120
てくてくてくとワタシは歩く。少しばかり小走りになるのは、隣を歩くアーダルベルトの歩幅に追いつくためだ。とはいえ、足の長さが全然違う覇王様は、一応ワタシに合わせていつもよりゆっくり歩いてくれている。
ただの移動ならば米俵のように担がれるのがデフォのワタシであるが、今日は違う。……何でか知らないけど、覇王様と二人で庭の散策である。ようはお散歩だ。
息抜きに休憩しろとおやつを持って突撃するのがワタシの日常なんですけど、今日は素直に息抜きをするつもりになったらしく、散歩に付き合えと言われました。まぁ、お城のお庭って広いから、ゆっくり歩いたら適度に時間が過ぎるよね。お花も綺麗だし。
一つ気になるのはいつも側にいる近衛兵ズがいないこと。護衛役でもあるので側にいようとした彼らを、アーダルベルトは追い払った。お城の庭だし、自分がいるから護衛は別にいらないとかそういう理由で。
いや、確かにその通りなんだけども。普通に
何かこう、何かありそうな気がするじゃないですか。普段と違う行動を取られると警戒しちゃうの、仕方ないと思う。ワタシはアホだが、それでも一応色々と学習はしているのだ。
「ミュー」
「何?」
散歩の途中で、アーダルベルトがワタシを呼ぶ。それまでの雑談と、声音が違った。真面目な声だ。……嫌な予感が当たったってことかなぁ。でも、何を言われるのかはさっぱりだ。
ただ何となく、近衛兵ズを遠ざけて、真面目な声で告げてくるお話が、良い話な気がしないだけ。そんなワタシの勘は、今回は当たったらしい。
「お前、何を隠している?」
静かな声だった。咎めるわけでも、責めるわけでもない声だった。ただ、純粋に疑問に思って問いかけてきているだけとわかる声。……だからこそ、ワタシには重かった。
何も隠していないと、即座に答えることが出来なかった。その段階でワタシの負けだ。見下ろしてくるアーダルベルトの視線から、逃げるように目を逸らした。逸らしたところで、ワタシを見つめる視線が外れることはなかったけれど。
ぽすん、と大きな掌が頭に触れる。そのまま、髪を乱さない程度の力で撫でられる。子供をあやすみたいなそれを、ワタシは黙って受け容れた。
あぁ、もう。何で気づくかなぁ。いや、確かにワタシはわかりやすいし、誤魔化せてなかった部分も多いだろうけど。気付かないふりをしてくれても良いじゃないか。そういうところは、全然優しくない。
「あの日の言葉を、そっくりそのまま返してやる」
「へ?」
何を言われたのかわからず、呆気にとられる。思わず見上げたワタシに、アーダルベルトは楽しそうに笑っていた。
あの日の言葉ってなんのことだろう。思い当たるものがなくて首を傾げたら、むにっと頬を摘ままれた。痛くないけど、引っ張るのは止めて欲しい。伸びるから。
「自分で言った言葉を忘れたのか?困ったやつだな」
「だから、何の話だよ」
「お前が言ったんだろうが。共に背負う、と」
「……あ」
呆れたような表情で、けれど目だけはひどく優しいまま、アーダルベルトが告げる。その言葉は、確かにワタシが言った台詞だった。
キャラベル共和国との戦争の前の話だ。ワタシの《予言》でアーダルベルトが動くなら、それに伴って生じる諸々を一緒に背負う、と。何も出来ないワタシだけれど、覚悟だけは同じように背負うと言った。
言ったけれど、まさかそれが、こんな風に返ってくるとは思わなかった。思わずぽかんとしてしまう。そんなワタシを、アーダルベルトはやっぱり呆れたような顔で見ていた。
「お前が俺と同じものを背負うと言うなら、逆も同じだろう。一人で抱え込むくらいなら、さっさと吐き出せ。バカの考え休むに似たりと言うだろう」
「……言い方が全然優しくない」
「結局は同じことだろうが。ほら、さっさと白状しろ」
「そこはもうちょい労りに満ちた言い方ってもんがあるでしょーが」
本当に、全然、何一つ優しくない。というか、ワタシの扱いが雑だ。物凄く雑だ。慰めてくれるとか、心配してくれるとかですらなかった。ヒドい相棒だ。
