「これはミュー殿。どうなされました?また道にお迷いですか?」

「いえ、迷ってません。とりあえず、慣れるために城の中の散策です」

「そうですか。……あ、本日の昼食は中庭で食べると陛下が仰ってましたよ」

「了解です」


 にこにこ笑って去って行く衛兵。巻物状態の地図を片手に、ガエリア城の中をうろうろするワタシ。何でこんなことになっているのか、本当に理解不能だ。あのクソ馬鹿皇帝、ふざけやがって。


「ミュー様、お召し物が乾きましたので、お部屋に置いておきますね」

「どうもありがとうございますー」


 笑顔の女官に、笑顔を返す。彼女の手には、ワタシのジャージ。ちなみに、今着ているのは城の侍従が着ているのと同じ服。前開きのシャツにベストにズボン。人間用なので、尻尾用の穴とかはごぜーませんよ。

 何でそこで男物を渡してきたのか、あの阿呆陛下にはきっちりお伺いしたいところだ。ワタシの性別は女だと、ちゃんと伝えたはずなのだが。

 ここはガエリア帝国。RPGゲーム『ブレイブ・ファンタジア』の世界。或いは、それに良く似たナニカな世界。とりあえず、獣人ベスティの国と知られるガエリア帝国の王城。働いているのは基本が獣人で、それ以外の種族もわらわらいる。歴代の皇帝陛下は懐が広く、種族の違いや出自には一切こだわらない強者ばかりらしい。




 だからって、異世界から召喚されてきた人間を、「面白い」の一言で参謀に据えるって、ドウイウコト?




***********************************




 まるで米俵のようにアーダルベルトに担がれてたどり着いたのは、ガエリア城。近衛兵はおろおろしてるし、城門を護ってる衛兵は目を点にしてるし。そりゃそうでしょう。自分たちの王様が、得体の知れないナニカを担いでるんだから。常識で考えて!お願いだから!

 道中延々と文句を言ってみたけれど、綺麗さっぱり無視されました。素晴らしいね、王様!何でこの人ここまでゴーイングマイウェイなのかな?あぁ、そうだよね!帝国の領土を拡大したり、そのまま大陸統一やらかしそうな勢いで以下略な貴方が、普通の感性してるわけないよね!この、リアルアレクサンドロス大王が!


「さて、詳しい話を聞かせて貰おうか」


 …………。

 一応、執務室らしい部屋に付いたら、ちゃんとソファーに座らせて下さいました。だがしかし、何一つありがたくない。あと、監視するみたいに両脇に近衛兵がいるのマジ怖い。正面でにっこにこなアーダルベルトも普通に怖いけど、ご機嫌ならまだマシですね。不審者マジ殺すって顔してる近衛兵さんたちに比べたら、全っ然!

 つーか、ワタシ、好きでここに居るわけじゃ無いです!貴方たちの王様が、皇帝陛下が、ワタシを勝手に、まるで米俵のように担いで、無理矢理拉致ったんですよ?そこんとこわかって。むしろわかれ。お前等の頭は飾りか!?


「くわしくも何も、ワタシはただ、何者かに召喚されてこの地に墜ちてきた、一般人です」

「ミュー」

「……偉大なるアーダルベルト陛下に申し上げます。ワタシごときに構われず、御身の勤めを御果たし下さい」


 つーわけで、さっさと宿屋に帰してくりゃれ。確か、今夜大口のお客さんが来るとか言ってたんだよ。おっちゃんが忙しいって言ってたんで、まだ出来ること少ないけど、ワタシもお手伝いしないといけないんですよ。だって、そうして日々の食い扶持稼がないと、ワタシ、餓死する。

 口調はとりあえず丁寧にして、目で物凄くものっそ訴えてみた。一般人をこれ以上巻き込まないでくれと、心の底から訴えてみた。が、無理でした。そうね。訴えたぐらいでどうにかなるような男なら、ヒトを米俵のように担いで運ばないよね!知ってた!


