11章 まさかの新年会アゲイン

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「あ、このお茶美味しい」

「お口に合ったようで良かったですわ」

「うん、めっちゃ美味しいよノーラちゃん」


 ティーカップに注がれているのは、名前も知らないハーブティー。目の前にいるのは、楽しげに微笑む皇妹殿下その2のエレオノーラ嬢。何をしているのかと言えば、今、ワタシはエレオノーラ嬢と2人でお茶会である。

 なお、本来ならば皇妹殿下であるエレオノーラ嬢の側には侍女とか女官とか護衛とかが侍っていなければおかしいのだろうけれど、今は誰もいない。いるのは、お茶を楽しんでいるワタシとエレオノーラ嬢の他には、ワタシ付きの近衛兵のライナーさんとワタシ付きの次女であるユリアーネちゃんだけだ。

 何でそんなことが許されているのかと言えば、ここがワタシの部屋だからである。正確には、ワタシが普段特に使ってもいない続きのお部屋である。お客様を招待してお茶を楽しむためのお部屋とか、ワタシには無用の長物だったんだよ。掃除はしてもらってたけど、使ったの初めてだ。だってご飯もお茶もアーダルベルトと一緒にするから、ここ使わないし。


「普段の紅茶も美味しいけど、これはこれで飲みやすくて美味しいなー」

「これは学園都市の同級生から頂いたものなんです。他国には他国のお茶があって楽しいですわよね」

「それは確かに。気候に合わせて収穫できる茶葉も異なるしねー」


 ほけほけとお茶を楽しむワタシとエレオノーラ嬢の関係は大変良好である。もはや、ごく普通の友人としてお茶を楽しむ程度には仲良くなっている。

 あの、学園都市ケリティスで魔王様と望みもしないエンカウントをした日から早数ヶ月。ゆるりゆるりと季節が冬に差し掛かっている今日この頃。ワタシは平和に、時々休日に里帰りをするエレオノーラ嬢と友好を深めていた。今日も、このままガエリア城に一泊して、明日には学園都市に戻るのだとか。

 学園都市は基本的に週休二日っぽい感じらしいのだけれど、全体的に大学みたいに講義を選んで受講するスタイルらしく、人によってスケジュールが違うらしい。そして、エレオノーラ嬢は上手にスケジュールを組んで単位を修得したり研究を進めているので、ちょいちょい泊まりがけで里帰りをしても問題ないのだとか。……真面目だなぁ。ギリギリすれすれで単位取ってたワタシとは大違いだ。

 まぁ、そんなわけで、何度もひょいひょいとこっちへ戻ってくるエレオノーラ嬢とは、随分と仲良くなったのである。色々とアレなクラウディアさんは一緒に来ることはない。護衛のお仕事を頑張ってらっしゃるようである。あの男装の麗人様は、目の保養にはなるけれど心はすり減るので……。嫌いじゃないんだけども、テンションが合わないというアレである。

 ちなみに、アーダルベルトが即位して後、こんな風にエレオノーラ嬢が頻繁にお城にやって来ることはなかったらしい。なので、時々アーダルベルトも一緒にご飯を食べることになると、兄妹当人たちよりも、彼らを昔から見ている宰相閣下と女官長様の二大巨頭が感極まったりされている。オトンとオカンには思うところがあるらしい。

 が、当事者(一緒にご飯を食べているワタシも含む)は、割と何も気にしていなかったりする。エレオノーラ嬢が今までお城に来なかったのは、仕事で忙しい兄の邪魔をしたくなかっただけだし、手紙のやりとりは頻繁にしていたらしいし。今彼女がやってくるのも、目当ては覇王様ではなくワタシという腐仲間との他愛ないやりとりなので。

 ……もちろん、護衛のライナーさんや侍女のユリアーネちゃんがいるのでおおっぴらにそういうお話をすることはできない。できないが、同好の士とそれとなーくお互いの趣味を伝え合うような会話をするのは実に楽しかったりする。何しろ、こっちの世界に来てから初めての腐女子友達である。他愛ない話も幸せになるってもんである。


