第六十九話 会談と恐るべき秘密兵器

「おっはよ~、お師匠様はここかしら?」


 ノックも無しに、早朝の大魔王執務室に入って来たのは、ダークエルフの最強魔術師ゼロノだった。


「忙しいから帰ってくれないか?」


 俺は簡潔に要望を伝える。

 今日はガガギドラとの会談が行われる日なのだ。

 作戦行動は始まっていて、シャムティア機動部隊は既に出発を開始している。

 執務室には主要なメンバーが集まって、最後の打ち合わせをしていた。


「なによ、冷たいわね、友達でしょ?」


 そうだったか?

 まあ、かなり世話になったのは事実だ、恩に着せられはしたのだが。


「あ、お師匠様みっけ」


 部屋の中には、サティに抱かれて居心地のわるそうなアルタイ師匠が居た。


「ひっ、だ、大魔王、助けるのじゃ、大魔王……」


 師匠がガタガタと震えて俺に助けを求める。


「もう、サティが守ってあげるってば」


 頼られなかったサティは不満顔だ。


「何しに来たんだよ? 見ての通り忙しいんだ」

「知ってるわよ、またガガギドラと戦争するんでしょう?

 さすがトカゲは馬鹿ね、懲りないんだから。

 でね、みんなが留守の間、お師匠様の面倒をみようと思ってぇ」


 なるほど、そういう事か。


「今日はずっと一緒に居ましょう……あ、どうせなら物理的にも一緒に暮らさない?

 私の服の中へ閉じ込めて、上からベルトか何かでギチギチに……」

「ひいいいいいいいっ」


 アルタイ師匠が真っ青な顔で、激しく震える。


「だだだ、大魔王、ワシも行くのじゃ、連れて行って欲しいのじゃ、置いて行かれたら死ぬのじゃぁ」


「なら私も行くわ」


 ゼロノが気楽な感じでそう言った。

 お、それは心強い。

 アルタイには申し訳ないが利用させてもらおう。


「よし、二人共連れて行こう」



 ◇



「現在地が国境であると断言します」


 オルガノンが何もない平原でそう言った。

 大魔王国は未だ正式な国家とはいいがたく、国境もあいまいなのだが、彼女は自信たっぷりだ。


 どこか陰鬱いんうつな曇り空で、時刻はもうすぐ午後二時となる。


「よし、前衛はもう少し下がって布陣だ。

 後衛の魔術師部隊は、密集し過ぎないように気を付けさせろ」


 ワルナがシャムティア機動部隊三万に指示を出す。

 他の戦力は、万が一の為に大魔王城へ残してきた。

 転移ゲートは本当にやっかいだな。


 シャムティア王国情報部が予想した、この会談に参加する敵兵力もほぼ同数だ。


 リザードマンの王国ガガギドラは軍事大国で、保有戦力は奴隷兵士を含めれば三十万人を超える。

 だが国境を隣接する全ての魔族国家と戦争中、もしくは休戦中で、自由に動かせる兵士の数は決して多くはないらしいのだ。


 更に俺の分身は全て、ガガギドラ国内に移動させてあり、会談に参加する敵軍の動向を探っている。

 そこから得られた情報も、シャムティアのそれと同じだった。


 敵軍は約三万人で、会談場所の反対側に、俺達と同じように展開している。


 しかし、このまま戦争に突入することは避けたい。

 個人的な嫌悪を別にしても、平原でただ正面からぶつかり合うなど愚策も良いところだ。

 事前にどれだけ有利な条件が整えられるかが勝負だというのに。


「しかたない、とりあえず行ってみるか」

「うむ、行こう」

「本機も同意します」


 ここから会談場所まで進むのは、俺とワルナとオルガノン、そしてシャムティア王国機動部隊の精鋭が七名で、相手も同じ人数で来る事になっていた。

 全員が、俺と同じ程度の超高速で移動できるメンバーだった。


「なにかあったらサティがなんとかするからね」

「ああう、気を付けるっす」

「油断してはならぬのじゃ」

「適当で平気よ、大魔王なんだから」


 機動部隊三万と一緒にこの場に残るのは、サティとココ、そしてサティに抱えられたアルタイ師匠とゼロノだ。

 サティをまた戦争に駆り出してしまった。

 情けない話だが、背に腹は代えられない。


 俺達は一台の軍用馬車に乗り、会談場所である民家へと向かった。



 ◇



 俺達の乗った馬車が、会談場所で停止する。

 反対側からやってきた、リザードマン用の大きな馬車が、会談場所に着く直前で大きく回って反転し、一目散に逃げていく。


「やはり罠か」


 俺が馬車から外へ出た直後、


――アラート オートマチクリィ トランスフォーム――


 脅威の出現を察知した俺の自動防御システムが、身体を戦闘形態へと変化させる。


 その脅威は遥か上空から超音速で現れた。

 つまり、俺と同じようにダンジョンからの魔力に依存しない存在だ。

 小型の爆撃機程度の大きさだろうか?

