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 目の前の魔王を相手に何が出来るかはわからないけれど、一つだけどうにか出来そうな点がある。この男は、退屈が何より嫌いだ。世界の命運だとか、女神の意志だとか、理だとか、そういうのは多分全部二の次になるタイプ。興味を引き出せば、それで引っ張り込めれば、情報を引き出せる可能性はある。


 …………多分。


 いやうん、我ながらめっちゃ無謀な賭けに出ようとしてるなってことは自覚してる。してるけど、ここで引き下がるのも悔しいというか、何の意味もないというか。だって!目の前に情報源いるのに!ってなるわ。

 にこやかに微笑むワスタレスをにらみ返しているのに、相手は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているだけなのだ。まるで頑是無い子供を相手にしている大人という感じで。いやまぁ、そうですけどね。ワタシなんて、こいつから見たら非力でぷちっと潰せる程度の弱者だろ。知ってた。


「何か?」

「いえ、どうしたら教えてもらえるかなぁと思ってました」

「おや」


 面倒になったので正面突破で素直に告げたら、魔王は楽しそうに笑った。違う。愉しそうに、です。相変わらず愉悦モードですか。本当にこう、娯楽好きだな、アンタ。

 既に、ライナーさんもエレオノーラ嬢もクラウディアさんもただの傍観者だ。ロクサル教授は今も一生懸命文献をひっくり返してくれています。ありがとうございます。でも理事長をスルーできる辺り凄いなと思います。何気に強者ですか、ロクサル教授?

 とはいえ、このバケモノを相手に、マトモに会話が出来るとは思っていない。今会話が成立しているのは、向こうが聞く耳を持っているからだ。その程度には興味を持たれているらしい。嬉しくないけど。


「私も一応は縛られている身ですからね。そうそう自由には振る舞えない」

「どの口が言うんですかね、魔王様」

「この口が。許される範囲で、ギリギリを見極めて行動していますよ、一応」

「見極めた結果がアレとか言われても、ワタシ全然納得できないのですが」


 思わず本音でツッコミを入れたら、実に愉しそうに返答された。いや、おかしいだろ。自由に振る舞えないとか制約に縛られてるとか言う割に、アンタ普通に魔王やって世界に大迷惑かけたやないですか。アレが許容範囲だったら、ワタシに情報横流しぐらい許されるだろ。どう考えても迷惑度合いが違う。

 ジト目で見詰めたら、やっぱり魔王は愉しそうに笑っていた。まぁ、神々の価値観とか規約とかはワタシには解りませんし。こいつが魔王やってたことは許されても、アーダルベルトの死亡フラグへし折る為に動くことが許されないっていうのも、何か理由はあるんだろう。

 だがしかし、ワタシがそれを認める理由はねぇな。うん、微塵もない。

 というか、死亡フラグへし折りが許されないとしたら、何でワタシ野放しなんだ?どう考えてもこの世界の未来ねじ曲げて、自分の望むように改変しまくってんぞ。行き当たりばったりにアレコレやらかしてる自覚はあるし、そのせいで未来とか関係性とか変わってるんだけどな。




 なのに何故、ワタシは見逃されてる?




 そう、そこだ。ワスタレスは情報開示を渋る程度には、アーダルベルトの死亡フラグをそのまま続行させようとしている。なのに、積極的にそれをへし折りにかかっているワタシには、何の制約もない。ペナルティも警告も与えられていない。ワスタレスもワタシの行動には何も言わない。面白がっているだけだ。

 ……ワタシの行動は、女神の許可があるのか?それとも、管轄外扱いで放置なのか?どういうことだ?


