「ちょっ?!何でワタシのポジションここなわけぇええええ?!」

「大声で叫ぶな。舌を噛むぞ」

「だったら、もうちょい、速度、落と……っ!」


 飛ぶように周囲の景色が吹っ飛んでいく。

 いや、比喩だけど。そりゃ、自動車とか新幹線とかに馴染みのあるワタシにしてみたら、そこまですっごいスピードじゃないですよ?だけどね、それが騎乗の状態だって言うなら、衝撃は察してあまりあると思うんですが?!

 ……馬に一人じゃ乗れないワタシは、馬車を所望した筈だった。領地の見回りに行くなら、ついて行くから、せめて馬車にしてくれ、と。それが、気づいたら何でか、アーダルベルトに同乗させられている。後で手綱を手にするヤツの前で、馬の首にしがみつく勢いで必死だ。ひどすぎる。


「馬車だと遅い。あと、目的の場所は道が狭い場所がある。馬車は不便だ」


 だったらそんなとこに、ワタシを連れて行こうとしないで!

 切実に訴えたいんだけど、マジで今喋ったら舌を噛みそうなので、うぐうぐ唸るだけですわ。いやもう、本当に、ね?戦が超絶お得意な覇王様。予想に違わず、乗馬技術も天元突破レベルやった。まぁ、彼に与えられてる馬が、極上の軍馬っていうのもあるんだろうけど。巨体の獅子獣人ベスティのアーダルベルトを乗せても平然としている黒い毛並みの軍馬は、そこにワタシ一人加わったって、全然平気そうだった。凄いな。

 アーダルベルトの馬術がいかに優れていたって、それに乗せられているワタシはへっぽこなのだ。振り落とされないようにするのが精一杯。それなのに、アーダルベルトは気にせず、ガンガンすっ飛ばしている。お前は速度マニアスピードジャンキーか!

 王都を出てしばらくは、道も補正されてたから安全だった。それが、どんどん進むウチに、砂利が山盛りの凸凹道になった。強力な軍馬さんはそんなものに負けない。アーダルベルトも負けない。ただ、ワタシだけが負ける。馬が跳ねるように走る度に、身体がふわりと浮いて、そしてまた落ちて、……正直に言いましょう。すっげぇ怖いんデスケド!!!


「おい、落ちるなよ」

「煩い!」


 超必死に馬の首にしがみついているワタシに、言う台詞がそれか?!せめて、速度緩めてやろうとか無いんかい!っていうか、アンタこんなに全力疾走して、部下さんたち置き去りじゃ無いの!?


「俺に追いつけずとも、見失わずに付いてこれる程度の腕はある」


 それって護衛としてどうなんだ?

 でも、この男に護衛いらないよなぁ、と思ったのも事実ですた。獣人族でも最強と言われる獅子で、その中でも最強と謳われる覇王様で、文武両道で戦場でブイブイ言わせてきた武闘派の皇帝陛下。……うん、護衛いらないわ。連絡手段ぐらいの認識で良くね?

 そんなことを考えてたら、身体がまた、ふわっと浮いた。慌てて馬の首に腕を伸ばしたけど、若干遅い。落ちそうになる。怖い。落馬は死ぬ。無理!



 目をつぶった瞬間、腹回りに力を感じて、そのまま引き寄せられました。



「お前は器用だな。どうやったら馬の首にしがみついてて落馬できる」

「知るか!」


 助けてくれてありがとう、と言うべきなんだろうけど、言えるか!そもそもの元凶は、アーダルベルトの乱暴な馬術のせいだ。馬に慣れてない人間を、猛スピードで走る馬に強制的に乗せるとか、鬼ですか。シートベルトも無いのに、どうしろっつーの!

