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 キリキリ白状しろ、と言わんばかりの覇王様に、引っ張り出されて、騎士団らしき人々の前に突き出されたワタシです。向こうもすっげー凝視しております。うん、止めて。そういう視線、止めてください。凝視されたって何も出ません。非力な乙女を、殺気一歩手前のすっげー表情で見るのやめれ。

 

「ガエリアの覇王殿、その者は……?」

「我が参謀だ。……ミュー、先ほどの言葉の意味は?」

「……あー、その、そちらの捜し物が、指輪じゃないかなーと思っただけです。…………金細工に双頭の蛇が刻まれ、赤と青の石がはめ込まれた、指輪じゃないかなー、と」

「「……ッ!」」


 知りうる限りの描写で指輪について呟いてみたら、騎士団の視線が一気に険しくなってワタシを見た。違う。ワタシはその指輪を持っていない。実物を見たことも、この世界ではない。君たちの想像のように、指輪を持っている犯人では無いのだ!そこんところは誤解しないで!っていうかアーダルベルト、こいつら怖いから、ちゃんと牽制してぇえええええ!


「双頭の蛇はウォール王国の紋章だな。赤と青の石というのは…?」

「…………そこは、秘密☆ってことにしといてあげないと、あちらが可哀想だから突っ込むな」

「聞くと厄介なことになるのか?」

「なる。ウォールの問題だから。ガエリアが巻き込まれる必要は無いと思う」

「わかった」


 アーダルベルトは素直だった。普段もこれぐらい素直にワタシの言うことを聞いてくれたなら、ワタシだってもっと楽に生活出来るのに。ちっ。

 ただし、反対に騎士団らしき人間さんたちは、物凄いものっそ真剣な瞳でワタシを見ている。怖い。止めろ。怖い。ワタシはお前達の獲物では無い。ただちょっと、皆より色んな事を《知っている》だけの一般人でしかないのだ!


「何故、我らの捜し物が指輪と思われたのだ」

「……何となく?」

「そのような言い分で納得できると思うのか!よもや、貴様が……!」

「止めぬか!」


 こてんと首を傾げて、それ以外に答えようが無かったので適当に返事をしたワタシに対して、血の気の多そうな若手がキレた。それを鋭い一喝で制止したのは、アーダルベルトとやり合ってたおっさんだ。うむ。流石、酸いも甘いも知り尽くしたような壮年の騎士は違うね。ここでワタシに喧嘩を売ったって、噛み付いたって、何も良いことは無いですよ~。むしろ、アーダルベルト(+ライナーさん)の機嫌が悪くなるので、立場がどんどん悪くなるよ。


 ……あと、ワタシを敵視すると、トルファイ村の住人の視線が痛くなるからな?


 トルファイ村の皆さん、ワタシとアーダルベルトのこと大好きだからね?ワタシ達に敵対したって時点で、アンタ等、今までの比じゃ無いレベルで敵意向けられるからね?田舎の住民舐めたらアカンよ。この人達、農具で低級モンスターなら追っ払う程度には逞しいし、農作業とか林業してるから体力有り余ってるし、そっちが戦力にならないと思ってる段階で油断してるわけだし。……そもそも、彼らは獣人ベスティなので、人間のアンタ等よりよっぽど身体能力高いからな?

 そういった忠告を含めた生温い視線の意味を、彼らが理解してくれたかどうかは、怪しい。ただし、先頭に立っている騎士のおっさんだけは、真っ直ぐとワタシを見てきた。もう殺気とか妙な感情の無い、ただ純粋に知りたがっているとわかる瞳だった。どうやら冷静に状況を見極めたりできるタイプのおっさんだったらしい。


「貴殿はいったい、何をご存じなのですか?」

「……んー、貴方たちの捜し物が指輪で、その指輪はガエリア帝国に無くて、ウォール王国にあるってことぐらいです」

「国に……?!」

「はい。こっちに来ると見せかけて、持った人間がそのままウォール王国に戻りました。今なら戻って探せば捕まえられるんじゃないですかね?」

「何故、それをご存じかを聞いても……?」

「……すみません。《知っている》としか言えません」


 アーダルベルトの背後に隠れつつ、顔だけを覗かせてぼそぼそっと答えるワタシ。だって、うっかり前に出たままで発言して、さっきみたいに血の気の多い若手に怒鳴られるの嫌やん?アーダルベルトも気持ちをわかってくれたのか、特につまみ出されずに、そのまま壁になっててくれた。ありがとう、悪友ともよ!

