非常に面倒くさい状況に気づいてしまった。

 気づきたくなかったけど。というか、何でこのタイミングで思い出すんだ、ワタシ。そして何故、このタイミングでワタシをこの村に連れてきたんだ、アーダルベルト。あと、なんでこのタイミングで村を襲ってるんだ、盗賊!

 落ち着こう。とりあえず、落ち着いて考えよう。簡単に口に出して良い話じゃ無い。だってそうだろう?「この村、来月土砂崩れで全滅しちゃうよ☆」なんて言ったら、ワタシ、最初と同じ状況になるわけじゃないですか?そのうっかり零れた本音で、今、こうして覇王様にとっ捕まって、やりたくも無い参謀ポジション与えられてるわけでしょ?


 出来れば、黙秘しておきたい。


 なのですが、ワタシの反応からナニカを悟ったらしいアーダルベルトが、にたぁっと笑ってこっちを見ていた。意訳するならば、「お前、また何か面白い予言でもするつもりだな?さっさと教えろ」って感じでしょうか。違わい。思い出したくなかったネタを思い出して、あわあわしてるんだよ。


「ミュー」

「……ちょっと、考える時間が欲しい。その間に村長と話するなり、盗賊退治するなり、好きにして」

「わかった。その代わり、後でちゃんと教えろよ?」

「教えたくないけど、教えないと煩いだろうから、覚悟が決まったら教える」


 嫌だ、ということを前面に押し出しつつも折れたら、アーダルベルトはごろごろと楽しそうに喉を鳴らして笑った。ぐしゃぐしゃと大きな毛皮の手でワタシの頭を撫で回し、追いついてきていた護衛の中から、顔馴染みの近衛兵さんを呼んで、ワタシの護衛を任せる。そうして、笑いながら、大多数を引き連れて、村長さんところへ向かっていった。

 あぁ、気が重い。重すぎる。何でこんなことになってるんだか……。


「……何か、お気づきの点でもあるのですか?」

「気づいたというか、思い出したというか、ね。後で説明するよ、ライナーさん」

「俺に説明は必要ありませんが、陛下には説明して下さいね」

「……うん」


 穏やかに笑ってくれるライナーさんは、犬の獣人ベスティだ。犬種イメージは、ゴールデンレトリバー系。犬の中でも大柄なんだけど、おっとり穏やかな性格が顔にも出ていて、威圧感は無い。あの日、ワタシがアーダルベルトに拉致された日も傍に居た、古株の近衛兵。年齢はアーダルベルトよりちょうど10歳上らしく、現在三十路半ば。男盛りですね。

 なお、あの日ワタシに対して殺気バリバリの言動取ってたのは、もう一人の護衛のお兄ちゃんですが、今はアーダルベルトの傍に居るので気にしない。あっちは真面目堅物だから、ワタシの言動が気にくわないらしい。陛下万歳マンセー気質のお兄さんには、不敬罪の重ね塗りみたいなワタシは、胃がキリキリ痛むぐらい腹立つ存在らしい。なお、そんな彼は狼系の獣人でした。狼って群れに忠実だもんね。

 話が逸れた。

 今ワタシの頭を悩ませているのは、この村が来月に土砂崩れで崩壊するという事実。直接的な原因は、雨量の多い6月にありがちな、ゲリラ豪雨。大量の雨を、山が受け止めきれずに地盤が緩み、そのまま土砂崩れに相成った、らしい。自然に逆らうのは難しいよ……。


 ただ、この村に起った土砂災害に関しては、人的要因も関わっている。


 主産業が林業のこの村で、都会から大量の材木の注文があった。

 それに間に合わせるために、本来ならば育てている途中だった部分の樹すら、材木として売ってしまったのだ。先立つものが無ければ生きていけない。彼らだって、自分たちの生活のために商売をしただけだ。例年通りの雨程度ならば、地盤も平気なはずだった。けれど、彼らの見立ては外れ、立った一夜にして一月分とも思えるほどの雨が降り、土砂災害は起り、トルファイ村は生存者を一人も残さずに、全滅したのだ。

 良心に従うならば、この事実をアーダルベルトに伝えて、何らかの対策を取って貰うべきだ。土嚢で補強するとか、余所から樹を持ってきて植林するとか、色々と。この世界の土木事情とかそこまで詳しくないけど、獣人の体力だったら、大概のことできそうだし。

 人命保護の観点からも、それは実に、当たり前の反応。ただ、ワタシがそれを一瞬ためらってしまうのには、訳がある。



 これは、立派な歴史改変になるのではないだろうか?



