、朗報だ。それだけなら、他の皆にだって、言える。

 でも、ワタシは言えなかった。

 このことを説明したら、どこかでボロが出て決定的なことを言ってしまう可能性があったからだ。絶対に言えなかった。言いたくなかった。口にして、アーダルベルトの耳に入れることすら、嫌だった。

 ……最後のクーデターの果てに、アーダルベルトがテオドールをその手にかける未来があったなんて、言いたくなかった。


「それはとても良いことだと思うけれど、それでも陛下には言えないの?」

「……うん。あのね、真綾さん」

「何かしら」


 一人で抱えるのが辛かったのか、真綾さんの優しい雰囲気に絆されたのか、多分後者だと思うんだけど、ワタシは思わず口を開いていた。


「そのクーデターが起こってたら、アディはテオドールを殺さなきゃいけなかったんだ」

「……それが、未結ちゃんの知っている未来?」

「そう。流石にもう庇いきれなくてね。でも皇族だから他の人が手をかけるのもアレだってことで、自分で」

「……陛下らしいわね」


 真綾さんの言葉に、ワタシはこくりと頷いた。本当に、そう思う。完全無欠の覇王様。誰かに頼ることを知らない皇帝陛下。そんな彼だから、弟の不始末を自分で片付けた。……可愛い弟と呼んだ相手を、その手にかけることで。

 ワタシがへし折りたかったフラグは、アーダルベルトの死亡フラグだ。あいつが無事ならそれで良いと思っていた。それが最優先だと思っていた。

 でも、気付いた。ワタシは、アーダルベルトがテオドールを殺すのも止めてやりたかったのだと。

 テオドールが改心すれば良い補佐役になるとか、そういうのは後付けの理由だ。ワタシはただ、これ以上アーダルベルトがいらない重荷を背負うのを見たくなかっただけなんだと思う。

 ゲームの中でも、アーダルベルトは泣かなかった。物わかりの悪い弟の行動を嘆きながら、それでも自分で片付けた。仲間達に何を言われても、その表情が泣き顔に変わることはなかった。

 自分一人で背負うことに慣れすぎている男だから、どれだけ辛いことでも平然と背負うのだろう。でも、背負わなくてもいいものなら、なかったことにしてやりたいと思うのだ。


「で、その未来はもうなくなっちゃったのね?」

「多分ねー。テオドールがバカやらかすなら、今頃もう動いてないとおかしいし。そうじゃないってことは、多分、このイベントそのものが消えたんだと思う」

「良かったわね、未結ちゃん」

「うん。……良かったんだけど、消えてるからこそ、こんなこと誰にも言えなくてー」


 ごろんとベッドに寝そべりながら、ワタシは笑う。ワタシが未来に起きる事象を語るのはいつものことだとしても、流石に話題が話題なので軽々しく口には出来ない。

 それに、もう起きる気配の無いイベントを口にして、藪蛇になるのは嫌だった。だから、面倒くさいイベントが消えたことを声高に喜びたいのに、誰にも言えずに悶々としていたのだ。本当、真綾さんの存在がありがたすぎる。

 突然雑談に付き合わされたというのに、真綾さんは何一つ怒っていなかった。優しすぎる。本当に素敵なお姉さんだなぁ。エレオノーラ嬢がお姉さんのイメージで真綾さんを挙げるの、めっちゃわかる。


「これでまた一歩、陛下の生存が確実になったのね」

「へ?」

「あら、どうしたの、未結ちゃん」

「いや、テオドールがクーデター起こさないのと、アディの死亡フラグの関係性が見付からなくて」

「そうかしら?」

「直接関係はないと思うんだけど」


 真綾さんの言葉に、ワタシは首を傾げる。いやうん、確かに大きなイベントではあるけれど、覇王様の死亡フラグとこれは関係ない気がするんだけど。

 そりゃ、このイベントが消えてたらアーダルベルトの心労は全然違うし、余裕も出てくると思うよ。でも、彼の死亡原因は病気なので、愚弟のクーデターは関係ないと思うんだけどなぁ?

