「アンタの頭が理解できないよ、アディ」

「そうか。俺もお前の頭が理解出来ん。そしてその呼び名は何だ」

「アーダルベルトって長いから、親しみを込めてアディと呼んであげよう」

「……まぁ、俺もお前の名前を愛称で呼んでいるようなものだしな。赦す」

「ありがとうごぜーます」


 もっしゃもっしゃと鳥の丸焼きをかっこんでいるのは、ガエリア帝国の皇帝、アーダルベルト・ガエリオス様その人。赤毛の獅子が鶏肉にかぶり付いてるのは、絵になると言うべきなのか、別の意味で絵になりすぎてて怖いと言うべきか。とりあえず、隣で見てるだけで腹がいっぱいになって、ワタシ殆ど食欲沸かないんですけど。


 数日に一回、アーダルベルトは中庭でバーベキューをやらかす。


 ただし、これ、元凶はワタシだ。

 適当な話のついでにバーベキューの話題を出してしまったら、えらくお気に召した。何でも、料理長が丹精込めた料理は運ばれてくるまでに時間がかかって、冷めてるのが面倒くさいとかそんなの。お前贅沢だな。王様の食事なんて、毒見が何人も控えてるせいで、冷めてるのが普通だろうが。

 あ、でもこの国、毒見役居なかった。

 何でって聞いたら、「毒なんぞ鼻と本能で察知できるだろう?」って不思議そうな顔で言われた。そんな、獣人ベスティ基準で話をされても困る。普通は王族のご飯は毒見する。なので、毒見が必要なワタシは、半強制的にアーダルベルトとご飯を一緒しています。ヤツがおk出した物体だけ食べます。

 鳥の丸焼きは流石に食べられないので、捌いて貰ったお肉と野菜を拝借している。あと、パン。主食はパンだった。どっちかというと肉食メインなんだろうけど、ちゃんと野菜も穀物も食べてた。ただ、ガエリアの主食はパンらしくて、ワタシの恋しいお米は存在が半分忘れられてた。ヒドイ。米美味いのに。




 なお、たった十日ほどで、ワタシの立場は「予言の力を持つ参謀」というものにクラスチェンジしていた。



 そもそもが、アーダルベルトがワタシを「世界の未来を知る賢者」とかいうご大層な煽り文句を付けて説明したのが発端。殆どの者が疑心暗鬼。そんな不審人物、という扱いだった。それで普通だ。それを不機嫌そうに睨んでいたお前がおかしいんだよ、アディ。

 それならそれで、煩い奴らを納得させるネタを出せ、と言う無茶ぶりをしたのが、アーダルベルトのアーダルベルトたる所以でしょうか。んでもって、うっかりそれに答えちゃったワタシも悪かった。うん、あの時はちょっとテンションがおかしかったんだ。何でアーダルベルトの作戦に乗っちゃったんだろう……。




 だって、「この不審者の小僧が!どうやって陛下に取り入った!」って言われすぎてて腹立ったんだよ!ワタシは女なんだから、小僧じゃなくてせめて小娘にしとけやぁあああああああ!




 っていう苛立ちの元、やらかした。

 記憶を探り、今の暦を探り、適当なイベントを思い出して、アーダルベルトに進言してみたのだ。「大雨が降った後に、傭兵崩れが辺境の村を襲ってくるよ☆」と教えてやったら、彼は何でかそれをちゃんと信じて、ワタシが指定した辺境の村に防御体勢整えちゃった。ついでに、煩かったお偉方引き連れて、自分で傭兵崩れ討伐してた。嬉々としていたらしい。

 ワタシ?

