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「断固拒否する!」
ぽいっとワタシが放り投げたのは、無数のデザイン画だった。
ばらばらと絨毯の上に散らばるデザイン画。それは、全てが華やかなドレスだった。フリルがあったり、ラインが美しかったり、レースがついていたり、リボンが飾られていたり、まぁ、色々だけれど、共通点はダンスを踊るための豪奢なドレス、ということだ。
何でそんなモノのデザイン画がワタシの前にあるのか。理由は簡単だ。先日ワタシの服を作ってくれたデザイナーさんが、新年会用のドレスのデザインを見せてくれた、というわけだ。いらん。断る。断固として拒否する!
だって、こういうドレスってコルセットが基本なんだろ!?腹回りとか胸をぐぇぇえええ!ってなるぐらいに締め付けられるアレを付けるのが前提なんだろ!?しかもこんなに裾がふんわり広がってたら、踏んづけて終わるわ!オマケに靴は、その裾を踏まぬように高さを増やしたハイヒールなんでしょうが!無理ゲーすぎるわ!
「ミュー、デザイナーが泣いてるぞ。渾身の出来だったというのに」
「知るか。そもそも、ワタシがそういったドレスを着るか着ないかの二択なら、アンタはどう答える」
「着ないだろう」
「わかってるなら、デザイナーさんがデザイン作る前にそういう話してあげたらどうなんだよ!」
べしっと目の前で平然としているアーダルベルトの頭を殴った。頭を殴れた理由は簡単で、ヤツはソファに座っていて、ワタシはイラッとしてデザイン画を放り投げる時にソファの上に立ったからです。大丈夫。靴は脱いでます。ワタシ、そこはちゃんと考えてる。いくら何でも、土足でソファの上に乗ったりしませんからね!
……え?そもそも、いい年した大人は、ソファの上に立たない?…………聞コエナイナー!
あぁ、勿論エーレンフリートの殺気が飛んできますが、アーダルベルトが横目で見た瞬間にしぼみましたよ!ははは!お前も学習しないな、エーレンフリート!これは私達のじゃれあいの一つでもあるのだ!
「だが、新年会にはちゃんとした正装が必要だ」
「ワタシはこんな動きにくそうなドレスは着ない。ハイヒールも履かぬ!」
「しかし、新年会には参加決定で、ダンスも練習中だろう。お前、何で踊るつもりだ」
「どっちにしろ、この衣装とこの靴じゃ、ワタシは踊れんわ!」
腹の底から叫んだ。それは事実だ。非常に情けないことですが、ワタシはヒールの付いた靴を履いて踊れる自信がありません。むしろ歩くことすら難儀するのです。だから今だって、
ちらりとアーダルベルトが横目でライナーさんを伺った。ライナーさんは、にっこり微笑んだけど、器用に目線だけは明後日の方向に逸らした。……うん、ライナーさん、むしろはっきり言ってくれた方がダメージは少ないです。ワタシのダンスのレッスンを見ている貴方のその態度、非常に心が抉られます。自業自得ですが。わかっていたことですが。
言い合うワタシとアーダルベルトに圧倒されたのか、デザイナーさんは固まっていた。申し訳ない。至尊の皇帝陛下相手だろうが、ワタシの態度は改まらぬのである。というか、ワタシはこれが赦される唯一の人間なので、そこんところはわかってもらいたい。あと、ワタシに関しては、礼儀作法とか期待するのも止めて欲しい。一般庶民に難しいこと言わないで下さい。
っていうか、新年会に参加するのは決定事項なのか……。ダンスの上達が芳しくないとかを理由に、うやむやに出来ないかと思ってたんだけどなぁ……。こうして正装を作るためにデザイナーさん呼ばれてる以上、アーダルベルトはワタシをお披露目する気なんですね。いらぬわ!
「……それならいっそ、お前男装するか?」
「はいぃぃ?」
「陛下?」
しばらく考えた後にアーダルベルトが口にした一言に、ワタシは眼をまん丸にして首を捻り、デザイナーさんは瞬きを繰り返しながら、ただただアーダルベルトを見ていた。ライナーさんは慎ましく沈黙を守り、いつものポーカーフェイスとも言える微笑を浮かべているが、その隣のエーレンフリートはぽかんとしている。そりゃそうだ。アンタいきなり何を言ってるのかな?
