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 何でこんなことになってんだろう?

 良く晴れた昼下がり。王城の修練場にて、ワタシはそんなことを考えている。いやうん、真面目にね。何でこんな場所にいるんだろうなって思うわけですよ。非力へっぽこ非戦闘員のワタシには関係の無い場所だものよ!

 ワタシの目の前では、今日も素敵に男装が麗しいクラウディアさんが、ライナーさんを相手に手合わせを続行中である。あくまでも剣のみの手合わせだとかで、魔法の使用は無しで続けられている手合わせは、先ほどからずっとライナーさんの防戦一方である。……まぁ、気持ちは解る。

 クラウディアさんは、アーダルベルトの妹である。当人の強さを知っていようが、相手は皇妹殿下である。今の役職が女性騎士として皇太后様その他の護衛だったとしても、そもそもが彼女は護られる側の存在だ。貴族であり近衛兵でもあるライナーさんにとって、そんな彼女を相手に反撃するというのは多分、難しいのだ。色々と。


「何故手を抜く、ライナー!」

「抜いてなどおりません」

「純粋に剣術だけならば、お前が私相手に防戦一方なわけがあるまい!」

「……ッ」


 金属のぶつかる音が延々と聞こえる。その合間に聞こえるのは、ライナーさんを詰るクラウディアさんの台詞だ。無茶ぶりにもほどがある。ライナーさんの性格を考えたら、クラウディアさん相手に本気で斬りかかれるわけがないだろうに。

 アーダルベルトの同母の妹で先帝の第一皇女殿下であるクラウディアさんは、ユキヒョウの獣人ベスティだ。全体的に魔法を不得手としている猫科獣人の中で、例外的に高い魔法適性を持つ種族らしい。皇太后様がその稀少なユキヒョウで、クラウディアさんはその資質を見事に受け継いだらしい。……まぁ、当人は敬愛する兄上と同じ獅子に生まれたかったらしいが。ブラコン通り越して忠義に振り切ってる妹君怖い。

 ちらっと隣のエーレンフリートを見たら、ちょっとばかり不愉快そうな顔をしていた。……何だ、狼よ。何が気にくわないんだ?アレか?アーダルベルトの側からこっちに引っ張り出されたからか?仕方ないだろ。手合わせご希望の皇妹殿下は、君ら二人をご指名なんだから。


「違います」

「え?違うの?」

「俺はただ、ライナーが何故あぁも遠慮をするのかが解らないだけです」

「……解らないんだ」

「……お解りになられないんですね」


 真顔で言い切るエーレンフリートに、ワタシとユリアーネちゃんは思わず脱力した。凄いな、この狼。前から色々と大事なものが欠落してるアホの子だと思ってたけど、ここまで完璧に欠落してるとは。お前が色々配慮する相手は覇王様オンリーなのね?主君の妹だろうが、手合わせは全力って思考回路なのね?……おっ前、本当にブレないなぁああああ!

 不意に、甲高い音が聞こえた。視線を二人に戻せば、ライナーさんが手にしていた剣が弾かれたのか、地面に転がっている。どちらも息一つ乱していない。ただ、クラウディアさんは端整な顔立ちに不機嫌そうな表情を浮かべていて、ライナーさんは感情の読めない恭しい仕草で跪いている。ある意味、当然と言うべき光景だった。

 クラウディアさんに一礼すると、ライナーさんは地面に転がった剣を拾ってからコチラへ戻ってくる。勿論、剣はちゃんと鞘に収めている。そして、ワタシの隣にいるエーレンフリートの肩をぽんと叩いた。それで意思の疎通が終わったのか、エーレンフリートはすたすたとクラウディアさんのところへ歩いて行く。……あぁ、選手交代ですか。


「ミュー様、ユリアーネさん」

「ん?何、ライナーさん」

「何でしょうか、ライナー様」

「お二人とも、もう少しお下がりを」

「「え?」」


 いつも通りの穏やかな笑顔で、けれど有無を言わさずにライナーさんはそう言って、ワタシとユリアーネちゃんの身体を腕で制した。言われるままにとりあえず数歩下がったワタシ達は、次の瞬間、何故そんなことを言われたのかを理解した。

