50
もう侍女は放っておこう。何かこう、ワタシが何をしても空回りする気しかしなくなった。こういうのは時間が解決してくれるだろう。というか、してくれ。そうでないと色々と辛い。事実無根なのに恋愛関係だと誤認されるとか、非常に居たたまれない。
そんなことより、真面目な話をしよう。ワタシが知っている、この国の終わりの話を。それを防ぐために何をするべきかを、考えよう。そう、それが、きっと、建設的だ。多分。……別に、現実逃避してるわけじゃ無いからな!
「やっと話す気になったのか」
「そっちこそ聞かなかったじゃないか」
「……忘れてた」
「忘れるなよ。お前の死因だよ、阿呆!」
格好付けて口にしたくせに、ワタシの切り返しに寄越した返答はこれか。なんだそれは。一気に脱力しそうだよ。そりゃ、実感無いのかもしれないけど、一応、アンタの死因ですぞ、アーダルベルト陛下?何でそこを綺麗さっぱりスルー出来るんだ。相変わらずお前の唯我独尊っぷりが凄すぎて、逆にめっちゃ笑えるわ。
執務机に座ったままなので、ツッコミとしてぺちぺちとアーダルベルトの頭を叩いておく。いやぁー、新鮮で良いですね。ワタシがこの覇王様の頭を叩ける位置関係なんて、滅多にございませんし。何か普通に楽しい。とても楽しい。
「それは宜しゅうございますが、机に座るのはどうかと思いますよ、ミュー様」
「オト、じゃなかった、ユリウスさん?!」
「……ヒトにどのような呼称を付けようとされているのかはあえて伺いませんが、その状態でお話をされるのはどうかと。……女官長に知れては、大変なことになりますよ」
「ライナーさん、椅子!ワタシが座っても良い椅子を、アディの隣へ!」
にこやかに微笑むユリウスさんの発言に、大慌てで執務机から飛び降りた。ライナーさんはワタシの要求を解っていたように、アーダルベルトの隣に並ぶ感じで椅子を配置してくれた。ありがとう。ありがとう、ライナーさん。貴方のその優しさが、いつもワタシには身に染みます。
……正直、ユリウスさんはお叱りになる時と放置の時が半々だけど、ツェツィーリアさんは8割お叱りだからな。確かに、机に座るのは行儀が悪いだろう。……ところでユリウスさん、ワタシが覇王様の頭をぺちぺちやらかしてたのは、許容範囲ですかね?
「いつものことでは?」
「デスヨネー」
よし。普段の行いって大事。ワタシ達のじゃれ合いが普通と認識されているので、この程度じゃ不敬罪などとは言われない。怒られない。良かった。ユリウスさんも怒らせたら怖い。何しろ、王城のオトンだ。なお、オカンは勿論女官長です。宰相と女官長の無敵タッグがオトンとオカンですからな。怒らせたらめっちゃ怖い。死ぬより恐ろしい感じで。……いや、死んだこと無いからわからんけど。
「それで、随分と重要なお話のようですが?」
「あー、ハイ。まぁ、事実の確認というか、報告というか、的な?つーかアディ、ユリウスさんも巻き込んでおk?」
「むしろ、黙ってると色々と支障をきたすだろう」
「うい。じゃあ、ユリウスさんも一緒に聞いてください」
「そのつもりです」
にこやかに微笑むユリウスさんですが、ここで混ぜないとか言ったら、笑顔で圧力かけて居座ったんだろうな、と思いました。何でって、そんな感じの雰囲気出てますし。まぁ、内政の要である宰相閣下をのけ者には出来ませんよね。以前の戯言扱いの時ならまだしも、信憑性のある情報としてなんですから、一緒に聞いて貰わないと。うん。
アーダルベルトの隣の置いた椅子に、ちょこんと大人しく座るワタシ。そうして、隣の覇王様と正面の宰相様を見て、口を開く。なお、近衛兵ズはいつもみたいに左右の壁際に立ってた。……なんて言うか、広い部屋にいる時って、並ばないんだよね。一定の距離を取ってるのは、いざという時に備えてなんだろうか。…………アーダルベルトに関しては心配ないし、ユリウスさんもこの見た目で普通に魔法系能力値カンストしてそうなので、むしろ危険が危ないとかになるのはワタシだけだと思いますけど!
