72

「ユーリちゃん、甘い物は平気?」

「大好きです」

「そりゃ良かった。はい、今日のおやつー☆」

「え?えぇえええ?!な、何故私の分まであるんですか?!」

「え?今更くね?」


 シュテファン特製の豆乳ドーナツを皿ごと差し出したら、ユリアーネちゃんがビックリしながら叫んだ。いやいや、今更だと思うけどねぇ。ほれ、ライナーさんなんて、もう平然と優雅に紅茶飲みながらドーナツ食べてるし。ここはワタシの部屋で、ユリアーネちゃんとライナーさんと三人で雑談してました。だって、知り合ったばかりなんだから、お互いを知るのは必要でしょう。ははは。

 今日のおやつは豆乳ドーナツプレーン味です。ヘルシーですぞ。この世界にもちゃんと豆乳あったみたいで、ヘルシーおやつ作ってくれとお願いして、豆乳ドーナツ完成しました。別に、豆乳にしたら何でも健康とは思わないけどね。んで、ドーナツなんだけど、食べやすさを優先したので、サータアンダギーとかベビーカステラとかみたいに、一口サイズです。シュテファン優秀。シュテファン良い子。


「ワタシ、一人で食べるの嫌だから。ワタシの傍に居る以上、おやつには巻き込まれると思ってね、ユーリちゃん」

「で、ですが、私はただの侍女で……!」

「ライナーさんも護衛だけど食べてるよ?」

「ライナー様は近衛兵様です!」

「……ユリアーネさん、ミュー様にそういったことを説いても無駄ですので、諦めてお食べになる方が良いですよ」

「…………ライナーさん、めっちゃ含みを感じますが?」


 あわあわしているユリアーネちゃんと、いつも通りのワタシ。そこに被さるライナーさんの発言。まだそこまで距離感が近くないからか、ライナーさんの口調がいつもよりも堅苦しいというか、距離がある。でもまぁ、その内なくなるでしょう。そんなことより、笑顔の発言内容が、ワタシへのフォローじゃなくて、色々含んでいるようですが?


「気のせいです」


 どこがだよ!

 最近、ライナーさんのワタシへの扱いがアレな気がするのですが。どうにも、ラインがエーレンフリートに近づいている気がします。いや、親しみが発生していると考えれば良いのかもしれないけど。しれないんだけど!…別に良いけどさー。


「そういえば、ツェリさんだけじゃなくて皆さん忙しそうだけど、何かイベントでもあるの?」

「ミュー様ご存じないんですか?お客様がお越しになるんですよ」

「お客様?アディに?」

「はい」


 もしゃもしゃと豆乳ドーナツを食べながら問いかけたら、恐る恐る食べてたユリアーネちゃんが答えてくれた。……いや、別に毒物じゃないし、一緒に食べたからって不敬罪とかあり得ないから、普通に味わって食べておくれ?あと、慣れておくれ。貴方はこれからワタシの傍にいることになるので、こういうのは日常になるはずだから。


「んで、アディにお客様って、誰?」

「コーラシュ王国のリヒャルト殿下だと伺っていますけど……」

「……ぅん?コーラシュ王国のリヒャルト?次の王様の?」

「はい、そうです。…あの、ミュー様?」


 思わず名前を反芻してしまいました。ちょっと待って?コーラシュ王国と接点あったの?ゲームの時は、アーダルベルトのターンの間は名前も出なかったよ?いや、確かに隣国ではあるけど。そんなイベント無かったと思うんだけど。いやまぁ、幕間ではあったのかな。ゲームだし、特に大きくないイベントは省かれてるとかそういうのか。

 いやいや、そんなことより、待って?リヒャルト王子、まだ王子だね?王子なんだよな?王子の彼に会える?アーダルベルトに会いに来るの?この時間軸だったら、まだ、婚約者いなくね?いないよね?ね?


「コーラシュ王国のリヒャルト殿下は、嫁探しの旅をされているともっぱらの噂ですが」

「ライナーさんも知ってたの?」

「それはもちろん。近衛兵ですし」

「あ、そうですね」


 そりゃそうだ。知らない方がオカシイ。つーか、待って?嫁探しの真っ最中の、リヒャルト王子に接触できると?……それはつまり、上手くいけば、ワタシの長年の夢を叶えることが出来るのではないのかね?こう、色々と干渉して、歴史をねじ曲げる的な方向だけど……。

 よし、ここでうだうだ考えててもしょうがない!覇王様にお話を伺いに行こう。主に、誰がこっちへやって来るのかについてを!


