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「ミュー様、一つ申し上げておきたいことがございます」


 静かにツェツィーリアさんがワタシに告げたのは、日課になりつつあるダンスの練習の合間のことだった。心を入れ替えてというか、とりあえず覚悟を決めて頑張ってダンスに励んでいるワタシです。未だに色々と未熟ではありますが、本日からは個人レッスンではなく、パートナーとなる男性と一緒に踊るというステップまで進めました。

 ……え?遅い?それで新年会に間に合うのか?いやいやいや、ど素人でやる気も無かったワタシが、一人で姿勢や基本のポジションやステップと戦うのでは無く、とりあえず本番を想定して相手役とダンスの練習をするという状況が、頑張ってる証じゃ無いですか!誰も褒めてくれなくても、ワタシは自分を褒めるぞ!あぁ、褒めてやるとも!


 ……たとえ、残り時間が二ヶ月を切っているという現実が控えていようとな!


 間に合うのか?なぁ、間に合うと思うのか!?と毎晩毎晩、本日のレッスンを振り返った後に、夕飯の席でアーダルベルトに八つ当たりのように問いかけるワタシが、最近の城内の名物でございます。なお、そんな不安満載で「もう無理!」ってなってるワタシに対する覇王様は、「とりあえずやるだけやれ」という方向でございますが、ナニカ?

 あぁ、うん。知ってたけどな。お前はそういう男ですよね、アーダルベルト。だがしかし、一つだけ言っておきたいんだ。お前は、土壇場でも努力すればどうにか出来るハイスペックかもしれない。けれど、ワタシはただの一般人なんだ。そういう奇跡は殆ど起きぬのだよ!死ぬ気で努力したって、それなりにしかならないの!

 っという状況を踏まえて、静かに、厳かに、何か重大なことを言おうとしているツェツィーリアさんに、ワタシがびくりとするのは無理の無いことだと思うのですが。最後通告ですか、マダム?本日、やっと対人練習になったと喜んでいたワタシに、これじゃダメとか言うんですか、ねぇ?


「ミュー様はちゃんと上達されております。このまま頑張られれば、新年会に一曲踊りきるくらいは可能になると思いますわ」

「本当ですか、ツェリさん!」

「えぇ、本当です。……ただ、申し上げたいことが、一つだけ」

「……何ですか」


 持ち上げておいて落すのは勘弁して貰いたいのですが。ドキドキしながら女官長の顔を見る。彼女は非常に申し訳なさそうな、というか、色んな意味で可哀想という心の声が聞こえるような表情で、告げた。



「ミュー様が男装で踊られると聞きましたが、その場合、ステップに誤魔化しが一切効きません」



 …………な、なんだってぇえええええええ?!それはつまり、ワタシに、このワタシに、ど素人のワタシに、完璧に踊れとか、そういう意味なんですか、ツェツィーリアさんんん!どんな無理ゲーですか!見破られない程度の失敗なら赦されるんじゃ無いんですか。ワタシは社交界デビューすらしてないんですが!

 愕然としているワタシを見て、女官長は麗しのマダムの美貌を曇らせて、困った顔をしていた。…ワタシの正装が、ドレスでは無くアーダルベルトとお揃いの男の第一礼装だということを伝えたのは、つい先日。何でって、デザイナーさんが仮縫いに来てたからね。それを聞きつけたツェツィーリアさんに聞かれたので、ダンスの師匠である彼女に伝えない理由も無いので、お話ししました。

 もしかしたら怒られるかもと思いましたが、目を見開いた後にコロコロと笑っておられたので、すげぇと思います。よく考えたら、彼女はアーダルベルトが子供の頃から見ている女官長様である。幼い頃から色々とハイスペックだった覇王様が、時々羽目を外すのを可愛がっていたのだろうか。…いや、ゲームのアーダルベルトにそういう側面は無かったので、ワタシの悪友のアディの姿から想像しただけなんですが。今度聞いてみたいと思います。