「そういえばミュー様、新年会の衣装はどのようなものになさいますの?」

「……はい?」


 思い出したと言いたげにエレオノーラ嬢が投げかけてきた質問の意味が、ワタシにはさっぱりわからなかった。彼女は何を言っているんだろうか?新年会の衣装?何の話だ、それは。

 心底意味不明だったので、本気で首を傾げるワタシ。そんなワタシに、エレオノーラ嬢は驚いたように口元に手を当てて、まぁと呟いた。……流石、育ちの良い皇妹殿下である。所作の一つ一つが優雅だ。

 というか、何その反応。何故そうなるの?ワタシ、今年の新年会に無理矢理参加させられたときに、金輪際面倒な催しには出ませんっていう立場ゲットしたはずなんですけど。アディもそう言ってたんですけども。


「もしや、ミュー様は新年会に参加されないおつもりなのですか?」

「もちろんそのつもりです。というか、ワタシが出る理由が見当たらないので」

「そんなことはありませんわ。ミュー様にお会いしたいと思われる方は大勢いらっしゃいます。それに、素敵な衣装を着ていただきたいと思う方々も多いと思いますわ」

「そんな奇特な方々には是非とも引っ込んでいてもらいたいです、はい」


 割と真面目に真顔で伝えたら、やっぱりエレオノーラ嬢は目を丸くしてまぁと呟くのであった。口元を手で隠す所作も愛らしい美少女である。眼福、眼福。美少女の驚き顔、プライスレス。

 というか、何でワタシが新年会に出るとか思ってるんだろう。あと、ワタシのような平凡顔を着飾らせたところで何一つ面白くないと思うのだけれど。というか、もう二度とあんな恐ろしい場所には行きたくないであります。料理番の皆さんが腕を振るったご飯は大変美味しかったですけどねぇ……。お貴族様がたくさんいらっしゃる場所なんて、行きたくない。

 大体、そんなところに顔を出したところで、うっかり失言しないかをハラハラドキドキするだけじゃありませんか。リスクの方が大きすぎるわ。


「……ライナーさんもユーリちゃんも、無言で頷くの止めてください」

「これは失礼いたしました」

「申し訳ありません」

「2人とも、顔笑ってますけどね!?」


 半眼でツッコミを入れたワタシに、恭しく一礼して2人は謝罪を口にする。でも、下げた頭の向こう側に見える顔は笑っている。笑いを堪えきれていない。……くっ、確かに事実ではあるけれども、笑わなくても良いじゃないですか!こちとら庶民育ちなんですよ。社交界のマナーなんぞ知るかぁあああ!

 第一、今年の新年会での色違いお揃いペアルックでお互いのカラーでオーダーメイドした男性の第一礼装モーニングのインパクトが残っているとしたら、絶対に出たくないってなっちゃうし。確かにあの衣装は格好良いとは思うけど、単品で着てたらそうでなくても、二人で並んだらどう考えてもただの色モノ×2の見世物状態である。御免被る。

 それに、新年会に出たところでワタシ、やることなどないので。今年もまぁ、それなりにどったんばったんとアレコレやらかしたし、巻き込まれたし、派手に動いた自覚はあるけれども。去年盛大に覇王様に釘を刺されたお貴族の皆様が、その釘を無視してワタシの参加を強請るなどという自殺行為はありえんだろう。どう考えても地雷原に自ら飛び込むアホ案件だ。

 そんなことを思いながら美味しい紅茶を堪能していたら、エレオノーラ嬢が特大の爆弾を落としてきた。


「ですが、女官長のお話ではミュー様の新年会のご準備があるとのことでしたけれど」

「は……?」





 ナ・ン・デ・ス・ト?




 ちょっと現実が理解できずに、固まったままエレオノーラ嬢を見るワタシ。ライナーさんもユリアーネちゃんもびっくりしているので、この二人も知らない情報だったらしい。どういうことだよ!

