第四十七話 再会

「大魔王! 貴様に決闘を申し込む!」


 舞踏会の翌日、早朝。

 王都のリトラ侯爵別邸で、帰りの馬車に乗り込もうとしていた俺に、金髪の美形騎士がそう叫んだ。

 一昨日、第三王女と一緒に来た男だな、確か名前が……


「ナルシスト?」

「おのれっ、いきなり僕を侮辱する気かっ!

 はっ、そうか、僕の美しさに嫉妬しているのだな?」


「ナルスト卿、他国の国王に決闘を申し込むのは非常識だと思わないかね?」


 リトラ侯爵が疲れたように言った。

 そうそう、ナルストだナルスト。


「常識を持たぬのは大魔王の方だ!

 昨日、貴様がアムリータ王女殿下に働いた無礼は許し難い!」

「え? 俺? なにかしたっけ?」


 ナルストに無礼だと言われたが、まるで覚えが無い。

 そもそも昨日は遠目に見ただけで、王女とは一言も話していないのだ。


「とぼけるなっ! 

 婚約する相手に社交の場で、正式な挨拶どころか一声もかけぬなど非道にも程がある!

 その上で他の女性と踊って帰るとは言語道断!

 アムリータ王女殿下に、どれほどの恥をかかせたと思っているんだ!」


 よく分からないが、婚約はもう周知の事実になっているのか?

 まだ返事もしてないんだが……。


「王女殿下の心痛を思うと、このナルスト、身が細る思いだ」


「しかしねぇ、だからといって他国の王に決闘を挑むなど許されない事だ。大問題になるんだよ?」

「大きなお世話だリトラ候。

 たとえどのような処分を受けようとも、貫かねばならぬ正義がある。

 我が最強の剣を持って、アムリータ王女殿下の受けた屈辱の百分の一でも、味わってもらうぞ大魔王!」 


 う~ん、きっとこの騎士の言う事は事実で、俺はたぶん無意識に王女を傷つけたのだろう。

 だが、謝罪に向かうのも何か違う気がする。

 今のところ俺には、政略結婚をするつもりは無いのだ。


 それでもどこか後ろめたい。

 とりあえず、この騎士の要求だけでも叶えておくかな。


「リトラ侯爵、時間はありますか?」

「仕方ありませんなぁ、少しくらいなら大丈夫だと思います大魔王陛下」


 俺は騎士ナルストへ向けて言う。


「分かった。だが決闘は駄目だ。

 俺から提案しよう。

 シャムティア騎士の戦法を学びたい。

 訓練に付き合ってもらえないか?」

「……」


 ナルストはしばらく考え込んでから返答する。

 

「いいだろう、教えてやる」



 ◇



「そもそも、あいつは強いのか?」


 戦闘形態になって騎士の野外訓練所へ移動した俺は、ワルナにそう尋ねた。


「強い。王国でも最強の一角だろうな。

 得意技は魔法による幻覚だ。気を抜くなよバン」


 どこから伝わったのか、大勢の見物人が居る。

 う、あれシャムティア国王じゃねーか。

 目が合ったら手を振られた、俺は軽く一礼を返しておいた。


 あ、アムリータ第三王女本人も居るよ。

 王様に連れてこられたのかな?

 ああ、睨んでる睨んでる。

 相変わらずもの凄い顔で俺を睨んでいる。

 視線で人を殺せたらいいのに、って顔だな。


「この勝負に勝たないとまずいと思うか?」


 俺はワルナに重ねて質問する。

 相手が魔族である限り、絶対に負けない方法なら存在する。

 高度を上げるだけだ。


「いいや、負けても貴公の評価が揺らぐ事はないだろう」


 まあそうか、俺の最大の価値は、インフルエンザを撒ける事だと思われているだろう。


「準備は済んだか大魔王」

「ああ」


 俺と騎士ナルストは訓練場で向かい合う。


「石火」

「加速」


 同時に思考加速状態に入った。


 とりあえずは牽制かな?

 命のやり取りにはならないので、相手の手の内を見させてもらおう。


 俺は右手に持った演習用のグリップを、向かって来るナルストの進路上にかざす。

 同時に、グリップの小指側、ポンネルから出ている光に左手で触れる。

 俺のグリップから小さな光弾が撃ち出され、ナルストの進路を塞いでいく。


 この練習用武器の使い方は、戦闘前に説明を受けていた。

 光には当たり判定があり、攻撃力は無い。


 ナルストは素早く的確に軌道を修正し、更に距離を詰める。

 速いな、俺と互角だ。

 メイコ共和国の精鋭より反応も良い。


 だが、少し真っ直ぐ過ぎないか?

 これが実戦なら、散弾の餌食に出来るだろう。

 やはり超高速戦闘の初見では改造人間の方が有利だな。


 だが、俺が下した美形騎士の評価は間違っていた。


 俺が光弾で二度目の牽制を行った瞬間、騎士ナルストは四つに分裂した。

 分身だと?