「ユリアーネちゃん、アディの所におやつ突撃するから、三人分のおやつとお茶の用意を頼んできて」

「承知しました。私が運びますので、ミュー様は先に陛下の執務室へお向かい下さい」

「了解。よろしくね!」


 ばくばくばくと自分の豆乳ドーナツを早業で食べ終わると、紅茶もきっちり飲み干してから、執務室へと向かいます。心持ち早足になりつつ覇王様の執務室へレッツゴーである。今回は思いっきり私情で干渉しようとしてますので、お許しをいただけるかも聞かなければ。……ぶっちゃけ、駄目って言われてもやりたいんだけど。


「アディ-!ちょっと聞きたいことあるんだけど-」

「毎度のことだが、お前ノックして返事も待たずに開けるのを止めろというに」

「えー?面倒くさい。あ、おやつは後でユーリちゃんが届けてくれるから」

「ユーリ?」

「ワタシの専属侍女になったウサギのお嬢さん。良い子だよ」

「あぁ、そういえば女官長がそんな話をしていたな」


 元気よく執務室に入ったら、いつも通りのお小言から始まりました。気にしないけどね。あっちも多分もう気にしてないけどね。ほら、あれだ。様式美みたいな感じだよ。いつものお約束ってやりとりだ。……だって、ユリウスさんがもはや何も無かったかのように書類を片付けて、お茶が出来るように机の上を用意しちゃってるから。うーん、宰相様も慣れてくださいましたねー。良きかな、良きかな。

 とことこと覇王様の隣に歩いて行ったら、色々察してくれたライナーさんが椅子を置いてくれた。ありがとうございます。本当に、お気遣いの紳士って感じですね。出来る男は違う。素晴らしいです。

 椅子にちょこんと座って、ワタシはアーダルベルトを見上げた。……めっちゃ面倒くさそうな顔をされました。おい、ヒドイじゃないか、悪友。ワタシはちょっと、聞きたいことがあってやってきただけだというのに。


「微妙に嫌な予感というか、面倒ごとの気配しかせんのだがな」

「……流石悪友!わかってらしゃる!」

「面倒ごとを持ち込むな!国主は忙しいと、お前、知ってるだろうが!」

「いやいやいやいや、アディの手を煩わせるつもりはないよ!ワタシがちょっと、お茶目に、色々ぐいぐいいっちゃうのを、黙認してくれたら良いだけだって!」

「それは結果的に俺に後始末が回ってくるパターンだろうが」


 頭をぐしゃぐしゃと撫で回されました。うむ、まぁ、否定は出来ないな。ワタシが何かやらかすと、どうしても最終責任が覇王様になってしまうのは申し訳ない。でもほら、こんなワタシを参謀に据えたのは貴方なので、大人しく諦めて貰いたい。あと、普段一応お役に立ってるんだから、たまのお茶目ぐらい見逃してくれても良いと思う。キリッ!


「何を真面目そうな顔をして言ってる。どう考えても余計な面倒ごとだろうが」

「違うもん!余計な面倒ごとじゃなくて、ワタシの夢を叶えるだけだもん!」

「は?お前の夢?何だそれは」


 思いっきり胡乱げな顔をされました。そういう顔しないで欲しいんだけど。ちょっと心が傷つくじゃないか。でもまぁ、とりあえず話を聞いてくれる感じにはなったので、質問してみますか。


「コーラシュ王国のリヒャルト王子が来るってマジ?」

「来るぞ」

「いつ?」

「明後日到着予定だな。……何でも嫁探しの旅だそうだが」

「護衛は?!護衛には誰がついてくるの!」


 ワタシの知りたい情報はそこなのだ、アーダルベルトよ!リヒャルト王子が来るのも、嫁探しの旅らしいってのも、ユリアーネちゃんとライナーさんから聞いてるから!ワタシがアンタに、覇王様にお伺いしたいのは、そのリヒャルト殿下のお側に付き添ってくる護衛が、いったい、どこの、誰なのか、ということだ!それによって、ワタシの行動は大いに変わる。