では、気を取り直しまして。
「アーダルベルト・ガエリオスの死因は、ワタシの知る限り、病死です」
「病気?ミュー、俺は悪いが、生まれてから風邪一つひいたことがないぞ」
「知ってる。……だからこそ発見が遅れたし、だからこそ致命的だった。まぁ、そもそもが、この国に治療方法は無いし、
「そのような病気があるのですか?」
静かに問いかけてきたユリウスさんの目は、疑問に満ちていた。そりゃそうだ。ガエリアじゃあ聞いたこともないだろう。というか、この大陸ですら、聞いたことはないんじゃないかな。正しくどこの国の病か、と言うほどの情報すら、存在しないだろう。ただ、海を越え、山を越え、遙か彼方の異国に存在する、風土病なのだ。
名前を、イゾラ熱。症状的にはインフルエンザみたいな感じだ。ようは風邪の強化版って感じ。現地でも、別に恐れられる病じゃなくて、毎年必ず流行る面倒くさい病気、ぐらいの認識。数日寝込んでも、それで死ぬなんてことはない。……ただし、獣人を除く。
イゾラ熱は、獣人以外の全ての種族にとっては、ただの風邪強化版。けれど、何故か獣人にとっては、死に誘うほどの強烈な病に変貌する。体内の抗体とか免疫機能とかが違うんだろう。身体的に他の種族より優れているはずの獣人が、肉体特化と言うべき種族が、何故そこまであっさりとイゾラ熱に負けてしまうのかは、不明。ただ、逆に、イゾラ熱のある大陸には、獣人がいない。それが事実だ。
「どういう経緯で罹患するかは不明です。ただ、気づいた時には既にイゾラ熱の末期状態だった。……なまじ体力があるからこそ、ただの疲れだろうと見過ごされてきた弊害で、倒れた時には手の施しようが無いほどに弱ってしまっていたようです」
「想像がつかんな」
「つけろとは言わない。ただ、事実として認識はして欲しい。イゾラ熱は、獣人にとって死病。……確か、皇帝の傍にいた近衛兵や侍従、侍女も何人か同じように罹患して、死んでます。……アレ?ってことは、下手したらライナーさんとエーレンフリートも死亡フラグ?」
「「ミュー様?!」」
首を捻りつつ呟いたら、当事者から驚きの声が上がった。いや、すみません。ワタシもうろ覚えでして。というか、ほら、貴方たち、ゲームではモブなんですもん。モブの生死までは把握してません。ただ、近衛兵、侍従、侍女辺りから、イゾラ熱で死ぬのが何人かいたってことは事実。エルフのユリウスさんは全然平気ですけどね。もしも罹患しても、ただの風邪強化版だし。
「我が国でイゾラ熱に対処する方法は?」
「そもそも、治療薬が確認されてません。イゾラ熱は遠い異国の病ですし。とりあえず、獣人以外の医師が診察できるように手配は必要かと」
「……感染経路が確認できれば、防げると思いますが」
「そこは今のところ何とも……。ただ、そっちはワタシも記憶を頼りに情報収集しますんで、ユリウスさんとかアディに頼みたいのは、別のことです」
ひらひらと手を振るワタシに、二人は真顔で視線をこちらに向けた。いや、イゾラ熱の発祥の地は本当に解らないんだよ。ゲームでも、遠い異国としか言われてないし。ただ、治療方法が全くないとは思わないから、ワタシもそっちは調べようと思ってる。その段階で手伝って欲しいときはちゃんと伝えるから。
問題は、ワタシの管轄ではない部分だ。むしろそっちの方が、国の滅亡って方向には重要案件だと思うので、国の偉いヒトであるお二人に是非ともお願いしたい。というか、そうでないと不可能だ。
「周辺諸国との関係を良好にしといてください」
「……お前、それはどんな無理難題だ」
「言いたいことはわかる。でもな、是が非でも友好的に保っておかないと、マズイ。……皇帝アーダルベルトの死後戦争をふっかけてきたのは、最初は一つだけだった。けれど気づいたら周辺諸国が全部、領土を削り取りに来たんだ。結果として、ガエリア帝国は何も残さず滅亡した。……王都ガエリアすら、占領されて王城すら建て直されて、何も、残らなかった」
