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「蓮根の天ぷらマジ美味しい……」
キャラベル共和国より届いた蓮根を、シュテファンが色々な料理にしてくれた。そもそも、今まで食べられてこなかった食材なので、とりあえずはワタシが知っている調理方法を伝えている。それにしても、旬の食材は美味しいと言うけれど、この蓮根は本当に美味しい。
もっしゃもっしゃとワタシが食べているのは、蓮根の天ぷらだ。皮を剥き、酢水に浸けてあく抜きをした蓮根を天ぷらにしたもの。味付けは、揚がったら塩をかけている。シンプルイズベストだ。勿論、天つゆで食べても美味しいのだけれど、ワタシは塩で食べたかったので。
外はカリっと、中はもっちりという二つの食感が楽しめるのも良いところだ。蓮根って、歯ごたえがあってシャクシャクしてるけど、同時になんかこう、ちょっともっちりしたところあるよね。その食感が好きなのでワタシは美味しいと思って食べてるけど。
「ふむ。見た目から食えるとは思っていなかったが、普通に美味いな」
「お前、ワタシが不味いモン要求すると思うか?」
「思ってないから食ってる」
「なるほど」
ワタシの隣では、アーダルベルトが蓮根餅を食べている。すり下ろした蓮根に細かく刻んだ具材と片栗粉を混ぜて形を調えて、揚げた後にとろみのあるタレをかけてある手の込んだ料理だ。野菜もとれるし腹持ちも良いし、小鉢としては大変魅力的な一品だと思う。
……まぁ、大食いのアーダルベルトにはこぢんまりとしたサイズの蓮根餅では足りないらしく、めっちゃお代わりしてるけど。いや、良いんだ。ワタシの分は確保してあるから問題ない。大丈夫だ。
他の料理は、挽肉を二枚の蓮根で挟んで揚げてある挟み揚げに、お出汁がよくきいてて美味しい筑前煮。人参と蓮根で作った甘辛いきんぴら。あと、蓮根チップス。基本的にワタシは、蓮根をメインとして使うと言うよりは、炒め物とか煮炊き物に添える感じで育っているので、他にはあまり詳しいレシピを知らないのである。
というか、我が家で一番蓮根を消費してたのは天ぷらだったんだもんよ。シンプルだけど美味しいんだよ、蓮根の天ぷら。
「料理長が、今後はもっと他の料理に使えるように精進すると申しておりました」
「そうか。そもそも見知らぬ食材だ。無闇に急く必要は無いと伝えよ」
「承知いたしました」
アーダルベルトの前で恭しく一礼するのはシュテファンだ。普通なら、どちらかというと若手下っ端に分類されるシュテファンがこんな風に皇帝陛下と言葉を交わすことはないらしい。が、今回は事情が異なるので適任者はシュテファンである。
だって、ワタシがレシピ伝えて作って貰ったの、シュテファンだし。いつものことです。だってー、シュテファンが一番頭柔らかいんだもーん。何言い出してもとりあえずはやってみようってしてくれるし。……タコとの初対面だけはアレだったけど。
ちなみに、ワタシたちの側に居るので近衛兵ズとユリアーネちゃんは巻き添え決定で普通に試食会に参加している。それはいつものことだから別に良い。そう、そこは、良い。
……問題は。
「姉様、こちらの筑前煮も美味しいですわ」
「ふむ、いただこう。エレオノーラ、このチップスはとても食べやすいぞ」
「まぁ、本当ですか?」
和気藹々と蓮根料理を食べている皇妹殿下ズがいることだろう。何でこの人たちいるん……?呼んだ覚えないんだけどな、ワタシたち……。
ちらりと視線を向けたら、アーダルベルトはすっと目線を逸らした。俺は知らんとでも言いたげな態度である。いや、お前の妹たちだろ。何を他人事みたいな反応してんだよ。こっち向け、くらぁ。
「あの二人が考えていることが俺にわかるわけがないだろうが」
「何でそこで威張んだよ」
蓮根餅から筑前煮に目標を変更したらしい覇王様は、ワタシのツッコミにもどこ吹く風だった。そりゃまぁ、兄妹といえど別の存在だし言いたいことはわかるけど。だからって、試食会に皇妹様たちが普通に交ざってるこの状況がどんだけ変かぐらいは理解して欲しい。主にワタシの精神衛生上の問題で。
いや、個人的なことを言わせて貰うと、エレオノーラ嬢がいるのは別に良いんだ。彼女とはまだしっかり話をする時間は取れていないけれど、同士だし。同じように腐を嗜む者ならば、そのたった一つの共通点だけで他の障害全部消える程度には仲良くなれると思うし。
問題は、クラウディアさんの方である。兄を敬愛しすぎて感情全部忠誠に振り切ってるような強烈なブラコンの皇妹様とか、どんなやねん。しかも彼女は、アーダルベルトの親友であるという一点のみでワタシにもその重すぎる感情を向けてくるのだ。……小市民なワタシとしては、色々と落ち着かない。
ただし、クラウディアさんが嫌いなわけではないのも事実である。リアル宝塚みたいな男装の麗人なお姉さんは格好良くて好きだ。だから、遠目に鑑賞してる分には眼福なのである。しかし彼女はワタシ相手にも忠義全振りみたいになるので、ちょいとばっかり苦手意識が発生してしまうのだ。
そんな風にちらっと視線を向けていたのに気づかれたのだろう。クラウディアさんがこっちを見て、凜々しい微笑みを浮かべたまま一礼してきた。……本当、遠目に見る分にはめっちゃ眼福なんだけどなぁ、このお姉さん……。
「兄上」
不意に、クラウディアさんがアーダルベルトを呼んだ。口の中に筑前煮が詰まっていた覇王様は、それをもぐもぐごっくんときちんと咀嚼してから妹に向き直る。……お前凄いな。大鉢の中身が半分ぐらい入るんだ……。どんな大きな口なの。赤ずきんの狼さんの口なの……?
「この蓮根ですが、離宮にも回していただけますか?」
「ん?あぁ、好きなだけ持って行けば良い」
「ありがとうございます。母上たちに食べさせて差し上げたいので」
それは、ごくありふれた会話だった。ごく普通の、娘が親を思い、兄にちょっとした頼み事をするという、どこまでも普通の。……それなのに、何故か、アーダルベルトとクラウディアさんの表情は会話にそぐわない不思議な笑みだった。何で?
そんなワタシの疑問を解消するように、アーダルベルトが口を開いた。眼前で微笑む妹に向けて、彼は問う。
「戻るのか」
「はい」
「そうか」
たったそれだけの短いやりとり。そこにどんな意味があるのかは、ワタシにはわからない。ただ、クラウディアさんが
そっか、戻るのか。だからお母さんにお土産をと思ったのかな。なのに何でこう、微妙な空気になってるんだ、この兄妹は?よくわかんない。
「ライナーさん、通訳よろ」
「俺ごときがお二人の考えを代弁するのは恐れ多いのですが」
「いやでも、アディ今通訳してくれるつもりないですやん。真面目に会話してるし。だからお願い」
「……確証はありませんが」
そろそろーっとアーダルベルトから離れてライナーさんの隣に移動する。小声でお願いしたら、覇王様ともその妹様たちとも付き合いの長い近衛兵のライナーさんは、困ったような顔をする。それでも重ねてお願いしたら、聞いてくれた。
「おそらくは、この蓮根を手土産に、離宮には伝わりきっていなかったミュー様の人となりを皇太后様にお伝えなさるのかと思います」
「は?」
「ご自身が護衛を務めることは諦められたようですので、当初の目的であるミュー様の情報を持ち帰ることにされたのであろうと」
「待って?ちょっと待って?ワタシの情報を持ち帰るのが目的?ねぇ、そんな話聞いてない。ドウイウコト!?」
さらっと、しれっとライナーさんは恐ろしいことを言い切った。ワタシの情報を持ち帰るのが目的って、ワタシ、皇太后様に品定めされるの?むしろクラウディアさんそのために来てたの?どうして!?
「別段、皇太后様が品定めをされるわけではないと思いますよ。ただ、陛下の側近くに部下ではないどなたかがおられるのは珍しいことですから」
「珍しいんだ」
「はい。……ミュー様はお忘れかも知れませんが、陛下が今まで何のしがらみもなく友として他人を側に置かれたのは、貴方様が初めてです」
「…………あー」
静かな顔でライナーさんが告げた言葉に、ワタシは思わず遠い目をした。そういやそうだった。皇太子時代のパーティーメンバーの皆さんは確かに仲間だけれど、それでも彼らは皇太子の同行者に選ばれた存在なわけで、同胞ではあっても純粋な友ではなかった。あと、今では全員が覇王様の部下だ。
そこら辺を踏まえると、身分も立場も何も関係なく、ただお互いが友達だと認識して側にいるのは、ワタシが最初の一人と言うわけで。……下手したら最初で最後ってことになりかねん程度には、ガエリア帝国の皇帝陛下という立場は自由がない。国力が拮抗してる国々に年の近い王族がいたらまた別だったかも知れないけども。そもそもが、ガエリア帝国に拮抗する友好的な国とかねぇわ。大体どこもここより国力低いわ……!拮抗するのは敵だった!
つまりは、情報が完全には届かない離宮にいる皇太后様は、息子の初めての友達に興味津々なんだろうか。それはそれで嫌だな。皇太后様ってどんな人だったっけ。殆ど出てこないから性格が把握できない。アーダルベルトとテオドールとクラウディアさんを産んだ人なんだよな。……うん、どんな人かまったくわからん!
「では、母上にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい」
あ、挨拶終わったっぽい。なんだろうなー。じゃれてるときもあるんだけど、ちょいちょい距離が変なんだよな、この兄妹。……アレか。クラウディアさんの忠誠心全振りの強烈なブラコンのせいか。身内なのに主従っぽくなってるんだもんよ、雰囲気。……そしてまた、この二人のビジュアルが大変映えるというな……!威風堂々とした赤毛獅子の皇帝と、軍服が似合う凜々しい美貌のユキヒョウの男装の麗人とか、眼福以外の何でもない。拝んどこう。
そんなコトをしていたら、何故かクラウディアさんがこっちにやってきた。……え?
「ミュー様、御前を騒がせて申し訳ありませんでした。私はこれにて失礼させていただきますが、もしもお役に立てることがありましたら、遠慮無くお呼び付け下さい」
「……いやあの、呼びつけるとか、無理、なんですけ、ど……」
「それでは、機会があれば離宮にお越しください。母上も喜ばれます。そのときは精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「あ、はい。機会があれば……」
だから、何でこの人はワタシに対して好感度ぶっちぎってるのかわからない。助けて、誰か助けて!どう対応して良いのか解らないんだけど!アーダルベルトてめぇ、すっごいどうでも良さそうな顔して放置してんじゃねぇよ!お前の妹だろ!
深々と、まるで主君に対するソレのように恭しく一礼して、クラウディアさんは去って行った。……しれっとシュテファン連れて行っちゃったから、蓮根持って帰るのかな。皇妹殿下なんだけど……。
とりあえず、今は蓮根料理を堪能することにしよう。そうしよう。お帰り、ワタシの平穏な日常!
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