「そんな口先だけの言い訳で、俺が納得すると思ったか?」




 思ってねぇよ。



 思わず真顔になった。思ってるわけないだろうが。貴方との付き合いは、『ブレイブ・ファンタジア』屈指の名作と言われてた3からですよ。3で即位前。4でちょうど今ぐらい。んでもって、最新作の5では、件の5年後の滅亡って辺りまで行く。3と4では主人公。5では前半の主人公を務めたアーダルベルト・ガエリオスのことを、ワタシはちゃんと理解している。



 アンタが、戦闘本能で支配されてると見せかけて、その実、恐ろしいまでに冷静に全てを判断する理性型だということも。



 雰囲気と行動から、アーダルベルトという男は、本能型の直情型と見られやすい。ワイルドイケメンな獅子の獣人、しかも赤毛というのも、彼のイメージに拍車をかけているのだろうけれど。更には、そう思って相手が油断してくれる方が都合が良いとか言って、わざとそういう風に振る舞ってるのだ、この男。今だって、獲物を狙う肉食獣のどう猛さを前面に押し出しながら、瞳だけは冷静に、真っ直ぐとワタシを見ている。あぁ、怖い。怖い男だ。画面の向こう側なら、格好良いって褒め称えてあげられるのに。

 

「……ワタシが何を申し上げても、信じて下さいますか?」

「信頼に値する内容ならな」

「どうせ、真実を告げても誰も信じてはくれないので。とりあえず、この近衛兵さんたちは信頼がおけますか?貴方が、重大な機密を共有するに値しますか?」

「……貴様!」

「止めろ」


 真っ直ぐとアーダルベルトを見据えたままで問いかける。両脇の近衛兵さんたちの殺気がすっげー怖いです。怖すぎて顔が強張る。なのに表情に出てくれない。止めて。こういうときは仕事して、ワタシの表情筋。今は、「ヒャッハー!こんな萌え展開が公式でだって?!神か!あぁ、やはり作者様は我らの神だ!」っていう時の上がりまくったテンションを、必死に素面の無表情に隠すのとは違うんだ。頼むから、強張るぐらいしてくれ、ワタシの表情筋!

 めっちゃ怒ってる近衛兵さん達を、アーダルベルトは淡々と止めた。その一言で、ちゃんと待てが出来る近衛兵さん達は偉いですね。忠臣ですね。あ、この人達犬の獣人だった。そら忠義に厚いわ。犬はやはり、忠実に仕える種族だよね。


「この二人なら問題は無い。……俺がまだ皇子だった頃からの付き合いだ」

「承知しました。では、ワタシの素性をお話しましょう。滅びの予言と言われた言葉の真意も」


 勿体振ってみたけど、別に深い意味は無いです。何となく、シリアスな場面っぽいし、失敗したら容赦なく処刑首ちょんぱされる気配がしたので、それに相応しいノリにしてみただけです。あ、半分以上現実逃避な気がする。ちくしょう。今の状況が全部夢だったら良かったのに。


「アーダルベルト陛下、ワタシは異世界からの召喚者です」

「それは聞いた」

「大人しく話聞いといて下さい。話の腰を折らないで下さい。手間が増えます」

「うむ、わかった。続けろ」


 両隣の近衛兵の殺気が増えたけど、ここで釘を刺しておかないと、この王様はきっと、次々口を挟むでしょう。だって、めっちゃ面白そうな顔してる。興味引いちゃった。引いてる。引きたくないのに。

 あぁ、ご機嫌だと多少可愛く見えるよね。赤毛の獅子ってだけで怖いイメージだけど、ニコニコと楽しそうに目を細めてる姿は、動物園でひなたぼっこしてるライオンに似てる。……まぁ、実際にライオンに接するときは、ちゃんと檻があるから安心だったけどな!


「ワタシは自分の世界に居たときに、この世界に似た異世界の内実を知ることがありました。『ブレイブ・ファンタジア』と呼ばれるその世界は、この世界に実に良く似ているのです。世界の成り立ちも、国も、そこに生きる主要人物も。ですからワタシは、ガエリア帝国という国に聞き覚えが在り、アーダルベルトという名の王の治政についての知識があります」


 正確には、ゲームでむっちゃ普通に、アーダルベルトの即位前から死ぬまでの半生を追っかけるんだけどな!ソフト3本、いや、5では前半の主人公だったから、2本半で!おかげで、結構細々としたイベントも知ってるよ!でも、今過去の話まで持ち出したらヤバイと思うから、うっかり口走った未来のことだけ告げておこう。


「結論から申し上げます。ワタシの知るその世界では、今から5年後に、ガエリア帝国は滅亡します」

「滅亡理由を述べよ。異国の侵略か。天変地異か。それとも内乱か。いずれに該当する」


 淡々と、けれど一切の偽りと妥協を許さない目をしたアーダルベルト。己が護る国を、手にした国を、民を、いかなる災厄からも守ってみせると豪語した、即位式。それに相応しく、外敵を打ち払い、天災に対処し続けたこの10年。彼は確かに、立派な王なのだ。

 覚悟を決めて、息を吸い、言葉を綴った。この国の滅亡は覚えている。5の前半の終了部分。ゲームディスクが1から2へと切り替えることを要求される、シーン。とてもとても残酷な、事実。




「指導者を喪った瞬間を狙った異国の侵略により、滅亡します」


 


 言葉は、誰の口からも零れなかった。近衛兵たちが息を飲む。アーダルベルトは無言のまま、ワタシを見ている。静かな瞳だ。怖い。止めてくれ。そういう真剣な顔で見ないでくれださい。マジで怖いです。ワタシただのオタク(腐女子)な女子大生なんで。まだハタチの小娘なんで!