「ミュー様、当日が男性の第一礼装と言うのでしたら、今と殆ど変わらぬ状況だとご理解下さいませ。つまり、足下が丸見えです」

「……あ」

「ドレスの場合、その膨らみの中に足は隠れてしまいます。勿論、あまりにも下手であれば周囲は気づきます。けれど、多少誤魔化すことは可能です」

「…………」


 淡々と告げられた事実に、ワタシはその場に崩れ落ちた。も、盲点過ぎた…!ヒールの靴なんてすっ転ぶから不可能だと始めから決めつけていたが、長いドレスなど、動きづらいだけだと叫んでいたが、確かに言われてみたら、足下全然見えませんねぇえええええ!動くときに翻った裾から、靴が見えるぐらいじゃね?激しい踊りじゃ無いんだから、そんなに足が見えるわけがねーじゃん!何で今まで気づかなかった、ワタシ!

 反対に、今のワタシのようにズボンを着ているとしたら、足は丸見えだ。足先どころか、下半身全部が見えているのだから、動きがおかしければ一発アウト。失敗しているのがバレバレになりますね。…え?ど素人が初の新年会で、人生初の本番でダンス踊るのが、ノーコンティニュー&追加アイテム補助無しとか、どんな鬼のような所業なんですかぁああああ!

 でも、だからって今更、ドレスに変更なんて出来るわけが無い。ドレスの場合、ヒールで歩くことすら困難なワタシが、ちゃんと動けるわけが無いのだ。それに、ドレスだって動きづらい。よって、どちらの道を選んでも、ワタシに待ち受けているのは無理ゲーオンリーだったのです。なんてこった!あり得ないよ!



 っていうか、既に色々と詰みすぎてて、もうどうして良いのかわからないよ……!



 まず、ど素人のワタシが人前でダンスを踊らなければならない。更に、それはこのガエリア帝国の皇帝陛下主催の新年会で、やってくるのは目の肥えたお貴族様達だということ。そして、ドレス+ヒールのコンボだと歩くことすらままならないので、男装すること。ついでに、その男装はアーダルベルトとお揃いで、どう考えても見世物になるということ。



 これらを踏まえた上で、ワタシが新年会を乗り切れる方法があるなら、誰か教えてくれ。マジで。



 一般人のワタシにこんな無理ゲーとか、カミサマ間違ってますからね!そりゃ、ダンスの練習は頑張りますよ!?ツェツィーリアさんにも大変お世話になってますしね!だけどね、だけどワタシだって、どうせなら、努力してどうにかなるレベルの状況にしておいて欲しいんですよぉおおおお!これは明らかに、ただの無理ゲーだから!難易度調整間違ってるわ!

 ショックのあまりその場に蹲ったままのワタシの頭を、宥めるようにツェツィーリアさんが撫でてくれた。ついでに、ぽんぽんと肩を叩いてくれたのはライナーさんだ。ありがとうございます。お二人の優しさは大変嬉しいです。身に染みます。えぇ、本当です。

 でもね、ツェツィーリアさんは「ですから頑張りましょうね!」っていう意気込みが背後に見えて、今のワタシにはとても恐ろしい美貌のイキモノにしか見えんです。んで、ライナーさんは、「ミュー様なら何とかできますから」みたいな謎の信頼感を発揮するの止めてください。ワタシのスペックの低さを知らないとは言わせないからな!


「ミュー様、落ち込んでいても仕方ありませんわ。本日の練習を、始めましょう?」

「はい……。ところで、ワタシの相手をしてくれる奇特なヒトはどなたで?」

「そちらにいらっしゃいますわよ」

「……ハイ?」


 ダンスの先生がもう一人増えるのだと思っていたワタシの耳に、よくわからない言葉が入り込んできました。そちら、とツェツィーリアさんが示したのは、いつものように穏やかに微笑んでいるライナーさん。本日も、近衛兵の制服が良くお似合いで、めっちゃイケメンオーラ出てますよね。えぇ、温厚な騎士という感じがダダ漏れで素晴らしいです。

 で、ドウイウコトですかね?


