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 戦争は終わりました。

 つーわけで、ワタシ達も無事にお城に帰還。……えぇ、無事に帰ってきたんですけどね、あの、ほとぼりちっとも覚めてなかったみたいで、いたたまれなさで切ないです。ちくせう、侍女や女官の皆さんを始めとする一部の方々の温かな眼差しが苦しい。違う。そんな目で見ないでください。非常に辛いから。


「アディ、もうヤダ。針の筵過ぎて居心地悪い。料理番の休憩所にしかワタシの安息の地がない」

「なら執務室ココにいれば良いだろ」

「それすると、更に彼女たちの暴走に拍車がかかるんだよぉおおおお!」


 だすだすだすと机を叩くワタシに、そうか、とどうでも良さそうな一言をくださる覇王様。てめぇ、事後処理で忙しいのは解るけど、この問題に関しては、お前にも責任があるんだぞ。というかむしろ、元凶はお前だろ!お前がワタシを抱き枕にして、ワタシのベッドで寝てたせいじゃんか!それを侍女さんが誤解しちゃって、勝手に「お赤飯炊かなきゃ☆」モードになってるんだぞ!聞いてんのか、アーダルベルト!

 だいたい、何をトチ狂ったら、ワタシとアーダルベルトの間に男女の以下略が存在するとか思えるわけ?まず最初からこいつ、ワタシのことは荷物のように米俵担ぐようにして運んでるんだぞ。それがデフォなんだぞ。今でもそうやって運ばれるんだぞ。それ以外にも、普段の言動見てたら、全然色恋めいたモノが存在しないことぐらい、わかるだろ?ワタシ達の間に強い絆はあるが、それはあくまでも友情でしかないぞ。男女で友情が成立しないとか言うのは、誤解だ。成立するぞ、ちゃんと。


「反応するから喜ぶんだろう。無視しておけば良い」

「いや、事実無根だという否定をお前がすれば、それで丸く収まるだろうが、皇帝陛下」

「夢に生きる女性は逞しいから、俺が否定しても意味は無いと思うが」

「少なくとも、ワタシ一人が否定するより、二人で否定した方が事実と認識してくれるヒトは増える」


 というか、虫除けとしてワタシを活用するために沈黙守るな。そもそも、ワタシでは貴族のご令嬢の皆さんと比べることも出来んだろうが。っていうか、皇帝陛下の婚約者とか恋人とかなら、どう考えても貴族枠が適用されるだろ。何で一般庶民かつ召喚者のワタシがその枠に放り込まれようとしてるんだ。解せぬ。

 むかついたのでどかっと執務机に座ってやった。こうすると、やっと視線が同じ高さになるんですよ。ワタシが小さいのではない。覇王様が大きいのだ。そこを間違えないでください!


「つーか、アンタがとっとと婚約者なり恋人なり作れば良くね?そしたらワタシ、この面倒な状況から解放されると思うんだけど」

「面倒くさい」

「ヲイこら、皇帝陛下。……王様の仕事には、嫁さん貰って世継ぎを作るのも含まれてると、思うんだがねぇ?」


 一言で切り捨ててくれやがった覇王様の額を、指先でぐりぐりする。眉間に皺が寄ってるのは、何もワタシがぐりぐりしているからではあるまい。……アンタ本当に、この手の話題嫌いだよね。何でそこまで嫌うかな。皇帝継いだなら、自分が皇妃を娶って跡継ぎこさえなくちゃいかんことぐらい、10年前に解ってただろ。むしろ、幼少期からそれぐらい、ちゃんと認識して育ってたんじゃないの?

 それに、皇帝陛下の寵愛を受けるならって、美人が更に磨きをかけてお待ちかねしてるだろ。政治外交的なしがらみはあるだろうけど、打算だけじゃ無くて、ちゃんとアンタを見て好いてくれる貴族のご令嬢がいるだろうに。……実際、アーダルベルトに秋波を送るご令嬢達は、家柄がどうのとかじゃなくて、純粋にこの野性的な覇王様に惚れてるんだ。端で見てたらそれはわかる。……ふ、伊達に毎度毎度、すれ違う度に扇の向こうからすっごい視線向けられてるわけじゃ、ないんだぜ?

