5章 参謀改め、覇王の親友

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 何も無い平和な一日を過ごすはずだったワタシですが、まさかのゲームのメインキャラとのエンカウントに現在固まっております。何でここにおるんや。というか、ここはワタシの憩いの場所である料理番の休憩所なんですが。何でお前がここに顔出してんじゃ、オヤジぃぃいいいい!


「料理番見習いみたいに馴染んでるなぁ、お嬢」


 ケタケタと楽しそうに笑うのは、紛う事なきオヤジである。外見から推定する年齢は、五十路。実際に、この時間軸における彼の年齢も、それぐらいなので間違いはないだろう。ただし、五十路であろうとも鍛えられたその体躯から、彼が歴戦の戦士であることは誰の目にも明らかだ。無造作に適当に動いているようで、視線は油断無く周囲を観察している。

 なお、このオヤジ、種族は人間である。つまり、ワタシと同じ。全てにおいて平均的な能力しか持たないはずの人間でありながら、こやつ、このガエリア帝国で歩兵遊撃隊の長なんていう存在になっちゃってる、おっそろしい男である。ついでに、アーダルベルトが皇太子時代に旅をしていたときのパーティーメンバーだ。成り上がり上等の剣士である。


「初めまして、だな。俺の名前はアルノーだ。よろしく頼むぞ、お嬢」

「…………よろしくお願いします、イラリオン・・・・・さん」

「…………ほぉ?いやー、面白いなぁ、お嬢。……マジモンか」


 小さく、眼前の男にだけ通じるように呟いたワタシの言葉は、ちゃんと聞き取ってくれたらしい。そして、それ故に彼は目を細め、実に楽しそうに笑った。一か八かの賭だったけど、どうやら勝利したらしい。よし、これでワタシは、この面倒くさいオヤジに一目置かれる存在になったはずだ。ただのお嬢扱いだと、鬱陶しそうだから一目置いて貰おう。

 アルノーというのは、彼の使っている通り名。もとい、偽名だ。本名はイラリオン・レフェットニーという。海を越えた遙か彼方、北の果てにあると言われる国の、それなりに身分のある家柄の出身。詳しいことは描写されていないが、本名と北の国出身と言うことだけは、ゲーム中でも明らかにされた。ただし、彼の素性を知っているのは、共に旅をした面々のみ。もしかしたらユリウスさんも知ってるかも知れないけど。

 その状況で、ワタシが正しくその名前を呼んだことで、アルノーの中でワタシはただの小娘ではなくなっただろう。……まぁ、逆に、興味を持たれて玩具にされる可能性が無いとも言わんが。とりあえず、ただの小娘扱いでこづかれるよりは、適当に一目置かれてる方が良いと思う。だってこいつ、ゲームのメインキャラだ。イベント関係で色々とお付き合いすることになるしな。


「まぁ、それならなおさらちょうど良いな。お嬢、これから陛下のとこ行くから、お嬢も一緒に来い」

「……は?何で?ワタシは今、10時のおやつタイムやって…」

「さー、行くぞー」

「いやー!この誘拐魔ぁああああ!ライナーさん、ライナーさん、このオヤジぶん殴ってぇええええええ!」

「アルノー殿、そのように強く腕を引っ張られてはミュー様が転んでしまわれます。我々とは歩幅が違いますので」

「あぁ、それもそうか。すまんすまん、お嬢。お嬢は小さいからな」

「小さい言うな!あと、ライナーさん、ワタシを見捨てないで!」

「見捨てていませんよ、ミュー様。一緒に行きますから」

「そういう意味じゃ無いです!」


 アルノーに腕を引っ張られて、隣を歩くライナーさんに宥められながら、ワタシはアーダルベルトの執務室へと連行されてしまった。なんでや。ワタシの憩いの時間を奪うとは、このオヤジ、許すまじ!ワタシの10時のおやつタイムがぁあああああ!

 えぐえぐしながら執務室に入れば、アーダルベルトがワタシ達三人の状況を確認して、全てを察したかのように大きく頷いた。そうか、わかってくれるか。時計見たもんな。ワタシが10時のおやつタイムを堪能してたところを、このオヤジに誘拐されてきたと言うことを、お前はちゃんと理解してくれたんだな。流石だ、我が悪友ともよ!