「護衛……?……ユリウス、同行者名簿はあったな」

「送られて参りました。こちらに」

「ほれ」

「ありがと!」


 ユリウスさんがアーダルベルトに渡した書類は、そのままワタシに横流し。ひったくる勢いで書類を奪い取ると、同行者の名前に目を走らせる。何か色々役職持ってそうな文官連中の名前はスルー。今のワタシには必要ない名前ですので、流し読みです。紙を破らないようにめくりながら、ワタシは護衛の名前が書いてある書類を探す。

 あった。護衛の一覧には、名前と役職とか性別とか、実家のことととか、まぁ色々書いてあった。その辺はスルーでおk。ワタシに必要なのは、《あの人》がそこにいるかどうかを確認することなので!



 護衛騎士 フェルディナント・エル・ルーレッシュ。



 よし!いた!目当ての名前を発見して、ワタシはガッツポーズだ。何か可哀想な子を見る感じの視線が突き刺さるけど、気にしない。ルーレッシュ侯爵家の嫡子、リヒャルト王子の側近代表。幼少時から行動を常に共にしていたと言われる美貌の騎士、フェルディナント。同行してくれてると、信じてたよ!

 これで、ワタシの夢が、叶う!


「護衛騎士の名前なんて確認してどうするんだ?」

「アディ、ワタシ、ちょっとこの騎士さんとお話したい」

「……はぁ?」

「王子様のお出迎え手伝うから、騎士さんと二人で話せる時間が欲しい。というか、出来たらアディも協力者になって色々裏工作手伝って欲しい」

「待て待て待て」


 顔をキラキラさせてお願いしたら、ぺしんと額を叩かれた。うん?と首を傾げてみたら、盛大なため息が。え?何で?何でいきなりため息なの?わからないよ、悪友。


「解らないのは、お前だ。何でそんなにコーラシュの騎士に拘る。お前の夢とは何だ」

「え?未来をねじ曲げたい」

「更に待て」


 ぐわしっと頭を鷲掴みにされました。痛いんですけどー。ライナーさん、こいつ相変わらずワタシの扱い雑すぎると思うんですけど、護衛としてそこんとこどう思います?……あ、いつものこととスルーして、いつの間にかやってきてたユリアーネちゃんの持ってきた豆乳ドーナツの説明をエーレンフリートにしていた。相変わらず仲良しデスネー。

 

「その未来をねじ曲げるというのは、我が国に関係はあるのか?」

「微塵もない」

「ヲイ」

「良いじゃんか!絶対絶対、ワタシがねじ曲げた未来の方が、皆が幸せになれるんだから!このままじゃ、リヒャルト王子もフェルディナントさんも不幸になるだけなんだもん!」


 そこは絶対に譲れないので、アーダルベルトに必死に訴えた。確かに、確かにこの一件は、ガエリア帝国には全然関係無い。コーラシュ王国の問題だし、別にワタシが干渉せずにゲーム通りに進んだって、ガエリアは痛くもかゆくも無いのだ。でも、ワタシは嫌だ。絶対に嫌だ。それをねじ曲げられるなら、過干渉だと言われても、干渉したい。

 だって、不幸になる未来が解ってるのに、指をくわえて待ってるのって嫌じゃないか。まして、今ならまだ、どうにか出来るとわかっているんだから。


「……危険なことは」

「しない。ない」

「俺にかかる負担は」

「そこまで無いと思うけど?主に王子の相手してくれたらおkだし」


 うん、色々考えたけど、作戦を詰めるのは皆さんに手伝って欲しいけど、別に危ないことはないしね。面倒くさいことにはなるかもしれないけど、危険は無い。そもそもが、どっちかというと、話し合いレベルでどうにかなる筈だ。後は、インパクトのためにサプライズイベントが欲しいところだけど…。


「……わかった。詳しく説明しろ」

「ありがとう!流石悪友だね!」

「そこは親友にしとけ」

「ういっす!」



 やっぱり我が覇王様は頼りになるし、何だかんだでお人好しで良い奴ですよね!うん!


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