 だからさ、ちゃんと嫁さん貰いなよ。ワタシは結婚願望無いけど、アンタにも無いのかも知れないけど、アンタのそれは、仕事の一環でしょ。諦めて、せめて婚約者ぐらい作ったら?なぁ、覇王様?


「……俺の邪魔をしない女なら、婚約者にしても良いかと思ってた」

「過去形かよ」

「いないからな」

「いないのかよ」

「あぁ、いない。……女というのは、どうしてこう、自分を優先しろと願うのか」

「…………あ゛ー」


 ぼそりと呟かれた面倒そうな一言に、納得した。納得してしまった。

 なるほど。本気でアーダルベルトに惚れてるご令嬢達にしてみれば、自分を振り返ってもくれずに、ただひたすら滅私奉公で仕事し続ける仕事が大好きワーカーホリックなんて、文句言いたくなるんだ。そうかー。そうかー。そうなるのか-。そりゃ無理だわ-。

 となると今度は、打算とかによる協力関係的なドライなご令嬢か、或いは、何を言われても大人しく「待て」が出来る犬タイプのご令嬢を探さないとダメなのか。んでもって、それをわざわざ探して吟味するのも面倒だったのか。……まぁ、どっちの場合も、仕事最優先の覇王様にとって、恋愛感情は二の次だろうし、そうすると家庭環境冷え切りそうで、それは非常に迷惑なことだよな。うん。王様一家が冷え切ってるとか、国民には寂しいことだろう。


「今はもう一つ条件が増えてるが」

「何で増やしてんだよ」

「お前と俺の関係を誤解しない女でない限り、嫁には出来ん」

「……ワタシ?」

「そうだ。俺とお前が何をしていようと、深い意味は無いという事実をきちんと認識できる女でないと、面倒が増える」

「た、確かに……」


 やっべぇ。ワタシがハードル上げる元凶だった。

 でも仕方ないですね。その条件は、頑張ってクリアしてくれる女性でないと、本当に無理だ。こうしてワタシ達が顔つき合わせてるのを誤解して、嫉妬に狂って暴走しちゃうようなご令嬢だったら、絶対に不可能。……え?なぁ、お前結婚出来なくね?ワタシいる限り、凄い難易度上がってね?


「だから、面倒だからお前を虫除けにしてる」

「それじゃ意味無いじゃん!アンタ、嫁さんと世継ぎどうするつもりだよ」


 ぽかぽかとアーダルベルトの頭を思わず叩いてしまう。両手を拳にして、ぽかぽかと。イメージ的にはこう、太鼓叩く感じでお願いします。大丈夫。ワタシ非力だから、ダメージ当たってない。だからエーレンフリート、不機嫌そうに眉を寄せるな。見えなくても解るぞ。絶対今、不機嫌そうな顔してるだろ。ライナーさん、そいつ抑えといてくださいね。

 ……どうするつもりかと問いかけたワタシを見返したアーダルベルトの顔は、淡々としていた。あぁ、これはダメなヤツだ。こいつは本当に、頭良すぎてダメなヤツだ。自分が、普通に結婚して幸せになれるわけが無いと思ってる顔だ。皇帝だってヒトじゃないか。お前が、誰かに恋をして、その相手と手を取り合って幸せになる未来だって、どこかに転がってるに違いないんだ。それを始めから、存在しないと切り捨てるなよ、覇王様。


「……解った」

「ミュー?」

「ワタシも腹を括ろう。……アディ、戻れるか戻れないかを考えるのは阿呆らしいからとっくに止めてるけど、アンタと一緒に責任を背負うのも決めたけど、もう一つ、腹を括る」

「いったいどうした?」


 不思議そうな覇王様の目を、同じ高さで真っ直ぐと見た。そう、腹を括ろうじゃ無いか。アンタは大事な友達だ。この世界で、ワタシがワタシらしくいられる場所を与えてくれた、かけがえのない親友だよ。だから、そのアンタに幸せを与えるためなら、ワタシも頑張ろう。頑張れる。


 だからワタシは、《運命》に全力で抗うと決めてやる。


 もう既に何度も《予言》を口にしているから今更かも知れない。でも、今まではどちらかというと、受け身だった。状況に合わせて《予言》を口にしていた。そうすることで対処していた。でも、もう止める。こっちから動こう。動いて、未来を、運命を、覆す。


