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「……つまり、その理事長殿から情報は貰ったが、よくわからん方向に気に入られた、と?」

「よくわからんというか、どう考えても玩具かな……」

「お前何しに行ったんだ……?」

「ワタシ悪くないからね!?あの魔王が悪いだけなんだから!」


 シュテファンお手製のカップケーキを食べながらワタシは力説する。呆れた顔のアーダルベルトには悪いが、これは完璧に不可抗力なのだ。あいつが起きてるなんて思わなかったし、そもそも向こうが勝手にこっちを玩具認定しただけで、ワタシは何も悪くない。


「とはいえ、あの方相手に啖呵を切られたからこそだとは思いますが」

「ライナーさんはワタシの敵なの!?味方じゃなかったの!?」

「俺はミュー様の護衛ですよ」

「是とも否とも言わなかった!ナニソレひどい!」


 背後からざっくり抉ってきたライナーさんは、ワタシの訴えにもいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべるだけだった。否定も肯定もしなかった。その辺に彼の性格が見え隠れすると思っている。……ライナーさんはワタシの護衛だけれど、もしも万が一ワタシとアーダルベルトが敵対したならば、容赦なくワタシの敵に回るだろう。この人は、穏やかに笑っているけれどその本質は貴族であり、騎士なのだ。務めの前には情を斬り捨てるタイプのイケメンである。……未来永劫味方でいてください。ワタシの心の平穏の為に。


「でもまぁ、一応イゾラ熱に関する情報は手に入れてきたから。後日治療薬に必要な材料はヴェルナーに伝えるよ」

「そうだな。現状それが確実な対処方法だろう」

「うん」


 のんびりと会話をしているように見えるかも知れないが、実は全然のんびりではない。隣の大食らいからワタシは自分のカップケーキを死守するのに必死である。シュテファンが作ってくれたのに!チョコチップ入りとかドライフルーツ入りとか、色んなの作ってくれたんだから、堪能させろし!お前の分はそっちの大皿だぁああああ!ワタシの皿の分に手を出すな!


「その赤いのはこっちに無かった」

「中に入り込んでるだけだよ!ベリー入りはお前の方にもあるよ!その左上のやつ!」

「む、そうなのか」

「そうだよ!ちゃんと同じように用意されてんだから、ワタシの分に手を出すな……!」

「解った解った。威嚇するな」

「させてんのはお前だ!」


 魔王様の相手で心労感じてるワタシの癒やしを奪おうとするんじゃない、このバカ!なお、言い合いをしているワタシ達の姿を見ているのに、ライナーさんとユリアーネちゃんはいつも通りの微笑みを浮かべていた。2人のスルースキル凄いなと思いました。安定だな、この2人は。

 そして、エーレンフリートは何かギリギリしているのだけれど、隣に座っているライナーさんの掌がその肩を抱くようにしてぐぐっと下に押さえつけているので動けないらしい。ライナーさん腕力強いよね。あとその構図ぐっじょぶ。あとでエレオノーラ嬢に教えてあげよう。

 この、普通なら絶対にあり得ないだろうけれどワタシにとってはいつも通りの日常が、大変心に優しいです。不意打ちで魔王とエンカウントしたことで、自分で思っていた以上にストレス感じていたらしい。あの魔王、本当に何考えてるのかわからないしな……。

 もっしゃもっしゃとカップケーキを食べていたら、隣の覇王様がめっちゃワタシの額を凝視していた。いや、確かにそこに目印付けられたって言ったけどな。言ったけど、見えてないだろ?魔法適正めっちゃあるエルフのユリウスさんですら何も見えないって言ってるんだから、お前に見えるわけないよね?


「見えんが、だからこそ余計に腹が立つと言うかな」

「何で」

「何でお前に目印が付いているのかという感じで」

「それにはワタシも全面的に同意するけど、何でお前が不機嫌なん」

「その目印が、確実にお前をおちょくる為だと解っているのがどうにも」


 むぅと小さく唸った覇王様ですが、相変わらずカップケーキを食べる手は休めなかった。お前、何だかんだで食欲旺盛だよね。いや、デカイ図体してるから、それを維持するためにも食べるのは普通なんだけど。成人済み男子の割に、甘い物でも何でも気にせずばくばく食べるのは個人的に不思議である。なお、酒はザル通り越して枠だと思います。

 何を不機嫌になってるんだか。そりゃ確かにあの面倒くさい魔王様に目印付けられてる現状は、ワタシも厄介だとは思っているけれど。それでもまぁ、一応は気に入られている方向なので、悪いようにはならないだろう。あいつがワタシを助けに来ることなんてなさそうだけどな。大体が、行動が制限されてるし。

 え?その制限の隙間をすり抜けるみたいにして何かしてきそう?うん、否定しない。否定しないけど、その事実はちょっと厳重に封をして心の奥底に沈めておこう。見つけちゃいけない現実である。


「あぁ、そうか」

「ん?」

「勝手に俺のものに名前を書かれた感じで不愉快なんだな」

「そうかそうか。……ヲイコラそこの悪友、ワタシはお前の玩具じゃねぇよ!」

「似たようなもんだろう?」

「くらぁあああ!」


 大真面目な顔で結論を出したと思ったらそこか、こんにゃろう!相棒とか親友とか悪友とかならまだ許容範囲だっつーのに、持ち物認定してんじゃねぇ!ワタシはお手頃な玩具じゃねぇよ!何が似たようなもんだ!何一つ似てないわ!

 べしべしと隣の巨躯の背中を殴りまくっても、全然微塵もダメージ食らってくれません。おのれ、この防御力の鬼め。ワタシ非力すぎて辛い。いっそ魔導具ぶっ放したいぐらいに腹立ったぞ、今のは!!!

 刺すようなエーレンフリートの視線は無視の方向で。アーダルベルト気にしてないし、何よりライナーさんが押さえつけてくれてるし。……それを振り払ってこっちに来そうになったら、多分首に腕回してぐえってさせるんだと思います。よくやってるし。

 そんな風にぎゃーぎゃーやってたら、1人我関せずという感じでずっと優雅にティーカップ傾けながらカップケーキ食べてたユリウスさんが、静かに口を開いた。……うん、実はユリウスさんいたんですよ。アーダルベルトと一緒に仕事してたので、まとめておやつ突撃したんですよね。でも今まで我関せずだったので、この人も色々慣れたなと思いました。


「ミュー様、その、学園都市ケリティスの理事長殿を魔王と呼んでおられますが、もしや彼の方は原初の魔人ですか?」

「原初の魔人……?」

「はい。私も古い書物に僅かに残された記述でのみしか知りませんが、かつて、この世界に始まりの魔人がおり、女神の意を受けた勇者に討たれた後に改心した、と」

「……あ、その記述なら確実に奴です。間違いないです。魔王様は原初の魔人とか呼ばれてたんですか……」

「我々エルフの書物では、ですね」


 静かに告げたユリウスさんの言葉が、微妙にひっかかる。それはつまり、別の種族だと別の呼ばれ方をしているのではないだろうか。いったい幾つの呼び名が存在するんだ、あの理事長様。もう面倒くさいから魔王で統一したいワタシである。

 というか、ユリウスさんもあの魔王のこと知ってたのか。確認してくる程度には気になってたのか?……っていうかユリウスさん、ワタシの額凝視してるの何故ですか。何が気になってるんですか、魔法の鬼な宰相閣下?


「いえ。私にも解らぬほどに隠蔽された目印とはどのようなものかと思いまして。それが厄介ごとを引き寄せなければよろしいのですが」

「それはワタシも心の底から祈っております」


 ユリウスさんのしみじみとした一言に、ワタシは力一杯同意した。同意するに決まっているではないか。ワタシは基本的に平穏が欲しいのである。ぶっちゃけ、もう二度と魔王様に関わりたくないでござる!


「そういえばミュー」

「うん?」

「エレオノーラが、時間のあるときにゆっくり話がしたいと言っていたぞ」

「そっか。それはワタシも大歓迎だから、あっちの都合の良い日を聞いておいて」

「むしろ自分で聞きに行け」

「皇妹殿下相手に失礼にならない?」

「俺に伝言をさせる方がよっぽど失礼だと理解しろ」

「だってアディだし」


 ごく普通に答えたら、周囲から盛大なため息が。なお、アーダルベルトはため息付いてないです。だろうな、みたいな普通の顔してました。だってそうじゃないか。確かに皇帝陛下ですけど、お前ワタシの前では悪友モードばっかりなんだもん。皇帝陛下モード見せてくれるなら多少は敬うけど、ワタシの知ってる覇王様はただの親友である。

 対してエレオノーラ嬢は、まだ出会って間もない皇族のお姫様なのである。そんな方を相手にアポ無し突撃なんぞできない。アレか?侍女女官の皆さんを使者にして、予定を聞いてきて貰うのが正しい作法なのか?ワタシ難しいこと解らないんですけど。


「まぁ、せっかくだから話し相手になってやってくれ。あと、クラウが煩いかもしれんが、それはスルーしておけ」

「クラウさん、まだワタシの護衛になるの諦めてないの……?」

「諦めてないな。……まったく、さっさと仕事に戻れば良いものを」

「クラウさんの仕事って?」

「女性騎士だ。主に母上達の住居を護衛している。……まぁ、その仕事も別にやらんでも良いんだが、あいつがやりたがってるからな……」

「なるほど」


 高貴な女性を守護するのに、女性騎士がいるというのは聞いている。勿論普通の男性の騎士が警護に当たることもあるけれど、そこはそれ、同性の方が良いことも多い。特に貴族や皇族などの場合は、寝るときだって護衛が必要とかいう場合もあるので、女性騎士は重宝されるのだろう。身体能力お化けと呼ぶべき獣人ベスティの国ならではとも言える気がする。実際、クラウさんも細身の美人だけどくっそ強いらしいし。

 そして、その男装の麗人の美人な皇妹殿下は、敬愛する兄上の大切な親友であるところのワタシの身を守りたいと切望されているらしい。……いや、確かに美人は目の保養なんだけど、そこは勘弁して貰いたいと思う。何かこう、クラウディアさんと四六時中一緒にいたら、ワタシの息が詰まる……。あの人は何かこう、兄上への忠義一直線フィルターと似たようなのをワタシにも向けてるので……。好意が重いやつである。


「そうだ、ライナー、エレン」

「「何でしょうか」」

「クラウが、お前達に手合わせを求めている。適当に相手をしてやってくれ」

「……承知いたしました」

「仰せのままに」


 物凄く面倒そうに告げたアーダルベルトに答える近衛兵ズの返答に、若干の温度差があった。ライナーさんは顔に出さないようにしているけれど、面倒くさそうだ。エーレンフリートは全然気にしていない。そこら辺はきっと、相手が主君の妹である、という事実が影響しているのだろう。貴族育ちのライナーさんは色々と考えてしまって、基本的に陛下至上主義アディマニアでしかないエーレンフリートは細かいことを気にしない、と。……うん、ライナーさん頑張って欲しい。

 本当、アーダルベルトの弟妹は色々愉快すぎんだろ。ラストワンの末姫、ハンネローレ姫がマトモであることを切に願いたい。そして、答えを知るのが怖いのでまだ会いたくない。




 とりあえず、そんな風に暢気に平和を満喫していたワタシは、何故か数日後にクラウディアさんと近衛兵ズの鍛錬現場に引っ張り出されるのでありました。何でだよ!





 

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