 翼を持つ赤銅色の巨大なトカゲ。


 それは正にドラゴンだった。


「なんだと……」


 ワルナと護衛の兵士達が息をのむ。

 ドラゴンは減速しながら、俺達の上空へ接近してくる。


「強いのか?」


 俺はワルナに問う。


「伝説ではそうだ。

 だがこの四百年間、ドラゴンが魔族の前に現れた事など一度も無いのだぞ」


「本機は警告します。現有戦力での勝利は困難だと推測しました」


 そう言ったオルガノンは、いつもより緊迫感のあるジト目をしている。

 四百年以上前から存在する彼女の警告だ、信憑性しんぴょうせいは高いだろう。

 くそ、ガガギドラめ、とんでもない切り札を持っていやがった。


 辺りに暴風が巻き起こり、枯草や土ぼこりが舞う。

 そして、俺達の上空二十メートル程の高さで止まったドラゴンが口を開く。


「お前が大魔王か? なんだ全然強そうじゃないぞ」


 ドラゴンは意外にも、まるで子供のような話し方をした。

 いや、もしかして本当に子供なのか?


「そうだ、俺が大魔王だ。君は何者だ?」

「見て分からないのか? 大魔王って頭も悪いんだな、ドラゴンだよ。

 なんで爺ちゃん達は、こんなのを怖がっているんだろう?」


 爺ちゃん? 怖がっている? 大魔王をか?


「どういうことだ?」


「とぼけるなよ、四百年前、お前が僕達ドラゴンを沢山殺したんだろ。

 そして、わずかに生き残った爺ちゃん達を、あんな狭い場所でしか暮らせないようにしてさ」


「なんだと?」


「先代大魔王の伝説だな。

 ドラゴンは魔族にとって脅威だったんだ。

 大魔王がほとんどを退治し、残ったドラゴンも北の果てにある火山へ追い払った」


 ワルナが補足してくれた。

 先代とごっちゃにされているな、どうにか誤解を解けないだろうか?


「僕は三百年前に新しく生まれたドラゴンだ。制約なんか関係ないぞ。

 覚悟しろ、敵め、やっつけてやる」


 そう言ったドラゴンが大きく息を吸う。

 ブレスによる攻撃だろうか? もう戦うしかないだろう。


「加速」

「石火」


 俺とワルナ達は同時に超加速状態へと移行した。

 ドラゴンが狙うなら俺だろうから、上昇して味方への損害を回避する。

 当然の様にドラゴンも超加速状態になっており、上昇する俺にドラゴンブレスを命中させる。


 ブレスの正体はレーザーだった。息を吸う必要があったのか?

 俺のレーザーより遥かに焦点が大きく、面積当たりの出力も高かったが、超加速状態の改造人間を害するにはまるで足りなかった。


 俺はドラゴンに最大加速で向かいながら、散弾と大型の弾丸を組み合わせて電磁投射機で撃ち出す。

 だがドラゴンは弾丸を気にせず、俺に向けて突っ込んでくる。

 これは、まさか……。


 嫌な予想は的中し、ドラゴンは命中した弾丸を物ともせずに近づいて来る。

 傷一つ付いていないようだ。


 こいつもか!

 俺は仮面アベンジャーを思い出す。

 あの真っ黒な人型ドラゴンの姿を……待てよ?


 かろうじてドラゴンの突進をかわした俺は、サティに話かける。


――サティ、聞こえてるか?――

――うん、バンお兄ちゃん、大丈夫?――


 大丈夫では無かった。


――なんとかドラゴンの動きを遅く出来ないか? 少しでも良い――

――う~ん、魔法が効きにくくて難しいかも……敵の兵隊は魔術師ばっかで、サティが頑張らないと負けそうだよ――


 どうやらガガギドラの兵士三万人は、ほとんどが魔術師だったようだ。

 配置はちゃんと前衛と後衛に分かれていて、前衛は近接戦闘用の装備をしているのだが、それらは全て偽装だったらしい。


 やられたな。

 ドラゴンに前衛を任せるなら上手い戦法だ。

 俺は全ての分身に指示を出して、ガガギドラの魔術師を攻撃させる。

 しばらく混乱させるだけでも良い筈だ。


 その間にドラゴンが再び、俺をめがけて突進してくる。

 避け切ったつもりだったのだが、ドラゴンは長い尻尾を振っていた。


 これはまずい、避けられない。

 このままで食らえば、戦闘不能は免れないだろう。

 俺は魔法の特訓を思い出し、自分の身体を魔法で強化する。


 巨大なドラゴンの尻尾が俺をはじく。

 俺の身体は持ちこたえ、尻尾に跳ね飛ばされて加速する。

 だが、持ちこたえたとは言っても辛うじてだった。

 接触した部分は大きく損傷しており、ドラゴンの方は無傷だ。


 くそっ、

 どれだけ強固な身体なんだ?

 魔法で装甲の強化とかいう、生易しいレベルでは無い気がする。

 

 ドラゴンが反転し、また俺に向かって突進を行う。


――あ、バンお兄ちゃん、いけるかも?――


 分身による攻撃で、敵魔術師が混乱を始めたみたいだ。

 戦場に満ちる魔力の流れが変わっていた。


――サティ、俺とドラゴンが接触する直前に頼む――

――分かったよ――


 俺はドラゴンの突進を寸前でかわし、その背中へと周りこむ。

 目標はその手が届かなさそうな翼の間だ。


 サティの魔法でドラゴンの速度が少し下がっていた。

 俺は相対速度を合わせ、ゆっくりと目標に接近し、魔法で自分の身体を強化した上で接触する。

 ゆっくりと触れたので、俺の身体にもほとんど損傷は無い。


 よし、成功だ。

 俺はドラゴンの背中にしがみついていた。


 仮面アベンジャーの、黒いドラゴンに似た戦闘形態を見た時から思っていた事がある。


 ドラゴンは取り込めるのかもしれない。


 俺は改造人間の基本的な機能である、取り込みを発動させる。 


 いけるぞ!

 無敵の防御力を示したドラゴンの身体が、俺の体内へと消え始める。

 改めて、ゴッドダークは天才だったのだと思い知らされた。

 思考加速中に行うのは初めてだが、ちゃんと加速に対応した超高速で取り込んでいくようだ。


 異変に気が付いたドラゴンが、俺を振り落とそうとめちゃくちゃな軌道を描いて飛ぶ。

 だが、何が起こっているのかを、正確には理解できていないみたいだ。


 俺を倒したいのなら、正解は地面に背中を押し付けて全力で進む、だ。

 だが、ドラゴンは全速力で身悶えるように、あらぬ方向に飛び続けるだけだった。


――サティ、ドラゴンはなんとかなる。すぐ戻るから後を頼む――

――分かったよ――


 戦場は気がかりだが、後は皆に任せるしかない。



 ◇



 どのくらい飛び続けただろうか?

 ドラゴンの身体が大きく折れ曲がり、超加速が解けた。

 推力を失い、急激に速度が落ち、地面へと落下する。

 俺は魔法で身体を強化して、墜落の衝撃に耐えきった。


 森の木々をなぎ倒し、やっと止まったその巨体は、バキバキと骨の砕ける音を立てて俺の体内へと取り込まれていく。

 そして、その全てが消えた。


「よし、なんとか勝った……うっ」


 立ち上がった俺の戦闘形態が不安定に蠢き、歪む。

 筋肉が勝手に収縮し、骨が軋み、関節があらぬ方向へと曲がる。

 俺は無様に倒れこんだ。


 魔法炉の出力が勝手に上がり、俺の意思に反して慣性の制御が行われる。

 俺はその場から浮き上がり、低空を不規則に蛇行しながらあてもなく移動する。


 俺の身体は暴走していた。

 ドラゴンなんて大物を取り込んだ所為で、体のコントロールが上手く出来ない。

 俺の体内には、散布した土地を二度と生物の住めない場所に変えるような、強力な毒を生成する装置もあるのというのに。


 しばらく飛び続けた後、慣性の制御が停止し、俺は地面に叩きつけられる。

 チャンスだ。


「擬装」


――トランスフォーメーション コンプリート――


 俺は人型擬装形態へと移行する。

 暴走は収まり、体が勝手に動く事を止めた。

 良かった、こっちは大丈夫みたいだ。


 俺はほっとして立ち上がろうとしたが、今度は手足に力が入らない。

 困ったな、今度は麻痺か。


 なんとか頑張って立ち上がり、周囲を見回す。

 俺は人気のない崖の上に居た。


 戦争はどうなっただろうか? 早く皆の所へ戻らねばならないのに……。


――サティ?――


 呼びかけても返事はない。くそっ、ここはどこだ?


 う……まずい、意識が朦朧もうろうとしてきた……。


 俺は数歩よろめいて、崖から落ちた。

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