「アンタは絶対に、死なせない」


 告げてしまえば、それだけのこと。そう、ワタシがこうして参謀として留め置かれている最大の理由。それは、この国の滅びを《予言》したからだ。そうして、アーダルベルトの死さえも口にしたからだ。今までそれを追求しなかったのは、状況が混乱していたからか、年月がまだあるからか、知らないけれど。でももう、ここまで自己犠牲の塊みたいな覇王様見てたら、やってられんと思うのが正直本音だ。


「いきなりどうした?」

「四年後の、滅びの未来を変える。変えてみせる。……だから、ちょっとは自分の幸せに目を向けろ」

「……ミュー」

「ワタシにできる限りで、未来を変えるために動く。アンタは死なせない。そして、この国も滅ぼさせない」


 告げれば、軽く目を見張るアーダルベルトがいる。でも、それ以上は何も言わない。ワタシが本気だとちゃんと察してくれたんだろう。それぐらいには以心伝心だよな、ワタシ達。

 ……なぁ、アーダルベルト。普通の幸せ、探しても良いだろう。大事な親友の幸せを、ワタシが願っても赦されるだろう?違うか?


「俺をお人好しと言うが、お前も十分お人好しだ」

「冗談。ワタシは身内にしか優しくないよ」

「ミュー」

「お人好しはアンタだよ。全部の民に優しくあろうとするなんて、傲慢と紙一重だ。それでも嘘偽り無くそれを目指すアンタだから、……アンタが幸せをつかめるようにと、ワタシも願うんだよ」


 こつ、と額をくっつけて笑った。照れ隠しに、むにむにとアーダルベルトの頬を引っ張ってみた。そうしたら、お返しとばかりに同じ事をされてしまったけれど、力は殆ど入っていないのか、痛くない。こうやってワタシにしかじゃれてこないアーダルベルトを見ると、他にも息抜きできる場所を作って上げたくなるよ。……だから、良い嫁さん探してあげるからな!

 ガシャン、という音が聞こえたのは、その瞬間。嫌な予感がして顔を上げれば、アーダルベルトが面倒そうな顔をしていた。ギギギと音がしそうな感じで振り返ったワタシの視界では、休憩用のお茶を運んできたらしい侍女さんが、うっかりティーセットを落としそうになりながらも、目を大きく見開いていた。

 待て、ちょっと待て。何か物凄く嫌な予感しかしない。ティーセットをテーブルの上に手早く並べると、とても礼儀正しく、しかも超麗しい笑顔を残して、侍女はマッハで去って行った。待って!本気で待って!ちょ、ライナーさん、あの侍女さん捕まえてぇえええええええ!!!!


「……噂が加速するな」

「何でこのタイミングで来るわけ?!あと、何でここまで完全に誤解しちゃってくれるわけ?!」

「ミュー様、客観的に見て、今のは十分、恋仲の男女がいちゃついている構図です」

「ライナーさんヒドイ!」


 そりゃ、執務机に座って額こっつんこして、互いの頬むにむにしてたので、多少なりとも誤解されるのは仕方ないかと思いますが!単純にじゃれてただけなんですが!何もこのタイミングで来なくても良いじゃんか!噂が下火になってくれと願ってたのに、燃料投下とかいらんわー!


「もういっそ、偽装婚約でもされたらどうですか」

「エーレンフリート、丸投げすんなよ!あと、そんな恐ろしいのいらんわ!」

「エレン、それは却下だ。例え偽装でも、こいつを皇妃候補には出来ん」

「悪かったな!礼儀作法からっきしで!やりたくもないが!」


 瞬間的に否定してくれやがった覇王様の頭を、一発殴る。確かに、出来ないし、やりたくも無いのは事実だが、そこまであっさり否定されると、それはそれでムカツクわ!これでも一応、ワタシだって性別女子なんだよ!そこ忘れた言動いい加減にしろよな、アーダルベルト!


「安心しろ。どう間違っても、俺にはお前が女には見えん」

「ヲイ」

「お前だって、俺のことを男として見てないだろうが」

「……否定はしない」

「なら、お互い様だ」



 それ言われると、一切反論できないじゃないかよ、馬鹿野郎!


 


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