……でも、壊れ物にするみたいにされると、それはそれで居心地が悪いので別に良い。友達に隠し事をするんじゃない、みたいなノリで言ってくる覇王様だ。いつも通りの口調に戻ってる。
あぁ、まったく。これだからこの男は嫌なんだ。少しぐらい恰好付けさせてくれたって良いじゃないか。ワタシだって、良い恰好をしたかったのに。そういうのを許してくれない悪友様だ。
「何についてなのか、検討はついてるの?」
「テオドールが絡んでるだろうということぐらいは、わかっているが?」
「あー、やっぱりバレてたかー」
「あんなにわかりやすい反応をしておいて、バレないと思ってたのか」
相棒は身も蓋もなかった。確かに、色々とわかりやすいワタシではありますけど。一応気を遣って黙っていたのに、黙っている方が悪いみたいに言われるのは心外である。
まぁ、それでも一応、二人きりで聞いてくるぐらいの配慮はしてくれたらしい。ワタシの言いたくないという気持ちを、多少は考慮してくれてるってことだろう。……ただし、聞かないという選択肢は用意しなかったらしい。その辺は容赦がなかった。
「で?」
「…………あー、ワタシの知ってる未来だと、今ぐらいにテオドールがまたクーデターやらかすんだよね」
「あいつは外部との連絡さえ制限されているのにか?」
「どうやって抜け出したとかは知らないよ。ワタシが読んだ本ではそうだったんだもん」
「なるほど……。だからあいつの近況を知りたがったのか」
「うん」
何も嘘ではないので素直に頷いた。起きるかもしれない事件について確認したかっただけなのは、事実だ。あんまり気持ちの良い話題じゃないからね。言いたくなかったワタシの気持ちもわかってくれるだろう?
「他に何がある?」
「へ……?」
「その程度のことでお前が言いよどむわけがないだろうが」
「何故そうなった!?」
「何故も何も、普段のお前ならばその程度なら普通に話すだろう。あえて黙っていたからには、他にも理由があるはずだ」
「……マジですか……」
相棒が聡すぎて辛い。事実をきちんと答えたのに信じてもらえなかったとかなら、まだ良かったのに。追加情報があるから黙ってたんだろと見抜かれるとか、あまりにも悲しい。何でこの覇王様は察しが良いんですかね?
嫌そうな顔をしていたんだろう。面倒くさそうにむにっと頬を引っ張られた。痛くない程度にだけど。止めろ、伸びる。
「さっさと白状しろ」
「悪者みたいに扱うなよ!」
「友人に重要事項を隠すような所業は悪で良いだろ」
「理不尽!」
こっちにはこっちの理由があるというのに。理不尽にもほどがある。
とはいえ、ここでだんまりを決め込んでも意味がないことぐらいはわかっている。仕方ないので、ため息を一つ吐いてから口を開いた。
「ワタシの知ってる世界では、そのクーデターのときにテオドールは死んでるんだよ」
「……ほぉ?」
「ワタシはあいつのこと気にくわないけど、アディは可愛がってるからさ。弟の死に関係する話なんて聞かせるのもアレだなと思ったの」
ワタシの説明に、アーダルベルトは何も言わなかった。ただ、じっとワタシを見下ろしている。えー、何でまだ凝視すんのさー。ちゃんと説明したじゃん。
無言なのが居心地が悪くて視線を逸らしたら、頭を鷲掴みにされた。痛くはないけど、動けない。そのまま、視線が合うように顔を固定される。
「アディ?」
「全部吐け」
「……何がだよ」
「それで終わりではないだろう。お前が言いよどむほどの何があった」
「……うぅ」
もう嫌だ。相棒の察しが良すぎて辛い。しかも今は助けてくれる相手が一人もいないから、余計に。何でこんなことになってんだ。
「ミュー」
誤魔化すなと言うように名前を呼ばれた。別に誤魔化してるわけじゃないんだけどな。確かに言ってないことはあるけど。何でそれを見ぬいちゃうんだと言いたいだけだ、ワタシは。
「もう殆ど喋っちゃったよ」
「ミュー」
「ただ、テオドールの死因を黙ってただけで」
「何が起きるはずだった」