「ミュー様のお相手をさせて頂けるとは光栄です」

「ライナーさん、踊れたんですか」

「一応我が家は下級貴族ですから。それに、士官学校で習いますよ」


 当たり前みたいな答えが返ってきましたが、驚きすぎて返事が出来ませんでした。まず、ライナーさん貴族だったんですか。何ですかその設定。それなのに近衛兵やってるんですか。それとも、近衛兵だから下級貴族なんですか。そこら辺詳しく聞きたいんですが、時間はないですよね。

 あと、士官学校でダンスとか教えてくれるんですか?戦うためのお勉強とかじゃないんですね。一般教養に礼儀作法が足されてるんですか。ワタシ、その手の学校には絶対に通えないと思いました。…………まぁ、そもそも体力と運動神経の問題で、近衛兵になる人たちが通うような学校には、絶対に無理ですがね!死ぬわ!

 そんな風に驚いているワタシをそっちのけで、ツェツィーリアさんとライナーさんは準備を整えてしまった。言われるままに、ライナーさんと向き合って腕を組む。ワタシの腰には当然、ライナーさんの腕がある。……何だろうか。普段移動手段として姫抱っこされてる時にすら感じなかった、負の感情が背中にむっちゃ突き刺さるのは。

 いや、気のせいですね。気のせいだと思います。だって、ここにいるのは、ワタシとツェツィーリアさんとライナーさんを除いたら、控えている侍女や女官のお姉さんたちだけですからね!王城で働くような素敵なお嬢さん達しかいないんだから、きっとワタシの気のせいです!

 そんな風に思い込みながら、教わった通りの動きを繰り返す。ツェツィーリアさんの手拍子に合わせて、足を動かす。ライナーさんと組んだ手は、離さないように必死。足下が気になって顔が下がると、容赦なくツッコミをいれられます。うい、気をつけます、マダム!



 …………っていうかやっぱり、気のせいじゃ無かった!



 背中にむっちゃ突き刺さる、恐ろしい気配。殺気ではない。憎悪でもない。けれど、明らかに不愉快だと訴えてくるような、突き刺さる負の感情。生まれてこの方、感じたことの無いナニカですけれど、非常に心臓に悪いというか、怖いんですけど!

 色々と考えて、一つの可能性に思い至った。今の今までスルーしてたのは、普段ライナーさんと一緒に居ても、そんなことが無かったからだ。むしろ、普段の方が接触多いし、移動の時に姫抱っこされたりもするのに、その時は何も無かった!それなのに!


「……ライナーさん、つかぬ事をお伺いしますが、ライナーさんって、モテます?」

「……どうなんでしょうか?あまり、女性の方と接する機会もありませんし」


 にっこり微笑むライナーさん。いや、そこは気づこう。どう考えても貴方、モテてる。モテまくってる系だと思う。んでもって、そのせいで今、ワタシは、女性陣の嫉妬の嵐に晒されて、物凄く居たたまれないのです!

 考えてみたら、モテないわけがない。顔よし、性格よし、腕よし、のライナーさん。そこに加えて下級貴族だとしたら、家柄までそこそこおkってことじゃないですか!近衛兵で、それもアーダルベルトの信頼の厚い側近で、誰にでも温厚で優しく、さらには美形とか、モテない方が不思議だった!普段の彼がただのお兄さんだから、ワタシうっかり忘れてたよ!この人イケメン枠だ!


「そもそも俺とエレンは仕事人間ですからね。女性と過ごす時間もありませんので。それがどうかされましたか?」

「……いえ、何でもないです……」


 予想の斜め上の発言をされてしまった。

 あのね、ライナーさん。多分貴方に他意は無いとは思うんですが、その発言はワタシの脳みその腐った部分がヒャッハーしちゃうので、勘弁してください。貴方が仕事人間だってのは別に構いません。なんでその話をするのに、わざわざ今ここにいないエーレンフリートを出してきちゃうんですか!当事者がニコイチ宣言しないでください!色々と萌え過ぎて困るから!

 え?それはお前が脳みそオカシイからだって?知ってますよ。でもワタシ腐女子なので、そこは諦めてください。それでも、いつもの特技で顔面は真面目な方向になってるんですから、褒めてくださいよ。えぇ、褒めてくれたって良いじゃないか。何でダンス踊りながら、イケメンから同僚とニコイチみたいなこと言われてまで、平然としてろっていうのさ。無理だい。



 なお、その後ダンスの練習が終わるまでの間、ワタシは針の筵だったことを、ご報告いたします!


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