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 そんなことがあるのかと、ありえるのかと、ワタシは呆然としていた。気づいた自分を褒めるべきなのか。それとも、そんな阿呆みたいな偶然があることに対して叫ぶべきなのか。何一つ解らなかったけれど、大切なことは一つだけ。


 ワタシは、真綾さんを、逃がしてはいけないのだ。


 この人は、カミサマからチート能力を与えられた薬師様だ。きっと、彼女なら、どんな病気でも治せてしまうだろう。薬の材料さえ揃えてしまえば、きっと、全て。寿命による死以外なら、おそらく、覆してしまうだろう。そうワタシは思った。

 だって、ワタシは気づいてしまった。彼女が何者なのかということに。いや、何者に至るのか・・・・・・・ということに。


「……マーヤさん」

「……未結みゆちゃん?」

「いえいえ、何でもないっす」


 不思議そうに振り返った彼女に、ひらひらと手を振っておいた。りょうくんが訝しげに見てきたけれど、何でも無いと笑っておく。この気持ちは、この衝撃は、きっと、ワタシにしかわからない。ワタシだけにしか、わからない。

 カミサマ、今まで面倒だとかなんだとか、散々恨み言を申し上げてすみませんでした。今この時に、まだまだ軌道修正が可能なこの時期に、彼女と巡り合わせてくれた運命に感謝します。いや、運命とかどうでも良いんだけど。ワタシと彼女が同時期にこの国に、この世界に存在する奇跡に、感謝する。何があっても、ワタシはその細い糸をつかみ取る。意地でも。

 『ブレイブ・ファンタジア』の中に、流浪の薬師が存在する。その薬師はどんな病気も怪我も看破し、たちどころに手にした秘薬で治してしまうと言う。物腰柔らかな女性だという以外に知られているのは、その名前のみ。どこの出身かを誰も知らない、容姿についての詳しい説明も存在しない、伝説の薬師。三国志でいう華佗レベルにハイスペックな存在だと思ってください。



 ……その名前は、薬師マーヤ。


 

 マジかよ、とワタシが思ったのはその為だ。真綾さんは、薬師マーヤに至る人だ。元々ゲームに取り込まれることが確定していたのか、ゲームとこの世界の相似性のために召喚されたのか。その辺全然わからない。わからないけれど、能力と名前と性別とか諸々を考えたら、多分間違いはないのだ。真綾さんが薬師マーヤで、……アーダルベルトを救えたかもしれない人だというのは、事実だ。

 ゲーム中、アーダルベルトが倒れたその時に、草の根を分けて必死に探されたのが彼女だった。どんな治療も出来ないのならば、伝説の薬師に一縷の望みを託そうと。けれど、運悪く彼女はその時期、この大陸にいなかった。別の大陸で、旅をしていた。必死に探し出された彼女がガエリア帝国に来たときには、皇帝アーダルベルト・ガエリオスは、未知の病で死亡していたのだ。

 つまり、彼女さえいれば、アーダルベルトがイゾラ熱を発症したとしても、治療できる可能性がぐんと上がる。たとえ薬に必要な材料が希少価値の高いモノであろうとも、集めきるだろう。……ワタシにこんな物騒な魔道具を持たせちゃうような面々が、その材料を集められないわけが無い。少なくとも、ラウラもアルノーもヴェルナーも、世界中を飛び回っても集めるはずだ。あいつらはそういう意味では、一般の家臣団とは別の意味でアーダルベルトに忠実だ。


「ねーちゃん、真面目な顔してどうした?似合わねーぞ」

「……遼くんや、君の中でワタシは何なのかね?」

「んー、詰めが甘い阿呆なねーちゃん」

「出会って初日でそこまで言うか!?」


 子供って容赦ないよね!清々しい笑顔なのが余計に突き刺さるんですけど、遼くん!

 べしべしと枕を殴りつけて八つ当たりをしていたら、遼くんが面倒そうにワタシの頭をぽんぽんしてきました。待て、少年。その行動もどうかと思うんだ、ワタシ。


「あ、悪い。ついいつもの癖で」

「癖?」

「機嫌の悪い弟たち、こうすると機嫌直るから」

「……そーですかい」


 遼くん、ワタシは君より年上の大人のお姉さんだからね?いいけどさ、別に。

 結局、その後は日本のことを喋りながらごろごろしたあとに、三人で仲良く眠りました。……三人仲良く眠れるベッド怖い。いやでも、久しぶりに誰かと一緒に寝たので、ちょっと楽しかったです。





 んで、翌日。何でワタシは、目の前に不機嫌そうなロップイヤーの腹黒眼鏡を迎えねばならぬのでしょうか?


「薬師見習いがいると聞いてきたが?」

「……見習いというか何というかだけど、何でお前最初から素なんだよ」

「どうせお前の関係者なんだろうが。擬態する必要がない」

「……自分で擬態言うな」


 いつもなら、外面発揮して穏やかな笑顔と口調だろうヴェルナーは、何故か最初から普通のヴェルナーだった。つまり、腹黒眼鏡の毒舌モードだった。遼くんは、真綾さんを庇うみたいに立ってるけど、真綾さんはあらあらと言いたげな普通の顔だった。……真綾さん、ある意味めっちゃ強いよね。


「初めまして、楠木くすのき真綾と言います。こちらの方にはマーヤと呼ばれています」

「マーヤ殿か。それで、何か異能を持っていると宰相から聞いているが?」

「はい。見た相手の病気や怪我などの状態がわかって、その方に必要な薬を作る為の材料がわかります。そして、水と材料さえあれば、薬が作れます」

「……ヲイこら、小娘ぇえええ!」

「ワタシ悪くないよね!?」


 振り返ったヴェルナーが、ワタシの頭を鷲掴みにして怒鳴ってきた。ワタシ悪くない!悪くなーい!確かに真綾さんの能力はチートだけど、それ、ワタシが付与したわけじゃないし、ワタシは何も悪くないよ!ライナーさん、助けてぇえええええ!

 べしべしと目の前の腹黒眼鏡の腕を叩いて解放されようと暴れていると、ライナーさんがワタシの危機を理解してくれたのか、べりっとヴェルナーを引っぺがしてくれた。うぐぅ、頭痛い。頭痛い。後衛の回復役だからって、お前も獣人ベスティなんだから、非力な人間のワタシ相手の時は色々と考えて欲しい。ちくせう。


「ヴェルナー殿、マーヤ殿の能力に関しては、ミュー様が何かをしたわけではありません」

「だが、連れてきたのは小娘だろうが」

「同郷人の力になりたいと思って何が悪いんだよ、この腹黒眼鏡!暴力反対だー!」

「お前は毎度毎度やらかしまくってんだろうが、あぁ?」

「みぎゃー!」


 細めた目で凄んでくる腹黒眼鏡が怖くて、ライナーさんの背後に隠れました。遼くんを見たら、ビビリながらも真綾さんを庇っております。少年、君は本当に良い子だ。そして、このやりとりを見ながらものほほんと笑ってる真綾さん、もしかしなくても大物ですか?天然怖い!


「と、とにかく!真綾さんはその能力の特性上、めっちゃ有能な薬師だけど、召喚者だからこっちの世界の病気とか薬に関する基本知識がゼロなの!そんな危ない人を外に出せないじゃん」

「……まぁ、それは認めよう」

「だから、安全な場所で、薬を作る勉強をして貰おうと思ったの!」


 ワタシの説明に、ヴェルナーは眉間に皺を寄せながら頷いた。頷いてくれたのは良いが、ワタシが求めたのは、真綾さんを保護した上で、色々教えてくれる薬師の方であって、こいつじゃないのだが。何でユリウスさんはこいつに話を通したんですか!回復魔法はこいつや教会関係者の管轄だろうけど、薬の場合はお医者さんじゃないの?


「そこらの医者に任せるよりも、薬草園の管理をしている教会関係者に委ねる方が得策と思ったからだ」

「アディ」


 ワタシが口にした疑問に答えてくれたのは、何でか湧いて出てきた覇王様でした。お前何してんの、アーダルベルト。仕事は?あぁ、急ぎの用件は片付けたのね。んでもって、真綾さんの件は色々微妙だから、御自ら出てきたって感じ?お前相変わらずフットワーク軽いよね。


「で、その辺りの説明はしたのか、ヴェルナー」

「してない」

「……お前もラウラもまったく……。どうして、うちの同胞共はマイペースで仕事をせんのだ」

「それ、言うだけ今更じゃね?」

「まぁな」

「ヲイ待てお前ら」

「「事実だ」」


 不機嫌そうに否定を口にしようとした腹黒眼鏡に対して、ワタシと覇王様はユニゾンで食い気味で一刀両断してやった。そこは譲らないぞ、ヴェルナー。お前もラウラも、何つーか、有能なのにマイペースなんだもん。やりたい放題じゃねーか。

 ……ってか、気づいてるか、ヴェルナー?お前もラウラも、覇王様の中では《同胞》なんだよ。部下じゃないんだよ。家臣じゃないんだよ。なぁ、気づいてる?気づいてやってよ。あんた達は、配下しか持っていなかったアーダルベルトが、初めて手に入れた仲間なんだからさ。


「まぁとにかく、だ。ヴェルナーに任せておけば、変な相手も出てこないだろうからな」

「あぁ、この腹黒眼鏡が、真綾さんの後見人?」

「そんなところだ」

「そっか。真綾さん、こいつ、口は悪いし性格も悪いけど、別に悪人じゃ無いから大丈夫だと思うよ!」

「ヲイ小娘」

「余人がいる場所では気色が悪いほどに爽やかな仮面を被るが、まぁ、そういうものだと思ってやってくれ」

「ヲイ陛下」


 ぽんぽんと二人で真綾さんの肩を叩いて解説したら、何故かその度にヴェルナーが怒ったように口を挟んできますが、気にしません。知らぬ。ワタシもアーダルベルトも普通のことしか言ってない。そんな風に言われる自分の生き方を顧みて欲しい。……お前の完璧外面猫かぶりについて説明しておかないと、真綾さん困るじゃん!

 ……いや、真綾さんなら、「あらあら」って笑いながら全部受け入れる可能性あるけど!天然って怖いね!


「……ねーちゃん」

「何かな、遼くん」

「……姉ちゃんは、大丈夫、なんだよな?」

「……おう。大丈夫だ。心配要らない。確かにヴェルナーは人格にちょぉーっと問題があるけど、約束は守る男だし、基本的に、弱者には優しい」

「ヲイ小娘」


 真面目な顔をして問いかけてくる遼くんの頭をぽんぽんしながら告げるワタシの耳に、ヴェルナーのツッコミが届いたけれど、気にしない。腕が伸びてきたのは、アイコンタクトで意思を汲み取ってくれた覇王様が阻んでくれました。ぐっじょぶ、アーダルベルト。たまには役に立つね!


「たまにとか言うな。引き渡すぞ」

「却下」

「……ねーちゃん」

「うん?どうかしたかい、遼くん?」


 ため息をついた遼くんにワタシは首を捻った。その間に、真綾さんはにこにことヴェルナーと会話をしていた。凄いな、あのヴェルナーが、素のモードなのに毒舌控えめで対応してるぞ。そうか!性悪の毒舌家も、真っ直ぐな天然相手にはペース狂わされるのか!

 …………アレ?おかしいな。確か、同じぐらい真っ直ぐ天然な、獲物大好物真性バーサーカー系狩人を相手にしてたときは、容赦なくツッコミ入れて、普通に攻撃してたと思うんだけど?やっぱり、戦闘員と非戦闘員相手じゃ対応が違うのかな?それとも、真綾さんの人徳?


「……なら、同じく非戦闘員のワタシへの対応がアレなのは何故だ」

「そりゃ、お前だからだろ」

「どういう意味だよ、アディ」

「そのままの意味だが?」

「この野郎☆」


 悪びれもせずにしれっと言いやがる覇王様に、ワタシはいつものように蹴りを一つ。まぁ、全然ダメージ入ってませんけどね。知ってますよ。ワタシが非力なのと、アーダルベルトが頑丈すぎるのとの相乗効果ですよ。こいつに通る攻撃なんて、非力なワタシに出来るわけないやい。



 そんな風にじゃれてるワタシ達を見ながら、遼くんが盛大なため息をついたのは、何故なのでしょうかね?

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