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「ハンナちゃんって、昔からテオドールと仲良かったの?」


 ちょっと気になったので質問をしてみたら、ハンネローレちゃんは不思議そうに首を傾げた。そういう姿も大変可愛い。素晴らしい。可愛い美少女、やっぱり最高だと思う。お姫様ってこういう感じだよね。

 ワタシがこんな質問をしたのは、ここの兄妹関係がどうなってるのかがさっぱりわからないからだ。

 基本的に、妹ちゃんたちが長兄であるアーダルベルトを慕っているのはわかる。クラウディアさんが変な拗らせ方をしているのはアレだけども、妹たちは兄を慕っている。それは間違いない。

 で、テオドールは、アーダルベルトに対して劣等感を拗らせたのか何なのかわからないけど、ほぼ逆恨みレベルの敵愾心を抱いていた。抱いていた、と言えるのはありがたい。どうやら今のあいつは心を入れ替えたようだから。……ハンネローレちゃんの言葉を借りるなら、昔のテオドールに戻ったってことっぽいけど。

 クラウディアさんは昔からテオドールが嫌いで、エレオノーラ嬢はバカをやるまえのテオドールは嫌っていなかった感じ。そして、ハンネローレちゃんは、バカをやった後のテオドールのことも普通に好きなように見えた。

 奴がやらかしたバカがどれだけヤバいことかを、ちゃんと理解しているにもかかわらず。それは、それだけ仲が良かったってことなのかなと思ったのだ。

 何せ、覇王様の妹周りの情報は、ワタシには全然ないのだ。

 ゲームで彼女たちが出てきたのなんて、アーダルベルトのお葬式イベントのときぐらいだもん。それも、遠い場所から映してる感じのムービーでちらっと見えただけ。皇太后様の周囲に女性が何人もいるなって感じで。

 その程度の情報しかないので、ここの兄妹の関係が全然わかっていない。エレオノーラ嬢とはちょこちょこ話はするけど、ここまで無条件にテオドールの味方をすることはなかった。そういう意味で、ハンネローレちゃんは異質だ。


「どういう意味でしょうか?」

「あいつがやったことを理解して、それでも普通にあいつのことを好きみたいだから。昔から仲が良かったのかなって」

「私は末っ子なので、昔からお兄様もお姉様も可愛がってくださったんです」

「あー、末っ子に甘いの法則かぁ……」


 はにかんだような笑顔で告げられた言葉に、ワタシは遠い目をした。その法則は、我が家では発動しなかったんだよねぇ。

 いや、兄弟仲は良かったですよ。でも別に、末っ子の妹がめっちゃ可愛がられたという感じではなかったなぁ。兄弟間では、気の合う相手と仲良くしてる感じだったもんなぁ。

 そんなことを考えていたら、アーダルベルトが口を挟んできた。


「テオドールは、ハンネローレを特に可愛がっていたからな」

「え?そうなの?」

「あぁ。あいつが可愛がっていた妹は、間違いなくハンネローレだ」

「……末っ子だから?」

「いや、違う」


 ハンネローレちゃんから聞いた理由を口にしたら、アーダルベルトは頭を振って否定した。末っ子のハンネローレちゃんが兄姉から可愛がられていたのは事実だけど、どうやら別の理由があるらしい。

 それは彼女も思わなかったのか、驚いたようにアーダルベルトを見ている。続きを待つワタシとハンネローレちゃんに、覇王様は厳かに告げた。

 ……割と、身も蓋もない現実を。


「ハンネローレが一番素直で可愛い、妹らしい妹だったからだ」

「……は?」

「……え?」


 大真面目な顔で告げられた言葉に、ワタシもハンネローレちゃんも呆気にとられた。何を言われたのかよくわからなかった。妹らしい妹ってなんだろう。いや、確かに彼女はとても可愛らしい、皆の妹という雰囲気があるけれど。

 当事者のハンネローレちゃんは、ワタシ以上にわかっていないようだった。困惑した顔でアーダルベルトを見ている。……そんな顔も可愛らしいとか、最強ではないだろうか。


「あの、お兄様……?」

「最初の妹がアレだったからな。余計に、お前を可愛いと思ったんだろう」

「「……」」


 追加の説明をしてくれたけど、やっぱり身も蓋もなかった。

 最初の妹というのは、クラウディアさんのことだ。年齢が近く、同母の妹。普通なら可愛がる対象になっただろうけど、ならなかった。多分、クラウディアさんの性格に原因があると思う。

 今の彼女は、敬愛する兄上への忠義に感情の全部を振り切っているような、度を超したブラコンの持ち主である。リアル宝塚な男装の麗人。魔法も剣術もこなすバリバリの戦闘派。血の気の多さと覇王様への感情の突き抜けっぷりは、エーレンフリートに匹敵するという逸材だ。

 ……逸材というか、規格外かな……?どう考えても、皇女殿下と呼ばれて育ったヒトじゃないよね。ツッコミが追いつかないやつだ。何であんな風に育ったのか、教育係の皆さんはどうしていたんだろうと心配になる。

 というか、もしかしてクラウディアさんは、ご幼少のみぎりからあんな感じだったのか……?え?マジで?


