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 リヒャルト王子にお出しするジャガイモ料理については、料理番一同で相談するそうです。ワタシはそこは知らぬ。教えるだけ教えたけどね。肉じゃがとかジャーマンポテトとかも。庶民派料理は王子様にはアウトじゃないかな?と思うので、そこは料理番諸君の腕でどうにかしてもらいたいと思いました。まがお。

 んで、何だかんだで気づいたら、リヒャルト王子ご一行がお越しになって、三日が経過してました。彼らがいるのは一週間。ちょっとー!タイムリミット近いじゃないですかー!半分近く過ぎてた!ヤバイ、ヤバイ!

 それもこれも、ジャガイモ料理云々のせいだよ。ちくしょう。覇王様がポテチ出したのが悪いんだ。覇王様が悪いんだ。ワタシ悪くない。


「お前がジャガイモ料理にバリエーションがあると口にしたのが原因だろ」

「うっさいなー。そこは友人として黙っとく部分だろ」

「現実を突きつけてやるのも友人だろ」

「うっさい。文句言うなら、そのいも餅返せ」

「断る」


 お皿ごと取り上げようとしたら、皿を抱え込まれてしまいました。ちっ。何気に食い意地張ってるんだよなぁ、覇王様。

 なお、本日のおやつ突撃のメニューは、ジャガイモで作ったいも餅です。粉ふき芋状態で茹でたジャガイモをマッシュして、片栗粉と小麦粉を混ぜて捏ねる。まとまりが出て生地が平らになったら、それを棒状にして、適当な大きさに切り分けて、丸く成形する。んで、焼く。

 今回はシンプルにただのジャガイモに塩こしょうオンリーのいも餅だけどね。中にチーズ入れても美味いんだよなぁ……。今度チーズINで作ってってシュテファンに頼もうっと。

 いも餅はお腹もふくれるし、ジャガイモだからこれでお腹ふくれて夕飯が少なくなっても怒られない、とっても良いおやつだと思う。ワタシは個人的にめっちゃ好きで、実家では作り置きして冷凍してた。……けど、気づいたら兄弟にめっちゃ食い尽くされてたんだよね。あいつら本当に……ッ!


「それで、リヒャルト王子は、何か嫁探しについて話してた?」

「なかなか妻にしたいと思う女性には出会えません、だと」

「ほー」

「ついでに俺はどうだと聞いてきたがな」

「おや?」


 まぁ、確かにそうねぇ。覇王様、まだ若いけど、王様なんだから、嫁さんがいてもおかしくないし、婚約者ぐらいいてもおかしくないもんな。……影も形もありませんけどね!すっごい面白いぐらいに、あちこちで美しき刺客ご令嬢たちが牽制し合ってるけどな!ワタシはそういうの、見てないフリをするという技術を身につけたんだZE!

 さて、覇王様はどうお答えになったのかね?……なんかこう、にやにや笑ってるその顔を見たら、なんて返答したかを予測できるけど。



「お前と俺の関係を正確に理解するような女性でないと、嫁に出来んと言っておいた」



「やっぱりか!確かにそれは事実だけど、絶対それ、リヒャルト王子が求めてた答えと違うよ!」

「そう言われてもなぁ……。俺は特に、女性の好みが……」

「……改めて真剣に考えて、本気で悩んでくれなくて良いから、アディ」


 ぽすぽすとアーダルベルトの肩を叩いておいた。恋愛脳を排除して生きてきてる覇王様なので、自分の好みすら把握してないという色々アウトな状況でした。やっべーな。こいつの嫁さん探すの、難易度めっちゃ高そう。いや、そもそも、ワタシ達の関係を正しく認識して貰わないと駄目なわけで、そこで既にハードルがめっちゃ上がってるよね。大変過ぎる。

 ……まぁ、好みに関しては、何となく予想出来るけどなー。でも、ワタシがこいつの初恋の相手の容姿や性格、その初恋がなんで実らなかったのか、まで知ってるというのは、教えたくないなー。向こうもそんなん聞きたくないだろうしなー。よし、黙っておこう。沈黙は金だ。

 っていうか、覇王様の嫁はこの際どうでも良いんだよ。そこは後回しで!ワタシがどうにかしないと駄目なのは、リヒャルト王子とフェルディナントだから!あの二人の関係が拗れて、原作通りの悲劇イベントを繰り返さないように、どうにかしないと!