「ミュー、とりあえず何か食いたいなら、シュテファンに持ってこさせてやるぞ」

「……何でも良いから、とりあえずおやつ寄越せし……」

「わかったわかった。だから涙目になるな。アルノー、ミューを放してやれ」

「うん?お嬢、何を泣きそうになってるんだ?」

「煩い!ワタシの憩いのおやつタイムをジャマしたくせに!」


 不思議そうなオヤジをべしべしと殴ってみたけれど、ノーダメージだった!まさかの、まさかの!いくら鍛えてるからって、同じ種族である人間のオヤジ相手にも、微塵もダメージ与えられないとか!ワタシ本当に非力すぎて辛い!

 とりあえず、オヤジに掴まって玩具にされるのは嫌だったので、執務机の方へと移動する。部屋の隅に置いてあるイスをずりずり引きずって(床が痛むと言われそうなんだけど、マジでこのイス重いんですけど)、アーダルベルトの隣に座る。さぁ来い、オヤジもといアルノー!ワタシには、最強の覇王様という盾が存在するのだからな!


「お嬢、何でそんな思いっきり警戒するんだ?俺はただ、お嬢にも話しに付き合って欲しかっただけなんだが」

「煩い、黙れオヤジ」

「アルノー、ミューの行動理念に「食べ物の恨みは恐ろしい」という精神が染みついてるからな。こいつのおやつタイムを邪魔したお前が悪い」

「何だそりゃ。お嬢、見た目は子供でも中身は成人してるんじゃなかったのか?」

「見た目子供言うなぁああああああ!」


 腹の底から叫ぶワタシ。不思議そうに見ているアルノー。宥めるように頭をぽんぽんしてくるアーダルベルト。いつものこととスルーしている、宰相+近衛兵ズ。……いや、そこはスルーせんでくれ。いつものこと扱いされるのもどうかと思う。っていうか、このオヤジの扱いはこれで良いのかよ!割と皇帝陛下に対してフランク一直線じゃね?!

 ……いやまぁ、どつき漫才繰り広げちゃうワタシが言うことでは無いが。


「まぁ、とりあえず真面目な話です。斥候部隊からの連絡で、南のキャラベル共和国に軍備強化の兆し有り、と」

「……何でまた、あの国が?」

「さぁ。とりあえず、急ぎ報告って事で、俺が来ました」

「……何でオヤジが来てんの」

「俺の馬が一番足が速かったんだ」


 きっぱりはっきり言い切られた言葉に、なるほどと納得した。っていうか、今度はキャラベル共和国かい。この間はウォール王国で、次はキャラベル共和国とか、ネタに事欠かないよね、覇王様。周辺諸国と仲良くしたいのに、勝手に逆恨みされてるの不憫すぎるわー。

 ……って、キャラベル共和国に軍備強化の兆しって、それ、戦争の準備じゃね?確か、二ヶ月後ぐらいに一騒動合ったような…?


「ミュー、余所でうっかりやらかす前に、今ここで根こそぎ吐いておけ」

「うい」


 先日の件があるので、アーダルベルトも容赦してくれなかった。頭を掴む掌が、ギリギリと力を込めております。待って、止めて。ちゃんとあの件については反省してるから、ワタシも発言気をつけようと思ってるから!身内がいるとこでしかうっかりやらかさないから!だから頭ギリギリ止めて!割れる!

 アルノーは面白そうにワタシを見ていた。それはもう、実に楽しそうに。……お前、ワタシが何か知っていると踏んで、ここに連行したな?ちくせう。流石、元パーティーメンバー。流石、ゲームメインキャラ。色々と抜け目ないわ。………………ひげ面のオヤジのくせに、甘い物大好きでパフェとか見たら顔輝かせる系の駄目オヤジのくせに!


「キャラベル共和国、食糧難なんだよ。雨が降りすぎて、作物が根腐れしてる。んで、国境を接してるガエリア帝国の南方は穀倉地帯だから、かっ攫おうと軍備強化なう」

「……食糧不足なら、そう言ってくれたら俺はちゃんと援助するんだが」

「大統領変わっちゃって、アンタの性格知らない若造なんだよ。んで、年齢が近いから、こう、張り合ってる。多分、こっちから援助申し出ても、突っぱねるよ。借りは作りたくない的な」

「それで戦争にするのか?阿呆だろ」

「阿呆だね」


 ワタシの頭をギリギリしていたアーダルベルトの大きな掌が、撫で撫でに変わっている。ちゃんと情報を提供したことを褒められているのだろう。なお、アルノーは驚いたように目を見張っている。ユリウスさんとかライナーさんとかエーレンフリートは、もう慣れてるので気にしていないらしい。すまんな、オヤジ。ワタシは色々と《知っている》という存在なのだ!