そもそも、ワタシは女子ですが。今現在ズボンを穿いているので、男装してると言われたらそれまでかもしれませぬが。この世界ではズボン=男装かもしれませんが、日本人のワタシにはズボンぐらいじゃ男装には入りませぬ。キリッ!
ただ、アーダルベルトは大真面目だったらしい。そらもう、大真面目だ。……ただし、大真面目だからってマトモかと言われたら、ワタシは違うと声を大にして言いたい。こいつは時々感性が色々とぶっ飛ぶのだ。流石は覇王様と思う感じで。
「男装ならば、今の服装と変わらん。靴だけは革靴を履いて貰うが、ドレスでヒールの靴を履くよりは、格段に動きやすいだろう」
「ですが陛下、ミュー様は女性でございます。由緒ある新年会に参加される女性が、男装をされるなど…」
「別段構わんだろう。男装して跡目を継いでいる女子などは、普通に我らと同じようにタキシードか燕尾服だ。こいつもそうさせれば良い」
「ワタシは普通に女子だからな。男になりたいわけでも、男に見られたいわけでもないからな!」
大事なことなので、全力で主張させていただきました。
何しろ、今現在もこの、上半身はフリルの付いたブラウスで女子+下半身はズボンなので男子という曖昧な格好をしているせいで、初対面のヒトにはほぼ首を捻り「男の子、ですか?」みたいな瞳を向けられるのが日課です。解せぬ。髪の毛括ってますが長さあります。顔は童顔ですが、普通に女子の顔をしています。それで何故、ワタシを男子と空目するんですか。ひでぇ。
なお、それに対して「凹凸が無いからだろ」と言いやがったアーダルベルトの脳天には、渾身の一撃(ただし微塵も効いてない)を喰らわせておきましたがな!
デザイナーさんがまだ食い下がろうとしている。まぁ、そうね。普通、女子が男装でダンスするとか、コントにしか見えないよね。日本だったら余興の一つとして受け入れられただろうけど、この異世界でそれが可能かと言われたら、無理じゃね?しかも客は貴族なんだろ。無理くね?ねぇ?無理なんじゃね?
そんなワタシを見て、アーダルベルトは首を左右に振った。何でお前はそこで、否定するんじゃ。ワタシもデザイナーさんも普通のこと言ってない?いや、ドレス着たくないけど。ヒール履きたくないけど!
「そもそも、お前は異世界からの召喚者であり、予言の力を持つ参謀として広まってるんだ。多少奇抜なことをしても赦される」
「ヲイ待て。その前提で行くと、奇抜行動が全てワタシの自発的なモノになるやないけ!」
「だが、ドレスを着たくないと言ってるのはお前だぞ」
「望んで男装しようとは言っとらんわ!」
ちょっと待て。それは非常に問題があるだろうが!だって、その理屈で行くと、ワタシは非常識の塊みたいにされるわけですよ?納得いかーん!
…………エーレンフリート、普通の顔で「そもそも非常識だろ」と言いたげにワタシを見るな。ライナーさん、微笑みが生温いのは、「ミュー様の常識は俺達の常識とは違いますから」とでも言いたいんですか?あと、デザイナーさん。出会って間もない貴方まで、微妙な顔して、否定しきれないみたいな顔して、ワタシを見るの止めてくださーい!心がガリガリ抉られるんで!!
どうして皆さんそんな反応するんです!?そりゃ、ワタシは異世界人なので、この世界の常識には疎いのかも知れませぬが。それでも、ワタシは一般庶民なのですよ!?非常識の塊の奇天烈とか思われてるのは、非常に不愉快でござる!
「あぁ、いっそ俺と揃いで誂えるのも良いな」
「……アディ?」
「俺は黒、お前は赤だ。同じデザインか対になるデザインで、第一礼装というのはどうだ?多少派手さを加えるために、長いマントも用意すればそれなりに見れるだろう」
実に楽しそうに覇王様が阿呆なことを言いやがりました。
はぁ?お前何言ってんの?そもそも、ワタシは男装しないって言ったよね?というか、新年会に参加するのも嫌だって、少なくとも、ダンス踊るのは却下だって言ってるのに、何で一人で嬉々として話を進めようとしてるのかね!
とか思ってたら、まさかのデザイナーさんが眼をキラキラさせて食いついてきた!
「それはつまり、陛下のご衣装と揃えたものをミュー様にお召し頂くという事でしょうか?」
「そう言っている。そうすれば、名実共にこいつが俺の参謀だと示すことにもなろう。どうだ?」
「大変素晴らしいと思います。また、そのような意味があるのならば、ミュー様が普段男装されていること、召喚者であることを含めて、貴族の皆様もドレスで無くとも納得されるかと」
おぃいいいい!さっきまでドレス派だったんじゃないのか、デザイナーさんんんん!?
まさかの、嬉々として話を弾ませる展開に、思わず呆気に取られた。なお、ライナーさんとエーレンフリートも呆気に取られてたので、ワタシの反応は間違っていないはずだ。ヲイ、アーダルベルト!お前が阿呆なことを言い出すから、デザイナーさんの中のスイッチを押しちゃってるだろう!今すぐ冗談でしたとか言え!
「アディ!」
「諦めろ。どちらにせよ、お前には正装で新年会に参加する義務が出来ている。それならば、少しでも動きやすい衣装にしてやろうという俺の優しさを受け入れておけ」
「嘘付け!お前絶対、お揃いの第一礼装?とやらを着たワタシを皆に見せて、驚愕するのを見物して楽しみたいだけだろ!」
「流石は我が参謀殿。考えはお見通しか」
「笑って言うことかぁああああ!」
べしべしと隣に座っているアーダルベルトの肩(同じように座ってたら、頭になど届かぬのです)を叩いてみるけれど、意味は無い。むしろ、「ははは!相変わらずお前は非力だな。むしろくすぐったいぞ」とか言われる始末です。知ってたけどな!それでも感情が高ぶると殴りたくなるんだよ、関西人的に!ツッコミ的に!
っていうか、第一礼装ってつまり、燕尾服とかタキシードとかのことじゃね?アーダルベルトの黒は納得として、ワタシが赤を着るってどうなん?軍服ならカラフルでもまだ納得するけど、燕尾服及びタキシードで赤って、どうなん!?
「赤と黒で陛下とミュー様のお色ですので、何の問題もないかと思われます」
にこやかに微笑むデザイナーさんによって、ワタシのささやかな疑問は完全粉砕されました。そういう扱いになるんかい!あぁ、そうね。お揃いで作るって言ってたもんね。お揃いで作って、対になるようなデザインにして、色がお互いのイメージカラーってことですか!もう完全に見世物決定ですね、こんちくしょう!
「……これ、決定事項?」
「決定事項だな」
「何でワタシに拒否権ないの?」
「テオドールの時に派手に立ち回ったお前が悪い。トルファイ村の時みたいに裏方に徹してれば、俺も引っ込めておいてやれたんだ」
「……むぐぅ」
既に何度目になるかわからないやりとり。アーダルベルトの意見は変わらない。テオドールの事件で、ワタシが「ひゃっはー!今回はワタシもお役に立てるぜ!無駄飯食らいから脱却するためにも、頑張って行動するぜ!」って張り切ったせいで、貴族達が見せろ見せろと煩くなってるんだとか。……えー、それワタシ、何も悪くないと思うのに……。お仕事しただけなのに、解せぬ……。
それでもまぁ、決定事項と言いつつも、ワタシが悪いと言いつつも、「引っ込めておいてやれた」という可能性を口にする辺り、アーダルベルトはワタシに甘い。彼はきっと、ワタシを裏方で自由にさせておくつもりだったのだろう。小うるさい貴族達になど接さなくても良いように、と。
やれやれ。相変わらずワタシに激甘ですね、覇王様。んでもって、それが身にしみてわかっちゃう以上、これ以上は我が儘も駄々も止めようと思っちゃう程度には、ワタシは貴方が大好きですよ。あくまで友人としてですがな。恋愛的な意味は微塵も存在しない。そんなのあったら気色悪い。
……しゃーない。腹括って、ツェツィーリアさんの指導の下、ダンスと礼儀作法ちょっとは覚えますか。
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