 アロッサ山を襲ったゲリラ豪雨。それによって引き起こされた土砂崩れによって全滅するトルファイ村。この不幸な事故には、歴史的な意味が付いてくる。この事故を教訓にして、アーダルベルトが一斉に全国の土砂事情?を調べ始めるのだ。結果、崩れそうな部分は補強され、水はけの悪い場所は水を誘導する措置が執られ、結果として、ガエリア帝国で土砂災害は劇的に減る。そういう、ターニングポイントなのです。

 んでもって、その事故を、ワタシの《予言》によって未然に防いだ場合、その先の未来は、どうなるのでしょうか?

 正直、先日の傭兵崩れの襲撃は、そこまで大きな事件でもイベントでも無かったので、単純に人命救助を優先させた。大きな歴史の流れにはならなかったと思う。けれど、今回は違う。コレは、大きすぎる改変で、それがこの世界にどういう影響を与えるのかが、ワタシには、わからない。

 救えるならば、救いたい。けれど、ワタシの短絡的な結論が原因で、この先の未来が変わったら?今目の前でワタシが救った数十人の代わりに、恒久的に護られるはずだった数千人の生命が危険にさらされるとしたら?



 無理!ワタシ、そんな重荷は背負えません!



 ただのオタク女子大生(腐女子)に、そんなことできるわけないじゃないですか。ワタシ、そこまで重いの背負いたくない。背負えない。耐えられない。無理無理無理。誰がなんと言ったって、そこまで責任持てない!下手したら、世界の理を調整するナニカによって、消滅させられるかも知れない!そんなの嫌だぁ!


「何をそこまで真剣に悩んでおられるのですか?」

「…………ワタシの覚悟の問題、かな?」

「覚悟、ですか?」

「ワタシ、アディが勝手に参謀にしてるだけで、ただの小娘だから。重荷を背負うなんて出来ないし、歴史を、未来を変えるなんて、恐ろしいこと出来ないなぁって思うわけです」


 心配そうなライナーさんに、へらりと笑って答えた。笑えているといい。阿呆な小娘の、どうしょうもない悩みだと思って貰えたら。真面目に受け取られると、結構しんどいしね。

 なのですが、何でか知らんけど、ライナーさんの目が尊敬の眼差しに変わっていった。え?何で?次いで、労るみたいな目になった。え?だから、何で????


「くだらんことで悩む暇があるなら、とっとと話せ」

「アディ!?」


 ぬっと現れたのは、アーダルベルト。村長さんとの話し合いは終わったのか、護衛のために連れてきてた筈の兵士さん達が、村の外へと、正確には山の方へと走っていった。あぁ、彼らに盗賊退治は任せたんだね。んでもって、さっきから興味残ってたワタシの方へやってきた、と…。

 …………ライナーさんの労りの眼差しの原因、こいつか。


「嫌だー。言いたくない-。ワタシまだ覚悟決まってないから、嫌だー。逃げるー」

「お前が俺から逃げられるわけないだろうが」

「……うん、知ってる」


 逃げようと動いた瞬間、襟首をアーダルベルトに捕まれた、そのまま、ひょいっとつまみ上げられて、顔と顔が同じ高さに。つまりはワタシ、浮いてますねん。あぁ、ワタシの体重が標準だからって、軽々持ち上げるとか、マジで獣人怖い。違った。獅子の獣人怖い、だ。犬猫ウサギにそんなに腕力は無いもん。


「ぐだぐだ言うな。《予言》を寄越せ」

「ワタシが与えるのは《予言》じゃなくて《知識》だ、バカタレ」

「俺達にしてみれば、それは立派に《予言》だ」


 真顔で言うなし。

 あぁ、でも、そうだよね。ワタシはこの世界の、或いはこの世界に類似した世界の、未来を知っている。それはワタシにとっては《知識》だけど、彼らにとっては《予言》になってしまうのだ。

 ほら、歴史改変の危険性はここにちゃんとあるじゃないか。タイムパラドックスだのタイムリープだのと、色々と時間を移動する際の危険性とかは存在するでしょう。それとは違っても、今のワタシは、それに近い状況に陥っている。下手したら、タイムパトロールにとっ捕まる。

 ……いや、ここは別の世界かもしれないから、そういう意味では捕まらないの、かな?


