第三十一話 凄惨なる弱肉強食

*引き続きウミャウおばさん視点です。



 この盗賊共を撃退できるかもしれない……いや、撃退するんだ。

 ここが踏ん張りどころだね。


「行くよ、ウルバ……」

 ゴガッ


 硬いものがぶつかる音が響き、ウルバウの身体が宙を舞っていた。

 その両腕は折れて不自然な方向へ曲がり、手にしていた剣も失われていた。

 そのまま石壁に衝突する。


「ウルバウ!」


 いったいなにが起こったんだい?

 その答えはすぐに現れた。


「おいおい、どーしてくれちゃうのよ、これ?」


 あたしの眼前に、いきなり大柄なリザードマンが立っていた。

 最初に会話した、リーダーらしき奴だ。

 いつの間に?

 あたしは左拳で牽制けんせいを入れる。


 バギャッ

「ぐうっ」


 次の瞬間、伸ばした腕が砕け、ひしゃげた篭手が吹き飛んでいた。

 早い、速度も力も魔法で底上げされていて、今のあたしが敵う相手じゃなさそうだ。

 けどね、


「諦める訳にはいかないんだよ」


 ステップを踏み、砕けた左手をフェイントに使い、残った右拳を叩き込む。だが……


 ボキュッ

「ぐっ」


 打ち出した拳は相手に到達する前に、篭手諸共もろともいとも容易く砕かれた。


「ちっ」

 ズドォンッ


 距離をとろうとしたあたしは、まるで竜の突進かと思うような強烈な衝撃をくらう。


 ドッ ドッ ドッ バキャァッ


 弾き飛ばされ地面で何度か弾んだ後、木製の住宅にぶち当たる。

 朦朧もうろうとした意識で理解する、あたしが食らったのはリーダーリザードマンの尻尾の攻撃だった。

 立ち上がろうとしたが、身体が動かない。


「駄目じゃ~ん。ちょ~ムカつくんですけどぉ、三人もコロコロしてくれちゃって、激おこなんだけどさぁ」


 独特の口調で大柄のリザードマンがしゃべる。

 こいつは一番最初に毒矢に当たった筈だ。


「なぜ、動ける……んだい?」


 聞かずにはいられなかった。


「あん?……ああ、矢尻に毒でも塗ってたぁ? ご~めんねぇ、悪いけど毒には用心してるんだぁ。

 弱い奴はよくやるじゃん? だからぁ、全員が予めポーション飲んでる的な?備えあれば嬉しいな~的な?

 まあ俺達は、元々毒や病気には強いんだけどねぇ」


 ちっ、口調に反してこいつは優秀じゃないか。

 油断一つしてくれないって訳かい、クソめ。


「さぁて、とりま広い場所に四つ足共を集めちゃおうかぁ、つまみ食い厳禁だから、よろしくねぇ」


 いつの間にか、辺りに響いていた戦闘の音が止んでいる。

 村人は全員制圧されてしまったようだ。

 リーダーリザードマンは、起き上がれないあたしを片手で軽々と持ち上げて運ぶ。


「おっ、お疲れちゃん。一匹も逃さなかったかい?」


 あたしをぶら下げたリザードマンが、破壊された門の方角へそう声をかける。

 

「おう、ほら見てくれ」

「放せぇ! 畜生! トカゲ野朗め!」

「黙って、コガルゥ! お願いだから」


 そこにはコガルゥとガールルを抱えたリザードマンが居た。

 ああああ、畜生め!!


「一匹残らず捕まえたぜ」


 そう言ったリザードマンの後ろには、村の子供達を抱えたリザードマン共が続いている。


「ごめんなさい……ウミャウおばさん」


 あたしに気が付いたガールルが、すまなさそうに言った。

 彼女も血まみれで右手が折れている。

 おそらく他にも怪我をしているだろう。


 そうかい、そういう事かい……。


 村を別働隊で包囲してあったんだ。周到だね、準備万端って訳だ。

 クソくらえ! こんなあたしらに、そこまでする必要があるってのか!



 ◇



 あたしらは村の広場に集められていた。

 子供以外の村人は全員重傷を負っており、ほとんどの者が立ち上がることすら出来なかった。

 一番重傷なのは見張りのガウンで、もうピクリとも動かない。


 結局リザードマンの盗賊は、五十人を超える大人数だった。

 七年前の倍以上だ。

 まさかこれほど大人数で襲ってくるとは思っていなかった。

 あたしの落ち度だ、悔やんでも悔やみきれない、すまない皆。


「さぁて、お待ちかねの食事ターイム、運動したからお腹ペッコペコだよねぇ、どれも、美味そうじゃーん。

 皆どれ食べたい? ひとり一匹な。

 あ、欲張って複数食うのはNGね、またいつか育った頃に収穫するから、半分は残すんだぞぉ」


 リーダーリザードマンは、反吐が出るほど現状にそぐわない口調でそう言った。


「ま、待ちな」


 あたしは地面へうつ伏せに倒れたまま、声を張り上げる。

 両腕は砕かれ、腰から下も麻痺して動かない。

 もう声を出す事くらいしか出来なかった。


「それじゃ村人が半分も残らないだろう?

 まずあたしを食べな、四~五人分は食いでがあるよ。

 それにね、半分は食いすぎじゃないかい?