 ワタシもついて行きましたけど。流石に戦闘は無理なので、野営地のテントの中で、例の話をした時に一緒に居た近衛兵さんを護衛に、お茶飲んでました。異世界に飛ばされましたが、身体能力とかは全然変わりませんでした。魔法とか使ってみたかった……。


「そうだ、明日、領地の見回りに行くぞ」

「行ってらっ」

「お前も来るんだ」

「……まだ乗馬の技術が満足にいかないので、この間みたいに馬車用意してくれるなら行きます」


 お見送りの言葉すら言わせて貰えなかった。ひでぇ。

 ワタシの存在がちゃんと参謀として認知され始めてから、アーダルベルトは当たり前みたいにワタシをあちこち連れ回す。顔を売るためなのか、それとも少しでも役立てようとしているのか。申し訳ないけど、ゲーム知識しか存在しないので、基本的には阿呆なワタシは役に立てないんだよ、アディ。

 んでもって、とりあえず馬に乗れないと話にならないと言うことで、乗馬の訓練は受けてます。お尻めっちゃ痛い。用意されてる馬が良い子ばっかりだから、ワタシのようなへっぽこ相手でもちゃんと動いてくれるけどね。教えてくれてるウサギ獣人のお姉さんの目が、いつも生温い。この子ないわー、と思われていること請け合いだ。ごめんなさい、運動神経は鈍いんです。

 というか、何でワタシ、こんな事になってんだろ。早く元の世界に戻りたい。一応今は夏休みですけど、それを突破したら、ワタシどうしたら良いの?現実世界で行方不明扱いされてるんじゃ……????


「召喚者を戻す方法は召喚したヤツにしかわからんぞ」


 知ってる。それぐらい知ってるから!人の傷口に塩塗り込むみたいなことすんなし!

 そんなに考えてることが顔に出るタイプじゃないのに、何故かアーダルベルトには読まれる。何でや。理解不能。そう言ったら、お互い様だと言い返された。お互い様じゃないやい。ワタシはアンタの性格をある程度知ってるけど、アンタはワタシを知ってからたった数日でしょうが。そっちがおかしいんだよ。

 食え、と差し出されたのはホクホクに蒸されたジャガイモ。ジャガイモは結構主食扱いらしくて、ごろごろ転がってる。まぁ、育てやすいもんね。バーベキューの火種の中に、水に浸した布にくるんで蒸し焼きにしたらしい。焼き芋の原理っぽい。サツマイモあったら焼き芋にして欲しい。あるのか知らんけど。

 アーダルベルトはそのままがつがつジャガイモを食べてる。熱くないのか?獅子って猫科じゃなかったっけ?猫舌大丈夫?あ、うん。大丈夫そう。

 あまりにも大きなジャガイモだったので、お皿の上でフォークぶっさして崩してみた。いや、持てないよ。こんな熱いの素手で持てるとか、お前の毛皮に覆われた手がくそ羨ましいわ、アディ。不思議そうな顔すんな。ワタシただの人間!

 そのまま一口食べてみる。美味しい。確かにジャガイモの風味は抜群に美味い。でも、物足りない。

 ごめん、こちとら味覚的に非常に色々面倒くさい民族、日本人なんです。素材の味を堪能するのも良いけど、それをより引き立てる調味料を所望する!


「バターくれし」


 早よ、早よ、というニュアンスで手招きしたら、女官のお姉ちゃんがパン用のバターを持ってきてくれた。ありがとう。一欠片をバターナイフですくって、ジャガイモに乗っける。バターはすぐに溶けた。ジャガイモがホクホクだからね!いっただきまーす。

 うん、美ん味い。やっぱり、じゃがバターは美味しいよねぇ。北海道の人たち、こんな美味しいの食べてるんだろうなぁ。ジャガイモ美味いし、牛も居るからバターも美味いだろうなぁ。マヨネーズ付けるヒトもいるんだっけか?でもワタシの好みは、バターかなぁ。あ、醤油一滴垂らしても美味しいかも。今度醤油も所望しよう。


「…………ミュー。何をしている」

「うん?何って、じゃがバター。ジャガイモオンリーだと味がちょっと寂しかった」

「芋にバターを付けるのか?」

「蒸したジャガイモにバター乗っけたら美味いよ。やってみたら?」


 アーダルベルトは自分の持ってるジャガイモと、ワタシのじゃがバターを見比べて、沈黙。あ、嫌な予感してきた。ちょっと待て。こら待て。今お前が何をしようとしているか、凄く予想が付くぞ!