 つーか、とりあえずさっさと国に戻って、指輪持って逃げてる輩をとっ捕まえたらどうかな。それがアンタ等の仕事だし、もうこれ以上トルファイ村とかガエリア帝国とかに迷惑かけるな。外交問題に発展するぞ。というか、今の段階でも普通に外交問題だろ。アーダルベルトが、とりあえず穏便に終わらせようとしてるのと、ワタシの《うっかり》発言で話が逸れてるだけで。


 ……それと、早く撤退しないと、山の主のグライフ様が激おこだから、アンタ等全員殺されるぞ?


 しばらく騎士団らしき集団は、作戦会議をしていた。勝手にしてくれ。そしてさっさと帰れ。それがワタシ達の共通認識で間違いはない。アーダルベルトやライナーさん、エーレンフリートだけじゃなくて、ヤン君を始めとしたトルファイ村の住人だってそう思っている。だからもう、帰れ?


「我らの捜し物は、真に我が国にあるのですか?」

「あるよ。……今ならまだ、港町じゃないかな。或いはそこに至るまでの街」

「何故、そう仰る」

「早くしないと、港町から船で外国に逃げちゃうよ」


 ワタシは親切に教えて上げた。またあわあわしてる。頼むから、あわあわしないでさっさと帰れっつーの。ワタシはな、いつ、山の主様が念話テレパシーで「そいつらぶっ潰しておkか?」って聞いてくるんじゃないかと、ドキドキしてるんだ。怪獣大決戦はいらぬのだ。早よ消えろ。


「ミュー」

あに?」

「……この阿呆」

「イッター!何で叩くの!?アンタの力で叩いたら、軽くでもワタシには痛いんだからな!」

「お前があまりにも阿呆だからだ」

「阿呆じゃないやい。ワタシはあの人達をとっととここから追い払いたいだけだい」


 頭を殴られました。なんてヒドイ覇王様でしょうか。ワタシはこう、自分に出来ることをして、少しでも村に平和をと思っているだけなのに。……いえ、違います。ワタシが怪獣大決戦見たくないだけです。とっとと帰れ、騎士共!不法侵入見逃してやるから!

 そんなワタシに、アーダルベルトは呆れたようにため息をついて、騎士達を指さした。視線を向けたら、……なんか、超真剣にワタシを見ている。止めて。なんでそんな顔で見るの。ワタシは何もしていない。ワタシの戯れ言が本当だと思ったなら、とっとと戻って現実を確かめたら良いだけじゃないか。ワタシは何もしたくない!


「貴殿に、我が国までご同行願いたい」

「断固拒否する!」

「早い拒絶だな。……だが、貴殿は我々が知らぬ事を知っていた。それが真実であるかを確かめるまで、行動を共にして貰いたい」

「アディ!アディ!こいつらワタシに理不尽なことを言ってる!」

「そういうことを言わせてるのはお前の発言だ、阿呆」

「何で?!」


 味方しろと叫んだ相手に、呆れたように売られました。何でや。ワタシはこんな風になるようなことなど、知らぬ!しいていうなら、村人Aから情報を聞いたら、そのまま情報が真実かを確かめるために皆行動するじゃ無い?ぐらいのスタンスで動いたんですよ?ほら、ワタシは一般人Aなんですから!