 呆れたようにため息をついたアーダルベルトは、そのまま、右手で手綱を握りつつ、左腕でワタシを拘束することにしたようです。簡易のシートベルトですね、わかります。そこはありがとうと言っておく。でも、ちょっと苦しいんですが。

 だって、獅子の獣人の馬鹿力で、ぐいっと引き寄せられて、そのまま固定されてるんですよ?イメージしましょう。コルセットっぽいナニカで、ぎゅーっと腹回りを強制的に締め付けられてるのに近いです。ぐえぇ。蛙のつぶれたみたいな声出る。そんな声聞いたことないけど。例えです。

 馬の首にしがみついていると余計に苦しいことが判明したので、大人しく身体を起こして、アーダルベルトに凭れることにしました。何も言われなかったので、その姿勢が正しいのでしょう。多分。腹をぎゅうぎゅう締め付けるように固定している太い腕は、もう、丸太がシートベルトになってると思うことにした。苦しい。



 なお、ワタシたちは、街からちょっと離れた、辺鄙なところにある村に、向かっている。



 何でも、最近ちょーっと盗賊?っぽいのが出てくるので、住民が困ってるんだとか。それなら軍隊派遣したら終わるくね?と思うんですが、アーダルベルトは自分で確認するってきかなかった。多分、デスクワークに飽きたんじゃ無いですかねぇ。

 嘘です。

 そんな単純な性質してるなら、扱いやすいよ。アーダルベルトは、本能型の戦闘狂に見せかけて、思慮深い冷静な理性型だ。その彼が、部下を向かわせれば良いはずの案件を自分で動くようにしたのは、ワタシが原因です。ワタシを連れ回したいだけなのです。ちくしょうめ。

 辺境にはなかなか情報が回らないわけで、「胡散臭い不審者」改め「予言の力を持つ参謀」となったワタシを、アーダルベルトはあちこちで見せびらかすつもりらしい。止めて。こちとら引きこもりが性に合ってる、オタクなんで!ただのオタクで、女子大生で、腐女子なだけだから!連れ回すの禁止!

 大々的にお披露目なんてされたくないのに、あちこち連れ回されて、しかも誰かと聞かれたら「俺が信頼を置く参謀だ。未来を見通す賢智がある」とか、お前大ホラ吹くにもほどがあんぞ、くぉらぁ!って感じですわ。殴り倒したい。

 一応殴ったけど、ワタシのパンチなど、彼には猫がじゃれるよりも可愛いものだったらしい。真顔で「お前、体調は平気か?」と非力具合を心配された。やかましい。こちとらただの人間なの!


「もうしばらくすれば村に着く」

「ういー……」


 腹が圧迫されているので苦しい。これから解放されるのはいつのことだろう。アーダルベルトの逞しい胸板に背中を預けるのは楽なんだけど、正直、ヤツの鬣がすっげーくすぐったいです。首とかがくすぐったくて、困る。おのれ、この万年もふもふ種族が!

 犬とかだったら、耳触らせて~とかやりたいけどな。猫やウサギも。尻尾とか耳とか触りたいじゃないですか。でも、獅子の鬣は特に触りたいとは思わない。思わないんだけど、今、ワタシは獅子の鬣に顔が包まれそうになってます。むぐぅ。

 だってほら、アーダルベルト巨体だし?ワタシは一般的な女子としては普通の体格だと思うけど、アーダルベルトがマジごっついから。子供がすっぽり大人の腕の中にいるような感じです。太い腕で拘束されてますので、イメージとしては、こう、幼児を確保する大人、みたいな…?…自分で言っててちょっと切なかった。

 そうこうしているウチに、たどり着いた村。辺境の村ですわ。いやー、RPGゲームの序盤で、主人公の出身の村とか、主人公が初めて到着する村とか、そういう感じの辺鄙具合。人口規模がとか建造物がとか言うより、もう、見たイメージが、本当に、田舎です。

 でも、仰々しい王都とかより、こっちの方が落ち着くな~。盗賊の被害に遭ってるの可哀想だから、アーダルベルト、さっさと盗賊ぶっつぶしてきたら?


「詳しい話は村長に聞く。あと、あいつ等が追いついてきてからだな」

「……少しは協調性とか団体行動とか学ぼうな、アディ」

「王にそういうのは不必要だと言われたな」

「いや、いるから。ヒトとして、それは必要だろ」


 しれっと言うアーダルベルトの顎に、下から軽く頭突きをしてみた。でも全然痛くなかったらしい。うん。知ってる。もう気にしない。ワタシ非力だし。異世界補正なんてかからなかったんや…。

 アーダルベルトの到着にざわざわする村人達。とりあえず、村長に後で行くから家で待っててという趣旨の伝言を伝えるにとどめて、後から追っかけてきてる護衛さんたちを待っている。ワタシ?ワタシはアーダルベルトの腕にとっ捕まってるままですよ。大人しくしてます。落馬怖い。



 ただ、村人の「アンタ誰?」っていう視線が、むっちゃ突き刺さりますけどねぇええええ!