「あいつは子供の頃から強くなるために精進し、姫君らしい所作とは無縁だった」

「それで良いの!?」

「公式の場できちんとした対応が出来るなら、普段は何をしていても問わない教育方針だったからな」

「……あー、アンタが騎士団の訓練に潜り込んでて許されるぐらいには、自由だったんだね」

「出来る範囲での自由を与えるというのが両親の方針だったようだ」

「……なるほど」


 あくまでも出来る範囲でってのがミソだけども。それでも、型にはめずに自由に育ててくれたご両親ということか。親の情報はあんまりないからなぁ……。でもまぁ、優しい両親だったんだろう。

 ただ、それでもやっぱりクラウディアさんをあのまんま放置したのはどうかと思う。せめてもう少し何とか修正できなかっただろうか。格好良い麗人って感じで惚れ惚れするけど、でも、肩書きが皇女様とか皇妹殿下とか言われたら、ギャップがヒドい。

 ん?クラウディアさんはアレだから仕方ないとして、エレオノーラ嬢はどうしたんだ?彼女はワタシと同好の士である部分を除けば、お姫様だと思うんだけども。


「エレオノーラはテオドールに興味が無かった」

「興味が無かったって……」

「兄より姉の方が良かったのだろう。クラウディアを追いかけていたからな。あまり接触してないはずだ」

「マジか……」


 まさかの眼中に無かったという事実に、ちょっとだけテオドールが不憫になった。二人目の妹はちゃんと妹らしいと思ってたんだろうに……。まさかの興味を持たれなかったとか……。

 いやでも、男女ならそういうものなのかな。うちの場合はあんまり関係なかったけど。ワタシも弟も、兄さんとゲームして、姉さんと漫画読んでたもんな。妹が出掛けるときは兄さんが護衛っぽいことしてたし。

 結局、重要なのは性別とか年齢じゃなくて、性格とか趣味の相性なのかもしれない。それを思えば、まぁ、エレオノーラ嬢がテオドールをスルーしたのは仕方ないのか。格好良いお姉様が側にいたもんな。そっちに目がいってもしゃーない。


「で、そんな上二人と違って、ハンナちゃんは素直で可愛い妹だった、と?」

「多分な。ハンネローレは俺たちに満遍なく懐いていたが、テオドールが可愛がっていた妹はハンネローレだけだ」

「まぁ、クラウディアさんは可愛がれないでしょ。攻撃されるんだし……」

「あの二人が顔を合わせると、空気が変なことになってな……」


 ふっと遠い目をするアーダルベルト。彼にとってはどっちも可愛い弟妹なので、一触即発になる二人に困っているようだ。いやまぁ、クラウディアさんの沸点が低いのはアレだけど、テオドールがやらかした内容が内容だから、仕方ないと思うよ。

 ……クラウディアさんのキレッぷりは、ちょっとヤバいけど。あの感情、絶対に兄に向ける妹のそれじゃないもん。ただの忠臣のクソ重い忠誠心だもん。


「テオドールお兄様は、私が植物の世話をしたり、刺繍をするのを側で見ておられることが多かったんです」

「見てるだけ?」

「時々お話をしてくださいました。でも、基本的には側で見守ってくださっていました」

「そういう静かな時間が好きだったのかな……」


 ハンネローレちゃんは、小さく頷いた。アーダルベルトの背中を追いかけて必死に足掻いて、結局拗らせたテオドールしか知らないワタシとしては、不思議な気分だ。そんな風に、ただ静かに妹と過ごす時間を好む兄でもあったのか。

 あぁ、でも、拗らせる前のテオドールはそういうところがあった。

 一人で何でも出来るアーダルベルトと違って、誰かと何かをすることが出来るタイプだった。自分に足りない部分を他の誰かに頼れる性格だった。適材適所で他人を配置出来ても、自分の手助けを腹を割って頼むのが苦手な兄と、正反対で。

 だから、カスパルと仲良くなったんだもんな。自分にはない外の世界の知識を持つ相手という意味でも。……改めて考えると、あの男、拗らせて暴走してなければ、マジで普通に有能な補佐役になったんじゃないだろうか……?


「アディ」

「何だ」

「お前の弟、本当に残念な男だな」


 思わず、本当に思わず言ってしまった。アーダルベルトは不思議そうな顔でワタシを見る。すまん、相棒。本音がこぼれただけなんだ。


「いきなり何だ?」

「いや、うん、再確認しただけ。テオドール、めっちゃ残念すぎる」

「俺の可愛い弟なんだが」

「未だに可愛いって言うアンタの頭はおかしいと思う」


 あれだけアホなことをやらかした弟を、それでも可愛いと言えるアーダルベルトの神経はよくわからない。普通に考えて、何一つ可愛くないです。自分に対してクーデター企てまくる弟の、いったいどこが可愛いんだろうか。教えて、偉いヒト。

 ……あ、ダメだ。アーダルベルトが偉いヒトだ。この国で一番偉いヒトが、一番その部分に関してポンコツだった。世知辛い。

 そんな風に雑談を楽しんでいたら、楽しい時間の終わりが迫ってきていた。アーダルベルトは仕事に戻らなければならないし、ハンネローレちゃんも顔を出す場所があるのだとか。皇族のお二人は忙しいのだ。ワタシと違って。

 楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎちゃうんだもんね。仕方ないな。


「ハンナちゃん、今日は本当にありがとう。わざわざ呼び寄せちゃって本当にごめんね」

「いいえ。ミュー様にお会いできて嬉しかったです」

「それなら良かった。今度は、ノーラちゃんも一緒にお茶でも楽しもうね」

「はい、喜んで」


 ちょいちょいワタシと遊ぶために学園都市からやってくるエレオノーラ嬢。その予定に合わせてハンネローレちゃんを呼べば、姉妹の再会も一緒に出来てお得だと思う。

 優しく穏やかな、可愛い可愛いお姫様。心のエネルギーが補給された気がする。癒やしキャラがまた増えました。ありがとう。癒やしは大事だよ。




 別れ際、お土産として渡された刺繍入りのハンカチのクオリティが凄すぎて、プロになれそうだなと思ったワタシでした。彼女の刺繍は趣味じゃなくて特技だった。




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