「ウォール王国にミューを連れて行くということか?」

「危害を加えるつもりは無い。ただ、発言内容の真偽を確かめたいだけなのだ」

「……ふむ。ミュー、こいつら引きそうに無いから、とっととウォール王国に行って、ケリを付けるぞ」

「何でお前は行く気満々なの!?」


 暇つぶしの玩具を見つけたみたいにあっさり決めたアーダルベルトに、ワタシは思わず絶叫。騎士団の皆さんも村人さんたちも呆気に取られている。ついでに、ライナーさんは何かを堪えるように明後日の方を向き、エーレンフリートは……、何か、隣国に赴くのに必要な物資を、村人から購入しようとしていた。お前、そこはぶれろ。いつも通り過ぎる行動すんじゃねぇよ、この忠犬オオカミ

 ところがどっこい、衝撃から立ち直ったらしい騎士団のおっさんが、さらなる爆弾を投下した。


「申し訳ないが、覇王殿にはご遠慮願いたい。貴方は非常に目立たれる」

「…………つまり、ミューだけ連れて行く、と?」

「人間ならば我らと共に行動していても違和感はないと思われる」

「……だ、そうだぞ、ミュー」

「全力でお断るわぁあああああああ!!!!」


 ぎゅぅううっとアーダルベルトの背中にしがみつきながら、ワタシは腹の底から絶叫した。何ですかそれ、ワタシ一人ドナドナですか?!見知らぬ土地に、見知らぬ人々オンリーで向かうとか、どんな無理ゲーですか!嫌だ、ワタシまだ死にたくない!

 アーダルベルトが一緒なら、絶対死なないという無駄な安心感があるじゃないですか?この最強の覇王様ラスボスが一緒なら、どんな敵だろうと返り討ちにしてくださるとわかるものです。それが無い状態とか、死亡フラグしか感じられんわー!

 しかも、ワタシ、この騎士団の皆さんと初対面!確かに人間なので、紛れ込むのは簡単かも知れないですけどね!?でもよく考えて。見知らぬ人々(※しかもガエリアに不法侵入してきた)と一緒にウォール王国(※ガエリアの潜在敵国。何度かドンパチやってる間柄)に向かうとか、逃げたいと思ったって仕方ないでしょ!?


「アディ!ワタシそんなの絶対に嫌だ!死ぬ!」

「ミュー、叫ぶな。煩い」

「煩いとか言うなぁああああ!」

「元はと言えば、お前の軽率な発言が原因だろうが。……とりあえず、ライナーとエレンを付けてやるから、行ってこい。この二人なら、服装を変えれば一般の獣人に見えるだろう?」


 最後の台詞は、ワタシではなくて騎士団のおっさんに向けてだった。待って、そういう方向で話を進めないで。勝手に《うっかり》をやらかしたワタシが悪いのはわかってる。でもアディ、ワタシを売るな。見捨てるな。いくらライナーさんとエーレンフリートがいてくれたって、お前がいる安心感には到底叶わないんだよぉおおおお!


「俺だって止めてやりたいが、……このままここで長引かせて、指輪を持ち逃げされたらどうなるんだ?」

「…………ウォール王国壊滅☆みたいになる?」

「隣国がそんな状態になると、ガエリア帝国ウチも大概困るんだ。大人しく仕事してこい」

「アディの馬鹿ぁああああ!勝手にワタシを身売り決定しやがってぇえええええ!」

「ミュー様、身売りじゃないですよ。観光だと思いましょう」

「思えないよ、ライナーさん!」


 子供を宥めるみたいにライナーさんが告げてくるけど、ワタシは全然嬉しくないです。思えないです。あとライナーさん、ワタシはハタチだとお伝えしてあるはずですが?誕生日来たら、今年21歳になるんですけど!何で標準装備で10代前半ローティーン扱いなんですかねぇえええええ?!

 ……あのさ、叫くワタシも子供っぽいけど、地面に膝ついてがっくりとうなだれて、この世の終わりみたいな顔で絶望感じてるエーレンフリートも、大概じゃね?アンタ本当にアーダルベルト好きだね。そんなに側を離れるのが嫌か。そんなにワタシの護衛は嫌か。……この、陛下至上主義アディマニアめ!



 どれだけ足掻こうとも、ワタシのウォール王国行きは覆らないのでありました。ちくせう!



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