「一つ言わせて貰うならば」

「……はい?」

「この世界に生きるものたちには制約など存在しないよ。全ては彼らが紡ぐまま、だ」

「…………あぁ?」

「制約に縛られているのは、我々・・だけだ」


 胡乱げな顔で見たら、実に愉しそうに答えを与えられた。あぁ、なるほど。そういうことか。かつてワスタレスが暇つぶしに魔王をやっていたときに、ユーリヤ女神も十神竜も直接介入することは出来なかった。彼らにとって、既に彼らの手を離れた創造後の世界に関わることはタブーらしい。

 それと同じ理屈で、好き勝手にフラフラやっているようで、ワスタレスにも制約がある。世界の道筋に関わる事象に関しては、恐らく何らかのタブーが存在するんだろう。けれど、世界に生きているものたちがどう振る舞うかに関しては、彼らは全員ノータッチ。自由にやってくれと言うスタイル。

 そしてそれは、異世界からやってきたワタシ相手でも同じく、と?だからワタシのアレコレは見逃されているということか?


「そもそも世界には抑制力や修正力が存在する。かつて私を止めた彼もまた、そうあるべくしてそこに存在した」

「……」

「そういう意味では、君の悪あがきがどこへ繋がるのかは、非常に見物ではある」

「……ちっ」


 思わず舌打ちをした。いやだって、こいつ物凄く性格が悪い。たとえそれが事実だったとして、それを今、ワタシに言うか?って感じだ。どんだけ底意地が悪いんだ。暇を持て余した超越者ってのは本当に七面倒くさいな。

 こいつは、こう言っているのだ。ワタシが必死にアーダルベルトの死亡フラグをへし折るためにやっているアレコレも、世界の抑制力や修正力によって、最終的には調整されてしまう可能性がある、と。むしろその可能性の方が大きいと。そういう、実に性格の悪いことを、言っている。




「それがどうした」




 イラッとしたので、考えるよりも先に口を開いていた。腸が煮えくりかえっている。仮にソレが事実だったとしても、ワタシがそれに従う理由はない。それを伝えられたからと言って、ワタシが諦める理由もない。そんなもの、知ったことか。

 そう、知ったことじゃない。世界の抑制力や修正力も、女神や十神竜も、ワタシにとってはどうでも良い。そんなこと、全部知らん。ワタシの理由はたった一つだ。ワタシがあいつに死んで欲しくないから、その為に必死に足掻くだけだ。それだけだ。

 脊髄反射で言い切ったワタシの顔を、ワスタレスは驚いたような表情で見ていた。出てきてから初めての、予想外と言いたげな顔だった。それまでの飄々とした余裕も、ワタシをからかうようだった愉しそうな色も無い。ただ、きょとんとしたような、心底驚いている顔でワタシを見ている。


「知ったことじゃないって言ってるんですよ、魔王様。女神の意思も、世界の抑制力や修正力も、知りません。そんなものはどうでも良いです。貴方にすら見通せない未来だというのなら、ワタシの望まない未来が確定していないというのも事実でしょう?」

「そうだね」

「なら、ワタシのやることは変わらない。誰が相手でも、何が相手でも、ワタシはワタシの意思で望む未来を掴み取る」


 真っ直ぐとワスタレスを睨むようにして見つめながら告げる。これは多分、宣戦布告に近い何かだ。女神と十神竜の息子。神に準じるという規格外の存在。そんな相手に啖呵を切ってどうするとか言われそうだけど、言いたいことは言わないと腹が立つので言ってやった。面白がってるこいつには悪いが、悪趣味なことを言われたところでワタシが諦める理由はない。

 ワタシの宣言に、ワスタレスは何も言わなかった。整った顔を能面のように穏やかな微笑で固定させたまま、無言だ。重苦しい沈黙が室内を満たす。……その中で、一人書物をひっくり返しているロクサル教授は多分強者である。マトモかと思ってたけど、何だかんだでこの人も強者だったらしい。流石学園都市ケリティスの教授様。


「なるほど」


 そんな不気味な沈黙の後に、ワスタレスは淡々とした声で呟いた。相変わらず貼り付けたみたいな微笑みを浮かべているのが微妙である。不気味という感じで。顔が整っていると、感情が見えない表情を浮かべられるとただただ怖いのである。

 けれど訝しげに彼を見ているワタシに気づいたのか、次の瞬間ワスタレスは口元を楽しそうに動かして笑った。愉悦じゃなくて、割と本当に楽しそうに。

 ……え?何で?