 わかってるよ。自分たちの王様が、どこの誰ともわからない女を馬に同乗させてるんだから、そりゃ、見るよね。しかも、女なのに侍従の衣装着てるもんね。しかも、黒髪黒目っていう、この世界ですっげー珍しい色彩してますよね。…ワタシとしては、カラフルな色彩の方がよっぽど珍しいんだけどなぁ。

 この『ブレイブ・ファンタジア』或いはそれに酷似したナニカの世界は、西洋風のファンタジー世界だ。だから、色彩もカラフル。金髪とか普通。目の色だって、青に緑に赤に賑やかだ。その中で、純和風の日本人を連想させる、黒髪黒目というのは、滅多に居ない。たまに居ても、どちらか一つ。そして、それも他の色が混じったような黒。純粋な黒髪黒目なんて、天然記念物レベルらしい。

 だからまぁ、ワタシ、悪目立ちしてますよ。顔の造作が問題じゃ無くてね。色彩がちょっと、目立つらしい。そういうのをアーダルベルトに聞かされて、うっわーってなった。目立ちたくないのに、目立つ要素があったとか、マジ勘弁。オマケに、アーダルベルトが嬉々として「宣伝しやすいから、下手に弄るなよ」と言って、髪染め禁止を言い渡してきましたよ。ちくせう。


「ミュー」

「うい?」

「皆が揃った。村長の館に行くぞ」

「あいあい」


 やっとこの馬上という拷問から解放されるんですね、良かった。お尻と太ももが超痛いのであります。乗馬したことない皆さん、お尻マジで痛いですよ。あと、馬にまたがってるので、太ももとか股関節のあたりが、マジでガチガチになります。うぐぅ。ワタシ、運動音痴に相応しく、身体も硬いんです。痛いよぉ。


 で、ワタシ、どうやって降りたらよろしいんで?


 ひらりと簡単に馬から降りてしまうアーダルベルト。その彼を見下ろすカタチで、馬の上にいるワタシ。あの、踏み台下さい。足が届きませぬ。無理。鐙に足をかければ良いとか、そういうのは運動神経が良い人間の台詞!だってこの馬、ワタシがいつも練習している馬より、遙かに大きいんですよ!?


「お前は馬からすら満足に降りられんのか」

「無理矢理お前が乗っけたからだろ!」

「仕方の無いヤツだ。ほれ」

「……ありがとうござます」


 肩をすくめて苦笑した後に、アーダルベルトはワタシに腕を差し出した。素直にその腕を掴むと、ぐいっと引き寄せられて、抱きかかえるようにして一瞬で降ろされる。素晴らしい腕力ですね。えぇ、流石はワタシを米俵のように肩に担いで運んだお方は違いまする。


「お前、まだ根に持ってるのか」


 荷物扱いされたことを、根に持たない人間が居ると思うのか。それも無理矢理。

 ぶちぶち文句を言いながら、村を見る。田舎の雰囲気は本当にほっこりするなー。あ、山がある。ちょっと材木に使われてるのか、山肌が見えてるのが気になるけど~。




 ちょっと待て。この村、なんて名前だった?




「アディ、つかぬ事を聞くけれど」

「何だ」

「この村の名前と、あの山の名前をプリーズ」

「トルファイ村とアロッサ山だが?」

「…………マジか」


 それがどうしたと言いたげなアーダルベルトの言葉に、絶句した。嘘だろ。マジですか。やめていただきたい。何でこんなタイミングなんだ。そして何でワタシは、思い出してるんだ。

 アーダルベルト統治10年の、春。それが今。四季は存在しないが、太陽暦で365日の計算が成り立っているこの世界、ただいまの暦は、5月の頭。春の息吹が芽吹き、心地よい風が吹き渡る季節。それは良い。それは別に構わない。

 ただ、問題はこの後だ。日本の梅雨ほどではないけれど、雨季と呼ばれるものでもないけれど、6月は雨が多い。降水量が圧倒的に多い。時折、ゲリラ豪雨のように降ることもあるそうな。




 このトルファイ村、今年の6月の大雨の時に、土砂崩れに巻き込まれて完全消滅する村じゃね?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る