問いかけてくる声は静かだった。表情もいつも通りだ。でも、ワタシの頭を固定してる手の力は緩んでくれないし、見下ろしてくる瞳は怖いくらいに真剣だった。
自分から藪を突いて嫌な話題に触れたりなんて、しなければ良いのに。平然とそれをやってのけるから、アーダルベルトなんだろうなと思った。
「アンタがその手で殺すことになった」
なるべく感情がこもらないように注意して、一息で告げた。気分の悪い話だ。誰より弟を可愛がっていたのに、その手で殺さなければいけなかったなんて。全部全部、考えなしのテオドールが悪いのに、苦しむのはいつだってアーダルベルトだ。
こんな話を聞かせることすら、したくなかった。アーダルベルトがどれだけテオドールを可愛がっているかなんて、嫌でも知ってる。どんな馬鹿げた行動を取っていても、それでも可愛い弟だと思ってる。そんな彼に、聞かせたい話じゃなかった。
アーダルベルトの顔が見れなくて、目を閉じる。頭は固定されてるから、視界から相手の姿を消すには瞼を閉ざすしかなかった。アーダルベルトは何も言わない。それだけ、重い内容だったってことなんだろう。
しばらく無言が続いて、不意に頭を掴む手から力が抜けた。代わりのように、軽く撫でられる。そろりと瞼を持ち上げたら、呆れたような顔の覇王様と目が合った。
……え?何で?
「お前は本当に、妙なところで気を遣いすぎるな」
「何が?」
「それはお前が防いだ未来だろうに」
「……え?」
「お前があのときテオドールのクーデターを未然に防ぎ、既に道筋は変わっている。だというのに、何故起こりもしない出来事を俺が気にすると思った」
「……は、い……?」
意味がわからなくて首を傾げた。こいつ、何言ってるんだろう?
いやだって、普通に考えて気分の良い話じゃないよね?自分が可愛がってる弟を殺すかもしれなかったなんて、誰が聞いても嬉しくない話だ。だから黙ってたのに。
それなのに、何でこいつは今、ワタシの話を鼻で笑い飛ばしているんだろうか。全然わからない。
「お前がいて、そんな最悪な未来が起こるわけがないだろう?」
茶目っ気たっぷりに言われて、思わず呆気にとられた。
こいつは何を言っているんだろうか。ワタシは無力で非力なバカな小娘で、多少知識があったところで出来ないことの方が多い。確かに未来を幾つもねじ曲げてきたけれど、実際に行動してるのはアーダルベルトたちだ。ワタシじゃない。
だから本当に、ワタシがいたところで出来ないことはたくさんある。たくさんあるし、むしろダメダメなことの方が多い。それなのに……。
それなのに、そんなワタシを信じてくれる。大丈夫だと信頼してくれる。……それが、どうしようもなく嬉しかった。
「あんまり買いかぶらないでよ。ワタシ、アホなんだから」
「そうだな」
「今の流れで肯定するか!?」
「お前がアホなのは事実だから仕方ない」
「この野郎……!」
ちょっと真面目な感じだったと思ったら、すぐにいつものアーダルベルトに戻ってしまった。優しさが足りない!身も蓋もない!
でもまぁ、そんな風に信頼されるのは悪くない。最悪の未来を、皆と一緒にねじ曲げることが出来るんじゃないかって思えるから。ちっぽけなワタシの悪あがきが、確かにこの世界を変えていると実感できて。
うん。
「まぁ、アホなりに頑張るよ。皆が笑って、めでたしめでたしで終われるように」
「期待している」
「はいはい」
未だに自分に死が迫ってる実感を持っていないっぽい覇王様。でも、それがワタシを信じているからだというなら、悪くないと思った。完全無欠でも孤高でもない、ワタシ相手にじゃれてくる悪友に信頼されているのだと思うと。
運命の時まで、あと2年。
まぁ、皆と一緒に出来ることを頑張りますよ。焦らず、1歩ずつ、確実に。それがきっと、願った未来を手に入れるための大切な何かだと思うから。
とりあえず、重大イベントが一つ消えたことを噛みしめながら、お茶でも飲もうか?なぁ、親友?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます