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「まぁ、ちょっと落ち着いてこちらの話を聞きなさい」

「落ち着けるか、このバカ魔王!」


 役に立つと思った切り札が、実は全然役に立たないと解ってワタシはご立腹である。散々引っかき回してくれたと思ったのが妙に協力的になったと思ったのに、実は全然使えないとか何ですかそれ。嫌がらせにも程がある。

 ギリギリ歯がみしているワタシを見て、ワスタレスは落ち着けと何度も言ってくる。落ち着けるか、この野郎。どう考えてもお前が悪い。苛立ちを隠さずに睨み返したワタシに対して、魔王様は余裕綽々の態度を崩さなかった。こんにゃろう。


「だから、話を聞きなさい。確かに書物は渡せないが、情報を渡せないとは言っていない」

「……は?」

「イゾラ熱の情報を、書き記して手渡すことは出来ない」

「はい」

「だが、書き記さなければ、渡すことは出来る」

「……はい?」


 何言ってんだこいつ、と思いながらワタシはワスタレスを見た。書物下さいと言ったら拒否されたけど、書いたものじゃなければ情報を渡すことが出来る?ドウイウコト?

 ん?あ、会話か!該当情報を話してくれるのは良いってことか?そういうことなの?その境界線がはっきりしなくて意味不明なんだけど!なんで書物にしちゃダメで、話すのはオッケーなの、魔王様よぉ!


「書物に私が書き記してしまえば、正確すぎるだろう」

「は?」

「だが、話した内容はどこかで変化する可能性がある。記憶を確実に保持出来る・・・・・・・・存在はいないのだから」

「……んんん?」


 楽しげに笑うワスタレス。確かにそれはその通りで、人間の記憶というのは変化する。きちんと覚えているつもりでも劣化するし、記憶補正で色々改ざんされることがあるのも事実だ。それは確かにそうなんだけど、ワタシには該当しないんだけど。

 そう、ワタシには、該当しない。この世界に召喚されて後、ワタシには転移チート特典か何かで貰ったらしい記憶力チートがある。見聞きしたものを忘れないだけでなく、脳内検索辞書までついた大変便利な能力だ。……マジで日本で学生やってたころにくれたら良かったのに、この能力。暗記系のテスト絶対満点じゃねぇかよ、ちくしょう。

 これ、説明した方が良いんかな?説明しておく方が良いかも知れない。だって、ワタシの記憶は変化しない・・・・・のだから。ワスタレスが前提条件に入れている変化する可能性というのが、存在しないのである。その場合、条件に合致しなくてあちこちからアウト判定下される可能性がある。うっかりミスでアウト判定は嫌である。


「魔王様、ワタシ、ここで自己申告をしておきたいのですが」

「何だい?」

「実はワタシ、こちらの世界へやってきたときに記憶力に補正を頂いたようで、一度見聞きしたものを忘れないばかりか、記憶領域内を検索することが出来るんですが」

「……ほう」

「よって、記憶が変化する可能性は皆無なんですが、そこんところどうでしょうか?」


 割と重要だと思って真剣に伝えたら、楽しそうな顔がそこにあった。何故だ、何故お前は楽しそうなんだ、魔王様?!解せぬ!ワタシには何一つ理解出来ない!

 嫌な予感がして一歩後退ったワタシの頭を、がしっとワスタレスが掴んだ。魔王様の、見た目だけはほっそりとして綺麗な掌は、それでも一応性別男なのでがっしりしてました。っていうか頭鷲掴みされる意味がわからない。マジで何したいんだ、アンタ!


「それは重畳ちょうじょう。つまり、遠慮無く直接流し込めるというわけだな」

「は?え?」

「口頭は面倒なので、直接流す」

「え?流す?何が?え?……――ッ!!」


 物騒な発言に身構えるも、既に遅かった。ワスタレスの宣言と同時に、何か・・が頭の中に入り込んでくる感覚に身体が硬直した。痛い、煩い、苦しい。何が起こってるのか正確には把握できないけれど、無理矢理に早回しの動画を見せられているような、酔いそうな感じに情報が錯綜する。頭が割れそうに痛いし、目の前が真っ白と真っ黒を行き来するし、呼吸するのもしんどい。

 これ、アレだ。頭がおかしくなるやつだ。マトモに全部受け止めたら死ぬやつだ。ぐるんぐるんする思考で必死にそれに辿り着いたワタシは、慌てて脳内の記憶領域に繋がるだろう検索スイッチみたいなのをオフにした。普段、使わないときはオフにしているそれが、ワスタレスに情報を流し込まれた結果勝手にオンになったと推察する。その結果、整理の終わっていない大量の情報をマトモに受け止めるハメになってぐるんぐるんしてたのだ。多分。

 うえぇええ、気持ち悪いぃい……。乗り物酔いみたいな感じだし、お腹気持ち悪いし、頭痛いし、目の前チカチカしてるし、そのままへたり込んじゃいそう。なのに、頭鷲掴みにされてるのでそれすら出来なくて、ふらふらしたまんまである。何コレ苦行?ひどくね?


「終わったぞ」


 それからどれだけ時間が過ぎたのか。もしかしたら、最初に流されたときからそんなに経ってないのかも知れない。それでも、ワスタレスの手が離れた瞬間にふらっと倒れそうになるのはどうにも出来なかった。


「ミュー様!」


 膝から力が抜けてがくんと倒れる寸前に、ライナーさんが受け止めてくれた。ありがとうございます。流石ライナーさん。見事な反射神経。大好きだ。

 心配そうに顔を覗き込んでくるライナーさんと、ワタシと魔王様を見比べて魔王様を睨もうとして睨みきれないで苦労しているクラウディアさんを視界に収めつつ、ゆっくりと息を吐いた。頭がまだぐるぐるしている。気持ち悪い。勘弁しろ。むしろ、やるなら説明してからやってほしかった。そしたら最初からオフにしてたのに。


「ふむ?情報処理が追いつかなかった感じかな?」

「……つーか、切り離しそびれた感じっす……」

「なるほど。それは悪かった。で、入ったか?」

「……抜かりなく」


 ちっとも悪いと思ってない態度のワスタレスの問いかけにイラッとしつつ、それでも返事はしっかりとしておいた。そう、抜かりなく、情報は入っている。イゾラ熱に関する情報が、それはもう、満遍なく。たっぷりと。無駄という程に。つーかむしろ、いらん雑談レベルに至るまで、全部!これ明らかに、ネット検索で該当単語入力して出てきた情報全部コピペしたみたいなレベルで!めっちゃ雑!!!

 こっちに情報流すなら、そこはもう、ちゃんと調整して渡してくるべきだと思うんですけどねぇ、魔王様よぉ!何で情報の取捨選択しないで、とりあえず全部入れてしまえって感じで押し込んできた、こんちくしょぉおおお!絶対、そのいらん情報まで流し込まれた反動で気分悪かったんだろ、情報量が多すぎて!鬼!悪魔!バカぁあああ!

 

「もしかしたらいるかと思って」

「本音は?」

「取捨選択が面倒だった」

「やっぱりか、こんにゃろぉおおおお!」


 相手が理事長様だとか魔王様だとか、女神と十神竜の息子だとか、そんなん全部関係ない!何こいつ、雑!すっごい雑!協力するって言って、確かに協力はしてくれてるけど、ワタシに対する配慮がオールゼロぉおおおお!こちとらか弱い人間なんだよ!記憶力チート持ってるからって、何やっても良いと思うなよ、バカ野郎!

 叫んだら、余計に頭がぐるんぐるんした。ふらーっと揺らいだけれど、ライナーさんがしっかり支えてくれてるので問題無い。視界の片隅で、エレオノーラ嬢がロクサル教授に声をかけて飲み物を用意してくれてるのが見えた。ありがとうございます、エレオノーラ嬢。その優しさが嬉しいです、皇妹様。


「まぁ、それだけ情報があれば何とかなるだろう?」

「……そうっすね。感染経路はまだ特定出来ないけど、少なくとも薬の材料とか治療方法とかはわかるんで」

「君が賭けに勝つことを祈っておこう」

「本音は」

「その方が上があたふたしそうで私が楽しい」

「だろうね!」


 マトモに普通に応援してくるつもりなんてなさそうだなと思ったら、案の定だった。確かに情報をくれたのはありがたいけど!薬の材料わかるっていうのは凄いアドバンテージだと思うけど!だからってお前の言動許せるかって言われたら、そんなわけないだろ、バカ野郎!性格悪いな、こんちくしょう!

 あーもう、二度と関わりたくない……。ハイスペックで性格ねじくれまくってる魔王様とか、マジで勘弁して欲しい。気に入られたかもしれないけど、ワタシは関わりたくないでござる。欲しいもの貰ったし、とっとと帰ろう。帰ってアーダルベルトと今後の対策しよう。ヴェルナー巻き込まなきゃ。薬の材料揃えさせておかないと。まだ時間あるけど、どこで何が変化するかわからないし。


「そうだ、これを渡しておこう」

「……何この石。お守り?」

「私の執務室への直通転移魔法が封じ込んである」

「そんな物騒なレアアイテムいらんわぁあああああ!」


 何が悲しくて魔王様の執務室直行なんだよ!ただでさえここ、外部からは転移魔法シャットウアウトなんだぜ!オマケに、学園都市内部でも転移魔法使えないんだぜ!転移門使うことで皆は快適だろうけど、外部から直接ぴょーんが出来ないんですよ、ここ!そういう場所なのに、何で理事長様の執務室直行なんだよ!頭おかしいわ!

 もうどう考えても呪いのアイテムだ。丁重にお引き取り願おう。いらないです。用事あったらまた、王都から転移門使ってやってきます。つーか、もう来ないし!


「もしかしたら必要になるかもしれないだろう?……あぁ、それと、目印は付けておこうか」

「聞いて!ワタシの話きーいーてーぇえええええ!」

「君の行く末が気になるのだから、大人しく目印付けられなさい」

「それどう考えても、玩具使うのに不便だから名前書いておこうレベルじゃんんん!」

「別に普段からのぞき見したりはしないから安心しなさい」

「そんなしやがったらプライバシーの侵害で訴えるわ!」


 逃げようと思うのに何か金縛りみたいになって動けない。ワタシを支えてるライナーさんもセットで金縛りらしく、ギリギリ歯ぎしりが聞こえてくる。一応ワタシの意思を尊重してこいつから引き離そうとは考えてくれたらしい。ライナーさんマジ優しい。ありがとうございます。でも相手が悪かったんだ。ごめん。

 くるり、と額に指先で円を描かれた。とん、と指先が弾くような動きをして離れる。その一瞬だけチリっと熱みたいな何かを感じたけれど、すぐに消えた。目印、付けられた……。っていうかこれ、見える何かなの?変なの付けて帰ったら、皆が心配するんだけど……。特に王城のオトンとオカンが。


「見えない、見えない。そんな目立つようにしたら面白くないじゃないか」

「言い方」

「君がもしも私の手助けを必要とするならば、そのときに駆けつけられるようにというわけだよ」

「うへぇ……。いらねぇ……」


 最強最悪のジョーカーみたいな存在にそんなこと言われても、何も嬉しくなかった。ワタシはイゾラ熱の情報さえ貰えたら、もうお前に用はないんだよ……。なんで今後ももしかしたら関わるかもね☆みたいな行動取るかな、こいつ。マジで理解出来ない。……退屈してんのかな……。




 とりあえず、嬉しくないレアアイテムと目印を押しつけられたワタシは、目当ての情報は手に入れたのだからと、とっととケリティスを後にするのでした。……シュテファン、お疲れのワタシに美味しいおやつください……。




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