 混乱しきりのワタシたちに対して、エレオノーラ嬢はいつも通りの口調で自分が聞いた話を教えてくれる。……3人がびっくりして固まってる状況で、平然と会話を続行できる辺り彼女もなかなかにくせ者である。流石アーダルベルトの妹。腐ってる部分を別にしても、割とフリーダムだった。


「何でも、急遽アーダルベルト兄様から準備をするように言われた、と。女官長も予定になかったことなので急いで支度に取りかかっておられるそうですけれど」

「……待って?待って、ノーラちゃん」

「はい、何でしょうかミュー様」

「アディの、指示、だ、と……?」

「私はそのようにうかがいました。いくら女官長といえど、勝手にそのような準備はしませんわ」


 ワタシに衝撃の事実を伝えてくれたエレオノーラ嬢は、ころころと上品に笑っていた。美少女の笑顔はプライスレス。しかし、彼女の投げつけてきた情報が特大級の爆弾過ぎて、その微笑みを堪能することができないワタシである。

 というか、待って?情報の処理が追いついてないんだけど、指示を出したのがアーダルベルトだっていうのは確定?確定ですね。確かに、女官長のツェツィーリアさんが、ご自分の意思で勝手にワタシの予定を決めて行動するとかありえないです。確かにお城のオカンは気配りのできるとても素敵なマダムであるが、それはそれ、これはこれ、だ。

 ……つまり、アレですね?ワタシは、相棒に事の次第を確認しに行かねばならない、と……?……アカン。今の時間は確かユリウスさんとめっちゃ重要な案件の会議してる。今日はおやつ突撃してくるなって念押しされてるぐらいには重要案件だった。ぐぬぬ。


「ミュー様、どうされました?」

「……うん、大丈夫。とりあえず、夕飯の時にでもアディに確認しようかなって思って」

「そうですわね。ミュー様がどんな衣装を着られるのか楽しみですわ」

「出席するの確定で話を進めないで、ノーラちゃん!」


 悪気なく素敵な美少女スマイルをくれるエレオノーラ嬢であるが、割と真面目に勘弁してくれ案件である。しかも、何で彼女はそんな楽しそうなんだ。ワタシが新年会に出ることが何故楽しみになるんだ。解せぬ。


「まぁ、そこはエレオノーラ様は年頃の女性ですから」

「ライナーさん、それだとワタシが年頃の女性として欠陥品みたいなんですが」

「ある意味ポンコツではないかと思っています」

「ライナーさん、本当に最近ワタシの扱いが雑ですよね!ユーリちゃん、ライナーさんがひどい!」


 にっこりと爽やかな紳士スマイルでワタシをざっくりこき下ろすライナーさんである。この近衛兵の兄さん、ワタシの専属護衛として付き合いが長くなっているおかげで、ワタシの扱いが本当に雑だ。どう考えてもワタシの扱いがエーレンフリート(士官学校時代からの同期で弟分扱い)並に雑すぎる!

 待遇のあまりのひどさに意見を求めたワタシに、ユリアーネちゃんは何も言わなかった。見事な侍女スマイルで、深々とお辞儀をしてくる。返答拒否した!この子、返答拒否したよ、ちょっと!


「いけませんよ、ミュー様。そんな答えにくいことを聞かれても彼女も困るだけじゃないですか」

「ワタシが悪いみたいに言わないで!ライナーさん、本気で雑になってませんか!?」

「ご安心ください。陛下からお咎めはございません」

「そりゃあいつは咎めないだろうね!」


 そして、そういう問題でもないと思うんですよ!何だこの、ワタシの周囲の人々のワタシへの扱いが日に日に雑になっていくやつ!くっそぉおおお!これが馴染んだ証拠だとか言われても、全然嬉しくない。


「でしたら、クラウディア様みたいな態度がお望みですか?」

「それは止めて。アレは愛が重くて辛い」

「それは確かに」

「ほら!実の妹に真顔で頷かれるぐらいには愛が重いじゃん!」

「姉様は常に姉様ですから」


 上品に笑うエレオノーラ嬢であるが、言ってる内容は割とえげつない。というか、一応姉のブラコンが頭おかしいのはわかってるんだ……。クラウディアさん、実の兄に忠義全振りみたいなブラコン拗らせてるもんね……。その余波がワタシにも来るから、ちょっと苦手なんだよなぁ……。




 とりあえず、顔を合わせたときに覇王様に事の次第をきっちり確認しなければと思いつつ、お茶会を楽しむのでありました。お茶菓子も美味しいです。




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