「ミュー」


 静かな声で名前を呼ばれる。それ、ワタシの名前じゃない。だけど、この世界に落ちてきてから、ワタシの名前はちゃんと発音されることはなかった。だから、ミューと呼ばれても、それが自分の名前だと認識する程度には、馴染んだ。馴染みたくなかったけど。

 ……仕方ない。腹を括るか。


「来月、大雨が降る季節だよな」

「そうだな」

「近年最大級の豪雨が降る可能性がある」

「で?」


 回りくどいワタシの発言に眉を寄せるアーダルベルト。はっきり言え、と言われている。表情だけでそれがわかってしまうのが、色々辛い。




「ゲリラ豪雨でアロッサ山が崩れて、トルファイ村は全滅する」




 口に出してしまえば、一瞬のこと。アーダルベルトもライナーさんも目を見張っていた。他には誰も居なかった。だから、口に出した。この二人は、ワタシが突拍子も無いことを言い出すのを知っている。だから、言える。けれど。

 けれど、だ。

 この先をどうする?アーダルベルトは、民が危険にさらされるのを知っていて、見捨てる男じゃ無い。絶対に、防ごうと動く。防ぐための手段を紡ぐ。まだ一ヶ月ある。防げる可能性の方が、大きい。それぐらいの男だと、知っている。



 けれどそれは、ワタシがこの世界の歴史を歪めたことに、ならないのか?



 ぞわり、と背筋を悪寒が走った。ワタシは、ただの異邦人だ。この世界の異物だ。それなのに、この世界の重要な事象を、決定づけようとしている。ワタシは、何の権利も無いのに。何の権限も無いのに。この世界の、続いていくはずの、《正しい》歴史を歪めようとしているのだ。

 多分、顔面真っ青だ。怖い。物凄く怖い。ワタシはただのオタク女子大生なのだ。こんな重い責任なんて、背負えない。背負いたくない。じゃあ、最後まで口を割らなければ良いじゃないかと思うだろう。でも、ワタシは《言いたかった》。

 アーダルベルトに伝えて、彼に何とかして欲しかった。目の前で、普通に笑って生活しているこの村が、一ヶ月後に無残に滅ぶなんて、見たくなかった。走り回ってる子供達が。畑作業をしている男達が。洗濯物を取り込んでいる女達が。土砂に潰されて死ぬなんて、耐えられない。だってワタシは、ただの庶民なんだ。目の前の人たちが死ぬとわかっていたら、誰かに助けてと叫びたくなる。

 

 そしてワタシの前には、彼らを救える男が、いるのだから。


「……村長の家で、詳しいことを話せ。対策を練る」

「アディ」

「お前が何に怯えているのかは知らん。だが、責任は俺が取る。忘れるな。お前は参謀で、王はこの俺だ」

「……おぅ。アディ、超格好良いぞ」

「もっと褒めろ」

「嫌だ。褒めたら調子に乗る。あと、いい加減降ろせ」


 ありがとうとは、言いたくなかった。それを言ってしまったら、ワタシは完全に、アーダルベルトを利用したことになる。それは、嫌だ。心の中で、どれだけ本気で、彼にありがとうと叫んでいても、口には出さない。それはきっと、ワタシのちっぽけな矜持だ。

 それを知っているのかいないのか、アーダルベルトはいつものままで。ワタシをつまんだまま、歩き出す。降ろしてはくれなかった。村長の家までの僅かの距離を、ワタシは彼に文句を言うことに費やした。そんなワタシに、アディは軽口を返すだけだった。いつものままに。




 それでも、救える命を救いたいと願ったのは、ワタシの確かな本音なのです。


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