「つーわけだから、ぶっちゃけワタシ、フェルディナントさんとお話したいです」

「なら、俺が王子の相手をしてる間、お前が騎士の相手をするか?」

「うん、そういう方向でよろ」


 使えるものは何でも使うのが基本です。覇王様が便利すぎるので、色々頑張って貰いたい。でも、王子の方を動かすと言うより、フェルディナント動かす方が早いと思うんだよなぁ……。とりあえず接触して、お話しして、ずばっと切り込んでみましょうか。

 あ、そういえば一つ気になった。


「なぁ、ワタシのこと参謀としか説明してなかったけど、予言云々は?」

「そこは心配せんでも、もう既に他国に知れ渡ってる」

「うわぉ。ワタシいつの間にか超有名人だった」

「黒髪黒目の異世界人が、予言の能力を持った参謀として俺の傍に居る、というのは知れ渡ってるな。……が、お前の見た目が子供なのと性格がアレなのはほぼ知られてない」

「ヲイ、その喧嘩全力で買って良いか?」


 見た目が子供ってのは、こっちの世界の基準で童顔が天元突破してるってことなのでもう諦めたけど、性格がアレってどういう意味だよ。お前、ワタシに対して失礼じゃないかね!?……そしてエーレンフリート、何で思いっきり同意するみたいに首を縦に振ってんだ!ライナーさん、そこでワタシから目をそらさないでください!あと、ユリアーネちゃんも、にこにこ笑いつつ、視線がワタシから逸らされてるよね?!皆でヒドイ!

 結局、ワタシがアーダルベルトをぽかぽか殴ったところで痛くも痒くもないわけで……。皆様にいつも通りのやりとりと見なされるだけでございました。いや。ワタシ本気で怒ってたんですけど?単に非力なだけで!ちくせう!


 んでもって、そんな覇王様とのやりとりを終えて、今現在。


 ワタシの前では、少し困ったような顔をしたフェルディナントが座っております。なお、一応応接室です。お茶に誘ってみました。お茶菓子はいも餅です!……いや、今日のおやつがいも餅だったから、調度良いので、リヒャルト王子とフェルディナントにも食べさせてみようとなりまして…。

 なお、いも餅はナイフとフォークで切るのは難しい物体なので、一応一口サイズに包丁で切って届けて貰いました。ワタシとアーダルベルトがおやつもしゃもしゃしてたときは、手づかみ丸かじりでしたけどね。流石に来賓様にそれはアウトだろうということで。


「これもジャガイモなのですか?」

「そうですよ。おやつと食事の間ぐらいの感じですかね?中にチーズ入れても美味しいですよ」

「流石はガエリア帝国ですね。多種多様な調理方法がおありで驚きです」

「あははははー」


 いえ、ガエリア帝国じゃなくて、食い意地張ったワタシの知識です。面倒なのでスルーしますけど。スルーしたいので、黙秘お願いしますよ、ライナーさんにユーリちゃん!?

 さて、と。そんな話はどうでも良いのですよ。タイムリミット近いので、サクサク切り込みますか。え?作戦?んなもん無いです。もう面倒くさいので、正面突破する予定です。


「ところでフェルディナントさん、リヒャルト王子のお嫁さん探しはどうなってるんですか?」

「……難航しております」

「へー。あれだけ格好良い王子様なんだから、より取り見取りみたいなのに…」


 呟いて、ちらっと視線を向けたんだけど、フェルディナントはこっちを見てなかった。いも餅を見てた。いや、そこはワタシを見て欲しかったんですけど。……っていうか、いも餅見てるフリしつつ、ちょっと凹んでるな。凹んでるよね。凹んでるように見えるんだけど、どう?


「……凹んでますね」

「……凹んでおられると思います」

「うし、ワタシだけじゃなかった」


 ぼそぼそと小声でライナーさんとユリアーネちゃんに確認を取った。ワタシは他人の感情の機微にそこまで聡いわけでは無いので、二人の意見も聞いてみたかったわけです。凹んでいるのはどういう理由でしょうねぇ?って感じで切り込むか。よし、言ってみよう。


「フェルディナントさん、なんか凹んでるみたいですけど、どうかしました?」

「え?いえ、私は、別に」

「いやいや、誤魔化さないでください~。何か悩み事ですか?お手伝いしますよ?」


 にっこにこで問いかけるも、フェルディナントは何でも無いと言い張った。真面目さんはこれだから困るねぇ。んじゃまぁ、切り札使いますか。



「男か女か選ぶの、大変じゃないですか?」



 ニコニコ笑顔のままで問いかけたら、フェルディナントが硬直した。息を飲む音だけが聞こえた。叫ばなかったのは偉いと思うけれどね。動揺しまくりの騎士様は、口をぱくぱくさせながらワタシを見ていた。いやーん、そんな風に見つめられたら、ミューちゃん困っちゃうー。