「実に面白い。君は世界全てに勝負を挑むということかな?」

「いや、別に世界全部に挑みたいわけじゃないですけど。ワタシの願った未来の邪魔になる相手にだけ喧嘩売る感じで」

「お見事。流石は異世界からの召喚者。この世界に縛られる我々には考えつかない発想だ」


 何故か褒められた。それはもう、心の底から褒められている。さっきまでの妙な気配なんてどこにもなくて、拍手でもしそうなぐらいにご機嫌だった。何でやねん。

 何故か一人で納得してご機嫌モードな理事長様に、こっちはついていけない。そもそもさっきからずっとワタシとワスタレスの二人で会話をしているので、完全に外野状態で放置されているライナーさん達に申し訳ないと思っている。でも割り込まれても困るので、申し訳ないけどそのまま外野でお願いします。……イケメンと美少女と麗人を外野にするとかどんだけ豪華なんだと思うけど。

 え?ロクサル教授?あの人、ずっと書物ひっくり返してるんですよね。逆にこう、空気全然読めてない自由っぷりが心強い。マイペースに突っ走ってる感じがあるけど、ちゃんとこっちの話聞いてくれるし。


「私は退屈していてね」

「知ってます」

「端的に言えば暇を持て余している」

「それも知ってます」


 今更重ねて言われなくてもめっちゃ解ってます。えぇもう、嫌と言うほどに解ってますから。暇すぎて魔王やったような人が、理事長生活で満たされてるなんて誰が思うか。二度とやるなって怒られたから、魔王やってないだけだろ。知ってるもん。

 そんなワタシに、魔王様は特大の爆弾を投げつけてくれた。それはもう見惚れるほどの晴れやかな笑顔で。




「なので、助力をしよう」





「……はい?」


 今の今まで、ワタシの行動が抑制力とか修正力とかで無駄に終わる可能性とか言ってた人が、何言うの?と言うかそもそも、お前ワタシの味方なの?どう考えても向こう側ですよね?いや確かに情報吐けやとか思ってたけど!

 呆気にとられているワタシに、ワスタレスはやはり楽しそうに笑っている。……あ、何か理解したかも。ワタシこいつに娯楽認定されたな、これ。


「私が積極的に動くのは許されないが、助力ぐらいなら問題ないだろう。丁度退屈していたし」

「理由が物凄く雑なんですけど、魔王様」

「私をその呼称で呼ぶならば、この程度予測済みだろう?」

「予測はしてませんが、言われてしまえば理解はできます」


 めっちゃ面倒くさいけど。何が悲しくて魔王の玩具認定受けないと駄目なわけ?確かに情報は欲しいけど、玩具になろうと思った覚えはない!

 面倒くさいと顔に書いているだろうワタシを見ても、ワスタレスは楽しそうだった。……えーい、仕方ない。もうこの際割り切ろう。こいつが協力的になるというのは、真綾まあやさんに続いて切り札ゲットみたいなもんだ。そう思おう。人間前向きが大事!


「心配しなくても、見返りを求めたりはしないよ」

「……」

「見てみたくなっただけだ。世界の意志に反して・・・・・・・・・この世界に召喚された君が、何を、どこまで、覆すことが出来るのかが、ね」

「……そうですか」


 何か今、物凄く重要そうなこと言われた気がしたけど、スルーしよう。楽しそうな顔が変わらないところから、解る。絶対ワスタレスは今の意味深な発言の意味を教えてはくれない。そういう性格してるし。

 いや、もしかしたら、ちゃんと口にしないで匂わせる程度の発言が、ギリギリラインなのかもしれない。彼の言うところの、世界に縛られている存在としての、境界線。明確に答えを与えることは出来なくても、ヒントだけは与えられるみたいなそういうの。

 ……まぁ、この退屈を持て余した魔王様が、そんな善意だけで口にしたとは思わないけど。どうせアレだろ。それをワタシが意識するのを見るのが面白そうとかそういうのだろ。知ってる。


「それじゃあ、イゾラ熱についての書物をくださいますか?」

「それは無理だ」





 てめぇこの野郎、使えるかと思ったら全然使えないのかよ!ふざけんな、バカ魔王ぉおおおおおお!




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