 見てごらんよ、七年じゃ村人の数がたいして増えてないだろう?」


 こうなれば一人でも食べられる村人を減らす。あたしは食いでがある筈だ。


「いやっ、オメー硬くてマズそうじゃね? 古いしさぁ。俺ちゃんグルメな訳よぉ、だから」


「あっ、やぁぁっ」


 そう言ってリザードマンが掴んだのは、幼い子供のミニャニャだった。


「あっあっ、うわあああああああああああああああああ」


 火が付いたように泣き出すミニャニャ。あああ、なんてこったい。


「おっ、おやめっ、その子は駄目だ! 子供達は止めとくれっ!」


 あたしは声を張り上げて訴える。


「やめてぇ、お願いだからっ、あああ、ミニャニャぁ」

「俺を、俺を変わりに食ってくれぇ」


 ミニャニャの両親が悲鳴を上げる。

 二人とも大怪我をしていて動けないようだ。


「待って、待って、子供は育って大きくなるわよ。それから食べた方が良いんじゃない?」


 そう言って立ち上がったのはガールルだ。


「ね、私一人で子供二人分はあるわよ、私は美味しそうでしょ? 適度に柔らかくて、適度にしまってる筈よ」


 まるで男を誘う娼婦の様にしなを作って誘うガールル。

 折れた腕も痛んだ身体もかえりみず、笑顔を作り、幼いミニャニャを守ろうと必死に媚びる。


「よせっガールル! くそっ! 俺を食え、おれの方が美味いぞ!」


 あたしと同じ様に、起き上がる事も出来なくなったウルバウが叫ぶ。


「お前は俺が食うの確定だから、静かにしてろ」

「あがっ」


 ウルバウの近くに居たリザードマンがその頭を踏んだ。  

 顔が地面にめり込みウルバウが気絶する。


「おっ俺を食えっ」「いいえ、私を」「俺が美味いぞ」「俺を」「私をっ」「俺を」


 村人達に悲鳴のような懇願こんがんの声が広がる。


「あはは、みんな健気だねえ。いいよ、ちょーグッド。望みどおりオネーさんと取り替えてあげるよ」


 リーダーリザードマンがミニャニャを放して、その巨大な手でガールルを掴む。

 

「さあ、どこからカジっちゃおうかなぁ? なるべく長く生かしておきたいよね?」


 ガールルの身体を、リザードマンの巨大なアギトが這い回る。


「手からかなぁ?」


 リザードマンの顎が、ガールルの腕を挟むように軽く閉じる。


「くっ」


 ガールルが目を閉じ、歯を食いしばり痛みに備える。

 だがその瞬間は来なかった。


「いやいやぁ? やっぱ足からでしょ」 


 今度はその太股で閉じる巨大な顎。だがやはり甘噛みしただけだった。


 それともいっきに顔からいっちゃう?


 リザードマンはガールルの眼前で、その大きく鋭い歯が生えた口を見せ付けるように開く。


「ひっ」


 獣人を骨ごと簡単に噛み千切れる巨大なアギトが、ガールルを弄ぶ。

 その度にガールルが息を呑み、身をすくませる。


「いいねいいね、この反応が最高! 食欲も増すってもんだよね。これだよ、これ」


「やめてええっ、お姉ちゃんを食べないでぇぇ」

「畜生っ! ルルねえを放せよっ!」


 ミニャニャとコガルゥが、リーダーリザードマンの足にしがみつく。


「よーしよしガキども。いいね、ちょーサイコー。そうだよく見ておこうかぁ、食っちゃうよ、ほうらぁ。

 お前らの大事なお姉ちゃんが食べられちゃうぞ。生きたまま、じわじわとだよ。なにそれウケるっしょ。あはは」


「やぁだぁ、えぐっ、やめてぇ、助けてぇ、助けてぇぇ」

「畜生うぅ、くそぉ、くそおおお」


 ああ……どうしてこの子達がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。


「だっ、大丈夫だから、私は、ひっ」 

 

 リーダーリザードマンのアギトが、ガールルの腕に迫る。

 強がるガールルの声は恐怖で震えていた。 


「おやめっ! やめておくれっ! お願いだからあたしにしておくれ! あたしを食っておくれ! あああっ」


 あたしは渾身の叫びを上げる。

 無駄な事は分かっている。奴らを喜ばすだけだ。

 だがそれでも、叫ばすにはいられない!


「たまんねぇ、もう食いてえ。いいだろう? ボス」


 手下のリザードマンがリーダーに声をかける。


「よぅしみんなぁ、いただきますだぁ。

 四つ足の皆さんに良く聞こえるように、大きな声で言ってみようかぁ」

「「「「「いただきまーす」」」」」


 リーダーの音頭で、リザードマン共が食事の挨拶をする。


「ひっ」「うわあああ」「くそっ」「畜生」「やめてぇ」「ひいっ」


 リザードマン共がそれぞれ村人を手に取った。

 生きたまま食べる為に。


 ……ああ畜生、なんだってあたし達はこんな世界に生まれてきたんだろうねぇ。

 なんて惨めなんだ。神様ってやつが居るなら、あたしはあんたを恨むよ。


 ダッダッダッダッダッダッ


 その時、軽快に地面を叩く音が壊れた門から飛び込んできた。


 現れたのは鳥馬で、その上には……フェンミィ?

 ああ、そんな馬鹿な、これであの子まで……。


「フェンミィ!! お逃げえええええええええっ!!」


 あたしは力の限り叫んでいた。

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