ワタシの言葉に、沈黙が室内を満たした。
そう、それが、事実。皇帝を喪い、後継者不在の状態で右往左往していたガエリア帝国に宣戦布告をしたのは、どう足掻いても関係が友好的にはならない(先祖代々過ぎて、もう何が元凶かすら誰も覚えてないレベル)国だ。その国の名は、魔法王国アブソルム。その名の通り、魔導士の王国だ。国民全部が魔法を使う、一騎当千みたいな阿呆みたいな国。ただし、その反面身体能力は低い。魔法で補えなければ、ただの紙並の防御力だ。国民の種族は、エルフ、妖精をメインにしている。マジで魔法特化だ。……反面、魔法の苦手な獣人はほぼいない。
何でそんな面倒くさい国が国境を接しているのか謎だけど、昔からいるんだから仕方ない。一応、国境地帯は永久砂漠みたいなノリの場所なので、そうそう簡単には攻め込まれないけど……。……皇帝死去の知らせを聞いた瞬間に、魔導士総動員して戦争吹っかけてきやがるからな。アブソルム王国マジ滅べ。弱いモノ虐めいくない。
で、その混乱に乗じて、周辺諸国が全部、領土拡大を目指した。そう、全部、だ。ウォール王国も、キャラベル共和国も、その他諸々の国々も、みんな、ガエリア帝国から領土をむしり取った。……そこに住んでいる人々の事なんて無視してだ。どの国にも言い分はあるだろうし、昔々を振り返ればそれらはそれぞれの国の領土だった。けれど今は、ガエリア帝国の領土だ。弱ったところを襲撃とか、マジで許せん。
「不可侵条約も同盟も、こちらが強者であると知っているからこそ、保たれるでしょう」
「ユリウスさん」
「陛下がお倒れになり、後継者不在となれば、各国が牙を剥くのは自明の理でしょう。……我が国は、他国に比べてあまりにも豊かに見えますので」
「それは歴代の皇帝が頑張ってきた証だし、領土を奪ったのだって、向こうが戦争吹っかけてきた賠償に貰ってるだけじゃん」
「往々にして歴史は忘れ去られます。……ですが、外交で出来うる範囲は頑張りましょう。それが私の仕事でしょうから」
にこり、とユリウスさんは微笑んだ。おぉ、オトンが燃えている。背後に凄い勢いで決意の炎が見える。イケオジナイスミドルエルフ様の本気、素晴らしいです。微笑んでいるのに、闘志全開ってところがある意味凄いです、ユリウスさん。……いやぁ、貴方やっぱり、最前線で敵兵をぶっ飛ばすのいけるんじゃないですかね?どの口が非戦闘員とか宣います??
「あ、周辺各国で何か異常があったら、教えてください。ワタシも知ってる限りで手伝います」
「ミュー様?」
「ほら、恩を売るのって大事じゃ無いですか?ワタシの知識は基本的にこの国メインですけど、他の国の情報も無いわけじゃありませんし。……恩を売れば、仇で返そうとはしないはず」
「ミュー、お前今、悪役顔してるぞ」
「うっさい、アディ!ワタシは真面目に考えてるの!」
ヒトが大真面目に話をしてるのに、面白そうに頬をつついてくるな!お前な?ワタシ、誰のために真剣に考えてると思ってんの?誰のために、珍しく真面目に頑張ろうとしてると、思ってんの?お前のためだよ?お前の生存フラグを打ち立てる為だよ!?なぁ、聞いてる!?
「いや、いまいち実感が沸かんからな。あと、お前が珍しく真面目にしてるとつい、弄りたくなった」
「ワタシは玩具じゃねーっつーの!あと、珍しく真面目とか言うな!自覚してるけど、腹立つわ!」
べちべちと叩くも効果は無く。周囲にも微笑ましい視線(エーレンフリートを除く)で見守られてしまう始末……。ちくせう。ワタシは真面目に考えてるんだぞ。真面目に頑張ろうと思ってるんだぞ。遊ぶな、バカタレ。
「ミュー」
「何さ」
「……感謝する」
「……そういうのは、顔見て言えよな、阿呆」
照れ隠しみたいに小声でお礼を言われたので、まぁ、さっきの弄りは見逃してやろうと思います。マル。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます