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 りょうくんと真綾まあやさんと知り合ってから、一週間が過ぎました。それはつまり、遼くんが日本へ、ワタシ達の世界へ帰る日が来たということだ。なので、今朝は朝からちょっと豪勢なご飯だった。いや、元々覇王様の朝ご飯に便乗しているワタシ達なので、結構良いものを食べていたのは事実ですけど。とりあえず、今朝のデザートに出てきたフルーツ盛り合わせは大変美味しかったです。

 んでもって、遼くんは、元の世界に戻る手順が整うと、延々と真綾さんに今後のことを聞いていた。心配していた。……なんだろう、これ。どっちが保護者か解らない。遼くんとしては、大人だろうと天然でふわふわした真綾さんが心配なんだろうか。ある意味めっちゃ男前だね、そこの小学生や。


「遼くん、そんな心配しなくても、真綾さんのことはワタシが責任持って守るよ」

「……」

「正確には、ワタシじゃなくて、覇王様が、だけどな!」

「更に正確には、俺が委ねたヴェルナーが、だろうが」

「確かに!」


 どや顔で宣言したワタシに、アーダルベルトが訂正を入れてくる。その通りだったのでイイ笑顔で答えてやったら、遼くんが呆れたようにため息をついた。何故に。事実をお伝えしただけではないか。大丈夫だよ、遼くん。真綾さんが覇王様の為に必要な人材だと認識した以上、ヴェルナーは何があっても真綾さんを守ってくれるから。

 ……あの腹黒眼鏡のロップイヤーはねぇ、あれで、物凄く、覇王様に甘いのさ。旅の仲間の皆様は、普段の言動が何であろうと、その実、エーレンフリートやライナーさんレベルで、覇王様贔屓なんだよ。ワタシは知ってるもん。


「まぁ、冗談はさておき、ちゃんとするから、心配しなくて良いよ。君は君で、元の世界でやることがあるんでしょ?」

「……ねーちゃん」

「何?」

「何か変なモン食った?」

「君の中でワタシの扱いは一体どういうポジションになってるのかな!?」


 この小僧、相変わらずワタシに対する扱いが本当にアレである。一週間それなりに仲良くなったと思ったのに、仲良くなればなるほどにワタシに対する扱いがアレすぎて、この野郎!状態ですよ。真綾さんにはめっちゃ懐いてるくせにー!ワタシに対してこの態度!ワタシだって頑張ってるのに!


「遼くん、そんなこと言っちゃダメよ」

「だって、姉ちゃん」

「遼くんは、すぐそうやって悪態を口にしちゃうのが悪いところよ?」

「……はい」

「ふふふ、良い子ね」


 なでなでと遼くんの頭を撫でている真綾さんと、素直に頷いている遼くん。この二人の、どっちもが保護者みたいな感じの雰囲気は凄いなぁと思う。赤の他人なのに。出会って半年ほどなのに。お互いのことをとても大切に思っているのが伝わってくる。それはきっと、この異世界に、二人揃って召喚されて、肩を寄せ合って生きてきたからなんだろう。良いなぁ、そういうの。そういう仲間って、本当に良いなぁ。

 まぁ、ワタシにはアーダルベルトがいるけどな!最強無敵の保護者様がいらっしゃるからな。大丈夫だ。問題無い。ワタシには頼れる相棒がいるのだ。ぶっちゃけ、衣食住完全確保で過保護な保護者モードも兼ね備えている悪友系相棒というのは、大変ありがたいのではないだろうか。ちゃんと解ってますとも。だからできる限り色んなフラグへし折ってます。お仕事頑張るよ!


「そうそう、遼くん、これ、よろしく」

「了解」


 ワタシが懐から取り出した封筒を、遼くんは素直に受け取ってくれた。お手紙である。表にはワタシの実家の住所が書いてある。宛先は、色々と迷った末に、一番この手のことを理解してくれそうな重度のゲーオタである兄さんにしておいた。両親にして、遊びだと思われては困る。ついでに、差出人は遼くんにさせてもらった。……いやほら、郵便事故とか、実は世界が違ったとかのときに、手元に戻ってくるようにというか、うん、そんな感じで。

 その手紙には、ワタシの状況を書いてある。こっちとあっちで同じ時間が過ぎてるのか知らないし、そもそも遼くんの日本がワタシの知ってる日本かどうかは知らないけれど。こっちに来てからの経過月日と、何故か《ブレイブ・ファンタジア》の世界(もしくはそれによく似た世界)に入り込んでいることを、端的に。宛先をゲーオタの兄さんにしたのは、固有名詞をいちいち説明しなくて済むからだ。だって、兄さんも《ブレイブ・ファンタジア》の大ファンだから。


「……なぁ、ねーちゃん」

「ん?」

「これで、ねーちゃんの家族が俺のところに来たら、ありのまま説明すりゃ良いのか?」

「そこは遼くんに任せるわ。でもまぁ、来るとしたら兄さんだろうから、固有名詞出しても話は通じると思う」

「解った」


 ワタシはどう足掻いても現状では戻れないので、向こうでの話は完全に遼くんにお任せするしかない。色々と申し訳ないとは思うけど、宜しく頼むよ、少年。とりあえず、ワタシはこっちで元気にやってることを伝えてもらえたら、一番だ。きっと、いきなり失踪したとかになってるんだろうから。


「めっちゃ生き生きしてたし、食い道楽してたって伝えておくわ」

「何故そうなった!」

「いや、間違ってねーじゃん。ねーちゃん、食い意地張りすぎだろ」

「美味しいご飯は正義なの!求めちゃうのは仕方の無いことなの!」


 確かに、確かに美味しいご飯にホイホイされてる自覚はあるけど!だってシュテファンのご飯美味しいんだもん!食べたいと思ったものを作ってもらえる幸せかみしめて何が悪い。堪能して何が悪いんだよ-!

 ってぼやいてたら、アーダルベルトに頭ぽすぽすされました。やめれ、その子供扱いやめれ。仕方ないじゃないか。ワタシの楽しみは美味しいご飯を食べることなんだから。……解るか?脳内お花畑をスルーして生きるには、食堂に入り浸るのが一番安全なんだぞ!


「何だよ、その脳内お花畑って……」

「……起きてること全部を少女漫画的に解釈したがる侍女、女官の皆さんのことだよ」

「……ねーちゃん、何か苦労してんのか?」

「……地味にね」

「……そっか」


 流石現代っ子。意味を一瞬で理解してくれた。細かい説明をするのは面倒なので省いたけれど、何かを察したのか、めっちゃ同情を込めた目で見られました。うぅ、切ない。小学生に同情された。でも同情されるべき案件ではあると思う。何で米俵みたいに担がれてる状況で、キャッキャウフフ出来るのかワタシには解らないよ……。

 そんな会話をしていた遼くんが、不意に思い出したように真綾さんを見た。真綾さんは相変わらずのにこにこした笑顔だった。遼くんとの別れは寂しいだろうに、それを表に出さないのは流石大人ということだろうか。


「姉ちゃんは、手紙書かないで良いのか?」

「……えぇ、何を書いても信じてもらえそうにないから」

「そっか……」


 真綾さんは、ワタシのように手紙は書かなかった。家族との関係は悪くなかったそうだけれど、この状況を説明して信じてもらえる気がしないから、と。まぁ、確かになぁ。失踪したと思ってた家族から「今、異世界で生活しています」とか手紙が届いても、普通は混乱するよねぇ。それを踏まえて手紙を送るかどうかを決めるのは、真綾さんだ。

 え?ならなんでお前、手紙書いたって?うちにはゲーオタの兄さんがいるからですよ。ラノベも読むし。それなら、異世界召喚とか書いても納得してくれる可能性が、可能性が、……あると思うんだけどなぁ。手紙の文章はワタシが書いたワタシの文字だし。


「さて、お主ら、そろそろ別れはすんだかの?」

「ラウラ」


 雑談をしていたワタシ達に呼び掛けたのは、相変わらずの厨二病魔女っ子ルックに身を包んだ外見幼女ロリババアだった。本来召喚術を得手としているわけではないラウラだけれど、遼くんと真綾さんを召喚したお爺さんが残した術式が完璧なので、日取りさえ合わせれば問題なく送還出来ると言っていた。そして、その準備が、整ったらしい。

 遼くんが頷いてラウラの方へ歩きだそうとした。その小さな身体を、真綾さんが抱き締めた。後ろから、ぎゅーっと。遼くんの耳元で何かを呟いているようだけれど、聞こえない。聞いちゃいけない気がした。……ついでとばかりに、周囲の獣人ベスティの皆さんに耳をふさぐようにジェスチャー。こいつら聴力も良いからな。配慮大事。

 二人の小声での会話が終わったのか、遼くんが振り替えって、ワタシを見た。


「ねーちゃん」

「んー?」

「……姉ちゃんのこと、頼む」

「おう」

「皇帝様」

「何だ」

「お世話になりました。姉ちゃんのことを、宜しくお願いします」

「任されよう」


 ……遼くん、確かに相手は皇帝陛下なので態度が違うのは仕方ないと思う。思うけど、言わせて欲しい。何で、覇王様に何度も念押しして、さらにはライナーさんとかにも念押ししてるの!そんなにワタシは信用出来ないのか、こらぁああああ!ライナーさん、そこで目をそらさないで!切なくなるから!


「姉ちゃん」

「なぁに」

「元気で」

「えぇ。遼くんも、元気でね」

「うん」


 真綾さんは笑顔だった。遼くんも笑顔だった。……でも、遼くんの笑顔は無理矢理笑顔にしたみたいな、ちょっと泣きそうな感じだった。そういうところは小学生っぽくて、でもやっぱり男の子だなぁと思った。

 ラウラが歌うみたいに呪文を唱えると、その前方に描かれた魔方陣が光りだす。優しい光だ。強い光なのに、決して目を焼くことが無いのは不思議だなぁと思った。真綾さんも遼くんも平然としているところから、正規の手順で召喚された場合は、こういう魔方陣を使うのだろうか。……思えば思うほど、ワタシは何でここにいるのか謎だな。考えても解らないから、考えないけど。


「小童」


 ラウラの呼びかけに、遼くんが頷いて1歩踏み出した。魔方陣の中央に歩いていく。そして、中央に完全に入った瞬間、光がひときわ強く輝いて、そして。

 もう、次の瞬間には遼くんは、そこにはいなかった。



 バイバイ、ワタシと同じ日本から来ただろう少年。君は君で。ワタシはワタシで。お互い頑張ろうね。

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