 アーダルベルトの腕が、フォークを握るワタシの手を掴む。ちっ、やっぱり予想通りか!こういう時の男の反応って、本当にどこでも同じだな!兄弟を思い出すわ!


「……うむ。イケるな。俺にもバターを寄越せ」

「承知しました」

「その前にお前は、無断でワタシのじゃがバターを半分以上食った事を詫びろし」

「次のジャガイモが蒸し上がったらしいぞ」

「聞けよ!」


 ワタシのじゃがバターを強奪した後、その味を確かめたアーダルベルトは、嬉々としてバターを所望していた。そして、ワタシには謝らなかった。ひでぇ。なんてひでぇ男だ。このゴーイングマイウェイ男!

 ワタシとアーダルベルトのやりとりを、周囲は生温い目で見ていた。特に近衛兵さんたちは。侍従とか女官、料理人とかの人たちは、困った顔で見ている。すみませんね。こちとら庶民育ちで、礼儀作法とか無理なんで。あと、アーダルベルトがそれで良いって言ってるんで、気にしないで下さい。

 いや、ワタシだって、最初はちゃんとした方が良いかなって思ったんだよ?そしたら、アーダルベルトが「お前は俺の参謀だ。遠慮無く発言すれば良い。……それに、下手に取り繕われると気色悪い」って言うもんだから、もう無視して普通に接してますよ。また腹抱えて笑ってたから、お気に召したんじゃね?


「そういえば、お前の服をどうするか考えてなかったな」

「服?」


 今のワタシは、侍従の皆さんと同じ衣装。部屋でごろごろするときはパジャマ代わりにジャージ着てます。だって、この世界の寝具より、ワタシのジャージ(どっちかというとスウェットに近い肌触り)の方が気持ち良いのです。寝るなら楽な服が良いです。マル。

 別に、侍従さんの服、動きやすいから良いよ?シャツにベストにズボンだし。この世界、女子はスカートしか着ないみたいだけど、ワタシ日本人なので。ズボンも普通にはき慣れてますんで。


「その侍従服じゃ、ハッタリが効かん」

「んなもん必要ないでしょうが」

「阿呆。お前は俺の参謀だぞ?それなりの格好で威圧しないでどうする」

「そんな器用な芸当、ワタシに出来ると思うのか?」

「…………」


 真顔で問い返したら、沈黙された。

 そりゃ、そうでしょう。ワタシのどこに、威圧感が出せるのか。のらりくらりとしたただのオタク女子大生なのですよ?ハタチの小娘なんですよ?アンタが望むような、古狸相手に海千山千乗り越えてきたみたいなの、無理に決まってるじゃんかー。


「まぁ、それでももうちょっとマシな服を仕立てさせるか。いずれ」

「えー、面倒くさい。動きやすい服が良いです」

「お前な……」

「ただでさえ鈍い運動神経が、動きにくい衣服のせいで圧迫されたらどうしてくれる」

「……あー、動きやすさ重視で、見栄えもそこそこのを作らせよう」

「ありがとう」


 今回だけは、心の底からお礼を言った。日々、自分の運動神経の鈍さを痛感している。うぅ、だって、体育の成績はいつだって、「サボらずちゃんと参加してるから」という理由で、5段階評価の3だったんですよ。いわゆる普通の場所に居続けられたのも、先生が「やる気は認めてやろう」ってなってたからですよ。そんなワタシが、こんな、移動手段=乗馬みたいな世界で生きるのすげぇ大変なんです……。




 翌日、何でか移動手段が《アーダルベルトの馬に一緒に乗せられる》だった時のワタシの衝撃を、皆様お察し下さい。



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