 先ほどまでとは違う、凄まじい風圧が、何故かこちらまで飛んできたのだ。


「……へ?」

「エレンはクラウディア殿下相手でも遠慮をしませんので……」

「……うわぁ」


 苦笑するライナーさんの視線の先では、エーレンフリートとクラウディアさんがガチバトルをしていた。ガチバトルである。むしろ、死合と呼ぶ方が相応しいのでは無いかと思うほどの気迫でやりあっている。

 ……というか、見えない。動きが速すぎて目で追えない。カンカンと剣と剣がぶつかり合う音は聞こえるけれど、実際動いている二人の姿は目で追えないのだ。残像すらマトモに捕捉できないんですけど。獣人こっわい。

 あと、相手が皇妹殿下でも遠慮容赦しないで斬りかかってるであろうエーレンフリートこっわい。あの狼本当に色々とネジが吹っ飛びすぎだろ。……いや、この場合クラウディアさんは本気で相手して欲しがってるから、良いのか……?


「あいつはまったく……」

「まぁ……」

「…………ライナーさんはともかく、ユーリちゃんも見えてんの?」

「え?はい。全ては無理ですけれど」


 呆れたようなライナーさんの台詞に被さる、ユリアーネちゃんの感嘆の声。恐る恐る問い掛けたら、今日も愛らしい三つ編みお下げのウサギ侍女ちゃんは、普通の顔で答えてくれた。やだ、獣人怖い。ウサギでもやっぱり動体視力とか良いんですね……。

 その二人によると、エーレンフリートはクラウディアさん相手でも容赦なく斬りかかっているらしい。そして、先ほど二人が声を上げたのは、エーレンフリートの剣がクラウディアさんの顔の横を掠めたかららしい。幸い怪我はしていないらしいのだけれど、皇妹殿下の顔面を狙うというアレすぎる行動に二人が呆気にとられたということらしい。……お前凄いな、エーレンフリート。

 まぁ、クラウディアさんもクラウディアさんで、めっちゃ普通に急所狙って攻撃してるらしいんだけど。大怪我しない、させない程度の配慮はどちらもしているだろうとはライナーさんの言。ワタシにもユリアーネちゃんにもその辺はさっぱり解らないので、ライナーさんの言葉が正しいことをただただ祈るばかりである。真面目に。


「それにしても、何でまたクラウさんは手合わせの現場にワタシを呼んだんですかね?」


 そう、それだ。特に用事も無いワタシは、念願だったイゾラ熱への対処法もゲットしたので平和を満喫する予定だったのだ。ヴェルナーやラウラには、必要な薬草とかちゃんと伝えたしな。ワタシが当面頑張る必要は無くなったので、のんびりごろごろしようと思っていたのに何故に修練場に連行されたのか。未だに説明はされていない。

 そんなワタシを、ライナーさんは不憫な何かを見るような顔で見て、答えをくれた。


「クラウディア様は恐らく、ミュー様の護衛を諦めておられないのですよ」

「……は?」

「我々との手合わせを望まれたのは鍛錬の一環ではあるでしょうが、己の実力を示したいというのもあるのでしょう」

「…………いやうん、その話は却下されてましたよね?覇王様によって」

「はい」


 思わずツッコミを入れたワタシに対して、ライナーさんは神妙な顔で頷いた。そうだ。どう考えても皇妹殿下が護衛役とかあり得ないのである。なのに何故か、当人だけがそれを理解していなかった。クラウディアさんのワタシへの好感度が謎すぎる。何故そうなった。

 そりゃ、確かに強い人だなぁと思うよ。同性の護衛役の方が便利ってのも解る。解るけど、ライナーさんで別に不自由してないし、むしろクラウディアさんの愛は重すぎて、四六時中一緒に居ると多分ワタシの心がすり減る。色んな意味で。

 無理無理とパタパタと手を振るワタシに、ライナーさんもユリアーネちゃんもさもありなんと言いたげに頷いてくれた。デスヨネー。解ってないのクラウディアさんだけですよねー。困るー。


「派手にやっているな」

「アレ?アディどうしたの?」

「様子見だ。クラウがアホなことを言い出していないかと思ってな」

「……お疲れさん」


 流石、兄妹。クラウディアさんのぶっ飛んだ思考回路を、アーダルベルトはちゃんと理解しているらしい。まぁ、アーダルベルト自身は普段から身体を動かすのに修練場に来ているので、姿を現しても別に騒ぎにはならないだろう。むしろ場違いはワタシとユリアーネちゃんだ。

 ……さっきから、離れた場所で鍛錬してる騎士さんの何人かが、ちらちらとユリアーネちゃんを見てるんだよねぇ。王城勤めなら侍女や女官の皆さんと接触することはあると思うんだけど。それでも自分達のテリトリーにうら若い乙女がやってきたのは気になるっぽい。

 まぁ、ユリアーネちゃん美少女だからね!三つ編みお下げの愛らしい、愛でたくなるようなウサギちゃんだからね!確かに目で追っちゃう気持ちは解るかな。でも悪いな。彼女はワタシの大事な専属侍女ちゃんなので、そんじょそこらの騎士程度にはやれぬのだ。


「ミュー様、何のお話ですか……」

「え?可愛いユーリちゃんを見てる騎士の皆さんには悪いけど、ユーリちゃんはワタシのだよって言う話?」

「まぁ……。私はミュー様にお仕えできるのが幸せなのですから、他のことなど……」

「そうなの?格好良いなぁと思う人とかいないの?」

「今は仕事が楽しいです」


 にっこり笑顔のユリアーネちゃん。それが本心かそうじゃないのかはともかく、ホッと一安心したワタシである。……いやだって、恋人とか好きな相手とかがいたら、いくら仕事だからって連日連れ回すの可哀想になるじゃない。勿論ちゃんと休日はあるけどさー。


「ところで、あいつらはいつまでアレを続けるつもりなんだ?」

「知らない」

「ライナー」

「どちらかが力尽きるまでは続きそうです」

「……まったく。暇なのか」


 やれやれと言いたげにため息をついたアーダルベルト。まぁ、言いたいことは解るけど。と言うか、力尽きるまで続ける手合わせってなんだろう。試合方式で審判連れてきてた方が良かったんじゃないだろうか。


「クラウは何か言っていたか?」

「何もー。ただ、ライナーさんの見立てでは、ワタシに実力を証明するみたいな部分はあるだろうって」

「だろうな」

「解ってたんかい」

「お前を呼び出した段階で想像はついた」


 八割面倒そうにアーダルベルトは言い切った。完璧に予想される皇妹殿下ってのもすげぇな。行動が先読みできるってことは、色んなもんがバレバレってことじゃねぇかよ。安定すぎるわ。

 クラウディアさんの何が怖いかって、彼女のアレはもう、ブラコンを通り越しているからだ。ブラコンとかシスコンとかも確かに面倒な性質だと思う。突っ走りすぎた人は、兄弟に近寄る相手を敵と見なすから。でもクラウディアさんのは、ブラコンの皮を被った忠義の大暴走だ。愛が重たい。何で実の兄妹でそうなった。

 ……と、いうか。


「もういっそ、あの二人くっついたら良いんじゃね?どっちも普通に結婚相手とか見つからない気がする」

「恐ろしいことを言うな」

「ミュー様、なんと言うことを仰るんですか」

「……二人して真顔で否定しなくても……」


 思いつきのお茶目な提案を、覇王様もライナーさんも全力否定してくれた。どっちも顔が怖い。真顔で、本気で、心底止めろと思っているオーラがダダ漏れである。……そうか。あの二人をセットにするとダメなのか。付き合い長い二人がそう思う程度には、ダメなんだね……?

 身分とかそういうの、どっちも気にしない気がするけど、そういう問題じゃないらしい。同じ価値観持ってそうだから、相性は良さそうなんだけどな……。


「暴走気質と暴走気質を掛け合わせてどうする」

「オマケに、どちらも容赦しませんよ、ミュー様。被害者が増えます」

「……お、おう……。了解……」


 そこまで言い切られるあの二人ってどうなんだろう……。でもまぁ、陛下至上主義アディマニアのエーレンフリートと、忠義全振り凶悪なブラコンのクラウディアさんだと、色々アレか……。見た目はどっちも良い感じなのにな……。勿体ない。




 なお、延々と続く手合わせは、アーダルベルトが二人を呼んだ瞬間にあっさり終わり、そのまま我々は楽しいおやつタイムへと突入するのでした。……護衛変更の話は全力で握りつぶして貰いました。




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