 そんなワタシに、真綾さんは不思議そうに言った。


「でも、もしも陛下が倒れたときに、助けてもらえる人が増えるってことでしょう?」

「現在進行形で監禁中のテオドールに、助けてもらうことなんてないと思うんですけど」

「未結ちゃん、顔……。顔が怖いわよ……」

「あ、ごめんなさい」


 困ったように言われて、ハッとする。むにむにと頬を揉んで解しながら謝った。うん、思わず不機嫌な顔になっていたらしい。

 それぐらい、真綾さんの言い分はワタシには意味がわからないことだったのだ。だってそうだろ。テオドールに手助けしてもらうことなんて、存在しない気がする。だってあのテオドールだぞ。

 そもそも、あいつは今も監禁中だし。外部との接触すら制限されてるような前科持ちの皇弟殿下が、何の役に立つというんだ。実家が大きな商家であるカスパルならまだ、そっちの人脈とか生かして頼りになるとかあるとしても。


「本来なら、皇帝陛下の弟って一番名代とかになれる人でしょう?」

「それ、本来ならですけど」

「だから、きちんと改心されたなら、そういう風にお手伝いしてもらうこともあるのかしらって思っただけなの」

「真綾さん、ただの兄弟喧嘩じゃないので、流石に簡単に外には出せないですよ……」

「……それもそうね」

「……真綾さん……」


 ワタシの説明に納得したのか、真綾さんがぽんと手を打って頷いた。ダメだ。もういつもの天然ぽやぽやの真綾さんだ。察しの良いお姉さんモードが終わってしまった。

 真綾さんの言いたいことも、わからなくない。確かに、唯一の皇族男子であるテオドールは、アーダルベルトに何かあったときに名代になれる。単に男子というだけでなく、年齢が近いのも理由になるだろう。幼すぎると名代としては頼りないし。

 ただ、何度も何度もクーデターを企てるようなアンポンタンを名代に立てるのは無理だ。そもそも、現在進行形で監禁中のあの男を外に出せる理由が存在しない。それこそ、覇王様が危篤で次期後継者を指名するとかでないと無理じゃないだろうか。

 いや、仮にそんな状況だったとしても、そこでテオドールを引っ張り出すのはやっぱり難しいと思う。各方面から物凄く反発があると思うんだ。……主に、長兄を敬愛しまくってる妹君辺りから。

 あ、考えるの止めよう。何かこう、血の雨が降りそうな未来が見えたから、考えたくない。普通に怖い。テオドールが弱いとは思わないけど、リミッター解除して殺す気で襲撃しそうなクラウディアさんを想像したら、めっちゃ怖かった。


「でもとりあえず、未結ちゃんの肩の荷は一つ降りたのね?」

「……へ?」

「今までずっと、そうならないで欲しいって思ってたんでしょう?」

「……あー、うん。起きなきゃ良いなって思ってたから、起きないってわかってすごく安心してる」

「ならもっと、素直に喜べば良いと思うわよ」

「あはは……」


 真綾さんの言うことはもっともだ。嬉しいときは素直に喜べば良い。わかってるんだけど、手放しで喜べないのは何でだろうか。

 多分、ワタシはゲームのアーダルベルトを知っているからだ。好き放題に介入して、未来をねじ曲げてここにいる。苦しい思いをしてほしくなくて、自分に出来る範囲で最良を目指してきた。

 でもそれはあくまでワタシの理屈であって、誰かの生き方を勝手にねじ曲げるのが正しいのかと言われると、ちょっともやもやはする。するけど、選んでここにいるのだから、うだうだ考えても仕方ないんだけど。

 いざ目の前で巨大イベントが消滅すると、本当に良かったのかと一瞬悩んでしまうのは、いつものことだ。あと、まだ実感が湧いてないのもある。本当に大丈夫だと確信が出来ないからかもしれない。


「頭使うのはワタシの仕事じゃないのになぁ……」

「そうかしら?未結ちゃん、結構頭脳労働に分類されてると思うわよ」

「してないですー」


 小難しいことを考えると頭がパンクしそうになるので、もう考えるの止めておこう。今の段階でテオドールが動いてないなら、クーデターイベントは消滅したと思って良いはずだ。そうだと思っておく。


「真綾さん」

「なぁに?」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 こんなぐだぐだな話を嫌がらずに聞いてくれて、ありがとう。ワタシを否定せずに側にいてくれて、ありがとう。優しい真綾さんがいてくれるから、アーダルベルトたちにすら吐き出せない本音を口に出来る。とても、ありがたい。

 思うにワタシは、人に恵まれているのだ。それは、この異世界に吹っ飛ばされたワタシの、最大の幸運なんだろう。そう思った。




 色々吐き出したらすっきりして、その夜はとてもよく眠れました。睡眠大事!





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