「ミュー様、ふざけるのは悪趣味ですよ」

「いや、空気を軽くしたかっただけです、ライナーさん。流石にキャラが違いすぎて自分でも気持ち悪くなりましたけど」

「あまりにも原型留めて無くて、こちらも頭痛がしました」

「ライナーさん、最近ワタシに対しても扱いが雑になってやしませんか!?」

「気のせいですよ」

「どこが?!」


 お馴染みのやりとりになりつつありますが、そんなワタシ達のじゃれ合いにも、フェルディナントは反応しなかった。固まっていた。へー。別にルーレッシュ侯爵家に無性体が生まれることに関しては、秘密じゃ無いのに。フェルディナントは秘密にしてるわけだし、知ってるとは思わなかったのかな?

 ふははは、甘いな!甘すぎるぞ、フェルディナント!こちとら、予言の参謀様だぜ?それぐらいの情報は持っているのだよ。ははは!……いやまぁ、ワタシの知識に関してはかなり偏りがあるので、何でも知ってると思われたら困るんですけど。ですけどー。

 とりあえず、突いてみた。反応は無かった。もう一度突いて、やっと正気に戻った。


「な、何故……」

「うん?何で知ってるか?いやいや、ワタシの二つ名考えたらわかることじゃないですかー」

「……恐れ入りました。まこと、ガエリアの皇帝陛下の参謀殿です」

「で、フェルディナントさんはこのままで良いの?」

「……は?」


 立ち直ったみたいなフェルディナントさんに、ワタシは本題を問いかけた。何を問われているのか解っていないようですので、ちゃんと真っ正面から切り込ませて頂きますよ?いやほら、こっちが援護射撃しようにも、当事者の気持ちはちゃんと聞いておかないとねぇ?……まぁ、言いよどもうが、誤魔化そうが、ワタシのやることは変わらんけど。めっちゃ普通にくっつける気満々だけど。


「リヒャルト王子のこと好きなのに、このまま指くわえて見てるだけで、良いんですかね?」

「……何故、と問うのも愚かしいということでしょうか」

「個人的には、そんな押し問答するより、早く答えて欲しい感じですけど」


 嘘偽り無く本心で答えたら、困ったように笑われた。そうすると、凜々しい騎士様が、ちょっと頼りなく、儚く映る。幸か不幸か、フェルディナントの面差しは男性的だった。確かに線は少し細いけれど、凜とした空気の、凜々しい美形だ。仮に女性だったとしたら、男装の麗人を素でやれちゃうタイプの、美人系です。

 ……だから、彼の人の口から零れた返答は、ある意味でワタシの予想通りだった。


「私は、男として生きてきました。それ以外の生き方を、知りません」


 それに、このようななりですしね。と続けられた言葉には、ほんの僅かに哀愁が漂っていた。…本来、無性体の人間は、中性的な外見を手にする。男性か女性か解らないような面差しを手に入れるはずなのに、フェルディナントは男性的だった。骨格も、どちらかと言えば柔らかな女性らしさとは縁遠い。勿論それは、今日まで騎士として鍛錬に励んできた結果だろうけど。

 …ようは、自分は男としてしか生きていけないと思い込んでいる模様。いや、まだ修正は出来ますよ?だって貴方未成年で、まだ性別固定してないんですから。今は貧乳だろうと、女性に固定したらホルモン出てきて膨らむだろうし。……ユリアーネちゃーん?そこでちらっとワタシのささやかな胸元を見るのは辞めてくれないかなぁ?自覚してるし、認めてるし、受け止めてるけど、その反応はちょっとイヤンよ?


「とりあえず、フェルディナントさん」

「……何でしょうか?」

「食わず嫌いは良くないのと同じように、やらず嫌いも良くないので、いっぺんやってみましょう」

「……何を、でしょうか?」

「え?やだなぁ、女を、ですよ」



 ぐっと親指立てて笑顔で告げたワタシに対して返ってきたのは、意味が解らずにこてんと首を傾げるという、実に愛らしい仕草をしてくれる凜々しい麗人でした。ご馳走様です!


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