「俺が死ぬのか」

「ワタシの知っている世界では」

「5年後に?」

「5年後に」

「後継者は定めていなかったのか?」

「定めていません。だって貴方はまだ若かった。獣人の平均寿命がおよそ120年と言われるこの世界で、まだ30代の貴方が、後継を決めていなくても誰も何も言わなかった。それで、《普通当たり前》なのでは?」


 ワタシの言葉は事実だった。だってゲームでそういう内容の会話が飛び交っていたのだ。アーダルベルトはまだまだ若かった。彼が死ぬなんて、誰も思っていなかった。だから、彼が後継者を定めていなくても、誰も、何も、不安になど思わなかったのだ。歴代最強と謳われる、誇り高きガエリアの覇王。獅子の中の獅子。彼がたった30数年で死んでしまうなんて、誰も思っちゃいなかった。


 そう、ゲームをプレイしていたワタシたちですらも。


 5をプレイしていたときに、前半でアーダルベルトが死んだ瞬間、目が点になった。何を言っているんだ、と思った。後半は主人公が変わると知っていた。けれどそれは、視点が変わるだけだと思っていた。或いは、王として政務に専念するアーダルベルトでは、身動きが出来ないからだと思っていたのだ。まさか彼が死ぬなんて、誰が予想したか。

 往年のファンほど嘆き悲しんで、お葬式まで開かれるぐらいの嘆きようだった。とりあえず、ワタシも彼の命日には(この世界も太陽暦でカレンダーがあるので、一年は365日なのです)しんみりとお弔いをしていた。

 あ、アーダルベルト、普通に好きなキャラでした。3の即位前の自由奔放な若獅子モードも、4でちょっと真面目に王様頑張ってるところも、5で貫禄を出してきたカリスマっぷりも、全部好きですよ。彼の存在はワタシの萌えメーターを適度に満たしてくれました。マル。



 だが、今目の前で不敵に笑っている獅子王は、ちっとも必要ない!



 何で?何で自分が死ぬって予言されて、すっげー楽しそうに笑ってるの?アンタの思考回路がまったく理解できないよ!近衛兵達も意味がわかってない顔してるじゃないですか!やっぱり、この王様が普通じゃ無いんですね、わかった!


「おい、小娘」

「はいはい、何でごぜーましょーか」


 もう真面目に相手するの疲れたので、砕けた口調にしてみた。近衛兵は殺気怖いけど、そもそもワタシ、最初から口悪かったので、もう今更くね?アーダルベルト気にしてないみたいだし、良くね?


「お前、参謀として俺に仕えろ」

「…………は、い?」

「「陛下?!」」


 耳を疑った。

 何を言われたのか、ちっとも理解できない。けれど、アーダルベルトはとてもとても楽しそうに笑っていた。

 お気に入りの玩具を見つけたように?違う。

 好物の食事が出てきた時のように?違う。

 彼の顔は物語っていた。それはもう、完璧に。これは、アレです。えぇ、決定です。



 難攻不落の強敵に出会ったときの、戦闘本能むき出しの顔です。



 ……あぁ、そういうことですか。滅びの運命さだめに抗う以下略みたいな気分なんですね。わかります。でもだからって、ワタシを参謀に据えるとか、頭沸いてんのか、アンタ。近衛兵さんたちが凄い顔してますよ。普通するでしょ。ワタシの言ったこと、そもそも丸ごと信じたの?


「信じたんですか?」

「お前は嘘を言っていない」

「ワタシが知っている《歴史》が、この世界の《未来》とは限らないですけど」

「それが真実かどうかを確かめるのだ。どうせ行く当ては無いのだろう?大人しく俺の隣に居ろ」

「…………ちっ」


 思わず舌打ちが零れた。だって、ワタシに拒否権は無いのだ。不審人物のワタシに、拒否権が存在するわけが無い。何でまた、こんなことになったんだ。アーダルベルトって、こういう性格だったっけ?……あぁ、こういう性格だったわ。不可能とか言われたら、それに挑む感じで。思い出した。


「安心しろ。お前の身の安全は保証してやる」

「……お手柔らかにお願いします」



 どうせ逃げられないなら、せめて素敵な衣食住を保証しやがれよ、この馬鹿皇帝!

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