 なるほど、これが得意の魔法による幻覚なのか。


 俺のセンサーでは全てが本物と同じ反応だ。

 後退しながら、元々の位置に居るナルストに光弾を撃ち込んだ。

 だが、直撃した瞬間、その姿は掻き消える。


 ハズレか、なら残り三人のどれだ?

 俺がそう考えた瞬間、背後にいきなり敵の反応が現れた。

 しまった。


 振り向くのがやっとだった。

 俺の体に騎士ナルストが持つ、演習用のブレードが深々と突き刺さる。

 もちろん当たり判定だけで、俺の身体には傷一つ付いていない。


 やられた。

 分身は全て幻覚で、本体は俺の背後に移動していたのか。

 直前まで反応が無かったのも、幻覚の魔法による効果なのだろう。

 超加速で移動中だというのに、改造人間のセンサーを全て欺けるとは驚きだった。

 俺にはこの魔法に対抗する手段が無い。完敗だ。


 俺は両手を上げて敗北を認め、思考加速を解除した。

 ほぼ同時にナルストも石火を解く。



「俺の負けだ」


 暴風が収まるのを待って、俺は敗北を宣言する。


「おおおっ」「なんと大魔王が負けたぞ」「なんだたいした事ないではないか」「この程度なのか?」「これは愉快」


 観客の幻滅した声が聞こえる。

 だが、シャムティア国王だけは、なぜか楽しそうな顔をしていた。


「ふん、思い知ったか。

 貴様はアムリータ王女殿下に相応しくないのだ」


 ナルストは吐き捨てるように言った後、俺に背を向けて去って行った。



 ◇



「む~サティといっしょじゃないから負けちゃうんだよ」


 サティが怒っている。

 先程の戦いで、俺が彼女の援護を断ったからだ。


 俺達はリトラ侯爵別邸に戻っていた。


「一応決闘の代わりだし、俺だけ手伝ってもらう訳にはいかないよ」


 サティには、ナルストの幻覚が通じなかったらしい。

 彼女のバックアップがあれば、あのやっかいな幻覚も無効化できるのだ。


「でもありがとうサティ、助けて欲しい時にはちゃんとお願いするからな」

「うん、ならいいよ、バンお兄ちゃんはサティが守ってあげるからね」


 胸を張り自信満々のサティがそう言った。

 頼もしい。だが、大魔王国では当てに出来ないのだ。


「やはり俺も、魔法が使えるようになりたいなぁ」

「ふむ、そういえば昨日の舞踏会で、四百年前から生きている大魔術師が、私塾を開いているという噂を耳にしたねぇ」


 リトラ侯爵が、まさに今の俺が一番求めている情報を持っていた。

 大魔術師の私塾だって?

 それが本当なら、是非魔法を習いたい。


「詳しく聞かせてもらえませんか?」

「あくまで噂の範疇を出ない、眉唾な話だよ?」

「構いません」



 ◇



 俺達を乗せた大型の馬車七台が、シャムティア王国の街道を爆走する。

 出発から五時間が過ぎ、今は森の中を進んでいた。


 この森を抜けた後、俺達の乗る馬車一台だけが別の道へと別れ、大魔術師が居るという噂の村を訪ねる予定になっていた。


 車内のメンバーから判断して、護衛は必要ないとの結論が出ている。

 そのかわり、サティのぬいぐるみが全て積まれたので客室内は狭く、俺はまた小さなぬいぐるみのクマにされていた。

 御者台や屋根にもぬいぐるみが溢れている。


 俺とサティが窓から森の景色を楽しんでいると、街道の端に立つ人影が見えた。

 時速五十キロで進む馬車は、一瞬でその側を通り過ぎる。

 だが、俺はしっかりと見た。



 人影は、俺と同じ顔をしていた。



 正確には人型擬装形態の俺と同じ顔だ。


「きゅきゅきゅきゅうきゅ! (馬車を止めてくれ!)」


 俺は叫ぶ。

 その可能性は考えていた。

 一緒に新型爆弾の攻撃を受けたのだ。


 仮面アベンジャーもこの世界に飛ばされている!


 魔道具で連絡を取り合い、車列が停止する。

 俺は人の姿に戻してもらい、馬車から飛び降りた。

 人影が居た場所へと走る。


 だが、もうそこに、仮面アベンジャーは居なかった。

 

 俺はセンサーで周囲を探索する。

 だが、辺りに反応は無かった。

 仮面アベンジャーは、高度なステルス能力も持っていた。

 少し距離をとられるだけで、発見は難しくなるだろう。


「どうした? バン」


 皆が馬車から降りて、俺の側へと集まってくる。


「サティ、ここに居た人間はどこへ行った?

 俺と同じ顔をした人間が立っていただろう?」

「え? 誰も居なかったよ?」


 なんだと?

 奴め、サティをごまかす程の隠蔽いんぺい能力を手に入れたのか。

 だがなぜ俺にだけ見えた?

 ワザと見せたと考えるのが妥当だが……。


「見ろ、なにか彫ってあるぞ」


 ワルナが、人影のあった場所に生えている木を指差す。


『このままではシャムティア王国が滅ぶぞ、引き返せ』


 そこには、この世界の言葉で、そう文字が彫られていた。

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