「お嬢、本気で未来が解るのか?」

「確定してる未来なんてないけどね。確定してたら、ワタシが何を助言したって、覆せないし」

「陛下、面白いのを拾われましたな」

「「拾った言うな」」


 覇王様と二人で綺麗にハモって突っ込ませて頂きました。なんてことを言うのだ。ワタシはモノではない。しかも拾ったとか、捨て猫とか捨て犬とかみたいじゃねーですか。失礼すぎるわ!

 ねぇ?と確認の意思を込めて隣を見たら、アーダルベルトは憤慨しているようだった。悪友モードの顔で。……あぁ、うん。こいつが何を言うのか、何となくわかった。


「拾ったんじゃなくて、とっ捕まえたんだ」

「ワタシは獣か何かかぁああああ!」

「ほぼ同じじゃないですか」


 あっさりとした発言に、ワタシとアルノーのツッコミが被さった。べしべしべしと覇王様をぶん殴るのですが、まぁ、いつもの通りに全然パワーが足りてませぬ!捕まえたとか言うなし!ワタシの人権はどこへ行った!保護団体を呼んでくれ!覇王様が色々とワタシに対して失礼極まる!


「ミュー」

あに?」

「戦になるのは止められんか?」

「……向こうに止める気は無いと思うよ。元々、あの辺はキャラベル共和国の領土だったから、取り戻すつもりらしいし」

「それはもう五代ぐらい前の話だろう。しかも向こうが喧嘩ふっかけ来て、返り討ちにして賠償として貰った土地で、その後ガエリア帝国ウチが面倒見て今の穀倉地帯になったんだぞ」


 面倒そうに呟いた覇王様に、うん、とワタシは頷いておいた。知ってますがな。それぐらいの予備知識は、ゲーム内でも与えて貰えましたしね。でも仕方ないじゃん。そんだけ前なので、正しい情報が伝わってないのよ。まして、キャラベルは共和国で、王家みたいに一つの家系がずっと繋いでるわけじゃないし。


 ……結果として、穀倉地帯をガエリア帝国に奪われた、みたいな認識が根付いてるっぽい、とても面倒くさいキャラベル共和国である。


 面倒ごとに巻き込まれるのが確定したらしい覇王様の頭を、ワタシは腕をうんと伸ばしてぽんぽんしてあげた。頑張れ、アディ。お前が皇帝陛下だから、お前が仕事しないとダメだしな。でも一生懸命頑張ってるのは知ってるから、誰が褒めなくてもワタシが褒めてやろう。王様だって一個人だもんなー。疲れるし、面倒になることだってあるし、やりたくないこといっぱいだもんなー。偉い偉い。


「おう、もっと褒めろ。そして存分に甘やかせ」

「褒めるのは良いけど、甘やかすのはキモイからヤダ。とりあえず頑張れ、皇帝陛下」

「協力はしろよ、参謀閣下」

「ういうい」


 にへっと笑って頷くワタシ。満足そうなアーダルベルト。いつも通りにじゃれ合うワタシ達ですが、オヤジの目にはどう映ったのかね?視線を向けたら、絶句した後、視線を明後日の方向に逸らしてくださいやがりました。……そこまでの反応するか、アルノー?

 んでもって、その後に、身体半分に折り曲げて、多分、笑いを堪えてるんじゃねーですかね?おいおい、そこのオヤジ、そこまで露骨な反応取らんでくれ。これがワタシと彼の普通であって、いつもの光景であって、今更なのだ。そんな大爆笑されちゃうと、ちょっと真顔になりたくなるではないか!


「とりあえず、戦争になるかもしれんというなら、斥候を向かわせるか。ユリウス、手配を」

「承知いたしました」

「アルノー、お前の部隊はいつでも動けるように南を警戒しておいてくれ」

「…………りょ、了解しました、陛下」

「…………そこまで笑うか?」


 笑い疲れてるのか声が震えているアルノーに、アーダルベルトが胡乱げな瞳を向けて呟きましたが、ワタシもまったくもって同感でありました!

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